リクルートが実践。成長する新規事業の「実装術」

2020/3/25
1960年、都内にあるビル屋上の仮設事務所で学生新聞専門の広告代理店業からスタートしたリクルート。その後「カーセンサー」「ゼクシィ」「スタディサプリ」など、画期的なビジネスモデルを次々と生み出し、コンスタントにイノベーションを創出、社会に実装してきた。

なぜ、リクルートはイノベーションを起こし、新規事業のサイクルを回し続けることができるのか。

その理由を、同社の代表的なサービスを輩出してきた新規事業提案制度「Ring(Recruit are Innovating)」と、そこに端を発したニュービジネスで、障害者就労支援施設の課題解決にチャレンジする「knowbe」にフォーカス。“仕掛け人”と“プレイヤー”の2人に取材し、イノベーション創出のヒントを探った。

新規事業はボトムアップが当たり前

──1982年から続く「Ring」は、リクルートの伝統的な新規事業の提案制度です。今年度はどれくらいの提案があったのでしょうか。
川本 今年のテーマは「Ringに挑戦しないなんてもったいない」。それを表すように、過去最高規模となる約1000件の起案がありました。
 社内だけでなく、社外から専門知識を持つメンバーを招いたチームもあり、イベントに参加した社員の数は約3400人。国内の従業員が約2万人なので、参加率は高いと思います。
 2月13日に行われた最終プレゼン・受賞式の「Ring AWARD」も大盛況で、オープニングには株式会社リクルートの北村吉弘 代表取締役社長が登壇し、他の役員も大勢集まってプレゼンテーションを見守りました。
──3400人!募集するテーマにジャンルの制限はありますか?
 まず、Ringの大きな特徴はボトムアップだということです。リクルートは創業当時から現場の従業員によって起案されたアイデアを、経営層が事業戦略に取り込むことで成長してきました。
 Ringも基本的にテーマは自由。今年も8割以上が、起案者が在籍する会社の事業領域以外での提案でした。
 とはいえ、急に「シャンプーを作りましょう」と言われても、リクルートが培ってきた強みは活かせません。
「的」を決めるというより、「我々は何を生業とする会社なのか」を従業員に向けてメッセージングし、勉強会を開くことで、完全なOBゾーンに流れないように工夫しています。
2020年の「Ring AWARD」。約1000件の応募があって6チームが最終プレゼンテーションを行った(写真提供:リクルート)
──Ringでの提案量が、新規事業を生み出し続けられる理由の一つなんですね。審査はどのような過程で行われるのですか?
 4月に募集をスタートして、夏に一次審査を通過した起案を発表します。そこからは、事業開発室のメンバーが伴走しながら提案を練り直します。
「社会に提供できる価値は?」「どうしてリクルートがやる必要があるのか?」を問いかけながら、フィードバックして、事業モデルを構築していきます。
 また、最終プレゼンは大きな会場で派手に盛り上げるものの、その直前の、ファイナリストを決める審査はこぢんまりとした普通の会議室で行います。
 審査員を務める事業会社の社長、役員らが普段着で参加して、お菓子をつまみながら起案者のプレゼンを見守るというか(笑)。
 新卒採用の最終面接みたいな圧迫感を出しても意味がないし、お互いにビジネスのプロとして、対等な立場でディスカッションしましょうということですね。
最終審査は創業の地である新橋の第二森ビルで行われた(写真提供:リクルート)
──今年応募された起案に傾向はありますか?
 今年は、非常に「質」がよかった。というのは、対象となる顧客と、産業構造の本質課題を見極めながら、リクルートの強みを掛け合わせた起案が多かったんです。
 事業開発を成功させるには、自分たちのケイパビリティ(企業の強み)を理解することがとても大切です。
 例えば、物流業界における、運転手や運送会社の“不”の解消を目指す業務支援サービス。これは最終プレゼンまで残った起案で、早速、今春からプロトタイプの検証が始まります。
 現在は事業拡大のフェーズに入っている、障害者就労支援施設の業務支援を行う「knowbe」も、Ringから生まれた新規事業です。
障害者支援というと、リクルートとしては少し変わったアプローチに見えるかもしれませんが、リクルートがオンラインサービスの専門家として、障害者支援施設が苦手とする間接業務をお手伝いするスキームとなっています。

リクルートの新規事業は日常の課題から生まれる

──リクルートで新規事業を生み出すサイクルが機能し続けているのだとしたら、その根底にある理由は何だと思いますか。
 そもそも、リクルートには「社会の流れや課題の本質を追究し、自ら変化を起こしていくこと」が、DNAレベルで浸透しています。この変化への対応力はリクルートの生命線でもあるのです。
 北村吉弘社長も、先日のRing AWARDで「Ringは単なるアイデアコンペではなく、起案者と審査者の頭のケンカである」とコメントしていました。
 変化には必ずといっていいほど軋轢が生まれます。しかし、変化に立ち向かう本気さがリクルートらしさであり、本気になるからこそ周囲も全力でサポートする。そんな企業文化が醸成されていると思っています。
──なるほど。「Ring」だけではなく、日々の業務の中においても、小さなイノベーションや、変化を起こそうというマインドはあるのでしょうか?
 毎日あります。というのも、インターネットのビジネスに携わっていると、最先端のトレンドを理解しながら、日々お客様と接点を持つことができる。
 私自身もかつて営業担当でしたが、顧客は常に何かに困っています。「Ring」という仕組みに頼らずとも、日々の業務の中で上司に相談して、改善していくことが仕事のベースです。
 ただ、通常業務の延長線上では、どうしても改善の確実性が高いものに対してアプローチすることが多くなります。
 だから不確実性の高い課題だけど、ビジネスでも、社会的意義の観点でも成立すると判断したときに、そのテスト装置として「Ring」が機能している感じですね。
──リクルートは「課題ドリブン」が通底観念としてある、と。
 我々の仕事は常に「課題ドリブン」といえるでしょうね。リクルートの既存事業にはB to C領域も多いので、顧客の視点で「どうすれば良くなるか」、圧倒的な当事者意識をもって、課題について考える習慣があると思っています。
──一方で課題解決を優先していると、ビジネスとして成立するかどうかの判断が難しそうです。
 確かに、社会課題には貢献するけど、どう考えても収益性が良くない事業もあったりしますよね。ただ、顧客志向を持つためには、そのサービスをビジネスとして継続する責任がある、という視点を持つことが重要です。
 あるサービスがなくなってしまえば、それを使っているお客様にも迷惑がかかってしまいます。だから、リクルートが世の中に提供するサービスはなくならないぞ、というエビデンスを出し続けていかなければならない。
 世の中を良くするために、当事者としてどうするかという視点を持って行動し、継続していく。それこそがリクルートの存在意義だと考えています。

事業起案のきっかけは知人のメンタル不調

──「knowbe」は岩田さんがRingに起案したことで事業化につながったそうですね。まずはサービスの概要を教えてください。
岩田 knowbeは、障害者の日常生活や社会生活を支援する「障害者支援施設(正式名称:障害福祉サービス事業所)」を対象とする運営・業務支援サービスです。
 まず、障害者支援施設は「障害者総合支援法」という法律に則って、サービス提供の履歴などを記録し、報酬計算や請求業務を行い国に報告する必要があります。
 実はその業務がたくさんあるため、本来フォーカスすべき施設を利用する方の支援に、十分な時間と労力を割けないことに悩んでいる施設が少なくありません。
 しかし、knowbeを利用することで、日々の業務における情報を一元管理して、ワンクリックで「請求」「記録」「工賃・給与計算」などに関する書類を作成できる。
 つまり業務を大幅に効率化できることがメリットの一つです。
 また、同時にオンライン就労支援プログラムも提供します。将来的に企業への就労を希望されている方に対して、就労準備性に合わせた支援プログラムを用意しています。
 こういったアプローチで障害者福祉業界の生産性を高めていくことに貢献したいと考えています。
──knowbeのアイデアが浮かんだ背景を教えてください。もともと障害者支援施設に近しい業務に就いていたのでしょうか?
 入社してからは、ずっとネットビジネス本部の企画開発職で、『じゃらん』や『ホットペッパー』などに携わってきました。
 それ以外にも、いくつか新規事業を担当させていただく機会があって、レールのないオフロードを走っていくように、新しいサービスをイチから作る仕事に大きなやりがいを感じており、なるべく新規事業に携われるようアンテナを張っていました。
 ただ、knowbeは最初から今のような形をイメージしていたわけではありません。もともとは、メンタル不調で会社を休職してしまった知人に対して、「何かできないか」と考え始めたのが第一歩でした。
──日々の業務の延長線上で課題を見つけたというよりは、身近な問題意識からスタートしたわけですね。
 そうですね。知人を見て「みんなが自分らしく働き、生きられる場所がある。そんな世の中に一歩でも近づけたい」という漠然とした思いが根本にありました。
 そして、まずはメンタル不調などで休職してしまった方々の復職をサポートするために、できそうなことを探すことから始めました。
 仕事の合間をぬって、メンタルヘルスの専門家や、大企業やベンチャーの人事担当者、社労士など、関連するプレイヤーに話を聞きに行きました。たしか50人くらいだったと思います。
 当時は医療やメンタルヘルスに関する知見はなかったので、とにかく業界の専門家や当事者の方々に、話を聞きに行くことから始めました。
──当たり前かもしれませんが、初期リサーチの段階から相当なエネルギーを注いでいたんですね。
 世の中に課題として取り残されていることは、さまざまな背景や、複雑な業界の構造が絡み合っていることが多い。だから、構造と課題をあぶり出すことを意識していました。
 また、大きな事業も最小単位に分解すると、結局は個々のカスタマー、クライアントの課題解決の積み上げです。
 誰がどういった課題を持っていて、「それはなぜ起きているか?」「どうやったら解決できるか?」というリアリティを追求していました。
 Ringに関しては、川本のように審査する側も、事業開発が好きで経験豊富な人間が多い ですし、フワッとしたテーマで話してしまうと「どういうこと?」って、容赦なく質問攻めされてしまいます(笑)。
 しっかりと手触りのある、生の“困った声”を伝えられるように、細かいことまで踏み込んで確認しておくということは、社員にもカルチャーとして根付いているのかもしれません。
 そんな意識を持ちながらリサーチしていく過程で、障害者就労支援施設に従事している方々に出会いました。
 職員の方々は、施設利用者さんの仕事や就職先を作りたいという想いをもって、仕事に取り組まれていた方が多かった。
 一方で、就労支援のための教材を各施設で一から作っていたり、特に新人とベテラン職員の間で、支援のレベルに偏りが出たりしてしまうことに悩まれていました。
 そこで、ベースとなるプログラムを定型化することが課題解決になるのではないかと考え、knowbeを起案することになりました。
  その後、knowbeのオンライン就労支援プログラムをお使いいただくなかで、実際に利用者が就職できたといった、喜びの声もいただくようになりました。
 一方で、家に引きこもっていたけれど、はじめの一歩として、家から出ることにチャレンジするといった、スキルよりもさらに手前の段階の方もたくさんいることを知り、新たな課題があることもわかりました。
 就労支援施設の利用者をサポートができるのは、日々接している施設の職員の方々です。だからこそ、多く利用者によりよいサポートを提供するためには、職員の方の伴走支援に勝るものはない、と考えるようになりました。
 そこで、職員の方々の周辺業務を効率化することで、利用者一人ひとりと向き合い、時間をかけて支援できるように、業務支援の機能を持つサービスにアップデートすることにしたんです。

業務の効率化がwin-win-winにつながる

──2016年10月に事業化してから、knowbeは利用継続率約99%を誇るそうですね。顧客の施設からは、どんなフィードバックが届いていますか?
 率直に「業務が効率化されたおかげで、就労支援に時間を割けるようになった」という嬉しい声を、多数いただいています。
 例えば、クリーニング業を営んでいる障害者就労支援施設は、障害者の方に自社の仕事を提供するだけでなく、人手不足のクリーニング店に、施設外就労先として人材を派遣できるようになったそうです。
 これはknowbeを導入したことで、職場開拓に時間を割けるようになったことと、施設外就労実施報告書という書類を簡単に作成できるようになったことが理由です。
 非常にシンプルな話なのですが、かつて手書きで記入して提出していた書類を、このサービスを使うことで一気に効率化できた。
 結果的に、周辺のクリーニング店の人手不足は解消され、施設の売上は上がり、障害者の方々の賃金も上がったそうです。
 そうやってwin-win-winの取り組みにつなげていくことは、発足当初から目指したことなので良かったと考えています。
 今後の課題を挙げればキリがありませんが、障害者就労支援施設では、給料日に両親に花束を贈りたいなど、それぞれが考える幸せを実現するために働きたいと思っている利用者さんがたくさんいらっしゃいます。
 例えば、knowbeを使うことでそういった思いを後押しできるなど、皆さんが幸せな生活を送れるような社会の構築に、事業貢献していきたいと思っています。
(編集:海達亮弥 執筆:浅原聡 撮影:茂田羽生 デザイン:岩城ユリエ)