【北野唯我】東京ガスが恋愛ゲーム? 異才を求める型破り採用論

2020/3/19
 「個の時代」といわれる昨今、個人は自分のキャリアは自分で築くことが求められ、企業は社会の変化とニーズに対応できるよう、新たな取り組みや変革が求められている。そんななか、東京ガスが2017年から開始した新たな採用手法が「フリースタイル採用」だ。

 「エネルギーの自由化」により競争が激化するなか、東京ガスは変わり続ける消費者ニーズに応えるべく、従来とは違う採用方法で東京ガスらしくない“異質”な人材を採用し、会社の中から変革を起こそうとしている。

 実際、フリースタイル採用の一期生から新たな動きがあるというが、重厚長大な東京ガスに一体どのような変化が生まれているのか

 『天才を殺す凡人』や『OPENNESS(オープネス) 職場の「空気」が結果を決める』などの著書を持つワンキャリア取締役の北野唯我氏と、東京ガス人事部採用チームリーダーの奥田篤氏、フリースタイル採用一期生の大塩みなみ氏と蒔苗(まかない)優太氏に話を伺った。
60分の自由なプレゼンで入社? フリースタイル採用とは

兼業・副業NGなら入社しない!?

奥田(東京ガス人事) 2017年から始めたフリースタイル採用で入社したのは昨年までに6名、今年は5名の入社が決まっています。
 これは、エントリーシートも面接もない、学生が自分の強みを60分間で自由に表現する「プレゼン会」によって、自分の軸を持つ多様な学生を採用する手法。
 応募時点では「東京ガスに興味がなくてもよい」ので、大塩も蒔苗も最初から東京ガスを志望していたわけではありませんでした。
北野 そうなんですか!? 60分のプレゼンをするのはいいとしても、志望していなかったのに、よく入社しましたね。
大塩(東京ガス) 半分ノリでした(笑)。合わなかったら半年で辞めればいいと思っていて。
 ただ、新規事業はスタートアップがやるものというイメージを変えたかったので、大手企業で新規事業のイメージがなく、既存事業がしっかりしすぎている東京ガスに、あえて入社しました。
北野 入社して合わなかったら半年で辞めようと思っていたけれど、もうすぐ4年目ですよね。ということは思っていたよりも良かった?
大塩 いや、正直何度も辞めようと思いましたよ(笑)。やっぱり歴史のある大きな組織だから、本質的な議論にたどり着くまでの仕事やルールも多い。
 でも今は、個人で事業を立ち上げたり、スタートアップに参画したりと副業をしつつ、東京ガスのアセットを用いた新規事業に挑戦できているので、このバランスが面白いんです。
奥田 実は、大塩は最初から「兼業や副業ができないなら入社しません」という強気の交渉から始まりました(笑)。
 東京ガスは、もともと兼業や副業を申請する社員が少ないですし、それらを認めたケースもほとんどなかったので、フリースタイル採用は今までの人事制度をいい意味で壊しましたね。
 とはいえ現在も、兼業・副業を何でも認めるわけではなく、社外のネットワークを広げて本人が成長できるかどうか、企業理念と合致するものかなどを検討して判断しています。
 大塩の場合、3年後に退職してしまうことも覚悟していましたが、多様な人材を受け入れるために、一度退職しても戻ってきやすいような制度も必要だと考えています。

天才を生かす“根回しおじさん”

北野 東京ガスのような大企業に、フリースタイル採用のいわば「特別枠」で入社すると、嫉妬やねたみが少なからずあると思うんです。
 最近私が思っているのは、イノベーションの発生確率と情報量は、U字カーブのような弧の関係を描くということ。
 すごくオープンで自由な環境か、逆に超クローズで独自の繁栄をしているような両極端な環境でイノベーションは生まれやすい
 一方、その中間で情報が中途半端に出ている場合は、新しいことにチャレンジしようとすると、周りからの嫉妬やねたみが出やすいと思うんですね。
 まさに東京ガスは中間にある企業だと思うのですが、二人はそういった経験はなかったですか?
蒔苗(東京ガス) 僕はなかったです。部署によるのかもしれませんが、何かを提案すると、出る杭を打とうとする人よりも、どうしたら実現できるかを一緒に考えてくれる人の方が多いと感じています。
北野 まじですか!
蒔苗 共感性と協調性の高い人が多いと実感しているので、苦になったことはないですよ。
北野 『天才を殺す凡人』という著書で、新しいことを生み出す天才を生かすためには “根回しおじさん”が必要だという物語を書きました。
 経営学でも、イノベーションが起きる組織には、新しいチャレンジャーを応援する存在がいることが実証されているそうなのですが、まさに東京ガスにはその存在がいる。
蒔苗 東京ガスは「ガス小売り全面自由化」の局面にあって、新しい領域にも挑戦しないといけないという課題意識が社内で一致しています。だから、異質な存在も受け入れられているのかなと。
 入社時に、会社の課題意識と期待されている役割をはっきりと告げられたので、擦り傷を作ってでもその期待に応えたいと思いました。
奥田 ただ、歴史あるインフラ企業ということもあって、新しい取り組みに対する反発はゼロとはいえません
 だからこそ、採用した人に活躍してもらえるよう、各職場やマネジメントに理解してもらうことと、多様性を受け入れる文化の醸成が人事の重要な役割だと思っています。
 加えて、フリースタイル採用で入社した人に対して「あなたをなぜこの部署に配属したのか、プレゼン会のどの話をくんだのか、どんな活躍に期待しているのか」を最初にしっかりと伝えて、内発的動機の後押しも欠かせません。
 もちろん、入社後もコミュニケーションを取ってサポートしています。

最初は理解されなかった、空き家管理サービス

北野 二人とも新規事業を立ち上げたと聞きましたが、最初からうまくいきましたか?
大塩 ロジカルな人が多い社内で、直観型の私が一人で進めるのは厳しいと思い、同じ想いを持つ“通訳者”のような社内調整がうまい先輩とタッグを組みました。
 先輩と社内を行脚して仲間を増やし、昨年自分たちの想いが形になった「空き家管理サービス」をローンチしました。
 これは、人が住んでいない家に定期的に訪れて、窓を開けて空気を入れ替えたり掃除をしたりするサービス。
 お客さまからは「実家の様子を見に行かなくてはいけないというプレッシャーから解放された」「一人でずっと悩んでいたので、こういうサービスを待っていた」といった声をいただいています。
 ただ、最初は社内で「こんなサービスうまくいかない」と反対され続けていたので優先度はずっと低くて。それでもめげずに先輩と空き家を所有する方の声を拾い続けました。
北野 このサービスは伸びると思いますよ。
 僕の家族も、誰も住んでいない祖母の家に誰かが定期的に行って空気を入れ替えているんですけど、結構面倒なんですよね。
でもやらないと廃れていくし罪悪感もある。ニーズはすごくあると思います。
大塩 そうなんです。当初活用サービスを検討していたのですが、ヒアリングをすると、みなさん空き家を「家族との思い入れがあって売れない」「いずれ子どもが住むかもしれない」と手放さない
 だから親の介護や孫の世話などで忙しくても、往復2時間以上かけて家のお手入れをしに行く人がたくさんいらっしゃいました。
 この事実を知ってからは、目の前に救いたい方がいるのに東京ガスで事業化できなかったら救えないというのが悔しくて。
 もし事業化できないと言われたら、先輩と二人で会社を辞めて独立するのもありだよね、と話していました(笑)。
北野 優先度が低かったのに、何がきっかけで事業化につながったんですか?
大塩 それが、一昨年の秋に行われた研究発表会をきっかけに、一気に空気が変わったんです。
 当時、会場の一番端に小さく事業企画を展示させてもらったのですが、「いいね、これうちでやるべきだよ」と思いがけず多くの人が足を止めてくれて。
 後日、問い合わせが来るようになって、社内の雰囲気は変わりました。
北野 人は、びっくりするくらい手のひらを返す存在ですからね(笑)。ただ、そこまでやり続けるのは簡単ではないですよね。
 それに、ハードの既存事業が大きな会社ほど、時価総額に影響を与えそうにない新規のサービス・ソフト系事業は「NO」を言われがちです。BS(貸借対照表)の大きさが全然違いますから。
 奥田さんは人事として、そのあたりの社内のコミュニケーションは工夫されているんですか?
奥田 縦割りになりがちな会社なので、新しい取り組みが閉じた空間で消滅しないよう、情報を公開して部門を超えたつながりを作り、フォロワーを増やす“援護射撃”は続けていました。
 最近は、若手が自ら勉強会を開催して、自分たちの取り組みを発信しているので、各部門と連携しながら若手と中堅社員をつなげるなど、「やり切ろう」とする人をサポートする体制や雰囲気づくりに取り組んでいます。

有名声優を起用した、入浴執事の恋愛ゲーム

北野 蒔苗さんはどんなプロジェクトを立ち上げたんですか?
蒔苗 僕は恋愛ゲームを企画しました。
北野 どういうことでしょう(笑)。
蒔苗 エネルギー会社はどうしても、省エネなど機能的な価値訴求の提案が多くなります。
 情緒的な価値を訴求して、気持ちよく「東京ガスのエネルギー」をご使用いただくにはどうしたらいいかという観点で、お風呂が大好きな上司と一緒に「ふろ恋 私だけの入浴執事」というスマホ向け恋愛ゲームを考えました。
 簡単に言うと、“フロピスト”という豪華声優陣が演じる「お風呂に詳しい執事」との疑似恋愛を楽しむゲームです。
 東京ガスには「東京ガス都市生活研究所」という組織があり「暮らしの知見」が蓄積されているのですが、それを発信する機会は限定的でした。
 そこで、“疲れた人々を癒やす”というコンセプトで、東京ガスと親和性のある「入浴」をテーマに「恋愛ゲーム」という意外性を盛り込んで、暮らしの知見を発信したいと考えたのです。
 たとえば、執事がいい声で「今日も頑張ったね、おつかれさま、君はすごく頑張っているよ」と褒めてくれたり、眼が疲れているときや肩が凝っているときなどに効果的な入浴方法のアドバイスをくれたりします。
北野 すごく面白いです。ただ、こういった企画を大企業で普通に提案すると0.1秒で却下されると思うんです。企画の良い悪いではなく「理解できない」から
 高度経済成長の時代を生きてきた人や、インフラを支える大企業で出世してきた人からすると理解できないと思うけど、どうやって壁を突破しましたか?
蒔苗 細かなフェーズに区切って説明し、段階的な合意を得ながら進めたのですが、社内の仕組みを熟知した上司の存在が大きかったです。
 最後の社長プレゼンでは「さっぱり分からない」と笑いながら言われてしまいましたが、それでも「自分たちの世代には分からない世界もある。やってみろ」と背中を押してくれました。
奥田 これは5年前にはあり得なかったことです。でも、トップが消費者ニーズの変化を理解しているし、若い感性を信じて尊重しようと考えているから任されました。
 もちろん、そこまで持っていくために彼らは非常に頑張っていたので、彼らの活動を理解してもらえるよう、人事を含めていろんな人が説明して回っていました。
北野 企業のトップは自分が理解できなくても、価値があるものは認めるべきですよね。
 新しいものを生み出せる人は、それに新しい価値があると分かっていても、具体化して説明するのは不可能です。なぜなら、本質的に新しいものは形容できても見せることはできないからです。
 トップとして大事なのは、それを「理解できない」と否定するのではなく「面白いのかもしれないね」と黙って信じることが、これからの経営者に求められます。
 東京ガスはトップがそれを体現されているのが素晴らしいなと思いました。

多様性がぶつかり合い、失敗を賞賛できる会社へ

北野 以前、元Google日本法人名誉会長の村上憲郎さんに「Googleには天才がたくさんいるけれど、マネジメントはどうしているのか」と聞いたとき、「天才のマネジメントなんておこがましい、才能ある人は放牧する」と言われたことがあるんですね。
 マネジメントの役割は、才能ある人を放牧して失敗したときに代わりに謝ることだと。
 新しい感覚は確実に若い人が持っているからこそ、東京ガスのようにトップが承認して若手がやりたいことを形にできる環境があるのは大事だと思います。
 一方、若手の抜擢がほとんどない会社の場合、社内に情報格差をつくって権力を維持しようとするケースがよく見られます
 情報格差は最も簡単に権力を維持できる方法。たとえば、小学校の先生と生徒は、答えを持つ先生と、答えを持たない生徒という分かりやすい権力構造ですよね。
 でも、これだけ情報がオープンになっている世の中で、権力のある人だけが情報を持とうとしても無理がある。
 採用の現場にしても、少しでも自分たちを良く見せようと「裁量を持って働けます、意見を言えます」と言っても、実際は工夫が奨励されない会社や、若手の抜擢がない会社は、ネットや口コミ等でウソがすぐにバレる。
 情報をクローズにして権力を守り続けようとするのか、自信を持って情報をオープンにできるのか。今の時代、経営者は本当の実力を問われています
奥田 まさに、今までの東京ガスは、正解を知っている先生がいて、生徒たちはその通りにやればいいスタイルでした。
 でも、それだけでうまくいく時代は終わったからこそ、フリースタイル採用をきっかけに荒療治をしている状態です。
 Compass2030ビジョンの中に「多様性がぶつかり合い切磋琢磨する」「挑戦と失敗から学ぶことを賞賛する」という言葉があるのですが、本当に失敗から学ぶことを賞賛できる会社になるためにも、いろんな強みを持った多様な人材を採用したい。
 採用条件を設定していないフリースタイル採用によって、多様性がぶつかり合い切磋琢磨する会社にしたいと本気で考えています。
(取材・文:田村朋美、編集:君和田郁弥、写真:小池大介、デザイン:小鈴キリカ )