【徹底解説】サントリーが水と生きる理由

2020/3/22

47年続く、サントリーの環境保全活動

企業による環境保全活動は、事業やマーケットにどのような影響をもたらすのか。
サントリーが取り組む「天然水の森」活動をはじめとした、企業による「持続可能な環境保全活動」の重要性について、サントリーホールディングス株式会社サステナビリティ推進部チーフスペシャリスト山田健氏と、NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員の竹内純子氏が対談。
20年ほど前、竹内氏が前職で国立公園「尾瀬」の自然保護を担当していた当時から、企業の環境保全活動について意見交換をしていたというお二人。改めて今、企業とサステナビリティに関わる活動について聞く。
──サントリーは「人と自然と響き合う」の理念のもと、環境保全活動を続けています。その歴史はいつから始まったのでしょうか。
山田 1973年の愛鳥活動から始まりました。当時は、高度経済成長によって川も海もゴミが多く、水面は泡立ち、底にはヘドロがたまり、川も海も死んだような状態の場所が多かった。
そういう時代に、「今日鳥の身に起こる不幸は、明日は人間に降りかかるかもしれないよ」というメッセージの新聞広告を、数年にわたって発信したのが始まりです。
それがきっかけで全国の愛鳥家たちとの出会いがあり、素晴らしい活動を知ったのですが、それらの多くがお金の問題で挫折してしまう状況も知りました。
そこで1989年に活動初期の3年間を助成する目的で、世界愛鳥基金を創設しました。
この助成金を利用してくださった方たちの成果はめざましく、例えば絶滅寸前だった雁が20万羽まで戻った地域もあるほどです。
また、生命の源である貴重な地下水(天然水)も、もとをたどれば、森で育まれます。
そこで、2003年からは、「地下水」の安全・安心と、サステナビリティ(持続可能性)を守るために「天然水の森」という事業を立ち上げ、現在は全国1万2000ヘクタールの森で、豊かな自然環境の保全・再生活動を推進しています。
山田健(やまだ・たけし)
サントリーホールディングス(株)コーポレートサステナビリティ推進本部サステナビリティ推進部 チーフスペシャリスト兼サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社水科学研究所主席研究員
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。同年、サントリーに入社。現在、サステナビリティ推進部チーフスペシャリストとして、「天然水の森」における企画・研究・整備活動を推進している。『水を守りに、森へ』(筑摩選書)他著書多数。

竹内 環境保全活動は、どうしてもボランティアになりがちですが、サントリーさんは最初から「事業」として始めましたよね。
20年以上前にお目にかかった時も、今も、変わらず根っこがしっかりしていると感じます。
山田 創業者の鳥井信治郎が、事業によって得た利益は「事業への再投資」「お得意先様・お取引先様へのサービス」「社会への貢献」に役立てる「利益三分主義」を信念としてきました。
だから、最初から事業への再投資として位置づけられていました。
水に生かされている企業が水を守るのは当たり前だ、という認識ですね。
竹内 いま世界的にも、環境や社会、ガバナンスに配慮している企業に投資するESG投資が話題で、日本企業の対応が遅れているといわれています。
でも実は、ずっと当たり前のこととしてやっていて、アピールが十分ではなかったというケースも多いと思っています。
竹内純子(たけうち・すみこ)NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員
慶應義塾大学法学部法律学科卒。1994年東京電力(株)入社、国立公園「尾瀬」の自然保護や温暖化政策を担当。震災を機にエネルギー・温暖化政策に関する独立の研究者となる。国連気候変動枠組条約交渉に10年以上参加し、政府委員も広く務めながら、政策提言に取り組む。2018年10月、U3InnovationsLLCを創業。2050年の日本が、サステナブルなエネルギーを潤沢に得られるよう多様な業種・企業の輪をつなぐ取り組みを続けている。

ブランドは、環境保全と事業の引力から生まれる

──企業が環境保全を「事業」としてやることの意味は何だと思いますか?
竹内 私も前職の東京電力勤務時代には、同社の所有地であった尾瀬の自然保護活動を担当させていただきました。その時にはそんなに難しく考えていなかったです(笑)。
そもそも、自分たちの事業を持続可能にするためには、こうした活動は「やらないといけないこと」です。社会のためではなく自分たちのためとしても、やるべきこと。「本能」、「DNA」と言った方が良いかもしれません。
「社会のために」という考えで始めたものって、会社の状況が悪くなると継続できなくなる可能性が高いでしょう。これまではそれで良かったのだと思います。
ただ、今は消費者が変わってきました。
特に、若いZ世代やミレニアル世代は、企業や商品のメッセージやソーシャルグッドな活動に共感して消費行動をする傾向が強いので、もはやサステナビリティを意識した経営でなければ、企業そのものが持続できなくなっています。
──環境保全活動と利益を追求する経済活動は、“両輪”ではなく“一体”である、と。
山田 「自分たちの事業にとって一番大事なものを守る」ための環境保全活動なので、「両輪」ではなく「イコール」です。
「ブランド」というのは、「環境保全や社会活動」と「事業活動」の両者の引力が重なり合ったところに生まれると思います。だから、引力がなくなったらブランドは崩壊するでしょう。
竹内 このペットボトルのお水も、どこかの採水地から運ばれてきたわけですよね。
その土地の水を採って売っているわけです。でも100リットルの水を採るなら、200リットルの水を生む森を整備しようということですよね。
これをやり続けるから事業が続くし、ブランドが生まれるわけですね。
山田 そうです。また、こうした考え方はどんな企業にも通じると思います。事業の生命線を守るためにも必要な「環境活動」だからです。
例えば、電力会社がダムの水源となる森を守る。炭火焼きのチェーンが自ら炭を焼き、薪炭林を守る。木造建築会社がヒノキ林の整備をする。
誰もがそんな当たり前のことを始めたら、日本の森は、あっという間に良くなると思います。

どこかで誰かがやっている活動から、自分たちがやる活動へ

──環境保全は、国や企業が取り組むだけでなく、消費者一人ひとりの意識改革も必要だと思います。そうした啓蒙活動はされているのでしょうか?
山田 啓蒙なんておこがましいことではなく、できれば、活動の楽しさを共有したいと思っています。
例えば「森と水の学校」という、小学生と保護者の方を対象にした体験型授業があります。
実際に「天然水の森」に入って、森に生きている植物や動物、フカフカの土などに触れてもらい、水を守る森のメカニズムを学ぶプログラムなのですが、そんなちょっとした経験でも、お子さんたちの意識が変わる様子を目にできます。
ほんの少しでも子どもたちが変わってくれれば、未来も変わると思います。そしてそれが、持続可能な社会の実現につながってくれるなら、こんなに嬉しいことはありませんね。
竹内 “体験”はすごく大事ですよね。企業が取り組む環境保全活動はあまり報道もされませんので、持続的に管理された良い森を見ても、その背景に誰かの汗があることに気がつきません。
環境保全は尊いことだとわかりつつ、そこに誰かの汗や努力、コストがあることに思い至らず、“誰かがどこかでやっている”と他人事として考えがちです。
それに、守るべき自然というのはどういう状態なのか、という悩みも大きい。
皆さん当たり前に“自然”という言葉を使いますが、手を付けないことが自然という訳でもないんです。だからこそ、体験をきっかけに主体的に考えてもらうことはとても大事。
実は消費者の方に体験の場を提供するのは、企業としてはリスク管理やコストの面でかえって負担が大きい場合もあります。それでも、一緒に体験し、自分ごととして考えてくれる「仲間」を増やさないと、結局先細りになってしまいますよね。
山田 サントリーの社員にとって「天然水の森」は特別な場所になり始めています。それと同じように、いろんな企業が、特別な場所を作っていけたらいいですね。
最近は、森林整備をしたいという企業も増えているので、私たちが培ってきたノウハウを提供し、整備を必要とする森と企業をマッチングさせる活動も企画しています。
企業が社会とともに、未来へつながる豊かな自然環境を実現できるよう、我々もできる限りの努力と価値提供を進めていきたいと思っています。
(構成:田村朋美、編集:川口あい、写真:森カズシゲ、デザイン:岩城ユリエ)