【鈴木誠也】感覚を研ぎ澄ます驚異のトレーニング

2020/3/6

夢にまで求めたバッティングのヒント

鈴木誠也は「苦手な軌道」を空間に描く。
つまり、打席では「打てない球」に狙いを定めるのだ。それができるのは「狙わなくても打てる」自信があるから──。
第1回『サヨナラホームランに秘められた「秘密」』で詳細したその「感覚」を才能と言えば、そのとおりである。
【鈴木誠也】サヨナラホームランに秘められた「秘密」
しかし「才能が全て」かと言われればそうではない。
そもそも、鈴木が「打てない球」をケアするのは、自分自身のキャラクターを熟知しているからだ。
「僕の場合、一つの球種というか、待ち球を作ってしまうと、その球が来たときに力むんですよ。“来たっ”と思ってしまう。そうなるともう最悪なんです。これは何回も試して、ダメだったんで。それで反応に任せてやるようにしています」
「何回も試してきた」鈴木の打撃に対する探究心はカープファンには伝説のように語り継がれている。
練習の虫、と言われる鈴木は「バットを持って寝る」と噂されていた。その話題を向けると「昔のことですね」と笑った。
「(カープに入団し)寮にいたときはやっていました。夢でいいものがあれば、すぐに試したかったので。実際に夢でバッティングのいいヒントがあったら、ぱっと起きて、バットを持ってその真似をしていました。寝ぼけていますけどね(笑)」
それだけではない。
「それを朝まで覚えていて、練習で取り組んでみることも結構ありました。ただ、今はやっていないです。寝室にバットは置いてはありますけど、(一緒に)寝ることはないです(笑)」
バッティングが向上するためなら、そのヒントを逃したくない。嘘のような本当の話である。
もう一つ、探究心を象徴することがこの取材中にあった。バッティングの話をしているとき、ふと鈴木が言った。
「バットが振りたくなりますね」
とにかく、バッティングが好きで仕方ない。
「やっぱり、ふと思いつくのはバッティングのことなんです。そのときにちょっと試してみる。そこで、“あ、これは違う”とか“アリかも”というのがわかるんで」
この感覚は「それがなくなったら野球をやめます」と言うくらい、日常にある。例えば、試合で凡打や失敗をしたとき。「悔しい」とか「次のチャンスに取り返したい」というのが一般的な感覚だ。
それを鈴木はこう言う。
「試合が終わって、夜とかに(その失敗への対策は)“こうだったんじゃないか”というのを考えます。そうすると早くそれを試合で試したいなって。……といよりも、それが毎日なので。楽しくてずっとやってる感じです」
これほどまでにバッティングを探究し、好きでいるのだから、先の「狙わなくても打てる」方法も「才能」に任せているわけがなかった。
例えば145キロ程度の速球がピッチャーの指先から離れてキャッチャーに到達するまでの時間は約0.4秒と言われている。1秒の半分にも満たない時間で、球種、コースを認知しそこに向けてバットを振らなければならない。
科学者によっては脳の反応としてはとうてい間に合わない時間だ、と指摘する者もいる(林成之.2010)。
つまり「狙わなくても打てる」能力は、科学的に不可能に近いのだ。しかし鈴木は確かにそれを実現している。なぜなのか。
「昔から速いボールに自信はあったんですけど……、マシンでの打撃練習では、マウンドからバッターボックスまでの半分くらいの距離で練習をしています」
──18.44Mの半分、9M。そんなに近くから?
「はい、本当に近いです。バン、バンって振らないと当たらないくらいのスピードのところまで距離を縮めます(バン、バンはマシンからボールが出る瞬間と、バットを振る瞬間までを表した言葉である)」
鈴木は「距離が長ければゆっくりタイミングを取って打てるんですけど」と前を置きをした上で(それでも0.4秒程度なのだが……)続けた。
「この距離で速い球に対していかに反応できるか。その短いなか(9M)で、18.44Mくらいの“間(マ)”を作る練習を自分でします」
9Mの距離で18.44Mの“間”を作る──。
常人には理解し難いような練習で、鈴木は「苦手な軌道」を打席で描くこと、つまり「打てない球を狙う」ことを実現させた。
もう一つ特筆すべきは、取り組むタイミングだ。
「体的にも、“目”的にも、にぶっているなというときにやります」
つまりシーズン中でも行うという点だ。トレーニングとして、はたまたシーズンに向けた慣れ、感覚を取り戻すことを目的とした、キャンプやオープン戦で行うばかりではないのだ。
シーズン中、練習場にはマシンに一歩一歩、自分から歩み寄って行く鈴木の姿がある。
「基本的に練習ではゆるい球のティーバッティングが中心です。(フォームが)崩れないよう、自分のタイミングをしっかりと取って打つことを大事にしているからなんですけど、本当に“ああもう駄目だな”と思うときは、ぎりぎりまで(バッティング練習の距離を)近くします。そうして、まず目で追って、そこから反応をしてというのを繰り返す。すると、だんだんと(タイミングが)合ってくるので、そうなったら、“あ、もう速い球は大丈夫”、“他の苦手なほう”を練習しようというふうに考えます」
第1回に記したことを繰り返すが、鈴木にとって重要なことは、バッターボックスで自然体でいることだ。
その“自然体で臨むための準備”を、こうしたさまざまな工夫によって繰り返し行う。それが、例えば「軌道を引く」「9Mに18.44Mの“間”を作る」といった「感覚」を研ぎ澄ましていくのだ。
しかし、こうした「感覚」を研ぎ澄ます鈴木の練習は、ともすればバッティングフォームを崩すリスクを孕んでいるように見える。それがシーズン中であれば尚更だ。
自分のフォームで打たない恐怖について問うと鈴木は言った。
「それがないんですね」
それを証明した試合が9月14日、東京ドームで行われたジャイアンツとの一戦だった。
0対0で迎えた4回2アウトランナーなし。
ジャイアンツが首位を快走するシーズン。
カープはクライマックス・シリーズを争う緊迫したシーズンの佳境を迎えていた。日本シリーズ進出のために、クライマックス・シリーズを戦う宿敵となる相手、負けられない一戦だった。
この日、ジャイアンツはブルペンデーとして中継ぎの沢村拓一が先発。3回を投げ無失点に抑え、この4回からサウスポーの高木京介がマウンドに上がっていた。
鈴木にとって高木はもっとも苦手とするピッチャーの一人だった。それまでの対戦成績は8打数1安打。
「タイミングを取るのが難しいピッチャーで、このときもいろいろ試したけれど全く合う雰囲気がありませんでした」
カウント3ボール2ストライクとなるまで、足をいつもより大きく上げたり、ステップを小さくしたりと試行錯誤をする。
第1回で紹介した“芯”があり、その“枝葉”はいくつもあるからできるトップレベルの技術だ。
「(枝葉として)その選択肢はあるので。それでもタイミングが全然ダメでしたね」
そうして鈴木は奥の手を披露する。
「タイミングを消そう、と。ノーステップにしました」
ノーステップでタイミングを消すとは、果たしてどういうことか。
「僕としては最終手段です。ピッチャーはバッターのタイミングを外そうとして投げてきますよね。僕はもともとタイミングを取るのが苦手で、足をあげたり、手を動かしたりと予備動作をつけることでなんとかに合わせようとしています。でも、もう相手のタイミングに合わせることができない、わけがわからないっていう感覚になることももちろんあって。そうなったときは、ピッチャーに狂わせられないようにあえてタイミングを取らないようにするんです」
ピッチャーの高木は鈴木のタイミングを外そうとさまざまな手を弄して投げ込んでくる。対する鈴木は、枝葉をいくつ試してもタイミングを合わせることができない。
“もういい、タイミングを無くしてしまおう──。”
バッターボックスで動きを止めた鈴木は、インコースの145キロのストレートを完璧に捉えレフトスタンドへと運んだ。
「いつでも来い、みたいな状態を作る感じです。実はこうやっているときの方がメンタル的には最高にいい。もう、こっちはタイミングを消しているわけで、相手に惑わされることがない。どうにでもなる、どこに投げられても当てられるぞ、みたいな感じ(笑)」
「感覚」的な言葉ではあるが、しかしそこにもやはり「理論」がある。
「練習で調子が悪くて、ちょっと厳しいなと思いながら試合に入っても、やっぱり打てない。それと同じで1打席目でうまく対応できない感覚があったとき、2打席目、3打席目、4打席目があるなかで、1打席目と同じのことをやってもいい結果が生まれる可能性は低いと思うんです。だから、打てないな、と思えばマイク・トラウトで打ってみようとか、坂本さんで試してみようとかやっていく。その究極がタイミングを消すことになります。そっちの方が打てたりするんですよ。メンタル的にいいのかもしれないです」
鈴木に紹介してもらってきた、「理論」に裏打ちされた「感覚」は枚挙にいとまがない。
「細かく言えば手の位置、足の力の入れる箇所、位置、ステップの幅……いっぱいあります」と言ったバッティングの「枝葉」と同様に、打席に立つメンタリティにも、多くの「枝葉」=選択肢を持つ。
そして、そこからそのとき、そのときで自分の状態と相手の状態、試合状況を鑑みて選択していく。
ポイントは「メンタル的にいい状態」で打席に立つことだ。
5回、2アウトランナー1塁。1対3で2点をビハインドという状況で迎えた第3打席での「メンタル状況」を鈴木はこう言った。
「その前の打席が(相手ピッチャーの)マクガフにセカンドフライに打ち取られたんですけど、カットボールを泳いでしまったんです。彼(マクガフ)に対してもちょっと苦手な雰囲気があって、メンタル的にもそう感じてしまう瞬間があった」
「後ろにつないでチャンスを広げよう」と打席に立った鈴木は1ボール1ストライクの並行カウントで「メンタル」を変える。
「自分の頭の中でカウントを3ボール2ストライクにしました。ストライクは全部振って、ボールは見逃せれば御の字だ、という感覚ですね。そうしたら、たまたまストレート系が真ん中に入ってきたので、──カットボールか何かだと思うんですけど、うまく捌けました」
あえてメンタル的に「追い込まれた状況」を想定する。そして自身の思考をシンプルなものにし、自然体へと導いた。
振り抜いた打球は三塁線を抜けるタイムリーツーベースヒット。最大5点差をひっくり返しサヨナラ勝利を収めることになるこの試合のお膳立てをした。
鈴木の「感覚」と「理論」。次回は最後にそれを作り上げるアスリートとしての哲学を紹介する。
(執筆:黒田俊、デザイン:松嶋こよみ、写真:森寛一、GettyImages)