中村憲剛×岩政大樹、クロップは「ペップ時代」に続けるか?

2020/3/2
「戦術」「個人能力」そして「ビジネス」。サッカー界では常にそのトレンドがはっきりと提示される。果たして2020年のそれはどんなものになるのか。元日本代表の中村憲剛氏と岩政大樹氏に語り合ってもらった。全3回の第1回。

ペップもクロップも「人ありき」

──「2020年サッカー界のトレンド」をテーマにお二人にお話しをお願いしたいと思います。まず編集部で以下の5つのテーマをご用意させていただきました。この中から2つ程度ピックアップしていただくか、もしくはお二人が今感じらているトレンドについてご意見をいただければと思うのですが。
中村憲剛(以下、中村) 全部、答えづらいっ!
岩政大樹(以下、岩政) はははは。僕は引退しているからまだしも、確かに現役選手では特に答えづらいですね(笑)。
──もちろんこれ以外で「2020年のサッカー界をこう見る」というものがあればそれでも結構です。
中村 岩政さん、お願いします。
岩政 はい(笑)。今年のトレンドを考えると5番ですよね。リバプールは外せない。
 昨季にチャンピオンズリーグを制し、プレミアリーグは順位こそ2位でしたけど、1敗しかしていません。そして、今季はプレミアリーグで24試合を戦って26勝1敗1分け(3月1日時点)。
 勝ち点79ポイントで、2位のマンチェスター・シティに22ポイントの差をつけている。今シーズンの強さは抜けていますよね。
中村 本当に。
岩政 ここ10年くらい、一つのトレンドとして「ポジショナルプレー」(ピッチ上のどこにボールがあるかを踏まえて、選手たちが正しいポジショニングを行う)というものが出てきたり、以前にも増してスピード感のある「ストーミング」と呼ばれるようなスタイルが確立されたりと、サッカーが変わってきたと思うんですけど、(中村)憲剛くんはどう見ていますか? サッカートレンドの中心でもあるヨーロッパサッカーの潮流でもいいです。
中村 流れを見ると「人ありき」なんだなって再確認している。最前線のヨーロッパですら。
岩政 ほう。
中村 リバプールの前──というか、この10年くらいのサッカー界はペップ(ジョゼップ・グアルディオラ)がその中心に居続けたと思うんだけど……、彼がバルセロナの監督として出てきたときって、(リオネル・)メッシ、シャビ、イニエスタ、(セルヒオ・)ブスケッツという錚々たるメンバーがいた。彼らがいたからこそペップのサッカーが成り立ったんじゃないかな、と思うわけ。
 ペップの頭のなかにやりたいサッカーがあっても、それを体現できる選手がいなければできなかった。体現できる選手がいたからこそ、強いバルセロナが生まれた。
岩政 なるほど。戦術がトレンドであるというより、選手があって戦術が生きた
中村 と、思う。ペップはどこに行っても人を獲るでしょう。それはクロップもそう。いまのリバプールも同じで「人」がすごい。
 (サディオ・)マネがいて、(ロベルト・)フィルミーノ、(モハメド・)サラー、(フィルジル・)ファン・ダイクがいる。こうした選手を何年かかけて人を集めている。
 結局、監督の頭のなかにあるサッカーを体現できる選手がいないと、なにも始まらない。そういう意味では、やっぱり「人」なんだなって思うよね。
岩政 確かに。
──そういう意味では、クロップがペップの後の10年を作れる可能性はどうでしょう。
岩政 うーん……。
中村 クロップの10年かどうかはわからない。それこそ「人」だから「次の10年を担う選手たち」が、「どの監督」のもとでやるのかで変わってくると思う。
 どこかのチームが「いい選手」を獲って、すごく面白い新しいサッカーをすれば、そこに魅力を感じて「人」が流れていくかもしれない。
 ペップ時代のバルセロナは、夢とかロマンがあったから、こぞってみんながその形にトライしたんだけど、どこもバルサを越えることはできなかった。それを見てきて、「やっぱりそうなるんだな」と。「結局は「人」なんだな」というのは、俺のなかにはあるかな。
岩政 なるほど。
中村 さっきマサ(岩政)が「ポジショナル」って言ったけど、そういう戦術的なトレンドは、“その形に落とし込むことは可能”だとは思う。でも、最後の部分は結局“属人的”な要素が大きいのかなって思うよね。
岩政 ある程度のところまでは、(その戦術などが)カバーできても。
中村 そうそう、最後は人。個の部分やアイディアとか。これはすごく深いです。
岩政 大きな視点で言えば、選手や監督だけではなく、フロントも同じ方向を向いてチーム編成・強化をしていかなきゃできないことでもありますよね。
中村 そう。そこが大事。
──その点で言うと、ペップのバルサやシティは、ものすごい移籍金で選手を獲得してきました。それに比べればという条件がつきますが、リバプールは少ない。ペップスタイルより、クロップスタイルの方が、他のクラブへの再現性がある、という可能性はどうでしょう。
岩政 なるほど。
中村 いやー、でもリバプールが獲ってくる選手も超一流タレントばかりだからなー(笑)。
リバプールを支えるファン・ダイクとマネ。
 フロントが、クロップのやりたいサッカーを理解して、彼が獲得したい選手に対してちゃんと動いている。ファン・ダイクもそうだしアリソンもそう。リバプールは、マサが言ったように、ちゃんと現場とフロントが一体となっている感じがすごくするんです。
岩政 選手・監督だけじゃなくてフロントも一体になっている感じがありますよね。逆に、だからこそ(マンチェスター・)ユナイテッドがうまくいっていない。
中村 ユナイテッドは、なかなか大変そうだよね。やっぱり(アレックス・)ファーガソンの影響力がすごかったのかな。
岩政 本当にそう。
中村 財政問題とか色々あるんだろうけど、ACミランも同じ状況かな(会長のシルヴィオ・ベルルスコーニが2012年にオーナーから名誉会長となって低迷が始まる)。
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タレント性を支える「監督力」

──なるほど。「チームとフロントが一体」であり、選手のタレント性があることが次のトレンドを作る。一見、当たり前ですけど、ビッグクラブでもできていない例が多々ある。
中村 ですね。
岩政 それを日本に落とし込んでみると、フロンターレはチームのスタイルが決まってきて、そこに合う選手を育て、獲得できるようになって強くなったじゃないですか。
中村 そうだね。
岩政 でも、多くのチームはそこがどんどん変わっちゃう。毎年シーズン前に「新しいことを取り入れたい」って、その言葉は聞こえがいいですけど、それって“今、所属している選手”でやれることなのかなと疑問に思う。どこか整合性が取れないチームが増えているというか、それを繰り返していて……。
中村 うん、うん。
岩政 それをちゃんとやっていたのが、かつてのバルサだったんじゃないかな、って思うんですよね。
 スタイルが見えることとそのチームに見合った選手がいること。スタイルだけじゃなくて、選手だけでもない。さらにそれを見られるスタッフがいる。これが結構、大きい気がしています。
中村 そういう意味では選手のなかに、クラブの哲学や理念を理解しているカンテラ(育成組織)の選手が真ん中にいるチームは崩れにくいかなと。
岩政 そうですね。
中村 あと、それを補えるのが監督力
岩政 間違いないですね。
中村 たとえば、今年のインテルは調子がいいでしょう。あれは(アントニオ・)コンテが就任したことがものすごく大きいと思っていて。
 彼は戦術はもちろんチームの士気をガッと上げられるパーソナリティも持っている。ミランと同じように「名門の低迷」のように見られがちだったけれど、そこから脱してちょっとずつ形になってきている。
──10シーズンぶりのスクデットを狙える位置にいます。
中村 テーマ(2020年のトレンド)でいえば、「監督力」だと思っています。世界のサッカーを観ていると、今まで以上に「監督力」が大事だと思う。
岩政 ですね。FC東京の長谷川健太監督を見ていてそれは思います。ピッチ上の戦術を作るだけではないものが必要になる。
中村 戦術だけじゃなくパーソナリティも必要になってくると思う。選手にかける声のタイミング、内容、質。
岩政 ここがサッカーの一番難しいところであり、面白いところですよね。
 結局、ペップのバルサも見える部分においてはボール扱いがすごくうまくてインテンシティも高かった。リバプールも当然そうだし、昨シーズンJリーグで優勝した横浜F・マリノスとかもそうだったと思います。
 でも実のところ、そのテンションで1シーズンずっとやれるのか? という再現性の部分が、キモだったりしますよね。もちろん、みんなプロだからモチベーションはあるんですけど、テンションが落ちそうなときもたくさんあって。
 そういう状況はちょっとした声掛けで瞬間的に変わるじゃないですか。それができる監督が良い指導者だと思っています。
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中村 いい指導者の条件って、選手がその指導者のもとでやれば伸びる、成長できると思えるかどうかなのかなと。
岩政 「周囲の目」の一つでもありますね。
中村 「この指導者の下にいてもダメじゃないか」と思った時点で選手の成長は止まる。ワクワクして練習場に行けるかどうかが大事で、「今日もうまくなれるかな」「楽しいな」という感覚があると、選手は勝手に伸びていくと思う。
岩政 現役を引退して、現場を離れて見えてきたことでもあるんですけど、そうすると、監督はサッカーを知っているだけではダメなんじゃないかって感じています。
中村 そうだね。

フロンターレ、変化を実感した「評価」

岩政 より広い目で見たクラブの理念もそうだし、マネジメント、それこそ人としてみたいな部分が大事になってくる……。
 それで言うとフロンターレはどうだったんですか? 勝てなかった時代から3年連続でタイトルを獲れるクラブになっていったじゃないですか。チーム内の空気感の変化というものはありました?
中村 優勝したことで、タイトル獲得を視野に入れながら上位で戦い続けることが日常になっていく。これが大きい。目標の設定が上がっていった実感があるかな。
 いい結果が出た翌年は、それより上の結果が目標になるじゃない。加えて、上にいればいい選手も入ってくるし、フロンターレでサッカーをやりたいという選手も増えてくる。
岩政 タイトルを獲ると変わりますよね。サポーターの期待とかも含めて。
中村 そうね。去年が象徴的で、「リーグ3連覇」という目標があって、俺ら選手もそれに期待していたし、サポーターの人たちも期待してくれていた。その中で、ルヴァンカップは優勝できたけど、「リーグ3連覇」は出来なかった。
 じゃあ、昨シーズンをどう評価するか、と言えば「初めてカップ戦のタイトルを獲った年」だけど「3連覇を逃した年」として、よりフューチャーされた評価になる。
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──カップ戦のタイトルを獲れたという総括ではないと?
中村 そう。それで「良し」としない。むしろ「物足りない」。そういうクラブになりつつあるのは大きいと思う。
 そういう「周囲の目」が僕らの日々のトレーニングの強度も上げてくれて、強くしてくれる。「ここでやっていればタイトルに近づく」と思ってやるのとそうではないのとでは違う。鹿島アントラーズが強かった頃もそうじゃなかった?
岩政 そうですね。今の話を鹿島と重ねながら聞いていました。
<第2回(3月3日配信予定)に続きます>
(聞き手・編集:黒田俊 執筆:小須田泰二 写真:花井智子、GettyImages デザイン:九喜洋介)