中島翔哉と南野拓実を生み出す、「育成」の本質

2020/2/19
いい選手には、いい指導者がいる──。これはスポーツだけではなく、どの分野においても言えることだ。三木谷浩史氏とともに楽天株式会社を作り上げた仲山進也氏と育成のスペシャリスト・菊原志郎氏の対談。
サッカー元日本代表で、指導者に転身してからはユース世代の育成に携わり、南野拓実(リバプール)、中島翔哉(FCポルト)など多くのトップ選手を育ててきた菊原志郎氏
そして、創業期(社員20名)の楽天に入社し楽天市場出店者の学びの場「楽天大学」を設立、20年間にわたり数万社の中小企業やベンチャーの支援をし続けるかたわら、組織文化やチームづくりなどを研究している仲山進也氏
二人の共著である『サッカーとビジネスとプロが明かす育成の本質 才能が開花する環境のつくり方』が昨年11月に発売された。

さまざまな「才能」を目にしてきた二人が語る、育成、指導の在り方の本質。

大切なのは「お題」

──菊原さんはご自身も現役時代に「天才」と呼ばれ、さらにたくさんの優れた選手を世に輩出してきたわけですが、ずばり、天才は育てることができるものなのでしょうか?
菊原志郎(以下、菊原) 僕の場合、父親が素養を作ってくれたと思います。父親から言われたことをやってきたら、人とは違うものがすごく身についたんです。
菊原志郎(きくはら・しろう)元サッカー日本代表。広州富力足球倶楽部アカデミー育成責任者。4年生から読売クラブ(現・東京ヴェルディ)に所属し、15歳でプロ契約、弱冠16歳で日本サッカーリーグ最年少デビューを果たす。引退後は指導者に転身し。現在は中国スーパーリーグで育成に携わるなど活躍の場を広げている。
 たとえば、小学校のとき、家の前にある100段くらいの階段をドリブルで20往復してから、いつも学校に行っていました。
仲山進也(以下、仲山) 階段でうまくドリブルできれば平地なんて余裕だろう、という発想だったそうですね。
仲山進也(なかやま・しんや)仲山考材株式会社代表取締役 兼 楽天株式会社楽天大学学長。創業期(社員20名)の楽天株式会社に入社し、2000年に楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立。2016年には横浜F・マリノスのプロ契約スタッフとなり、コーチやジュニアユース向けの育成プログラムも手掛けている。
菊原 ドリブルが上手くなったのは完全に“階段ドリブル”のおかげですね。
 父の勧めでサッカーのほかにいろいろな習い事をやっていたのも大きいです。空手をやったおかげで相手との“間合い”を覚えたし、スキーでバランスの取り方を覚えて倒れなくなりました。
 15歳でプロサッカー選手になったとき、都並敏史さんや松木安太郎さんなど、当時バリバリの日本代表のディフェンダーに最初はボールを奪われたのですが、間合いがわかるとみんな僕に触れることができなくなって。
仲山 それで「ドリブルの天才」と言われるようになったわけですね。子どもの頃って、サッカーはどのくらいやっていたんですか?
菊原 小学生のときは、サッカーは週3回しかやっていなかったと思います。
仲山 少ないですよね。その分、いろんな経験が掛け合わさることで、サッカーだけやっている人には珍しい、独自の強みが生まれたと。あと、お父さんのエピソードで印象的だったのが、志郎さんを水族館のアシカショーに連れていって、アシカがボールを鼻先に乗せるところを指差して……。
菊原 「トラップのお手本はあれだ」って言われました。
仲山 お手本が人間じゃないという。
菊原 いつも父親から「お題」を与えられていたんです。普通の人がやっていないレベルのお題をやれって言われて、できるようになったらいつの間にか他の人との差がついていました。
仲山 本のサブタイトルが「才能が開花する環境のつくり方」なのですが、そのひとつのポイントが「いいお題を与えること」だと思います。
 特に、いまのステージよりも先のステージに行かないとクリアできないようなお題を与える。志郎さんのお父さんは、これがバグツンにうまいと思います。
菊原 保護者の方々と話していて気になるのは、子どもがつまらなくなると、すぐやめていいよと言ってしまうんです。やるだけやってダメならいい。でも、まずはとことんやるとこまでやらせないといけないと思うんです。
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仲山 レギュラーになれないならやめてもいいんだよ、とか。
菊原 結果だけに一喜一憂してしまうわけです。
 その過程の中にいろいろな学びがあったり、楽しいことがあったりする。そういうことが、子どもにとって大切です。
 でも、保護者はどうしても成功したか失敗したか。100か0かみたいなジャッジをしてしまっていますね。結果がすべてではない、プロセスを犠牲にした結果しか出せないようだと長続きしないということを認識する必要があると思うんです。

必死は夢中に勝てない

菊原 自分でやりたいと思えているかどうかがポイントで、サッカーでも仕事でも、夢中になることが大事なんです。
仲山 本のなかで紹介している「フロー理論」というのがあります。フローとは夢中という意味ですが、心理学者のミハイ・チクセントミハイ博士の提唱する夢中のメカニズムが下の図です。縦軸が「挑戦の難易度」で横軸が「能力」になっています。つまり、能力が低くて挑戦の難易度が高すぎると不安になるし、能力があるのにチャレンジしないと退屈になります。
菊原 そうですね、夢中で練習しているっていう感覚でした。
 中村俊輔くんも練習が終わって延々と30、40分くらいずっとフリーキックを蹴っていました。でもあれは、彼にとって努力じゃない。自分の感覚を磨いているだけなんです。
 それが楽しくてやっている。努力とは思っていないわけです。
仲山 志郎さんは本のなかで、天才と呼ばれていたことについて「サッカーの天才じゃなくて努力の天才なんだ」と書かれていましたよね。でも、よくよく聞くと実は努力だと思っていない。
菊原 人の10倍はやっていました。量も違うし質も違う。とくに質が違ったと思います。
仲山 質という意味でいうと、夢中になってやるのか、やらされて必死なのかで違いますよね。
菊原 先ほどの“階段ドリブル”なんかも、最初は必死じゃないですか、早く20往復終わらせて学校行かないと遅刻しちゃう。やらされ感、満載です。
 でも、だんだんうまくできるようになってくると、面白くなってくるんです。気付いたらすごく能力が上がって、周りが認めてくれるようになります。
 そのレベルまで行くと、今度は楽しくなって夢中になるんです。
仲山 最初はやらされて始まったお題でも、面白がって夢中になれるかどうかが大事ということですね。

やりすぎた人が天才

──巷の育成本などで、「子どもに考えさせる」というテーマが取り上げられていますが、どうお考えですか。
仲山 「考えさせる」とか「夢中にさせる」という表現は要注意だと思っているんです。こちらが「考えさせる」と、相手は「考えさせられた」という関係になるからです。結局、自発的には考えられていないわけです。「夢中にさせられている」だけの状態も同じですよね。
 さっきの「フロー理論」の図で言うと、大事なのは、退屈ゾーンから自分で夢中ゾーンに移行できるようになること。つまり自分で工夫して「遊ぶ」ことです。
 そもそも遊びって「退屈だからなにか面白いことやろう」というところから始まります。遊んでいる子どもって、遊びがつまんなくなってきて退屈ゾーンに入ったら、勝手にルールを難しく変えたりしてまたやり始めるじゃないですか。
 シュート練習だったら、うまくなってきたら次はクロスバーに当ててみようとか。仕事も同じで、仕事を遊んでいる人は、退屈になったら違うことにチャレンジしていきますよね。
──いわゆるビジネスのなかでも、天才的な人間はいるのでしょうか。
仲山 僕が所属している楽天の三木谷(浩史)さんもそうだと思います。三木谷さんは、どこまでいっても満足しないので、退屈そうにしていることがないです。常に、夢中になれる遊びを探している感じです。
菊原 僕にも同じ感覚があります。
──そもそも天才の定義とはなんでしょう?
仲山 『海馬/脳は疲れない』という本があって、糸井重里さんと脳科学者の池谷裕二さんの対談本なんですが、そのなかに、やりすぎた人が天才だ、と書かれています。
 三木谷さんの著書『成功の法則92カ条』に出てくる「三木谷曲線」というのも同じようなことを表現しています。
──三木谷曲線、ですか。
仲山 やり切るまで努力し続けることの重要性を図式化した曲線なんですが、最後の0.5パーセントが大きな差を生むと。だいたいの人は99.5パーセントまで同じように努力している。大きな差がつくのは残りの0.5パーセントだと。
 やり切る、やりすぎると圧倒的にクオリティが上がる。9割とかで終わらせたらもったいないぞって。
菊原 大事なのはトコトンやること、そしてそれが苦じゃないということです。
仲山 夢中と必死の違いのひとつに「ミスに対する評価」があります。あるやり方がうまくいかなかったら、「次どうやってトライしようかな」と試行錯誤し続けられるのが夢中。必死モードの場合は、ミスをマイナス評価されることが怖い。怒られないようにがんばり続けた結果、どこかで燃え尽きてしまうことがあります。
菊原 普通の人から見たら変態なんです(笑)。なんでそこまでやるんだよと。
 イチロー選手も、既成の枠に収まらずいつまでもバットを振り続けていますよね。
仲山 やりすぎるから、突き抜けることができるんですよね。
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「個か組織か」という議論の問題点

──菊原志郎さんが指導してきたなかで、こいつは天才だと思った選手はいますか?
菊原 中島翔哉(現・FCポルト)はそれに近いかもしれないです。天才とは言われてなかったけれど、良くも悪くも突き抜けていました。
 当時からテクニックやドリブルはすごかったと思います。でも、中学3年のとき、ヴェルディで試合に出られなかった。自分のプレーに夢中になりすぎて、あまり守備をしなかったんです。上手いけど、いい選手ではなかった。マラドーナやメッシのように、ブラジル相手にドリブルで3、4人抜いてチームを勝たせることができる選手ではなかったんです。
 だから、天才というふうには思われていませんでした。
 なので、「もっと味方とコミュニケーションを取って、コンビネーションの質を高めろ」と話していました。
──先ほどの話に当てはめると、自分のプレーに“夢中”になれるけれど、試合には“夢中”にはなれないと?
菊原 そうですね。たとえば、僕がU-17日本代表のコーチをしていたとき、(2011年の)U-17ワールドカップの準々決勝でブラジルと対戦して、最初に3点取られて、後半に途中出場の翔哉のゴールを含めて2点取り返した。
 追いつけるかどうかっていうところまでいったんだけど、結局、負けてしまった。 みんな悔しくて泣いているなか、翔哉は「見た? 俺の点、見た?」って(笑)。
──それが、いまや日本代表の10番です。
菊原 努力をして、チームのことも考えられるように成長しているのだと思います。
──先日、リバプールに移籍した南野拓実選手は、どんな選手でしたか?
菊原 彼は15歳の頃から代表チームで3年間見ました。性格は大人しくてそんなにしゃべるタイプではなかった。
──天才肌ではない?
菊原 突き抜けているかという部分で言うと、拓実の場合はそうでもない。堅実な努力家でした。
 当時、僕にいろいろ聞いてきました。「自分がプロで活躍するにはなにが必要ですか?」とか。
 彼の一番の良さはファーストタッチ。フォワードとして身体が大きいわけではなかったから、ペナルティエリアの近くでいかに相手の間合いからタイミングよく離れて、ボールを受けていいコントロールをして、相手が寄せてくる前にシュートを打つか。
 その一連のスピードを上げるようにって、ずっと言い続けました。それが(リバプールの)クロップ監督のお眼鏡に叶ったのではないかと思います。
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──それ以外では、どんなことを指導しました?
菊原 (U-17日本代表の)合宿中や大会中に、みんなで映画を観ておしゃべりをしていました。当時は何のためにやっているのか周囲に理解されにくかったのですが、仲山さんが言語化してくれて。
仲山 サッカー選手がサッカーについて議論すると、サッカー・ヒエラルキーがあるので、下手な選手がいいことを言っても聞いてもらえなかったりします。でも映画の話だったら、サッカー・ヒエラルキーが関係なくなるので、お互いの話をフラットに聞きやすくなります。
 チームビルディングって、みんなが言いたいことを言える関係性をつくれるかどうかが肝です。映画の感想を言い合いながら、「こいつ、いいこと言うな」とか「そんなことを考えていたのか」などと相互理解が進んでいきつつ、「意見って、人と同じじゃなくていいんだな」という価値観が共有されることには極めて重要な意味があるんです。
 しかも、映画の感想って、正解がない。そこで変なことを言っても別に本業の評価が下がるわけではないから、リスクを感じずに話しやすいわけです。本業以外のジャンルで個人の価値観を共有できるアクティビティって、チームビルディングにすごく役立つんです。
菊原 監督の吉武博文さんとコーチの僕は、U-17代表のメンバーをA代表へつなげることをずっと考えて指導していました。
 日本がワールドカップで上を目指すとき、ベルギーやブラジルと試合をやったら、ピッチ上で問題が山ほど出てきます。その問題を、その場でグループとして短時間で解決できる選手を育てないといけないと。
 それを見越して、お互いを理解してディスカッションを重ねて、共通の価値観を持つことを徹底させました。
 翔哉、拓実などもその後、成長して代表チームに溶け込んでくれました。
 元日本代表監督の岡田武史さんも、彼らがこんなにすぐにフィットすると思ってなかったと言っていたけれど、彼らが本田圭佑、長友佑都、香川真司らの世代に割って入ってポジションを得るのは、簡単なことではなかったと思います。
──天才と呼ばれる選手にも、コミュニケーション能力は絶対条件なんでしょうか?
菊原 個の育成って、ひとりでいろんなことを打開できる力を増やすことだけではないんです。 “組織で生きる個”を育てていかないと、独りよがりの選手で終わってしまう。
 仕事でも一緒。自分勝手なだけの人間は、組織には要りません。
 もちろん個々の能力を高めるのはすごく大切だけど、組織のなかでいかに人と上手くやるか。人の能力も引き出せる、人のサポートもできる、そういう個を育てていかないと。
仲山 よく「個か組織か」という議論がなされますけど、あれは問いがよくないですよね。「個か組織か」の二択ではなく、「個×組織」という掛け合わせじゃないと。
菊原 両方ないとダメですね。
 拓実が一番自然な形でしょう。コツコツやってあそこまで行っている。
 翔哉のやり方は、他の人が真似したら99.999%、成功しない。彼は本当に職人肌だから。
仲山 「天才を育てられるのか」という問いに対するひとつの答えとしては、やっぱり環境のつくり方、特にお題の出し方って大事だと思います。
 本の第一章では「天才の育ち方」と書いています。「育て方」ではなく「育ち方」というところが肝で、育てられるかというと、思ったように育てられるものではない。
 でも、「夢中になってやり過ぎる」ような環境を作ってあげることはできると思うんです。
菊原 そうですね。それは日本でも中国でも変わらないなと、いま実感しています。
(取材・執筆:小須田泰ニ、編集:石名遥、撮影:日野空斗、デザイン:黒田早希)