爆増するタクシー広告市場の裏側とは

2020/1/31
 デジタル広告の勢いが止まらない。
 2018年、世界の総広告費に占めるデジタル広告費のシェアが、テレビ・新聞・雑誌・ラジオ・映画館・屋外/交通、などのすべてを抜いて1位となった。
 その成長率も高く、2019年には41.8%、2021年には48.3%のシェアになる予測だ。(「世界の広告費 成長率予測」2020/1/23 電通イージス・ネットワーク調べ)
 そうした世界的な趨勢の中、日本で新たな潮目が生まれている。「デジタルサイネージ広告」の市場である。
 駅や交通機関、商業施設や店舗、屋外、そのほか公共施設などに設置されるデジタルサイネージ広告で、もっとも市場のシェアが大きいのは交通機関のサイネージ。その中でも、彗星の如く現れて急激に伸びているのが「タクシー広告」だ。
 NewsPicks読者でもタクシーの利用頻度が高い諸氏は、その勢いを肌で感じていることだろう。
 2018年から2019年にかけて「タクシー広告」の市場規模は2倍に伸び、2020年にはさらにその倍になると予測されている。2023年には市場規模が75億円に到達する見込みだ。
 都内の法人タクシーの台数は、およそ2万7千台。そのうち、2019年4月時点では、タクシーサイネージを搭載していた車両は1万台に満たなかった。それが2020年1月現在では、約2万5千台に搭載。いまや都内の法人タクシーで、サイネージを目にしない方が珍しくなった。
 この急激に伸びているタクシー広告に目をつけたのが、「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」をビジョンとして掲げるラクスル株式会社だ。
 2019年12月、ラクスルは、モビリティメディア「THE TOKYO TAXI VISION GROWTH」を提供するニューステクノロジー社と業務提携契約を締結した。ラクスルでは2018年1月から、テレビCMの制作・放映・効果分析サービスを開始している。この業務提携により、タクシー広告サービスにも対応できるようになったのだ。
 今回、NewsPicks Brand Designは、渦中の二人に業務提携の狙いとタクシー広告の可能性、現在の広告業界の問題点まで語ってもらった。

都内で急増したタクシーサイネージ。その裏側とは

──今回は、どういった経緯でラクスルとニューステクノロジーの業務提携に至ったのでしょうか。
三浦純揮(以下、三浦) 最初、私の方から提携したいということを伝えたんです。そもそもクライアントがタクシー広告を利用する理由としては、出稿により問い合わせを増やして、売上を上げたいと考えているわけです。タクシー広告出稿後は、共通して検索クエリや問い合わせ数の増加が期待できます。
 ところが、入稿されたCMのクリエイティブがその目的を果たせない内容になっていることがある。最初の段階で広告をプランニングしてくれるよい仕切り役を紹介できたら、もっと効果が上がるのにと歯がゆく思うことがありました。
 タクシーサイネージは、基本的に広告がメインです。ですので、広告のクリエイティブが良くも悪くも媒体の価値に影響します。我々は、このタクシー広告を一過性のものではなく、モビリティメディアとして定着させていきたい。そこで、ラクスルの力が必要だったんです。
田部正樹(以下、田部) 動画広告って、よくわからないまま始めてしまうと「有名タレントを起用して、1億かけましょう」といった規模の大きな話になってしまうことが多いじゃないですか。ラクスルでは、高価すぎず、かといって自動生成の安っぽいものでもない、手頃な価格で効果の出る動画を作ってきた実績があります。
 ラクスルは、新しい仕組みをつくって世界を変えようとしている会社です。そしてニューステクノロジーはタクシー広告という今までにない広告ビジネスをつくる会社。広告・メディアというのは重たい業界で、古い慣習からなかなか抜け出せないところがあります。だからこそ、チャレンジしている会社と組みたいと考えていました。
 2019年9月には、事業戦略とクリエイティブを統合したマーケティング支援で実績を出している「The Breakthrough Company GO」(以下GO)とも事業提携しました。GOもクリエイティブの分野を変えようとしている会社です。
 一つ言っておきたいのは、GOの三浦崇宏さんも、ニューステクノロジーの三浦さんも、眼鏡、ヒゲ、短髪、強面という外見ですが、名前と外見で提携先を選んでいるわけではないんですよ(笑)。
──田部さんも似たような風貌なので、どうしてもそこに目がいきますね(笑)。図らずもそうなった、と。
田部 もちろんです(笑)。それに以前から、タクシーサイネージは、久々に現れた有望なデジタルサイネージだと考えていました。だから提携も渡りに船というか。いまタクシー広告は大人気、枠がすべて埋まってるんですよね。
三浦 はい。今では、2020年3月末まですべての枠が埋まっています(2019年12月取材時点)。
田部 急に広告がバンバン流れるようになったので、タクシーのユーザーから、「広告流すなら、タクシー代を安くして」と言われることはありませんか?
三浦 Twitterなどでそういう意見を目にすることがあります。が、仕組みを聞けば納得していただけるかと思います。広告の収益はレベニューシェアでタクシー会社に還元され、その多くはタクシーのサービス向上に使われています。例えば、配車アプリの開発費、電子マネー決済システムやユニバーサルデザインタクシーの導入など。
 他にも、アプリに紐付いた予約時に運賃がわかる事前確定運賃や相乗り運賃など、サービス改善のためにも使われています。広告を流すことで、タクシーユーザーがよりよいサービスを受けられる環境が整備されていっているんです。

ターゲティングならウェブよりタクシー

田部 タクシー広告は、しっかり効果が出ているのがすばらしい。実際、ラクスルのお客様であるHRBrainは、タクシー広告で大きく業績が伸びたんです。
 正直、駅や電車内のサイネージは、あまり効果が見えにくいところがある。一方、タクシーは満稿(広告枠の売り切れ)が続いている。その違いをどう考えますか。
三浦 一つは視聴態度です。タクシー広告はプライベート空間で流れる広告だから、自分に向けられたメッセージだと認識されやすい。
 しかもタクシーは、ある程度お金を自由に使える人が頻繁に乗るので、経営者や決裁権をもつビジネスパーソンにアプローチすることができます。
田部 デジタル広告はデモグラフィックや興味関心ごとでターゲティングできますが、実態を言うと、必ずしも狙っているターゲットにリーチできているとは限りません。そんな中でユーザーの大半が経営者というウェブサイトなんてなかなかないですよね。それこそNewsPicksぐらいでは(笑)。
 でも、タクシーなら高確率で、経営者、もしくは決裁権をもつ層に広告動画を観てもらえる。だから、タクシー広告はB2BやSaaSの広告が多いんです。
三浦 ラクスルはテレビCMでABテストをやってきたんですよね。
田部 僕らは毎回、すべての媒体で1000円、1万円単位で効果測定をしているんです。そしてそれをメソッド化してきました。そのプランニングのノウハウは、ラクスルが印刷事業などで身銭を切って、広告の効果検証を積み重ねてきたところから生まれています。
 広告のプランニングというのは、どういうクリエイティブがよいのか、どんな媒体に、どのくらい広告を出せば望む効果が得られるのか、最適解を出すこと。
 ラクスルの立ち位置は、プランニングプラットフォームなんです。需要と供給をマッチングしているので、プラットフォーマーではある。でも、プラットフォームとしての役割だけではなく、むしろプランニングで価値を出せると考えています。

実はお得なテレビCM。地方でテスト、関東で勝負

田部 ラクスルの場合は、まず金額の安いローカルエリアでテレビCMを何パターンか流して、効果の高かったものを採用していくという方式をとっていました。こうするとリスクが少ない。エリアごとに動画の勝ち負けをつけて、最終的に勝ち抜いた動画をもっとも広告料金の高い関東エリアのテレビCMとして流すんです。
 自社の場合はこれがすごくはまったのですが、お客様の中には首都圏でしかまだサービスを展開していない、という企業もある。関東エリアはテレビCMを打つと、1週間で数千万円かかってしまうので、テストができません。そこで、ローカルをタクシーに置き換える、という手法を考えました。
三浦 首都圏のタクシー広告で、まず動画の検証をしてみる、と。
田部 タクシーでテストマーケティングをして、反応がよければテレビCMを打つ。そういう検証にタクシー広告を使うこともあります。
──そもそも、ラクスルはなぜテレビCM事業を始めたのでしょうか。
田部 ラクスルは印刷事業からスタートしています。印刷事業が伸びていく中で気づいたのは、お客様の真の目的はチラシの印刷ではなく、集客であるということ。それで、印刷以外のお手伝いもできないかと、折り込みやポスティングなどにもサービスを広げていきました。その流れで、テレビCMでも集客できるのではと考え、サービスを始めたんです。
 もう一つの理由は、ラクスル自体が2014年からテレビCMを打つことで、会社を大きく成長させた実績がある、ということ。テレビCMはオンライン広告に比べて、リーチコストが著しく低いんですよ。一番差が大きいところで、7分の1くらいまで下がります。
  つまり、テレビって実はお得なんです。ここ4、5年で大きくなった会社は、それに気づいた上でテレビとWEBを上手く活用して売上を増やし続けています。
 こうして、自社のテレビCMでためてきたノウハウとお客様のアセットがあれば、テレビCMを安価に販売できる、と考えました。さらに言えば、テレビCMの敷居を下げて誰でも出稿できるようにすることで、新しい市場をつくれる、という仮説を立てたんです。

マーケッターが費用対効果に向き合う重要性

──今の日本はオンライン広告とテレビ広告で、CPMにそんなに差があるんですね。でも、テレビCMで認知度は上がりそうですけど、実際にユーザーが増えたりするのでしょうか。
田部 結論から言うと、ユーザーは増えるし、売上も上がります。ちゃんと効果が出るようなCMを打てば、ですけどね。オフライン広告も、効果測定ができるんです。あるエリアで一定期間テレビCMを流して、流していない時期と比べる、流していないエリアと比べる。そうしたことを地道に測定して、差分を明らかにすれば、テレビCMの効果は数字で出てきます。
 経営者が知りたいのは掲載媒体数、認知度、CMの好感度……ではなくて、広告によって売上がどう変化したかですよ。でもその数字を出してしまうと、責任逃れができなくなってしまうので、間接的な指標を置いて、見栄えのいい数字ばかり揃えたくなってしまいますよね。いまや事業会社のマーケティング担当も、もっと真摯に「費用対効果」に向き合わないといけない時代になっていますよ。
三浦 かつては、多数の媒体に露出した、視聴率の高いテレビ番組に取り上げられたといったことでモノが売れていたんですよね。人が行列をなしたし、サーバーがパンクするくらい問い合わせがきた。でも、今は情報の広がり方自体が変化していると思います。
田部 もっと言えば、広告自体が話題になったり、専門雑誌に取り上げられたりする広告業界のための広告は、広告の効果としては意味がないことが多い。本質的には、その広告でどれだけ商品が動いたかが大事だと思います。
三浦 自分はPR会社出身なのですが、PRもカバレッジだけでなく、田部さんの仰るように、どれだけモノが売れたかが重要だと感じています。
田部 やはりマーケッターに必要なのは、マジョリティの感覚です。
 東京23区内の感覚って、特殊ですからね。消費税が2%上がっても、僕のまわりは特に消費を控えている人が見当たらない。でも、国内の消費は確実に落ち込んでいる。2%の増税でものを買うのをためらう人がマジョリティなんです。
三浦 本当にそのとおりですね。
田部 一般的な感覚を失わないように、僕は消費者インタビューや顧客インタビューを頻繁にやっています。

ネットで簡単にタクシー広告を出稿できる未来

──それでは、タクシー広告は今後どのように変わっていくのでしょうか。
三浦 タクシーサイネージは、最近アドだけでなく自社取材のニュースやコンテンツも配信されるようになりました。今後さらに成熟していくメディアだと考えています。今までは感度の高いスタートアップ、ベンチャーの出稿が多かったけれど、最近大手企業のCMも増えてきました。
田部 今後は、テレビCMを流用するだけではなく、タクシーのアドとして見ごたえがあり、広告効果もある動画が求められてくるでしょう。そう考えて今、ラクスルのタクシー専用広告として、3000万円くらい制作費がかかる動画を試しに作っています。
 タクシーの後部座席に座ると、否応なしにサイネージが目に入ります。リーチ数が半端ないんです。だからこそ、同じ広告が何度も流れると飽きますよね。しかもつまらないCM、不快なCMだったりすると、クレームにもつながりかねない。今後市場が成熟していく過程では、効果が出て、広告としておもしろいCMを作っていく必要性が、否が応でも増すと思います。
三浦 タクシー広告だからこそのおもしろさが出せたらいいですよね。
田部 今後、タクシーのクリエイティブが、テレビを超えていく可能性もあると思います。まだ広告クリエイティブのビッグネームはタクシー広告の領域で活躍していません。だから、僕たちはGOと組んで、ぐっとおもしろいものを作っていこうとしているんです。そうすれば、頭一つ抜けることができますからね。
 三浦さんに一つ聞きたかったのですが、タクシーって現状ではもう台数が増やせないんですよね?
三浦 そうですね、認可制なので大きくは増えないと考えています。あとは台数よりも、車両の稼働率(実働率)が重要です。タクシー業界は運転手の高齢化、そして人材不足が進んでいます。車両を保有していても、乗務員を確保できず、稼働率が下がっているタクシー業者もいる。休眠車両にサイネージが取り付けてあっても、誰にも見てもらえません。
 ちなみに、東京の大手タクシー会社4社、大和、日本交通、帝都、国際(kmタクシー)は非常に高い稼働率を誇っています。現在、GROWTHは大和、国際と提携していて、Tokyo Primeは日本交通、帝都と提携している。ですので、都内の法人タクシーでよく目にするタクシーサイネージは、自ずとGROWTHかTokyo Primeになるはずです。
 一方で、配車アプリなども含めて利便性は上がってきていますし、高齢化社会の進展やオリンピックの開催を見据えて、ユニバーサルデザインタクシーの導入も進んでいます。業界はまだ発展する可能性がたくさんあります。
田部 僕は、中長期でタクシーが今後も増えると考えているんですよね。それは、高齢化による自家用車を運転できる人の減少、要介護者の増加、両方の面からです。今はタクシー広告は東京と地方の大都市だけで展開していますが、むしろ全国の地方の中小企業の人たちが利用するメディアになると考えています。
三浦 配車アプリが普及したら、目的地をデータとして取得することができるようになる。そうすればタクシー広告自体も、もっと機能改善していくでしょう。例えば、11時に乗車したお客さんに対して、目的地周辺のランチ情報を提供する、といったこともできるようになります。
田部 小さな飲食店や中小企業でも、気軽にタクシー広告を打てるようになったらいいですよね。しかも、ネットで、金額と時期を選んで、何クリックかするだけで出稿できるとなったら、それはもうマーケティングの民主化だと思います。テレビCMも同様です。最終的にはそこまで実現したいですね。
(編集:中島洋一 構成:崎谷実穂 撮影:吉田和生 デザイン:小鈴キリカ)