【考察】“空気を読む”日本人流「働き方改革」の盲点

2020/2/3
日本全体が始めた働き方改革では、「手段が目的化されて何を目指しているか分からない」「他社事例を取り入れたがうまくはまらなかった」など、働き方の理想型が定まっていない企業が多い印象がある。

とはいえ、就労人口の減少やダイバーシティを考えると均質的な働き方の改善は至上命題。日本人、日本企業の理想的な働き方や働く場所とは何か。

世界各地のワークプレイスを年間100件以上訪れ、理想的な働く場所や働き方の変化を調査・研究しているコクヨのワークスタイル研究所 所長/WORKSIGHT編集長の山下正太郎氏。働き方改革をテクノロジーソリューションで支援するソフトバンクの常務執行役員 法人プロダクト&事業戦略本部本部長の藤長国浩氏。異なる立場の2人が日本企業にマッチした働き方を話し合った。

本末転倒な「右向け右」の働き方改革

──藤長さんは、ソフトバンクで最新の法人向けテクノロジーツールやソリューション事業を統括する立場。「働き方改革」を支援するプロダクトやサービスも取り扱っています。多くの企業との接点の中で、藤長さんは日本の働き方改革をどう思いますか。
藤長 「働き方改革」は政府の方針でもあり、広く認知されました。必要なことは疑いようもないので、多くの企業が何らかの取り組みを始めています。
 「単純作業は人ではなくテクノロジーに任せよう」という動きは高まり、ソフトバンクのBtoB事業でも働き方を支援するツールやサービスは好調。RPA(Robotic Process Automation)は、かなりの引き合いをいただいたように思います。
 ムダを排除し非効率を解消して新たな時間を生み出すことは、とてもいいことだと思います。
ただ、その一方で違和感もあります。それは、働き方改革の施策が「均質的」であること。働き方改革の本質は、社員それぞれの環境や事情、意思に合わせて、働く時間や場所を自由に選択できることだと思います。
 それなのに、「夜9時までには必ず退社せよ」とか「夜10時以降は貸与PCを操作できないようにする」などを全員に強いる……。これは本末転倒であり、悪影響すらあると思っています。企業は社員にもっと裁量を与えるべきだな、と。
 ソフトバンクの海外グループ社員は、混み合う時間を避けるために15時ころになるとパラパラと帰宅し始めるのですが、短時間だけしか働かないわけではありません。
 自分の仕事が残っていたら家に帰って資料を作ったり、Web会議をしたりするなど、自分の仕事の時間配分を自分で決めて実行しています。日本ではそれが認められない風潮がありますよね。

「ハイコンテクスト」が自由な働き方を阻む

──自由に働き方を決められるのが働き方改革なのに、「右向け右」的な状態になっていると……。
山下さんは、ユーザーの求めるオフィス家具や文具を開発するために、世界の働き方や環境を調査・研究していますよね。そこで得た情報を掲載する「WORKSIGHT」の編集長も務めています。世界と比較した場合、日本の働き方改革は何がおかしいですか。
山下 一人ひとりの生産性を上げなければいけない日本では、ワーカーが高いパフォーマンスを上げるためのフレキシビリティ(柔軟性・融通性)は大事ですので、藤長さんの話は私も同感です。
 でも、できていない。私はその理由を、藤長さんの意見に加え日本人特有の壁も関係していると思っています。なぜなら、日本人は“空気を読む”から。ハイコンテクストな文化の国だからです。
──空気を読むから自由な働き方ができない?
山下 1990年代にオランダで生まれたと言われる「ABW(Activity-based working)」という働き方があります。
 ABWとは、仕事の内容に合わせて働く時間と場所をワーカーが選ぶ働き方。集中したいときは静かな自宅の部屋、みんなとディスカッションしたいときはカジュアルな雰囲気のカフェといったかたちです。
 このABWは欧米では普及していて生産性を上げる一つになっていますが、日本企業とは相性が悪い。日本の会社がABWを取り入れますといっても、翌日から自分の判断で自分の好きな場所で働くことはないでしょう。
──ハイコンテクストな国だから、ですか。
山下 そうです。コンテクストとは、話されている言葉や書かれている言葉自体には含まれないその場で共有される「空気」のことです。
  ですから、ハイコンテクストとは、言葉だけでなくこうした要素も含めて理解すること。いわゆる「空気を読む」ことです。一方、ローコンテクストとはその逆で、コミュニケーションのほとんどがほぼその話された言葉や書かれた言葉で理解され、曖昧さがない。
 だから「ABWを明日から始めます。各自好きな場所で働いてください」と言われたら欧米ではその言葉通りに行動しますが、日本では「上司が会社に来そうだから自分も行く」といった行動になりがち。どうしても周囲の目が気になるんです。
 こうした文化があるから、働き方改革を本気で進めたいなら、制度やルールを整備するだけでなく、チェンジマネジメントを実行して企業のカルチャーも変えていかないといけません。
藤長 みんなが始めなければ自分も始められないという意識は確実にありそうです。制度やツールの導入だけではどうにもならず、雰囲気やカルチャーを変えなければならないということ。鋭い視点ですね。

オフィスは課題を探求する場所

──自由な働き方の実現は「カルチャー改革」あってこそ、ということですね。働き方改革には、社員に自由な働き方をさせてパフォーマンスを上げる、新たな価値を創造しやすくするという狙いがあると思います。
その観点で見たときに、ワークスペースとテクノロジーツールという分野で提案できることは何ですか。
山下 ABWのような働き方が定着したら、じゃあオフィスは不要かといえば、当然、そうではありません。1対1のコミュニケーションは、オンラインでも代替しやすいですが、n対nで顔をつきあわせたコラボレーションの受け皿として重要度が増してきています。
 先ほど話していたカルチャーを創り出すのにもリアルな場は効果を発揮します。また、イノベーションには多面的な情報が必要ですが、複数のメンバーが同じ場所に集まるほうがそれが共有されやすいという研究成果もあり、この観点で言っても必要です。
  ただ、オフィスに求められる役割が変わってくると思います。これまでのオフィスは集中して作業する、上司や部下と面談する、メンバー同士でディスカッションするなどすべての役割を果たさなければならなかった。
 しかし、テクノロジーによって代替されつつある中、これからのオフィスは、特に社内外の人とコラボレーションする場としての役割をより強く求められると思います。
 もっと詳しく言えば、コラボレーションによって「答えもやり方もわからない課題を探求する場」に変えていくべきだと思っています。これからのオフィス設計は、より外部とのコミュニケーションが誘発される空間作りが重要になってくるでしょう。
藤長 テクノロジーの観点で言うと、遠隔からコミュニケーションを取るためのチャットツールやコラボレーションツールは使われている方が多いと思いますが、とても有効です。
山下 そうですね。日本人は、どんな内容でも打ち合わせや会議を対面でやろうとする傾向があります。そうなると、アポイントを取るだけでどうしてもビジネスのスピードは落ちてしまう。
 リアルな場で話したほうがパフォーマンスが高い内容も当然ありますが、単純な報告など顔を合わせる必要がないものについては、チャットツールやコミュニケーションツールでクイックに進めて、重要な業務に時間をさくべきだと思います。
藤長 そしてそれらのツールに加えて、ABWを実現するための「意外な盲点」かもしれませんが、オフィスの固定電話から解放するツールも必要だと思っています。

目立たない。でも自由を奪うオフィスのムダ

──固定電話、ですか。
藤長 固定電話は、メールやチャットツール、Web会議システム、携帯電話の普及で以前よりも使われなくなっています。自宅で固定電話を設置しない人が増えていますが、法人の場合は信用の担保などを理由に、使わなくても設置している企業が多い。
 そうなると、着信があったときのために、近くに人がいなければいけない。内勤の人にとっては、少ない利用頻度の固定電話のためにオフィスから解放されないのです。目立たないですが、軽視できない自由な働き方を拒む阻害要因だと思っています。
 そこで私たちは、どこにいてもPCやモバイルデバイスから「03」や「06」などの固定電話の番号で発着信できる「UniTalk」というソリューションを用意しました。
山下 たしかに、固定電話は人をオフィスに縛る一つの要因。その発着信を一つのオンラインプラットフォームで完結できたら、分散した働き方に寄与しますね。
藤長 UniTalkは、マイクロソフトとの戦略的協業によって生まれており、実は「Microsoft Teams」と連携して動作します。Teamsはチャットやオンライン会議、情報共有などを行うコラボレーションツール。このTeamsと連動すれば音声もこのワンプラットフォーム上で実現が可能になる。
 お客様から「使うデバイスによってそれぞれツールが違ってしまい、結局そのバラバラ感が生産性を下げている」というリアルな話を頻繁に耳にしたので、Teamsと連携することにしました。
 私たちは、企業の場所や時間を選ばない自由な働き方をテクノロジーで支援する立場です。固定電話からの解放のような、目立たないけれど欠かせないソリューションを用意して、可能な限り仕事や職場に存在する「ムダ」と「非効率」を解消することによって、より自由度の高い働き方を提供したいと考えています。
 そして自由になった後、各メンバーが同じ場所にいなくても強いチームワーク形成と濃密なコミュニケーションが取れるツールも併せて提供したいと思っています。
 根本的なカルチャー変革までを支援することはできませんが、クノロジーで解決できることはすべて提供するようなチャレンジをしたい。目立たないけれど実は生産性を下げている課題、自由な働き方を阻む固定電話にも着眼して製品化したのはその表れだと感じてもらいたいと思います。
山下 人口減に、魅力的なテクノロジーの普及、成熟市場における新たな価値の創造の必要性、さまざまな要因が重なって、働き方を見直すことは至上命題。私も世界の事例をさらに調査していきながら、日本企業に適した理想的な「働く空間」を提案していきたいと思います。
(取材・編集:木村剛士 構成:田村朋美 撮影:森カズシゲ デザイン:小鈴キリカ 作図:大橋智子)
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対談に登場したソフトバンクの藤長氏は、2月18-19日開催のイベント「東京デジタルイノベーション 2020」内セミナーにマイクロソフト米本社のジェネラルマネージャー マーク・ライス氏と共同登壇します。日時は18 日(火)の14:00- 14:40。お申し込みはこちらです。無料で参加できますので、こちらもぜひご参加ください。
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