【注目】「世界一」に肉薄、伊藤美誠が秘めた「超」技術

2020/2/17
小さな卓上で繰り出される、スピード感あふれる打ち合い。その裏には「小さな技術」を駆使した頭脳戦が広がっている。卓球の「深層」に迫る。

“巻き込みサーブ”で中国に迫った伊藤

 2019年10月、ストックホルムで開催されたITTFワールドツアー・スウェーデンオープンの決勝戦。
 世界ランク1位の陳夢(中国)と対峙した伊藤美誠は得意なサーブのバリエーションをさらに増やし、相手に回転を読まれにくい“巻き込みサーブ”を多用。
 試合は3-4とあと一歩のところで敗北し準優勝に終わったが、リーチやパワーのある中国勢と真っ向勝負では勝ち目が薄い日本選手に対し、多彩なサーブレシーブで相手を撹乱して流れを与えない、という“卓球王国”を倒す術を示した試合でもあった。
 巻き込みサーブとは、手首を内側に巻き込むようにして逆横回転をかけるサーブを指す。
 相手にとってはボールが当たる面(瞬間)が見えづらく、上回転、横回転、下回転をほとんど同じモーションで出されるため、“何回転なのか”判断しづらい。
 ハイレベルな試合では凄まじいラリーの応酬に目が行きがちだが、卓球は初球の「サーブ」からプロフェッショナルな思考・戦略、そして高い技術が組み込まれている。
  伊藤が陳夢に仕掛けたように、相手の影響を受けずに主体的に打てるサーブは、テニスと同じように卓球においても有利にはたらくケースが多いからだ。
 加えて「3球目を制するものがラリーを制する」と言われる現代卓球においてサーブ(1球目)で相手のレシーブ(2球目)を崩し、チャンスボールを生み出すことができるかが主導権を握る上で大きな要素となってくる

トスの「高さ」と立ち位置の「横」

 そういった相手を崩すサーブには「トスの高さ」が影響する。
 卓球のサーブ時には「トスの高さは16cm以上投げ上げなければいけない」というルールがある。ネットの高さが15.25cmのため、トスが低過ぎるとインパクトの瞬間が見づらく、レシーブ側が圧倒的に不利になってしまうからだ。
 逆に言えば、16cm以上ならが天井ギリギリまで高く投げ上げても問題はない。
 このトスは、高ければ高いほどボールの落下速度を利用できるため、強いスピンをかけることができる。
 一方、高いトスからのサーブはコントロールが難しく、初心者だとボールの落下地点がバラバラになり、サーブミスのリスクを伴う。
 高いサーブを多用するのは水谷隼や石川佳純らだ。いくら高いトスでも難なく決めてみせる技術には唸らされる。
 反対に丹羽孝希や平野美宇は主に低いトスのサーブから早いテンポで試合を展開していくスタイルだ。
 高いトスのサーブに比べて変化は少ないが、台の左右、あるいはセンターラインへと立ち位置を変更し、さまざまな変化を加えていく。サーブの出す位置が変わるだけでもボールの軌道が変わり、相手はラケットの角度を考えなければいけないため、レシーブが難しくなるのだ。
 こうしたトスの高さ、サーブ時の立ち位置に注目するだけでも選手の特徴や、「サーブに変化をつけよう」「初球から攻めていこう」という意図が理解できるようになる。

回転は「隠す」も要素の一つ

 「サーブ」は、選手一人ひとりによって異なり、無限の可能性を秘めている。 そして、習得している技が多いほど勝率が高くなる。
 回転の種類には、上回転、下回転、横回転、斜め、ナックルなどがあり、ここにボールの速さ、コース、深さ、回転の量、曲がり具合、跳ね具合といった要素が加われば、サーブの種類は「無限」となる。
 選手は「何回転のサーブなのか」を相手にバレないように、カモフラージュしながらインパクトまで持っていく。
 例えば、ボールを打った後にラケットを動かしたり、同じラケットの動かし方で右回転と右下回転、右上回転を、あるいは左回転で同じような3パターンを出し分けたりする。
 相手は、回転を予測する。ラケットの動きで上回転系だと予測して強い打球を打ち返しにいったら、実は下回転系のサーブでネットに引っ掛ける──。これが狙いだ。
 このように、サーブでは「回転をいかに分かりにくくするか」が重要となり、選手の技量が大きく試される。

「3つのレシーブ」が戦略の安定を生む

 これだけサーブに種類があるとなれば、それを返す「レシーブ」は最も難しい技術が必要となる。
 レシーブの方法は、回転の種類の違いと、主にロングサーブ(相手コートで1バウンドした後、台から出る長いサーブ)とショートサーブ(相手コートで2バウンド以上する短いサーブ)のどちらかによって大きく変わる。
 ロングサーブの場合は、2球目でドライブやスマッシュなど攻撃に転じることが多い。一方でショートサーブには、ボールをカットして返球する「ツッツキ」、相手コートで2バウンド以上するよう短く返球する「ストップ」、バックハンドで強烈なサイドスピンをかけながら返球する「チキータ」の3つのレシーブ技術が使われる。
 卓球ではロングサーブを出すと相手に先に攻められてしまう危険性があるため、ショートサーブを中心に試合を組み立てていくのが基本だ。
 したがって、いかに安定性のある“3つのレシーブ(台上処理)”をできるかどうかが勝負のカギを握る
 水谷の場合はツッツキやストップで確実に返球するタイプで、張本や丹羽はチキータを多用する超攻撃型。つねに先手を取りにいくスタイルだ。
 チキータは一気に得点を狙える一方で、ミスをするリスクも伴う。
 最近では、伊藤美誠が通常のチキータと同じ構えから、逆回転のサイドスピンをかける"逆チキータ"を積極的に取り入れており、さらに戦術の幅を広げている。
 こうした技の多彩さ、それらを使いこなす卓越した技術力の高さが日本選手の大きな武器なのだ。

「する」だけでなく「観る」スポーツへ

 卓球は、小さくて軽いボールを緩急自在に扱い、台の上で高速かつ高回転で飛び交う。さまざまなボールを生み出す選手、それを打ち返す選手のテクニックは圧巻だ。
 近年ではテレビやインターネットで試合の放映時間も伸びてきており、気軽に一流選手のプレーを観ることができる。加えて現在は卓球の国内リーグ「Tリーグ」も開催されているため、現地観戦の機会も増え、卓球が「する」スポーツだけではなく「見る」スポーツとしても楽しめる環境が徐々に整ってきた。
 東京五輪までに、各選手の一つひとつのプレーや技術を、ぜひ実際に試合を見て楽しんでいただきたい。
(執筆:佐藤主祥、編集:石名遥、デザイン:松嶋こよみ バナー写真:gettyimages)