新着Pick
1765Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
「中東」というのはヨーロッパに近い東洋、ということです。本格的に植民地化が始まる19世紀以前は、ヨーロッパから東は全部「東洋(オリエント)」だったのですが、ナポレオン戦争や第二次世界大戦の戦場にもなり、植民地化が進むともっとカテゴリーを細分化するようになりました。極東やインドとはまた別のヨーロッパのすぐ隣です。あくまでヨーロッパの視点です。
 しかし、ヨーロッパ人が「中東」などど名付ける以前から、この地域にははるかに発展した文明があり、内部での様々な区分がありました。中東の人々自身の自己理解がわからないと、中東で起きていることの理由はわかりません。
 中東の人々の属性は重層的であり、国や宗派などではくくれません。たとえば「国籍サウディアラビア・シーア派・イエメン系」「国籍イラン・スンナ派・クルド人」といった複数の属性を誰もが持っており、どの属性が行動を決定するかは人それぞれ、その時によります。国籍や宗派といった一つの属性だけで行動が決まるわけではありません。
 中東の複雑さは、歴史的に多くの人々が出入りする東西の交差路であったことにもよります。7世紀のイスラーム勢力の登場によって、この地域は古代ペルシア帝国やアレクサンドロス大王以来、初めて統一されました。しかし、イスラーム勢力の広がりで、中東にはさらに多くの人々が出入りするようになりました。モンゴル人やトルコ人、あるいは十字軍などです。
 イスラエルをはじめ、中東諸国は外から出入りしてきた人々が入り混じって新しくできた国が多いといえます。各国の成立には英国やフランスの意向も大いに作用しました。その中にあって、古代から比較的勢力圏を保ってきたのがイラン(ペルシア)人です。シーア派の最初のイマーム、アリーの息子がササン朝ペルシアの王女と結婚し、彼らの子がシーア派のイマームの血統であると伝えられてきました。
 歴史的には、16世紀にイランでシーア派のサファヴィー朝が成立、スンナ派のオスマン朝とイラクなどを奪い合う戦いを18世紀まで繰り返しました。
 ヨーロッパは19世紀になってから現地勢力の争いの間に絡んできたのであり、米国に至っては20世紀後半からです。何百年も争い続けてきた現地の勢力が主役であり、欧米は十字軍やモンゴル軍のような一時的に登場した脇役ともいえます。欧米がどうあれ、現地の争いは従来通り続くでしょう。
大変わかりやすい図解ですね。

さて、少し加えるなら中東を理解する上でイスラム教の存在は不可欠ですが、必ずしも宗教としての捉え方だと見方を誤る可能性があるとも常々感じています。
というのは日本人の思う宗教というのは心の持ち方、拠り所に過ぎませんが、イスラムという宗教は信仰としての拠り所と同時に、国家の統治論としての側面を持っているからです。
つまりイスラム教の原点は祭政一致であり、ある意味でイランやサウジアラビアなどの方がイスラム的には正しい国家のあり方と言えるからです。

しかしイスラムによる祭政一致の統治とは別の考え方もあります。
イスラム教の精神を大事にしつつも、政治権力はこれと切り離すべきだという考え方です。これを世俗主義と言います。
世俗主義の代表はトルコのアタチュルク主義やかつてシリア、イラク、エジプト、イエメンなどに広がっていたバース主義(汎アラブ主義)です。

2011年に始まったアラブの春は、世俗主義に対する統治論としてのイスラム教の戦いでした。
これによって世俗主義の国の政権の大半が倒され、よりイスラムに近い政権が樹立されたのです。

一方この混乱の中、長く中東で蠢いていたもう一つの統治論が台頭しました。
これは世俗主義はもちろん、現在のイスラム主義も間違っている。クルアーンの説く本当の律法に立ち返り、真の律法者であるカリフの元に国家を治めるべきだ、という考え方です。
この考え方をサラフィー主義といいます。
代表的なサラフィー主義国家(?)こそが例のイスラム国(IS)なのです。
ISが台頭すると世俗主義国もイスラム統治主義国も一時休戦して共通の敵であるISに対抗し、勝利を収めました。

中東の情勢がさっぱり理解できないのは、このように世俗主義vsイスラム主義vsサラフィー主義の対立に加え、スンニ派とシーア派の伝統的な対立、そして西欧圏とその前哨国家としてのイスラエルという十字軍以来のイスラム圏外からの干渉という、様々な対立が時期によって敵味方を変えながら行なわれているためで、いったい誰と誰が何のために戦っているのか訳がわからないのもしばしばです。

分かりずらいのも実は中東という場所の魅力なのかもしれません。
中東はとにかく、複雑な問題が絡み合っていて、解釈を単純にしすぎたり、誤ってしまうことが多いという印象です。

我々日本人からすると、対立の理由も理解しがたい部分もあって、よくわからないまま報道されるイメージをそのままみ鵜呑みにしてしまうこともあったり。。

そこでまずは日常で触れるニュースを読み解くためにも、本記事では中東各国や宗教など基本知識と、今後の中東情勢、見るべき3つのポイントを解説しています。

こうだから、こう、というようなロジックの通らないような話も多いので、単純化してわかりやすいものを作るのはもちろん難しいのですが、初心者の方でもなるべくシンプルに伝わるように、記者や専門の方々が試行錯誤してくださいました。

ぜひご一読くださいませ!
サムネイルのクリエイティブがポップでありながらちゃんとテーマ伝えていていいな。デザインの力大事だ。
私の住んでいるインドは、
中国・韓国・東南アジアと比較して、
日本人にとって
馴染みが薄い国。

中東は、
インド以上に
日本人にとって馴染みが薄い国。

今回の記事、大変勉強になりました。
凄く分かりやすい説明です。
日本は必要な原油を輸入しているのに中東は遠い国。
でも、イギリスに行くと、中東の人々がたくさんいて、民間レベルでも経済的にも交流が盛んなんだなぁといつも感じます。

私は、パキスタンに友人がいますが、イスラム教の人々は優しいなと思っています。
そんなイスラム教を信じる国々の、複雑なパワー外交をしている中東を、一度はきちんと自分の目で見たいと思っています。

私にとって、中東は美味しいごはんがある国々。
特にレバノン料理が大のお気に入りです❣️
→すいません、俗っぽくて…
そして、シリアのアレッポで石鹸を再び手にすることができるのでしょうか?
→アレッポの石鹸は有名です❣️
https://aleppo.co.jp/
分かりやすいです!

ニュースを見ていて気になって質問してきた
小学五年生の娘に説明する
資料として利用させていただきます!
【国際】わりと「わかりやすい」という好意的なコメントが多いのだけど、この地域に多少なりとも関わったことのある立場の人間からすると、あまりにも単純化し過ぎてしまうことで「わかった気にさせる記事」になってしまい、「わかった気になる人」をたくさん生み出してしまうのではないかと危惧する。

個人的に気になったのは、オマーンの宗派についての記述で「イバード派は、「自分たちはスンナ派である」としている」という点。これは一体どこからの出典なのだろうか?イバード派の確立がスンナ派の確立以前であることを考えると、「イバード派がスンナ派に含まれる」というようなロジックは疑問…。
アリーの人生は600年~661年のはずだが、1902年~1989年となっいてる。イスラム暦表示でもないし・・・ホメイニさんのと間違えた感じかな・・・
こういうまとめ、ありがたいです!
そして、素晴らしいですね。デザインの力を感じます。
この連載について
一時は「第三次世界大戦」というキーワードまで飛び出したイラン危機。そもそもイランとはどんな国か。なぜ、イランはアメリカと敵対するのか。そして大統領選を控えるトランプ大統領の本音はどこにあるのか。中東の「今」を象徴する危機を丁寧に読み解く。