【香川×高濱】「感じて、考えて工夫したこと」を言語化する

2020/1/31
教育には「逆境をデザイン」することが必要である。長年、幼児教育の現場を見てきた高濱正伸氏は「サッカー」に目をつけた。そして、サッカー日本代表・香川真司と共同で「HANASPO」を立ち上げる。二人は教育に何を持ち込もうとしているのか。前編:教育現場には「逆境デザイン力」が必要である、に続く後編。

子どもたちに失敗をさせる

高濱 逆境をどうデザインするか。スポーツに勝ち負けがあるからこそ、それは生まれてくる。教育をアップデートするという意味で、それはどうですか?
香川 子どもだけではなくて、大人になっても大事ですよね。今、サラゴサ(スペイン2部リーグ)でプレーをしていますけど、思い描いていたような結果を全く出せず、自分に対してすごく悔しい思いがある。
 自分にとっては、これをどうプラスに変えていくかが間違いなく大事です。それは分かっている。だけど、それでもうまく行かないときに、自分ではなく違うところに責任を向けたり、言い訳を作ったりする弱い自分はたくさんいるわけで、そのたびに自己嫌悪に陥ったりします。
 それでもピッチの上でやるのは結局自分だけ。打ち破ることができるのも自分だけなんですよね。それをやるためにはどうすればいいんだ──と自問自答しながら日々を過ごしています。
 この戦いは非常にタフなものですが、これに勝ったら成長すると思うし、一皮むけると思いますよね。
高濱 同じですよね。これがまさにスポーツから学べるところだと思います。
 香川選手はずっとサッカーをしてきて、小さい頃に「負けて悔しい」思いをし、それを跳ね返したバネがある。逆境に陥っても「嘆いていてもしょうがない」って言える大人になるわけです。
 今の香川選手の話を聞いて、改めてそう思いました。
香川 なるほど。
高濱 一方で、香川選手と同じ30歳前後のいわゆる大人でも、自身が報われないことに対して、ただ嘆き続けたり、ときにはインターネットに「こいつが酷い」と書き込むことで自分を保とうとする人もいる。それをしたって何にもならないのに。
 むしろそういう大人が溢れている気がします。
 そういう人は「逆境体験」が足りなかったんだなと思います。やっぱりスポーツには、逆境の経験がすごくあると思いますね。
香川 逆にそうやって逆境にぶち当たった子どもに対してどうやって対応するんですか?
高濱 いくつかあります。まず、「この人は絶対に自分を愛してくれた」という土台は必要です。
 たいていはお母さんです。もちろんそれが他の人であってもいいし、そういう事例も見てきましたけれど、そこにあるのは、やっぱり愛なんですよ。「この人は私を絶対に好きでいてくれる」というもの。人間はどうしてもそれがないと駄目なんです。
 これが土台としてあった上で、経験の総量と成長の機会ですね。「辛いけれど乗り越えた、成功した」というような混ざり合った経験が必要です。強くなるにはそれしかない、と言えるくらい大事ですね。
 逆に、周りから全てを揃えてもらって、暗記をして、試験で合格しましたというものからは、何も育たない。
 繰り返しになりますけど、スポーツはその点がそもそもありますから。「悔しい」とか「ちくしょう!」という思いになるじゃないですか。
【香川×高濱】教育現場には「逆境デザイン力」が必要である
──確かに心の底から「悔しい」という思いはスポーツから作れますね。
高濱 子どもたちにいっぱい失敗をさせることは大事なんです。よく最近の大人は「工夫する力がない」って言うじゃないですか。これも象徴的です。そもそも足りないことから、じゃあどうしようと考えてそれを成し遂げようとするじゃないですか。それが工夫ですよね。
 「これじゃあ駄目だ。なら、こうしてみるか」の繰り返しの中で、だんだんと分かってくるもの。
 全部を揃えてあげます、というものだけが教育ではないんです。
 (逆境に対峙したときの対応で言えば)先の「絶対的な愛」という土台があった上で、ある意味で「よしよし、見ものだ」と思うくらいが良かったりします。
香川 母親ではないですけど指導者という意味で、クロップ(ドルトムント時代の監督で、現在リバプールの監督)は、試合前のロッカールームでハグを一人ひとりにするんですね。
 彼はでかいから僕が抱き寄せられるんですけど、あれでスッと気持ちが入る感覚がありました。彼の人柄なのか人間力なのか、これで意思疎通ができて『よし、今日もやるぞ』ってスイッチが入った。

野外活動にある「人間力を育む」場所

──となると、親や指導者が「逆境をどうデザイン」するかが課題になります。
香川 確かに。そういう意味では僕は常に、中学・高校生の頃が原点ですね。
高濱 個人で考えると、自分でできると思うことよりも、ちょっと厳しいことを選んでいく。乗り越えられそうなギリギリな課題を設定していけると、良い転がり方をします。
 それをデザイン側がどう設定するか……。逆境だけだと潰れて帰ってこられないこともあるだろうし、その意味で「いい具合」を探さなければいけない。
 一つは、場所を変えること。留学とか、うち(花まる学習会)は山村留学なんかをします。香川さんも中学から場所を変えたし、海外にも行ってますよね。
 なぜ留学がいいかというと、日本はやっぱり恵まれているんですよ。極端な言い方かもしれないですけど、日本に住んでいたら、そう簡単には死なない。
 留学はそこから脱するわけです。慣れ親しんだところから全く知らないところにいかないといけないということは、子どもの心からすると『いい壁』なんですよね。
香川 なるほど、確かにそうかもしれない。
──「花まる学習会」は立ち上げからの基本方針で「野外体験」がありました。
 高濱 そうですね。山村留学はもう30年近く取り組んでいますが、都会とは全く違う自然環境、テレビもゲームもない親元を離れた土地で生活をします。
 「野外活動」も同じように、自然に包まれた山間地でサバイバルキャンプをしたり、渓流で釣りをしたりするのですが、いずれも「人間力を育む場」として位置付けている。
「魚が釣れなかったら、夕飯のおかずはないよ」と号令をかけると、子どもたちは必死になるんです。そうやって「甘くない環境」を作るのにもってこいなのです。
 実際、うちの塾で山村留学した子どもは必ず伸びます。
──香川選手は中学に入るとき、大阪から仙台へサッカー留学をしました。
高濱 今までの文化圏とは違うのは大変でしたか。
香川 実はそうでもなくて(笑)。小さかったからか、時間を経て慣れていけたというか……。僕の場合、祖母が一緒に来てくれて、最初の半年はホームステイという形で住んでいたのがあったからかもしれません。
高濱 そうですか。
香川 もちろん、最初は寂しかったですけどね。母は1ヶ月に2回ぐらい定期的に来てくれたんですけど、やっぱりその存在の大きさは感じました。
高濱 母親の存在は本当に大きいですよね。僕も若い頃を思い出します。浪人生のとき、下宿先から正月に帰省したんです。その後、「また勉強頑張ってね」って電車を見送られたときに思わず泣きそうになった。18歳って、もう子どもじゃなのに。「なんで俺、泣いてんのかな」みたいな(笑)。
香川 はははは。
高濱 ただ香川さんの場合は、サッカーをやりに行っている。やりたいことをやっていたからね。
香川 わざわざプロになるため、仙台へ来ているわけで。「プロになって大阪に帰るんだ」という気持ちの方が強かったですね。
──セレッソ大阪でプロになり、すぐ活躍しました。中学のときに留学し、いち早く大人になったことは大きかったですか。
香川 そうですね。環境を変えて、自分で飛び越えたことは大きかったです。
 不安が大きかったのは海外に行くときですね。やっぱり経験がなかったから。言葉が違う。面倒を見てくれる人もいなければ、知っている人すらいない。とりあえずドイツに行ってみないと分からない……。
 それを乗り越えられたのは「サッカーがあったから」でした。サッカーの良いところは、ピッチの上では「実力の世界」だということ。サッカーを離れれば「寂しいな」と思うこともあったけれど、それをピッチの上で晴らすことができました。
高濱 なるほど。
香川 ピッチの上は自分を表現する場所なので、そこに全てを注ぎました。今、考えると、サッカーで良いスタートを切れたことが、海外で生活していく上では大きかったのかなと思います。
 逆に最初に結果が出ない選手というのは、若ければ若いほど大変だと思います。どう乗り越えたら良いのか、ということが経験できていないから。だからこそ、日本に帰る選手も実際にいるわけで。
 僕も環境が変わって結果が出ない経験をしているから、そういう選手の気持ちがなんとなく理解できる。それを乗り越えた自分の経験は今、活きていると思いますし、そうした経験を小さい頃から教育に組み込む必要性は感じます。
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スポーツを言語化していくこと

──前編で香川選手は「日本人の選手は規律正しい」という話をしていました。セレッソ大阪やドルトムントに来た頃の香川選手は、積極的にシュートを打っていた。それこそ、ご自身でおっしゃっていた南米のような選手に近かったんじゃないですか?
香川 そうですね。ただそれも変わってきたんですね、海外を経験して。
 僕は、自分のストロングポイントを「適応力」だと考えていて、上(のレベル)に行けば行くほど仲間を活かすことだったり、そのチームに馴染むことはできた。マンUのころや、戻ってきたときのドルトムントの頃ですよね。
 ただそれは良くも悪くもで、集団行動的というか、プレースタイルが変わっていって自分がもともと持っていた良さが消えてしまうことも感じていました。
 だからこそ、(個の部分でも勝負できる)スペインにチャレンジしたいと思ってきたわけです。攻撃の選手は点を取る、アシストをしてなんぼですから。
 リスクを恐れずドリブルで仕掛けたり、シュートを打つというサッカーの本質的なところをやろうって自分自身に課したというんですかね。
高濱 うん、うん。
香川  スペインに来た理由の一つはそのトライです。「なにか弱くなってる自分」に対する挑戦、守りに入ってる自分に打ち勝たなければいけないと。
──なぜ、守りに入ってしまう部分があったのでしょう。
香川 当時はチームメイトに自分より能力が高い選手がいたんです。マルコ・ロイスやデンベレ、オーバメヤンとかが横にいるわけですよ。
チームとしても彼らを生かすサッカーになっていくわけで、それになんとか適応しようと個性を消していた部分があった。もどかしいけれど、生き残るためには必要なことでもあって、そこはすごく難しいんですけどね。
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高濱 こうやって聞くほど、スポーツに学ぶことは多いですよね。考える力がつく。
 僕は講演で必ずサッカーの話をするんです。サッカーは、味方がシュートを打った後、「なんで、こっちにパスを出さないんだよ」って味方同士で喧嘩しますよね。あれは見えない補助線に対して言い合いをしているわけです。そういう能力が伸びるんですよ。
 だからスポーツをすることで一番地頭ができる、と信じてるんです。
 ただそれに対して一つ足りなかったことがあって、それが言語化です。これを同時にやっておかなければいけなかった。
 「感じて、考えて工夫したこと」を言葉にするっていう教育がこれまでなかったわけです。これができれば、スポーツマンのレベルはさらに飛躍的に上がると思いますね。
──サッカーの言語化という点で、香川選手はどうでしょうか?
香川 その点で言えば、僕は本能でやってるタイプで。
高濱 はははは。
香川 これは言語化と言えるかわからないんですけど、最近「当たり前のことが当たり前にできていない」と感じることがとても多い。
 例えば、プレーを見直したとき、細かい視点で見ると本当に課題が多いんですね。「周りが見えていない」とか「状況認知ができていない」とか……これってサッカーを始めた頃に言われることなんです。
 確かに実際のピッチでは、サッカーは一秒、一秒で状況が変わって、ポジションも変わってしまうので周りを見るのは簡単ではないんですけど、やっぱりどこか感覚でやってしまっているんだと、この歳で感じます。
 だから、感覚だけでサッカーをするのではなく、ちょっと違った視点でサッカーを振り返ること、論理的に見ることは大事なことだと感じていますね。
 それができるようになると勝つチャンスとかシュートに行く、ゴールを取るチャンスも増えるんじゃないかな、と。
高濱 実際は「突き抜けたトップ」の人は言語化しなくても、その天才性でプロとして成功すると思うんですよ。
 でもなぜ言語化が大事かといえば、そうじゃない99.9%の人がそれをできるようにすれば「他に活かせる」んです。ほとんどの人はプロサッカー選手じゃなく、普通のビジネスマンになるわけですから。
そういうことを踏まえたスポーツ教育をすることが大事だと思います。
逆境をデザインする、スポーツの感覚を言語化する。この二つは本当に大事ですよね。
──ありがとうございました。
(執筆:中田徹、構成・編集:黒田俊、具嶋友紀、写真:Tasei、Getty)