【北野唯我】「重力」から自由になるための働き方

2019/12/24
 働く場所も方法も多様化する今、ビジネスの最先端で活躍する先駆者たちは、これからの働き方にどんな可能性を見ているのだろうか。
 今回話を聞いたのは、人材ポータルサイトを運営するワンキャリア最高戦略責任者の北野唯我。今年「風通しの良さ」や「職場の空気」について論じた新刊『OPENNESS 職場の空気が結果を決める』がベストセラーになったばかりの北野が考える、組織や職場の空気を“軽くする”方法を語ってもらった。

ほとんどの人が職場の「重力」に気付いていない

── 北野さんは新刊『OPENNESS 職場の空気が結果を決める』のなかで、組織には「重力」が働いていて、放っておくと自然落下していくと書かれていました。
 人って当たり前ですが、実は「重力」に支配されていますよね。それは物理的な意味でも、観念的な意味でもです。
 以前、宇宙飛行士の山崎直子さんとお話ししたときに「宇宙では上や下という概念がなくなるから、価値観が根底から変わる」とおっしゃっていて、すごく納得しました。無重力空間では「あなたから見て上」とか、「そのテーブルに向かって左」みたいに、すべてが相対的になる。その感覚が残っているから、地球に帰ってからも優しくなるんですよ、って。
 つまり、実は人間の観念や価値観っていうのは、重力に引っ張られているんですよ。
── その重力を組織に当てはめると?
 会社にも重力がある、ってことですよね。簡単に言うと「放っておくと落ちていく」。
 事業は市場規模の限界が近づくと成長が鈍化するし、組織も人が増えるにしたがって管理コストやコミュニケーションコストが増えて鈍重になっていきます。このふたつが組織における重力です。
── よく「職場の空気が重い」なんて言いますよね。
 そう。でも、人間関係って基本的にそうじゃないですか? たとえばカップルやパートナーでも、だんだんマンネリ化したりする。それはいきなりドスンと重くなるわけじゃなくて、徐々に茹でガエルみたいに悪化していくものだと思います。
 たとえば会社が困難に直面しているときに、飲み会で「明日から頑張るぞ」「よしやるぞ!」みたいになることってあるじゃないですか。これは、組織の空気が一時的に軽くなっているんですよね。
 でも、事業のモメンタムで見ると、成長の鈍化は根本的な対策を講じないと避けられません。マクロで見ると、かならず緩やかに落ちていき、そして最後には加速度的に落下のスピードが上がる。これをたとえるなら、やっぱり「重力」なんですよね。
 大事なことは、それを認識しているかどうか。重力に支配されているという前提があるかどうかで、組織の戦い方や、生き方は大きく変わると思うんです。
── 北野さんはオープンワークの戦略担当ディレクターでもありますが、企業の空気の重さ、軽さは、口コミなどのオープンデータから見えるものなのでしょうか?
 たとえば不正会計のような不祥事を起こす会社は、その数年前から社員の口コミが内向きになったり、明るく抽象的なことしか書かなくなったりと、データに明確に表れます。チームリーダーが替わったことで組織の士気がどう変化したかも、データを見ることでわかります。
── ただ、中で働いている社員からすると、なぜ職場の空気が重いのか、具体的な要因がわかりにくいような気がします。
 まさにそうで、「職場の空気」ってみんなが重要だとわかっているのに、なぜかこれまで科学されてなかったんですよ。その理由は「職場の空気」という言葉に対する解釈がバラバラだったから。あるいは、共通の指標がなかったからです。
 そこで僕は、『OPENNESS』の中で「経営開放性」と「情報開放性」「自己開示性」という3つの指標が大事である、と定義しました。
 会社が閉鎖的だと感じるのは、重要なことが共有されていなかったり、調べてもわからなったりという「経営開放性」「情報開放性」に問題があるから。あるいは、ありのままの自分を出しづらいのは「自己開示性」の問題です。
「空気を軽くする」と言うとぼんやりしますが、この3つの指標のどれかをよくしようと考えれば、ネクスト・アクションが見えてくるはずなんです。

意思決定の基本は「好きか嫌いか」

── 北野さん自身、軽い組織をつくるために心がけていることはありますか?
 重要なのは「解釈を整える」ことです。組織内で対立が起きる場合、どちらかが100%悪いことなんてありません。人や組織の問題って、どちらにもいい面/悪い面があって、解釈が整いにくいということなんです。
「うちの会社は……」という表現をよく聞きますが、「うちの会社って誰?」と聞くと、大抵は自分のまわりの数人の名前しか出てきません。それは全員の意見じゃない。むしろ、反対の意見を持っている人のほうが多いかもしれません。
 対話によって、こうした解釈を整えていくことが組織づくりなんだと思います。
── 全員の意見を聞きながら解釈を揃えていくのは、時間がかかりますよね。
 僕は、意思決定のスピードは式で表せると思っていて、それが「関わる人の数×判断基準の数=意思決定のスピード」なんですよね。人と判断の数が大きくなるほど、意思決定に時間がかかります。
 たとえば、ソフトバンクの孫さんが投資するときに意思決定が早いのは、彼が相手を信じられるかどうかだけで判断が終わるから。その反対にあるのが稟議制度です。関わる人が10人いて、チェックするポイントが10個なら、100もチェックする機会がある。必然的に意思決定にかかる時間は長くなります。
 だから、意思決定のスピードを速くしたいなら、このふたつの因数のどちらかを極限まで減らせばいいんです。
── 組織全体の解釈が揃っていれば、意思決定のスピードは上げられると。
 その際に大事なのは、まず「好きか嫌いか」を第一の判断基準に入れることなんです。たとえば、何かを買うときって、好きか嫌いかを判断基準として直観的に選んでいるはず。実は、これが一番重要なんです。
 現に、大きな外資系メーカーでもクリエイティブ・ルールの最初に「好きか嫌いか」があると聞きます。それを飛ばして意思決定しようとするから、ややこしくなる。結局、ビジネスは合理の世界でもあるので、「得か損か」の判断は入りますが、それは後。
 まず好きかどうかで判断して、その次にお金やリスクについて考える。だって、もし嫌いなら、やめてしまうか、あるいは、嫌いだけどやるべき理由があるなら、どうすれば少しでも楽しくなるかを考えられる。
 つまり、好き嫌いを最初に置いたほうが、意思決定がシステマティックに進むんですよ。意外にも。
 組織において意思決定を軽くするには、やるべきかどうかも大事ですが、やりたいかどうかを一番に決めるべきです。
── その判断基準なら、個人が判断しやすいですね。あまりにも好き嫌いが合わない場合は、その会社にマッチしていないのかもしれない。
 そうなんですよ。買い物の決断でも、好き嫌いが基本です。こういう格言があります。「買う理由が値段なら、買わないほうがいい。買わない理由が値段ならば、買ったほういい」。これが真理なんだと思います。
 好きか嫌いかを最初の判断軸に置くことで余計な判断をしなくて済むし、結果的にクオリティが高いものをつくりやすい。好きなことには、担当者の熱が入りますから。
 僕が所属している会社でも、一番大事にしているのは「まず絶対に嫌いなものを省く」ということ。やるべきかどうかではなく、最初から絶対に嫌な選択肢を外してしまう。そこから先で、損得を含めた合理的な話をするんです。
 もちろん、好きだけですべてを決めるべきだとは言いませんが、普段から「なぜ自分はこれが好きなのか」と考えておけば、判断の精度が上がり、再現性も高まるのでオススメです。

新しい空気を取り込むには、“換気”が必要

── 「重さ」や「軽さ」は働き方だけでなく、生活にも影響しそうですね。
 家を持つとか、地元に暮らすとか、結婚するとか、地面に根付くものがあると、柔軟性は下がりますよね。考え方や価値観も所有物に影響されます。
 だから、価値観を変えたいなら、重力から解き放たれて、場所を変えることが必要です。僕はアメリカとドイツ、台湾に留学しましたが、それは兵庫県という生まれ故郷から少しでも離れて、価値観に変化をもたらしたかったからです。
── 移動によって、軽くなれる?
 そうですね。ミーティングをいつもの会議室でやらずに高層階でやるとか、日光の入る部屋でインタビューを受けるとか。窓から見える景色が変わるだけでも、話す内容は変化します。固定観念から解放される。
 僕はできるだけ移動を増やすために、普段からモノを持ち歩きません。取材を受けるときも完全に手ぶら。自分が取材するときも手ぶらで出かけますし、前にいた会社の社員旅行で関西に行ったときも、みんながキャリーバッグを持っているなかで僕だけ紙袋ひとつだった(笑)。
── 徹底したミニマリストですね(笑)。
 それくらい、僕は身軽でいられないことが嫌なんです。でも、これにはある種の自信が必要です。持っているものの量と自信は反比例します。
 不安な人ほど、荷物を抱え込みやすい。戦略も同じですが、捨てることって自信が必要ですから。
 それに、本1冊がたった100gだといっても、それを5km持ち歩くためには実はかなりのエネルギーがかかりますよね。僕は靴も「軽いかどうか」を基準に選んでいますし、パソコンが10g、20g軽くなるなら、それって実は、あなたに与えるインパクトは大きいんですよ。
── アスリートみたいです。それだけ北野さんにとって、動きやすさが大事だということですね。
 はい。生活を軽くするためには、持ち物を減らすこと、場所を変えること、そして移動のルートやスピードを変えること。これが三大原則だと思います。
 一番困るのが「もらいもの」です。「いりません」と断るには勇気がいりますが、先にお話ししたように「好き嫌い」を自覚していれば自信を持って断れるようになります。
── では、組織や職場を軽くするために、一人の社員ができることは?
 それは生活を軽くするより難しいですね。現実的な話をすると、経営陣が職場の「オープネス」にコミットしない限り、全体の空気がガラッと変わることはないと思います。
 とはいえ、一人ひとりが職場の風通しをよくするために働きかけることはできますよね。これは書籍の中でも書いていますが、たとえば上から失敗事例をシェアしてもらうこと。
 職場の空気を左右する「オープネス」とは、情報にアクセスできる透明性であり、言いたいことが言い合える開放性です。
 社員が言いたいことがあっても言えないのは、評価や対立を恐れるから。もっと言えば、評価する側とされる側の立場が非対称だからですよね。
 社員から上司に「今成功しているあなたがどんな失敗をしてきたのか、勉強のために聞きたい」と言えれば、上司も色々と話してくれるんじゃないでしょうか。
 そういうコミュニケーションがあるだけで親近感は大きく変わりますし、空気が少しは軽くなります。
 働き方を軽くするためには、言いたいことを言う。最初は、好き嫌いで、ジャッジする。これではないでしょうか。
(編集:宇野浩志 執筆:角田貴広 撮影:大橋友樹 デザイン:砂田優花)