世界の“水危機”は、日本の「ウォーターテック」で解決できるか?

2019/12/24
水道管の老朽化や人口減少によって、普段何気なく使っている「水」に今危機が迫っている。これまでのように、蛇口をひねれば水が出てくる社会インフラを守っていくためには、「ハード」だけでなく「ソフト」のソリューションが求められる。これまで日本が磨き上げてきた水道にまつわる技術=「ウォーターテック」をひもとき、これからの課題と未来について展望する。
 地球上の水は約97.5%が海水、約2.5%が淡水という割合で存在している。その淡水も、すぐに使える水は全体の約0.01%しかない。
 そして水道水をそのまま飲める国は、世界でわずか8ヶ国だけだ。日本では高い水道普及率と、水道整備の技術によって、蛇口をひねればすぐに安全な水が使える。日本はまさに「水の先進国」といえる。
 しかし近年、日本の水道に対するリスクは高まっている。
 たとえば、震災や水害などの「災害」だ。東日本大震災では、被災地において古い水道管が継ぎ手箇所で抜け出てしまい、広範かつ大規模な断水が発生した。2018年の大阪府北部地震でも水道管が破損し、21万人が一時的に水を使えなくなった。
 2019年の台風19号が発生した際には、河川の氾濫や浸水などが起き、災害に強いとされていた、都心のタワーマンションも機能不全に陥った。
 水道インフラの「老朽化問題」も近年注目されている。水道管の経年劣化率は年々上昇しており、すべての管路を更新するためには130年以上も要するといわれている。
 さらには、他の産業と同様、人口減少によって、水道・下水道に携わる働き手の不足は深刻化すると予測されている。課題は山積しているのだ。
 多くの課題がある中で、我々がこれからも安心して水を使える社会を継続していくためには、今後どのような施策が求められるのか。
 その糸口は、課題先進国の日本だからこそ進化してきた水道の技術=「ウォーターテック」にある。
 公益事業論が専門で、特に水道システムのマネジメントに詳しい近畿大学・経営学部教授の浦上拓也氏「日本の水道事業の優位性は、ハードとソフトの両面での取り組みにある」と語る。
「我々は、当たり前のように蛇口から勢いよく出る水を利用しています。しかしそれを実現するためには、高品質の水道管(ハード)があったうえで、安全かつ安心な水質を保持し、管理すること(ソフト)が必要です。
 このハードとソフトの質の高さが、日本の優位性を生んでいると考えます」(浦上氏)
 これまで、日本は水道にまつわる卓越した技術をうみだし、数多くの社会課題に貢献してきた。だからこそ、現在の水問題の解決においても「ハード」と「ソフト」はさらなる技術革新と貢献が期待されている、ということだ。
 では、そもそも日本の水道技術は何がスゴイのか明らかにしてみたい。その一つの例が「水道管」である。
 実は日本における水道管の歴史は長く、1887年に横浜で敷設されたことからスタートしている。
 高度経済成長と共に、日本人の平均寿命が延びると、人口の増加が水需要の増加をもたらし、全国に水道管が次々と敷設されていったのだ。
かつて日本の水道管はすべて輸入に頼っていたが、1893年、日本の製造メーカー・クボタが国産初の水道管を開発。のちに日本が“世界最先端の都市水道モデル”を構築するための礎(いしずえ)となった。(写真:クボタ提供)
 水道管が日本全国に急速に普及していった一方、課題も生まれた。
「日本で近年問題となっているのが、高度経済成長時代に普及した水道管が老朽化したことで、新しい水道管に更新しなければならないこと。そのうえで、地震大国の日本は“耐震性の強い”水道管が求められていることです」(浦上氏)
その解決策となっているのが、腐食を防ぐ性質を持ちながら、鋼に近い強靭さを兼ねそなえる「耐震型ダクタイル鉄管」だ。
「耐震型ダクタイル鉄管」は、管と管の継ぎ手が伸縮や屈曲をする、離脱防止の機構を備えることによって、高い耐震性を保持することができる。
 事実、阪神淡路大震災や東日本大震災を含む地震でも「耐震型ダクタイル鉄管」は破損せず、その有効性が認められている。
「ハード面のテクノロジーによって、日本の漏水率は低く保たれており、水道インフラは高い水準にあると考えています。ただ、水道管が普及しているイギリスやアメリカなど他国と比較しても、日本が地震大国であることは間違いありません。
 老朽化によって今後も水道管の更新がさらに求められますが、更新の緊急性はケースバイケースとなっているのが実情。なるべく早い段階で、耐震性の高い水道管に更新していかなければなりません」(浦上氏)
 ハード面の技術をもう一つ挙げるなら「下水処理技術」である。
 高度経済成長期以降の日本では、下水や工業廃水による公害の発生や、河川・湖等の公共用水域の汚染が社会問題化し、下水処理をはじめとした環境対策の必要性が高まっていた。
 その中で開発されたのが「膜分離活性汚泥法(MBR)」である。MBRでは従来法に比べて、施設のコンパクト化を実現できる上に、再利用可能で高度な処理水を得られるのだ。
「下水処理技術は、地形的な要因による影響を大きく受けます。そのため、都市部では大規模な施設を建設することが可能ですが、それ以外の地域では小規模な施設を数多く建設しなければならない。
 日本の下水処理技術の発展は、地形的な要因から独自性を築くことができたのです」(浦上氏) 
 MBRによって施設のコンパクト化と、再利用可能な処理水の提供を同時に実現できるため、下水処理施設を敷設するにあたって景観を重視する海辺の町や、下水処理施設の改築・更新が必要な大都市など、様々な用途に利用されている。
クボタは、1991年から膜分離活性汚泥法(MBR)のパイオニアとして、国内外でその技術を提供してきた。2017年には最新のスマートMBRが大阪・道頓堀川の水質改善のために導入されることが決定している。(写真提供:クボタ)
 これまでの水道にまつわる「ハード」面の技術が、社会課題の解決策として機能してきた。
 しかし、未来の水道をこれまでと同様に機能させるためには、前述した「人口減少問題」を乗り越えていかなければならない。
 人口減少によって、特に農山村を対象とする簡易水道事業者は徐々に減少しており、職員数は30年前と比較すると約30%減少している。そして社会全体の世帯が減少することによって事業者の収入も落ち込み、水道料金は高くなっていくことになる。
 この「負のスパイラル」は、日本における水道の水質の良さや、これまで培ってきた水道技術の優位性を失うことにもなりかねない。
 そのためのソリューションとして期待されているのが、「AI」「IoT」だ。実際、水道事業に関する国内外のメーカーやスタートアップが、デジタルテクノロジーを使い、新たな解決策を講じようと模索している。
 これはアメリカの事例だが、あるスタートアップ企業は、AIを用いることで水道管の老朽度を予測するサービスを提供している。
 アメリカの地中には上下水を合わせて約250万kmの水道管が埋まっているとされており、その大部分が30年後に寿命を迎える。それらをアルゴリズムによって分析して劣化状況を把握し、水道管の交換優先度を計測しているのだ。
 しかし、日本の場合「人材不足」「老朽化」など、問題を包括的に解決していくには、AIやIoTを“ポイント的”に導入するだけでなく、より広域的な連携が必要となってくる。
 日本の水道事業は、水道管やポンプをつくる「素材や部品の製造事業」、上水道施設や排水処理施設を建てる「プラント事業」、地方自治体による「運営・管理事業」の、大きく3つに分かれており、さまざまなステークホルダーが存在しているからだ。
 その一つの回答として、クボタによって開発されたのが、IoTによるソリューションシステム「クボタ スマート インフラストラクチャ システム(KSIS)」だ。
 これは、クボタが製造している水道管や水処理機器、ポンプなどのデータを収集することで、観測データをクラウド上のサーバに蓄積するシステム。
 その結果から水質・電流・振動など計測値のわずかな変化、不具合のパターンを把握する。
 このシステムによって上下水道にまつわる、機器の監視から診断までの一連のサイクルを、横断的に実行することができる。
 今後は、KSISのようなAIやIoTのテクノロジーを利用し、官民一体となって、水事業の複雑な課題に取り組んでいくことが必要となりそうだ。
「上下水道事業を将来にわたって持続可能とするためには『官民連携』が必要です。民間が持つ、水道管や下水処理施設、AIやIoTなどの高い技術開発力や高度なマネジメント能力によって、施設を維持し、かつサービスレベルを維持していく。
 そのためには日本全体で、水への理解が必要です。民間企業が十分に活躍できる環境を整備する必要もありますし、国・地方・企業・事業体・利用者・学識者など水にまつわる利害関係者全員が当事者意識をもち、解決に向けてタッグを組んで協力することが肝だと考えます」(浦上氏)
 OECD(経済協力開発機構)の調査によると、世界の水ビジネスは2025年には100兆円規模にまで成長するといわれており、国内外の企業が参入する熾烈な市場と化す可能性がある。
 ただ、2050年には世界人口の40%以上を占める約39億人が、深刻な水不足に見舞われる可能性もあるとされる。現在でも、水を巡って争う「水紛争」が各地で起きている。
 水にまつわるビジネスの可能性は広がっているものの、“本気で”ソリューションを提供していくためには「市場」として捉えるだけでなく「社会に貢献する」という観点が必要不可欠だ。
カタールの首都ドーハで増えつづける水需要に対して、カタール政府は「上水道メガリザーバープロジェクト」を立ち上げた。クボタは全体の3分の2にあたる約300km分の「ダクタイル鉄管」とポンプ34台を受注した。(写真提供:クボタ)
 これには、水の課題先進国である日本の強みが、大きく寄与できる可能性がある。
 前述したように、日本は過去から現在まで、水にまつわる関する問題に直面し、数多のエンジニアが解決に奮闘してきた歴史があった。
 クボタのように、水道管の敷設や排水処理、IoTによる設備の包括連携など、水にまつわる課題について、これまでさまざまなソリューションを提供してきたからこそ、現在海外で起きているそれぞれのイシューに日本の技術は対応できる。
 100年以上にわたって、日本のエンジニアが磨いてきた「ウォーターテック」。その技術は日本だけでなく、未来における世界の生活や、産業を救えるテクノロジーとなり得るのではないだろうか。
(監修:浦上拓也/近畿大学・経営学部教授 編集:海達亮弥 デザイン:國弘朋佳 )

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