【辻愛沙子】社会を軽やかに越境する、Z世代の仕事観
2019/12/20
働き方改革によるリモートワークの推進や、テクノロジーの進化によって、人々の働き方は変わり続けている。ビジネスの最先端で活躍する先駆者たちは、これからの働き方にどんな可能性を見ているのだろうか。
連載「Work Hack!」第4回は、弱冠24歳でありながら、同世代から高い支持を得るクリエイティブディレクターの辻愛沙子。彼女が体現している、多様化する現代の「軸」の作り方を聞いた。
「個」に閉じこもることで見つけた世界
──辻さんは、大学を休学して広告のクリエイティブディレクターを務めています。どんな働き方を目指していますか。
辻 両親がともに自営業だったので、私は子供の頃から「ワーク」と「ライフ」を分けていなくて、たとえるならば落合陽一さんがおっしゃっていたような「ワーク・アズ・ライフ」に近い考えの中で育ちました。
だけど、昔から興味のあったアートや表現をどうやったら仕事に生かせるのか全然わからなかったんです。
アートが好きならアーティストになるとか、そのものを生み出す側に立って、自分の世界観を直接表現することで勝負するしかないと思っていました。
ただ、それをビジネスという形に変換できるイメージはなかったんですけど。
──自身の世界観とは?
中学に進学したタイミングで、イギリスとスイスの学校へ留学しました。スイスでは全寮制の学校だったので、一人の時間がほしくて、意図的に個に閉じこもって、日本文化を求めるようになりました。
その頃に出合ったのが、ロックバンドのミッシェル・ガン・エレファントと、青文字系ファッション雑誌の『Zipper』に出ていたモデルのAMOちゃん。
ガレージロックとガールズカルチャーなので、まわりから見れば全く違う世界線だと思われるかもしれません。でも、私の中では両者の軸に「上品さ&パンクさ」という共通点があり、アウトプットの仕方が違うだけに見えたんです。
これらのカルチャーがマッシュアップされて、今の自分の世界観を形作るようになったのは、エードットグループで働き始めてからですね。
辻さんがプロデュースしたタピオカショップ「Tapista(タピスタ)」。現在のタピオカブームを牽引する店として、数多くの高校生・大学生に支持されている。
業界を越境すれば、新しいビジネスが見えてくる
──arcaでは「Tapista」のような世界観を作る仕事だけでなく、社会課題に向き合う仕事まで、幅広いジャンルの仕事をしています。
私が社会課題に対して取り組むのは、世の中で起きているさまざまな“不均衡”を解決したい、という思いが根底にあります。
女性の生き方をエンパワメントしていくプロジェクト「Ladyknows」では、ある具体的な一つの“不均衡”な課題に着目しました。それは、若年層女性は健康診断の未受診率が非常に高いということ。
その理由の一つには、男女の賃金格差や正規雇用比率の格差がある中、一人当たり1万~3万円ほどかかる高額な婦人科検診を受診できないという問題がありました。
画像提供:エードット
それを解決するために、健康診断自体をイベントとしてマーケティングの場にすることで企業からの協賛を集める。そして、その協賛金から婦人科検診の費用を負担し、来場者はワンコイン(500円)で受診できるという仕組みを作りました。
受診者、協賛企業、医療従事者全員にメリットがある構造を目指したイベントでした。
──社会課題を解決するだけでなく、ビジネスと両立させたわけですね。
これまでの健康診断という枠組みだと、患者さんと病院の二者間でしかコミュニケーションがありませんでした。「Ladyknows」ではそれをマーケティングという別のフィールドに持っていくことで、違うお金の流れを生みました。
私と近い世代には、こうやって“越境”できる人が増えている気がします。これまで一つの価値観で閉じていた世界を、軽やかに越境して、アップデートしていくということです。
画像提供:エードット
──とはいえ、社会にはオープンで越境しやすい業界と、そうではないレガシーな業界があると思います。
そうですね。もちろんそのどちらも必要で、相対するものではないと考えています。規模感にもよりますし、大企業とベンチャーの共闘が最近増えてきていることも同様の流れだと思っています。
一つの価値観を追求し、形にすることは必要です。そういったレガシーがしっかりとした地盤を作ってきたからこそ、私のような人間が越境できるわけですから。
だから、大きな組織を作り上げてきた人たちに対するリスペクトはめちゃくちゃあります。世の中には、長い歴史のある業界と、私みたいな小さな“独立遊軍”の両方が必要。
大企業が長い時間をかけて積み上げてきた知見から私たちが学べることはたくさんある。一方で、従来の組織や働き方が足かせになっているなら、新しい世代の働き方から大企業がヒントにできることもあるはずです。
──その上で、どうすれば新旧の世代がもっと軽やかに交流できるでしょうか。
「自分たちはこうだ」「相手はこうだ」と決めてかからないことでしょうか。
使っているツールも、知恵や武器も、チームビルディングも、考え方も、進め方も、それぞれの領域で最適化されたベストがあるわけじゃないですか。
自分の世界の常識が、相手の領域では新しい革命であったり、その逆もまた然りなのが越境時代のよい点だと思っています。
お互い立場や役割が違うわけですから、それぞれのやり方を押し付けてしまうと、よさが消されてしまう。
知らない世界を尊重し合って、いいところだけを取り入れること。相手の“翼を折らない”ことが一番重要だと思います。
──異業種との協業や共創を求める企業は増えています。辻さんが越境者として大切にしていることは?
自分の軸を持つことです。既存の枠組みに縛られず身軽であることは武器になりますが、一方で軸がないまま何者かになろうとするのはとても危険だと感じます。
広告業界で言えば、従来の広告を作ってきた人や会社の成り立ちを知ることで、その業界の真髄や、構造としての魅力が見えてきます。そこで働いている方の強みや経験が見えるから、どんな能力が生かせるかもわかってくる。
自分は何が得意なのか、どんなスキルを磨いていけるのかを知るためにも、まずは自分に向き合い、特性を知るということが重要。それが、軸を持つということだと思います。
私自身、自分の畑である広告業界の成り立ちや、著名なクリエイティブディレクターの方々が作り出した広告や、辿ってきた歩みなどを日々学んでいます。
常識をアップデートしていくために“型破り”というのは重要ですが、そもそも“型”がなくては破れない。型を知った上で、その型を破り自己流の道を見つけていく。そういう次世代でありたいと思っています。
異なる文化を行き来するために、徹底的に「オタク」になる
──辻さんは、軸を持つためにどんなふうに自分と向き合うんですか。
私にとってのガレージロックとガールズカルチャーの共通項は、外から見てもなかなかわかりづらいと思います。一般的なジャンルや評価軸では、それらは一つのカテゴリーとして括れない。
だけど、自分の中では確かな共通点があり、そのつながりを自覚しています。そういう、自分の中でしか見えない共通項みたいなものが、オリジナリティになっていくのではと思っています。ベン図でいうところの、重なり合っている部分というか。
好きなものをただ好きで終わらせてしまっては、それを生かしたアウトプットはできません。何かを模倣した作品と、何かがルーツになっているオリジナリティある作品の違いはここにあると思うんです。
なぜ好きなのかをひもとき、深掘りすることで、しっかりと自分ならではの軸が見えてくるんです。
端的にいうと、「オタク」になることが大切なんだと思います。今は情報過多な時代なので、ひたすら受け身で待っていたとしても、面白いコンテンツや刺激的な情報が溢れんばかりに入ってくる。ある意味、インプットした気になりやすい時代なのではないかなと。
だから、情報をただ受け入れるだけでなく、意図的に孤独な時間を作り自分に向き合って、自分の中で好きなものを咀嚼してどこまでも掘り下げていく。そうすることで、初めて自分の中で根付くインプットになるのではと思います。
──「自分の好きなことを仕事にする」というと聞こえはいいですが、とてもストイックなことなんですね。
まわりから見れば、好きなことを仕事にしているってキラキラしていたり楽しそうに見えていたりすると思いますが、本気で一つのものに向き合うのって、好き嫌いに関係なくかなりエネルギーを使うし、孤独なことだと思います。
もちろん、自分にとってはそれが何よりも楽しいことなので続けられているのですが、こういう生き方が万人に共通する幸せの形だとはあまり思っていないですね。
「ワーク・アズ・ライフ」ってすごく尊い生き方ではありますが、少し美化されすぎている部分もあるなと思っていて。
人生において大切にしているものって人それぞれ違いますから、自分の好きな領域に関してシビアに評価される“仕事”というフィールドを選ぶか否かは、どちらが正解ってないと思うんです。
──その働き方は、どういう人に向いているんでしょうね。
少なくとも、仕事として成立させるためには、その人がのめり込める「オタク」な分野を生かすことのできるフィールドを見つけることだと思っています。
その市場や分野で自分自身が「希少価値」になり得るか、そして価値提供できるかどうかという見極めは非常に大事です。
広告会社で誰よりファッションに詳しい人も、ファッション業界に行くと埋もれてしまうかもしれない。または、アニメが大好きだからといって、アニメ製作会社で働くことだけが、“好きなことを仕事にする”という道ではないと思うんです。
もちろん同じフィールド内で、好きの熱量を磨いていく道もあります。ただ、発想の転換や視野を広げることで、自分の“好き”が希少価値になる場所というのが見えてくることもある。
それこそ、アニメ好きな人が広告代理店で働いていたら、アニメの案件が舞い込んできたときに頼れる存在になることができる。そういったフィールドを自分で見つけることが重要だと考えています。
「Z世代」のコミュニティ感覚
──辻さんは現在、“若者としての意見”を求められる場面も多くあると思うのですが、他の「Z世代」の人との仲間意識はありますか。
最近、徐々に連帯感を持ち始めているように思います。全然違う領域で活躍している同年代の友人たちは、領域の違いや考え方に違いがあっても、お互いを尊重しながら鼓舞し合っている感覚がありますね。
たとえば、コミュニティ一つをとっても、独自の世界観を大事にしているクローズドなコミュニティと、社会課題に向き合うオープンなコミュニティがあったりします。
でも分断しているわけではなく、これまではつながらなかったようなカテゴリーのコミュニティ同士が、交わったり、並走したり、越境し合って、掛け算的な価値を生んでいる時代になってきているように感じます。
──コミュニティ同士はどのような関係なのですか。
オープンなコミュニティでは、それぞれの出自は異なれど、明確な課題感と共通言語があります。
一方で、クローズドなコミュニティは、言語化できない感覚でつながっているようなイメージです。友達同士、なんとなくイケてるかどうかで話ができる、みたいな。
ただ、それぞれ別のコミュニティに属していても、話して盛り上がる共通の軸があったりします。そもそも1人につき1コミュニティ、1個の価値観みたいな世代ではないのかもしれません。
このコミュニティの関係性をたとえるなら、ライブイベントでさまざまなバンドが演奏し合う、「対バン」みたいな感じかもしれませんね。ジャンルや音楽は違っても、なんとなく合うバンドと合わないバンドがある。
それぞれのコミュニティの共通項はその2つのコミュニティ間でしかわからない。
だからその分かち合える部分や相性を、外から勝手にジャッジすべきじゃない。これは組織やコミュニティ、企業だけでなく、個人と個人でも当てはまるかもしれません。
──どうして、異なる嗜好を持ったコミュニティが共存できているのでしょうか。
Z世代は、SNSで自分を表現することに対して、幼い頃から慣れている人が多いですよね。アカウントを、趣味ごとに使い分けたりすることもざらにありますし。
それゆえに、個々が自分の軸を意識しながら生きるようになりつつあるのでは、と思います。
自分の中の価値判断の軸がしっかりあれば、比較したり、ぶつかったりせずに「他人は他人だ」と思うことができるじゃないですか。
相手が好きだからといって必ず同じ船に乗らないといけないわけではないし、逆に好きじゃないからといって深追いして攻撃したりする必要もない。
全然違う価値観を持っていても、大きな社会に対しての課題感が共通していれば、それぞれ必要なことを、それぞれの業界や領域でやっていけると思えるんです。
皆が背中を合わせながら進んでいる感じというか。私はこっちの道で戦うから、そっちのフィールドは任せたぞ、みたいな。
大企業とベンチャー、それぞれの業界においても、分断や対立構造を煽る形ではなく、ケースバイケースで共闘していけるギルド型の社会になればいいなと思っていますね。
(編集:海達亮弥 執筆:角田貴広 撮影:茂田羽生 デザイン:砂田優花)