仕事を終える理由は、「子ども」以外許されないのか?

昨年、ニューヨークの職場から数カ月間ロンドンに出張する機会があった。楽しみに考えていた異国での素晴らしい経験(2階建てバスに乗ったし、日曜には地元のパブでサッカーを観戦した)だけでなく、想定していなかった「体験」もあった。燃え尽き症候群の危険を学んだのだ。
ロンドンに移るやいなや、わたしは夜遅くまで働き詰めのワークスタイルになってしまった。仕事中毒になった要因には、本社との時間帯の違いや、ちょうど1年で特に忙しい時期に複数の責任を担ったことがあった。
しかし、わたしが毎日夜遅くまで働いた理由の根幹は、わたし自身の考え方にあった。「わたしが仕事を切り上げるのを待っている人」が誰もいなかったことなのだ。
アン・ヘレン・ピーターソンが「Buzzfeed」で燃え尽き症候群の蔓延を明らかにしたエッセーをきっかけとして、「働き過ぎることの危険」という話題に文化的なスポットライトが再び当てられている。
しかし、その解決策としてキーワードに挙げられる「ワークライフ・バランス」の議論には、重大な死角が1つある。「ワークライフ・バランスの議論は、『ライフ』の部分が、子育てと関係したプライベート時間と同義になっていることが多い」のだ。
ワークライフ・バランスについて雇用者側やメディアが語る時に言及されるのは、「家族持ちに配慮した柔軟な職場ポリシー」であることが多い。例えば、子どもたちとの夕食に間に合うように帰宅したり、子どもが病気の時にリモートワークができたり、職場を離れて子どもを学校に迎えに行けたりするといったことだ。
親たちにとって、「家族に配慮する職場のカルチャー」が必要であることに、疑いの余地はない。問題なのは、仕事を休める理由は、家族に赤ん坊が加わったことに限られる、という言外の含みがあることだ。
「ワークライフ・バランスが必要なのは家族の世話があるから」と人々が考える状態は、「ワークよりライフを優先させる権利」については弁明することが必要だということを、意図せず示唆してしまっている。これは、燃え尽き症候群を生む職場文化の永続化につながる考え方であり、親である人にとっても、親でない人にとっても、同様にマイナスだ。

「苦労は買ってでもすべき」という文化

「輝かしいキャリアが欲しいなら、家族を持つまでは懸命に努力するべき」という考えは、各国の文化に根ざしている。
銀行や法律事務所でエリート職を得る若者たちが、とんでもなく長い時間、仕事に打ち込むことは有名な話だ。ウォール街大手のゴールドマン・サックスなどは、「深夜から午前7時まで」は夏期インターン生が会社に入れないようにしたことで胸を張っている。
成功するには休みなく働くしかないという考え方は、いくらキャリアアップした後も、抜け出すのが難しいものだ。しかし、多くの人は子供を持ち親になることで働き方の再設定を余儀なくされる。
ジェサンヌ・コリンズは「Quartz」の記事でこう述べた。「子どもができるまでは、膨大な時間をデスクで浪費するのも、業界のイベントにくまなく出席するのも平気だった。しかし親になってからは、託児所のお迎えを理由に退社しやすくなった」
こうした姿勢はすばらしいが、しかし、仕事を離れることは許されて然るべきなのは親たちだけではない。働くひと全員が、その選択肢を実感するべきなのだ。

"ライフ"が必要なのは誰か

しかし残念ながら、そうなっていないことが多い。スーザン・ドミナスは2016年に掲載された「The New York Times」の記事で、会計事務所BDOにおいて、柔軟なポリシーが従業員に活用されていないことが明らかになった件を取り上げた。
「会社が早い段階で実施した調査で、ワークライフ・フィット(仕事と生活の適合)を管理できていると一番感じられていないのは、男性と子どものいない独身者であることが明らかになった。おそらくは彼らが、提供されている休暇を取得していいという感覚がいちばんない状態だからだ」と述べている。
この説明を裏付けるのが、ヨーク大学の研究だ。「子どものいない人は、優先的なシフトや休暇の利用が少なかった」ことがわかったという。こうしたことが積み重なって、仕事を中断する正当な理由は子育てだけ、とする文化が形成されている。
この思い違いと闘うのは簡単ではない。雇用者側だけの問題ではなく、働く人の考え方の問題もある。たとえばロンドンでのわたしのように、自分のためになる良い習慣を受け入れられない人がいる。
作家のグレッチェン・ルービンは、著書『苦手な人を思い通りに動かす』(邦訳:日経BP社)で、こうした性格を「オブライジャー(義務を果たす人)」と呼んでいる。ルービンはブログ投稿で、こう説明している。「オブライジャーの特徴は、外からの期待にはすぐ応える一方で、内なる期待に応えるのには苦労することだ。たとえば、仕事の締め切りには遅れないようにするが、自分のためのエクササイズの時間はなかなか作れない」
わたしがロンドンで直面したのはこの問題だった。ニューヨークでは、子どもこそいなかったものの、ボランティア活動や、ディナーの約束、演劇のチケットなど、まともな時間に仕事を切り上げる外的な理由があることが多かった。しかしロンドンでは新参者で、そうした付き合いがあまりなかった。
また、中断する明確な理由がない限り普段は仕事モードでいるべきだという考え方が内面化されていたので、とにかくどんどん働くのが当然だと思っていた。このような考え方だったので当然、わたしは外出して人に会うことがなくなった。それにより、希望なくエンドレスに仕事にログオンし続けるサイクルが止まらなくなった。

燃え尽き症候群のサイクルを破る

親でない人がいつでも深夜まで働く習慣をつくるのは、親たちにとっても良い知らせではない。働き過ぎる職場文化が形成されるからだ。定時での退社や、夜間のメール返信拒否が特別な行為になり、子どもがいる人が罪悪感を抱いてしまうような文化だ。
ワーキングマザーである弁護士のクリスティ・リリーは「NPR」で、こうした懸念について、次のように語っている。「事務所のほかの弁護士は、全員が男性だ。子どもがいる男性は、みんな妻が家にいる。子どもの病気が理由で、早退したり、出勤を遅らせたり、家にとどまったりする必要はない。託児所の時間に遅れないよう5時に急いで退社するわたしを、そんな人たちが不満そうに見る」
また、親ではない人たちが異常に長い時間働き、ひたすら仕事に集中することが当たり前になると、親たちは職場で外される可能性が高くなる。さらに、女性は今でも、男性より不当に大きな育児責任を担っているので、過度な労働が普通である職場文化の影響は、働く母親のほうが大きい。実際に職場では、母親を嫌う傾向が強まっている。
1つだけ例を挙げよう。「Bloomberg」によると、仕事のきつさで有名なアマゾンには、「子どもがいることを口にしたり、家族の写真をデスクに飾ったりしない」女性たちがいる。「重要なプロジェクトに取り組めない、『仕事に集中していない母親』とレッテルを貼られるのを恐れて」のことだという。
結局、働く親を歓迎せず不安にさせる職場文化とは、全員に対して、働くことがデフォルトであり、いちばんの優先事項であることを期待する職場ということになる。そのような環境では、全員が損をする。

どうすればいいのか

ワークライフ・バランスを推進したいなら、雇用者側の課題は「その目標をジェンダーや家族内の位置づけとあまり結びつけないように作り直すこと」から始めるべきだろう。親になったばかりの人に対する有給休暇や、それほど多くはない社内託児所など、働く親たちに対する特別な福利をやめるということではない。
リモートワークや柔軟な始業時間は、誰もが利用できるものであることを、雇用者側が明確にするべきということだ。
経営者本人が手本を見せるのもよいだろう。まっとうな時間に退社したり、夜間や週末にメッセージを送らないようにしたりするのだ。仕事からログオフしていいのだ、と従業員を安心させることになる。
ワークとライフの線引きがなかなかできない人が、コンピューターの画面から無理やり離れるためにできることは、個人のレベルでも存在している。
ひとつの案は、犬を飼うことかもしれない。退社して散歩に連れて行くことが必要になる。また、午後6時きっかりに始まるヨガのクラスに登録するのもいいだろう。同じように帰りが遅くなりがちなパートナーがいる人は、一緒にディナーを作ることを2人で約束してはどうだろうか。
成果志向の人は、仕事に関係ない個人的な目標を設定するといいかもしれない。妹の誕生日に向けてスクラップブックを作りたい、週に1冊は本を読みたい、ハーフマラソンを走りたいといった目標があれば、1日の最後に、仕事への出力を下げて、仕事以外のことにエネルギーを向ける明確な理由ができ、「外からの圧力」になる。
わたしも、こうした方法をロンドンで試せばよかったと思う。しかし、「仕事のストレスから解放されるには、もっと働くしかない」と思い込む燃え尽き症候群の思考様式に、わたしははまってしまっていた。
驚きではないと思うが、どんなに懸命に、どんなに遅くまで働いても、やるべき仕事は増えるばかりだった。結局、ロンドンで疲れ果てたわたしは、落ちこんで不安な気持ちでニューヨークに戻った。オーブンで夜通し焼かれた残り物のポテトチップのように消耗し、どんなにそっと触れても崩れ落ちる状態だった。
燃え尽きてよかったのは、やり方を変えるしかなくなったことだ。夜や週末に仕事をしないことが、悪いことではないばかりか健康によいことが、今はわかる。仕事をしない理由は、家族のためでも、友人のためでも、運動のためでも、娯楽のためでもいい。まったく理由がなくてもいいのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Sarah Todd、翻訳:緒方亮/ガリレオ、写真:z_wei/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.