2020年は、5Gによる「スポーツ改革元年」だ

2019/11/27
NTTドコモが2020年からのサービス開始を目指している第5世代移動通信システム「5G」。高速・大容量の映像を低遅延で配信できる強みを生かし、ラグビーワールドカップ2019™ではマルチアングル映像配信、高臨場パブリックビューイングなど「5Gによる未来のスポーツ観戦体験」を提供した。

果たして、今後5Gによってスポーツの観戦体験はどう変わるのか。また、5Gはスポーツの課題をいかに解決し、スポーツビジネスの可能性を広げるのだろうか。

スポーツとテクノロジー/ビジネスの掛け合わせに挑む為末大氏と、NTTドコモでスポーツ領域の企画開発を担当している滝澤暢氏が、5Gによるスポーツ観戦やスポーツビジネスの可能性について語り合う。

リアルタイムで映像を編集して届ける“スポーツライブDJ”

──為末さんから見て、スポーツ業界における“観戦”の課題は何だと感じていますか? またそれらの課題は5Gによって解決できるでしょうか。
為末 日本全国で日々大小さまざまなスポーツ大会が開催されていますが、見る機会を得にくいというのが問題のひとつとしてあります。
 そもそも、人によって見たいスポーツや価値ある試合は全く違います。
 たとえば、オリンピックより子どもの運動会を見たい人や、プロ野球中継よりも高校野球の県大会を見たい人などさまざまですが、現在それらの多くは現場以外で見ることができません。
 これが、5Gによって低遅延かつ高速・大容量で映像を簡単に配信できる世界になれば、自分が見たい試合を見たいアングルでリアルタイムに視聴できますし、競技場ではできない体験ができるようになります。
 テレビ中継の解説者からしても、今は見せたい映像を自分で選んで視聴者に伝えることはできませんが、仮に“スポーツライブDJ”のような新しい職種ができれば、撮影された大量の映像をリアルタイムで編集しながら配信できるようになる。
 すると、スポーツの観戦体験は、全く新しいものになるでしょうし、現在の“視聴の課題”は解決するのではないかと思っています。
滝澤 “スポーツライブDJ”は面白いですね。
 「見てもらいたい、見せたい」というプレーする側と、「見たい、応援したい」という見る側それぞれの熱量を、いかにテクノロジーを使ってつなげていくか。
 ラグビーワールドカップ2019では、5Gを活用してマルチアングルの映像をリアルタイムかつ低遅延で配信したのですが、スポーツライブDJのようにアレンジする人が出てくれば、スポーツの見せ方に新しい可能性が出てきそうですね。

スポーツ人口は“正しい”ではなく“楽しい”によって増える

──為末さんは、スポーツ人口を増やすためには「健康のために運動が必要」といった正しいことを言うのではなく、いかに楽しい体験ができるかが重要だと発信されています。この点で、5Gに期待できることは何でしょうか。
為末 日本のスポーツは、教育から発展してきたこともあって正しいことを言いがちです。だから、なかなか市場は拡大しませんでした。
 一方で、海外のスポーツはエンターテインメントとして特化してきたから、市場も大きく成長しているんですね。
 日本でも、次世代のアスリートをサポートするにはスポーツを楽しいものに変えて、市場を大きくしていく必要があります。
 受け身の観戦ではなく、5Gによって主体的に介入できたり遊べたりする要素が加われば、スポーツの楽しさは増すはず。
滝澤 高速・大容量の映像がマルチアングルで見られるようになると、自分が見たい映像を選びながら周りとコミュニケーションが取れるようになるので、楽しさは広がりますね。
為末 ラグビーワールドカップの試合でトライが認められなかったとき、会場内はブーイングが巻き起こっていたけれど、観客席から見えないアングルで撮影された映像では明らかにボールが届いていなかったというシーンがありました。
 これ、僕はすごく面白かった体験で。同じように、審判目線や選手目線など、いろんな視点の映像を5Gも活用して配信できたら観戦体験は大きく変わると思います。
ラグビーワールドカップ2019のスタジアムで、試合観戦をしながら手元で「マルチアングル視聴」ができる5Gスマホも用意。目の前の試合とほぼ遅延のない複数カメラの映像やタックル数・ボールキャリー数などの情報、リプレイなど、自由に切り替えて視聴できた。
滝澤 コアファンが見たい映像と、にわかファンと呼ばれるライトファンが見たい映像は違いますからね。コアファンは引きの映像で全体を見たいけれど、その映像でライトファンは楽しめない。
 さまざまな視点で撮られた映像の中から自分で好きなアングルを選べたり、コアファン向きのDJ・ライトファン向きのDJなど“自分好みのDJ”を選べるようになったりしたら、スポーツ観戦はもっと面白くなると思います。
為末 ただひたすらイケメンをつなぐDJとか、需要がありそうですね(笑)。

ファンを増やすには、リアルとデジタルの融合が必要

──5Gによって観戦体験が面白くなるとスタジアムから足が遠のくと思いますか? それともリアルと5Gが融合することでファンが増加し、結果的にスタジアムに行く人が増えると思いますか?
滝澤 サッカーは1年に3試合行くとサポーターになると言われているのですが、そのモチベーションを多くの人に持ってもらうのは簡単ではありません。
 だけど、行きやすいロケーションにあり、かつ現地観戦に近い高臨場の5Gライブビューイングが選択肢に加われば、年間3試合以上見ることも容易になる。
 スタジアムとデジタルを行き来して体験機会が増えると、ファンになりやすいと思います。
ラグビーワールドカップ2019のパブリックビューイング会場では、4Kの超高精細画質で試合映像を映す400インチの大画面と、ピッチ全体の俯瞰(ふかん)映像や選手のアップなどが見られるマルチアングル画面を設置。大迫力・高臨場な映像と音響で、スタジアムさながらの興奮と熱狂を生んだ。
為末 過去に、ラジオやテレビでスポーツ中継をすると観客数が減るのではないかと言われてきましたが、むしろ見聞きする機会が増えることで「現地で見たい」という動機が形成されるんですよね。
 やはり現場で感じる匂いや音などは特別なものです。だから、結果的にスタジアムの観客数を増やすことにつながる。
──同じ場で同じ体験をする人がいることも、ファン化には重要なポイントになると言えそうです。
為末 まさに、VRが出てきた当初はVRで観戦が疑似体験できるという説がありましたが、隣の人と話せないことが課題になりました。それだけ隣の人との会話や周辺の音が重要なんです。
 特にスポーツは集団が持つエネルギーや空気の振動が、興奮に影響を与えていると思います。
滝澤 まさに、ラグビーワールドカップのパブリックビューイング会場では一部の席に振動する仕組みを入れることで、スタジアムの雰囲気を伝えるという試みも行いました。

スポーツの予備知識が、驚きと面白さを増幅させる

──スポーツに5Gを活用することで、ファンエンゲージメントにはどのような影響があると思いますか?
滝澤 たとえば、オリンピックで知って興味を持ったマイナー競技は、オリンピックが終わると目にする機会がなくなり、やがて興味が薄れていくのがこれまでの流れでした。
 撮影した映像をリアルタイムで配信しやすい環境ができれば、ライトファンにも見続けてもらうことができ、やがてコアファンにつなげられると思うんです。
 5Gで各競技の発信力が強化されて、見る人の熱量を高められたら、発信する側にとっても大きな価値になりますね。
為末 もうひとつ、ファンになるときの重要な要素に、“選手のヒストリー”を知るというのがあります。
 その選手がスポーツを始めた頃の映像や、これまでの素晴らしいプレーの映像なども試合映像と一緒に配信できると予備知識が増えていきますよね。
 すると、目の前のプレーがいかにすごかったのか、どんな意外性があったのかがわかるようになる。
 知識は驚きと面白さを増幅させるんです。
滝澤 詳しい人と一緒に観戦するだけで楽しみが2倍にも3倍にもなるのと同じで、サッカーもラグビーも、知識があるかないかで楽しみ方は全く変わってきますからね。
 たとえば、リプレイと共に関連する情報や映像をひもづけて届けることで、もっとスポーツは身近になりますし、面白いものに変わっていくと思っています。

5Gの実例を作り、日本のスポーツをもっと強く面白くする

──為末さんは現役時代からスポーツとテクノロジーの間には溝があるとおっしゃっていました。5Gによってその溝は埋まるでしょうか?
為末 スポーツとサイエンス、ビジネスの間の溝は、文化の違いによって生じています。
 ビジネスに数字やデータは欠かせませんが、スポーツ業界はその数字に抵抗を感じてしまう。だからデジタル化が進んでいないんです。
 溝を埋めるには、デジタルに疎い会社の上司を納得させるのと同じで、実例を見せるしかない。
 インターネットを利活用していない団体に5Gは当然イメージできないので、実例をたくさん作って、スポーツとビジネスが交わる場所が増えると、溝は少しずつ埋まっていくと思います。
 とはいえ、実例を増やせば一気に業界全体が変わるわけではありません。
 変わりやすいのは、一人の意思決定で変えられる規模の小さなマイナー競技。急に全試合がマルチアングルで配信されるようになる可能性もあるでしょう。
 また、5Gは見る側だけでなく、映像を撮影する予算のない選手たちにも大きなメリットとなります。
 今までライバルの分析は、メディアが撮影した映像でするほかなかったのが、欲しいアングルの映像で分析できるようになるのは大きな強みになる。
 監督やコーチが立ち会えない練習試合などでも、リアルタイムのマルチアングル映像を見られたら、その場にいるのと同じかそれ以上の指示を遠隔で出せるかもしれません。
 5Gを活用すれば、日本のスポーツはもっと強く、面白くなると思っています。
滝澤 映像やデータを活用することでスポーツの可能性は広がりますね。実際に我々も、選手やコーチなどが手軽に撮影や配信をして関係者内で映像共有できるようなサービスを検討しています。
 実例を作りながら、必要なインフラを整えて、試合の楽しみ方を広げ、選手のスポーツへの取り組み方にも貢献していく。
 ドコモだけでなく、いろんな人と一緒にサービスを創ることでスポーツ業界を盛り上げていきたいです。
(取材:川口あい、文:田村朋美、写真:小池大介、デザイン:堤香奈)
見よ、これが5G体験だ! ラグビー“にわかファン”をファンにするドコモの挑戦