【アステラス製薬】京大のiPSを使わない理由

2019/11/30
京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が、最も心血を注いできた「iPS細胞バンク」(現iPS細胞ストック事業)が揺れている。
iPSバンクは、日本人の医療のためにiPS細胞を作成・備蓄するプロジェクト。2013年度から10年間の計画で始まり、2018年度までの6年間に合計94.7億円の国費が投入された。
ところが今年、国はプロジェクトの終了期限を待たずして、予算の段階的縮小を検討し始めた。山中教授は再考を求め、講演や国会議員への陳情に奔走している。
問題は、何も予算だけではない。再生医療の研究開発に取り組む大手企業の一部も、実はiPSバンクの細胞を利用しない意向を示しているのだ。
企業は、iPS細胞を使って再生医療製品を作り、実際に患者に届ける役割を担う。
その企業が必要としていないとなれば、最初から国策のiPSバンクにニーズはなかったということになる。

iPSバンクの「仕組み」

そもそも、iPSバンクとはどんなものかを確認しよう。
iPS細胞は、他人の細胞ではなく、患者本人の体細胞から作成できるのが最大の特徴だ。だが、実際に細胞を作るには数カ月が必要で、費用も数千万円単位でかかる。
2014年に理化学研究所の高橋政代氏(現・ビジョンケア社長)が実施した加齢黄斑変性の患者への移植では、「1年くらいの時間と、1億円近いお金がかかった」と山中教授は講演で明かしている。
細胞の作成や移植などの時間を短縮し、また費用を抑えるためには、健康な人の細胞から量産した細胞を備蓄しておくのが有効だ── そんなコンセプトで始まったのが、iPSバンクだ。
いわば、iPS細胞が再生医療産業で利用するためのインフラになると期待されている。
ただし、バンクには一つ大きな問題がある。
他人由来の細胞を移植すると、免疫細胞が「異物だ」と認識して攻撃してしまうのだ。免疫抑制剤を使って攻撃を抑えることも可能だが、副作用が生じることもある。
このため、単純にiPS細胞を作り置きするのではなく、細胞そのものに拒絶反応を極力抑える仕掛けが必要になる。
その仕掛けとして京大iPS研では、HLA(ヒト白血球型抗原)という、細胞の表面にあるたんぱく質に着目している。
細胞には、自分の細胞と他人の細胞を見分ける仕組みがある。その目印の一つが、HLAだ。
細胞のHLAは、血液における血液型のようなもの。ただし、血液型に比べてはるかに複雑で、その型は数万種類あると言われている。
京大iPS研では、拒絶反応が起きにくい特殊なHLA型の人の細胞を基に、日本人に多いタイプのHLA型4種類のiPS細胞を作成済みで、日本人の約40%、約5000万人をカバーできるという。
既に、研究機関の臨床研究では、このiPS研の細胞が使われ始めている。また武田薬品工業などの企業からも細胞製造を受託しているという。
しかし、iPS研のバンクの細胞を使用しない意向を明らかにしている企業もある。その一社が、製薬大手のアステラス製薬だ。
アステラスは2018年2月、免疫拒絶を回避したiPS細胞やES細胞を作る技術を持つ、米ユニバーサルセルを110億円で買収、子会社化した。
アメリカの子会社AIRM(アーム)を拠点に、ユニバーサルセルの技術も取り込みながら、細胞治療の製品化に向けて研究開発を進める。
実はこのユニバーサルセルの技術は、iPSバンクの細胞を不要としてしまうインパクトを持っている。AIRMの志鷹義嗣社長に、その全貌を聞いた。
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

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