【検証】「FA制度」では、なぜ悪者が生まれるのか?

2019/11/2

日米「FA」の大きな差

ラグビーワールドカップの熱狂が日本中を包むなか、初戦から3試合続けて一桁台のテレビ視聴率に低迷した日本シリーズは瞬く間に終わり、プロ野球は「ストーブリーグ」に突入した(視聴率はビデオリサーチ調べ/関東地区)。
メジャーリーグ(MLB)への挑戦を表明した埼玉西武ライオンズの秋山翔吾は、果たしてどの球団と交渉がまとまるのか。このストーブリーグ最大の見どころの一つだ。
争奪戦が予想された広島東洋カープの捕手・會澤翼は権利を行使せずに3年契約を結んだ。主力右腕投手の野村祐輔も2年契約で残留している。
惜しくもクライマックスシリーズ(CS)出場を逃した千葉ロッテマリーンズで注目されるのは、選手会長・鈴木大地の去就だ。東北楽天ゴールデンイーグルスの美馬学、福岡ソフトバンクホークスの福田秀平も獲得競争になると見られる。
長らくチームに貢献してきた彼らが自らの意思で来季の所属球団を決められるのは、その権利を取得したからに他ならない。
フリーエージェント──。
日本のプロ野球(NPB)で1993年に発足し、FA権として知られるこの制度だが、本来の意義があまりにもゆがめられていることをご存じだろうか。
「Free Agent」という英語を紐解くと「自由契約」という意味だ。MLBでは1976年にこの制度が規定され、MLB(=1軍)に6年在籍すれば取得できる。球団と選手の契約は満了となり、選手は「自動FA」となって移籍先を自由に探すことが可能になるのだ。
対してNPBの場合、高卒選手は8年、大卒・社会人選手は7年の一軍登録日数に達すれば国内FA権を取得できるが(海外FA権はいずれも9年)、それだけでFAになれるわけではない。FA権の行使を「宣言」しなければならないのだ。
「選手への“踏み絵”ですよね。去年だったら丸(佳浩)、浅村(栄斗)が自チームに仇をなしたという話に、形としてはなるじゃないですか」
横浜ベイスターズ(現DeNA)や広島、西武でプレーし、現在プロクリケット選手として活動する木村昇吾は、自身がFA宣言した経験をふまえて話した。
昨シーズンオフ、FA宣言をした丸佳浩。大きな話題となった。写真:AP/アフロ
2018年オフ、まさにチームに「仇をなした」格好になったのが浅村だ。
2008年ドラフト3位で西武に指名された浅村は2017年、ライオンズで栄光の「背番号3」を受け継ぎ、キャプテンに就任した。そして翌年、127打点で個人タイトルを獲得し、チームの10年ぶりの優勝の立役者になっている。
しかし直後、西武ファンにとって浅村は「悪者」に変わった。CSファイナルステージ敗退から17日後、FA権の行使を宣言したのだ。
最終的に楽天入団を決めた浅村の“噂”は、西武ファンにも各種メディアを通じて伝わっていた。「東スポweb」の「楽天 浅村獲得成功の裏に『情報戦の完勝』」(2018年11月22日)という記事にあるように、楽天は浅村の交際相手の女性フリーアナウンサーを自社制作の動画メディアでインタビュアーとして起用するなど“外堀”を埋めていった。
一方、浅村は楽天を上回る条件を提示したとされるソフトバンクを選ばなかったばかりか(楽天が実際に契約した年俸は、報じられている金額より高いという話もある)、獲得に手を挙げたオリックス・バファローズには、交渉のテーブルにつくことさえ断っている。
一連の動きを報道で知った西武ファンは、浅村と楽天が初めから“話ができていたのでは”と感じ、10年ぶり優勝の「功労者」は「悪者」になったのである。

選手の思いとファンの思い

「今は携帯があるから、すぐに連絡がつくやんか」
FA制度が発足した1993年、日本プロ野球選手会の会長を務めていた岡田彰布はそう語る。
特定のチームが協定を破って事前に交渉する「タンパリング」は、日本プロフェッショナル野球協約で禁じられているが、人と人が携帯電話で簡単につながる昨今、電波上のルール破りを取り締まるのは極めて難度が高い。
だからこそNBAは2019年9月、タンパリングへの罰則強化を決めた。罰金額は最大1000万ドル、ドラフト指名権の剥奪なども規定されている。「Number Web」の記事「NBAがタンパリングの罰則を強化。公平性を保つ文化であるために。〜水面下の交渉を抑制しきれず〜」(※)によると、「毎年5チームへの抜き打ち監査を行い、関係者の携帯を調べる権限もコミッショナーに与えた」という。(※Number本誌987号掲載)
あらゆるスポーツ団体にとって、“フェアネス”は根幹をなすものだ。上記記事を執筆したスポーツライターの宮地陽子氏は冒頭で、「降昇格制度がないNBAにとって、競争と共存の微妙なバランスは不可欠だ」と指摘している。
翻って、同じクローズドリーグのNPBでは、「FA選手の事前交渉が行われている」という話を関係者の誰もが耳にしているはずだ。ファンの中にも、疑わしく感じた人がいるかもしれない。
そうして西武ファンの間で“悪者”になったのが、元キャプテンの浅村だ。
世の中の物事は、左から見るか、右から見るかで大きく変わって映る。
FA権を獲得した選手からすると、決して長くない現役生活で少しでも多く稼ぐため、金額や複数年契約など好条件を求めるのは当然だ。新天地で自分の力を試したいと思うのも、腕一本で食べているアスリートなら当たり前である。
一般社会のビジネスパーソンにとっても、転職してキャリアアップするのは今や普通の話だ。野球ファンの中にも、そうしてキャリアを築いている者は多くいるだろう。
ならば、選手がそうやって自らの価値を高めようとすることを、少なくとも頭では理解できるはずだ。
しかし同時に、愛するチームにずっと在籍してほしいと願うのがファン心理である。人々がスポーツに注ぐ愛情は、決してビジネスライクでは片付けることができない。
だからこそ、思うのだ。選手にFAを「宣言」させる制度が、諸悪の根源なのではないだろうか。

選手に宣言をさせる意味はあるのか

長年かけて自由に決められる権利をようやく取得した選手たちが、MLBのように自動的にFAになれば、移籍はもっと活発になり、ファンが選手を恨むような事態は少なくなるはずだ。もちろん、タンパリングが行われるかは別次元の話で、NPBは真剣に予防策を考えなければならない。
「権利を得たら、自動的にFAになるシステムでもいいと個人的には思います」
今年6月にFA権を獲得した西武の右腕投手・十亀剣は同月末にそう話すと、「リスクもあると思う」と続けた。
「日本の制度では取得までに7、8年かかります。僕みたいに31、32歳で権利をとった選手が自動的にFAになると、他の球団から獲られずに行き場をなくす可能性もあるじゃないですか。それがないという意味で、日本の制度のいいところでもある。(自動FAにならないのは)プロ野球の質の低下と言ったらちょっと違うかもしれないけど、そういう点では難しいなと思いますね」
今年の目玉である西武の秋山も、自動FAに賛成の立場だった。
一方、日本プロ野球選手会の森忠仁事務局長はこう話している。
「FA制度がスタートする時点では、もしかしたら『宣言』がなくて、一律でFAになったほうが良かったかもしれません。でも今、FAになる資格を持っていて、その権利を使っていない選手も一律に市場に出ていったほうがいいのか。例えば、メジャーでもFAになって契約できない選手が出ています。
確かに『宣言』しないと他の球団の話を聞けないとか、一般の社会では考えられない問題はあります。問題はありますけど、それをなくすのがいいのかどうか。いろいろ議論が必要だと思います」
プロ野球という村社会には、一般社会の常識と大きく異なる“掟”がある。最たるものが「保留制度」だ。
一般社会では雇用主と非雇用主が契約満了となった場合、契約更新するかは双方の話し合いで決められるのに対し、プロ野球では球団のみに決定権がある。たとえ契約満了した選手が新天地に行きたくても、現役中だけでなく、任意引退選手になっても最低3年間は球団の許可なく出ていくことができない。
日本プロフェッショナル野球協約にそう規定されており、選手たちは入団時にサインしている(保留制度について詳しく知りたい人は「BIZLAW」の記事「それは保留制度から始まった」を参照)。
日本人がプロ野球選手になるにはドラフト会議で指名される必要があり、所属先はすべて球団主導で決められる。つまり「職業選択の自由」が極端に限定され、それを少しでも埋め合わせるためにつくられたのがFA制度だ。そうした背景を考えると、「宣言」という踏み絵を踏ませるのは、本義をゆがめているように感じられる。
さかのぼること26年前、FAを宣言するという“掟”を、選手たちはなぜ受け入れたのだろうか──。
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「不自由」なフリーエージェント

「合意書はありましたが、議事録など詳細な資料は見当たりませんでした」
FA制度が発足した1993年、サラリーマンだった森事務局長はプロ野球選手会で働き始めてから当時の状況を伝え聞いた。
「最初は選手会サイドとして『こういう形で』という希望があったみたいですけど、向こう(球団側)からいろんな条件が出てきて、とりあえずFA制度を導入することを最優先に考えたところ、こういう制度になってしまった、と。とりあえず導入して、そこから問題点があったら変えていこうというスタンスだったのが、なかなか変わらず今まで残っているというところだと思います」
NPBに「議事録があるなら見せてほしい」と問い合わせると、広報部から下記のメールが来た。
「議事録の有無は確認していませんが、あった場合も非公開情報のため、対応いたしかねます」
おそらく、議事録はないのだろう。
そこでまず、FA制度発足当時、プロ野球選手会の会長を務めていた岡田彰布に会いに行った。しかし、FA制度が規定されるまでの詳細な情報は得られなかった。
ただし、一つわかったことがある。
選手たちはFA制度の細かい内容について、ほとんど交渉に関わっていなかった。当時のプロ野球選手会には弁護士もついておらず、事務方に丸投げされていた。その事実を確認できたことは、取材を進めるにつれて大きな意味を持っていく。
日本のFA制度は、あまりにも球団主導でつくられた。それから多少の改善はあるものの、選手にとって極端に不利な制度として今も続いている。
不自由なフリーエージェント──。
この制度が誕生した背景には、NPBの大きな闇が隠されている。(敬称略)
※第2回は11月4日公開予定
(執筆:中島大輔、バナーデザイン:九喜洋介、増嶋こよみ、写真:アフロ)