「自由に表現したいなら自分のお金で」。その声を憲法学者はどう見るか【あいちトリエンナーレ】
ハフポスト日本版
20Picks
コメント
注目のコメント
こういう事件を契機に表現の自由を憲法の観点から議論することは無益ではないですが、今回の件は憲法上問題になった部分はほとんど関係ないので、問題設定としてあまり意味がないように思いました。
国会でも、いかにも国の検閲行為があって政権側が何か対処すべきという話になっていますが、筋違いですよね。
水野さんご指摘のように「切断」が問題になっているのは、津田氏がわざとそういう座組みを仕掛けたわけで(この展示にいかに公的なオーソライズを纏わせるかが意図だった)、県や市はうまく彼の作戦に乗せられてしまった。しかも、激しい抗議が来ることが実行委員会メンバーの経験からわかっていたのにも関わらず、あえてその対策を行わないことでスタッフに負担を負わせて社会問題化を狙ったことは、その予見可能性の高さから考えて重大な責任があると思います。議論を呼ぶ作品を観て、考え、議論する。一人一人のそういう活動が起点になって多様性に対してオープンな社会が生まれ、その国を豊かにしていく。公のお金を出すことの意味はそこにあると考えます。