日本ラグビー代表の「衝撃」は結果ではなく内容である

2019/10/2
1勝1敗が予想された2戦、日本は2勝を挙げた。その裏にあったものは……。
 目の肥えたラグビーファンほど、その目を疑ったに違いない。
 世界ランキング2位の優勝候補・アイルランドに日本が大金星。それ以上に、試合内容が衝撃的だった。

サプライズではなく地力の勝利

 パワー勝負でアイルランドが日本を圧倒する。
 それが大方の予想だった。
 例えば、アイルランド史上最も成功した主将と呼ばれるローリー・ベストが従える強力なスクラム。シックス・ネーションズで4度の優勝、グランドスラム(全勝優勝)を2度成し遂げた自信と地力をベースに、猛プッシュをかけてくるだろうと思われた。
 事実、序盤にはそのプレッシャーを受ける。
 しかしここからが違った。そのプレッシャーに対し、日本代表は徐々に対応し、試合終盤、勝負所では押し返す。ペナルティをとり、相手FWの心を折っていく。
 ディフェンスでも決して体格に分があるわけではない中村亮土が、アイルランド選手を仰向けにひっくり返す強力なタックルを見舞った。
 その中村は試合後、「地力の部分で勝った。サプライズではなく、なるべくしてなった」と振り返った。
 がっぷり四つに組んで、日本は勝ったのだ。 
守備でもパワーで勝負し、渡り合った中村亮土(りょうと)。
 もうひとつ、あのアイルランド戦を語る視点がある。
「今回の日本代表は“カメレオンジャパン”とでも呼べるでしょう」
 カメレオン。そう例え、日本代表を称えたのは、2007年フランスで行われたワールドカップで日本代表としてプレーをした大西将太郎氏だ。
 この試合、ジェイミー・ジャパンの代名詞といえる、キックを起点とした「アンストラクチャー」からのアタックはほとんど見られなかった。
 代わりに見せた攻撃は、パス、ラン、クラッシュの繰り返し。
 真っ向勝負で、じわじわと敵陣に攻め込んでいく。
 これまでの戦い方と一転して、ストレートなアタックを挑んでくる日本に、アイルランドメンバーは面食らったに違いない。
 カメレオンのように、日本代表はそのチームカラーを、戦術を変えていた。
試合後、落胆の様子を隠せなかったアイルランド主将のローリー・ベスト(右から三番目)

 光った田中史朗の高い判断力

試合の状況をみながら適切なプレーを選択する、選手の高い判断力も際立っていた。大西氏は言う。
「後半58分の田中史朗の判断は、そのハイライトでしたね」
 そのシーンは、後半、日本代表のファーストトライにつながる一連の攻撃でのことだ。敵陣22メートル内で日本はマイボールスクラムを得た。
 そこから田中は、5回連続で「縦」攻撃を仕掛ける。
 スクラムから、ワンパスで「田中ー中村」とつなぎ、クラッシュ。
 次のラックから、ワンパスで「田中ーレメキ」とつなぎ、クラッシュ。
 ゴール前に迫ったラックから、リーチがピック&ゴー。
 次のラックから、ワンパスで「田中ー姫野」とつなぎ、クラッシュ。
 次のラックから、ヴァルがピック&ゴー。
 5回目のラックでアイルランドがたまらず反則をおかす。
 そしてハイライト。審判の「アドバンテージ」宣言が出るや、田中は一連の攻撃の中ではじめてバックスラインへの横展開を選択した。
「田中ー中村ートゥポウー福岡」とつなぎ、待望の初トライが生まれた。
「この判断力は見事でした。もちろん田中ひとりの成果ではなく、チームとして“same page”(ひとつの絵)を共有している」(大西氏)
 移り変わる判断を共有し、色を変えていく日本代表は、まさに一匹のカメレオンのようだった。

日本ラグビーの体力が向上した

 世界ランキング2位に対しても真っ向勝負を挑むことができるフィジカルとメンタル。
 カメレオンのような自在の戦術、判断力。
 このハイパフォーマンスを実現させたのは選手たちだが、背景に自国開催が決定して以降、取り組んできた日本ラグビーの大きな改革があったことも特筆すべきだろう。
 1991年の第2回大会からW杯の日本代表取材を続けるライターの大友信彦氏は、「この3年間で日本ラグビー全体の体力がアップした」と言う。
 まず、世界トップレベルと当たり前のように戦える環境が整えられたこと。
 2016年からのスーパーラグビー参戦はその最大のものだ。
「ワールドカップ本番が大学入試だとすれば、スーパーラグビーは毎週のように本番と似た出題傾向の問題が解ける、模試だったと言える」と関係者が言うように、以前であれば、4年に1度のワールドカップ本番でしか戦えなかった相手、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカといった南半球のトップ4カ国と定期的に戦うことができる。
 ハードスケジュールの中で、直接体を当てながら「ティア1」のレベルを体感することで、飛躍的に体力が向上した。
 その効果は体力だけでなくメンタリティも世界基準に変えた。
「強い相手と対峙し、なかなか勝てない苦しい状況の中で選手ひとりひとりが『ここからどう戦うべきか』を考え、みんなでコミュニケーションを取り合った」(大友氏)
 こうした選手個々が、考えながら取り組む自主性は、エディージャパンにはなかったジェイミージャパンの特徴といえる。

開催国で得た3年間のアドバンテージ

 また、自国開催のメリットもあった。
 指摘されるコンディション、高温多湿という環境への慣れ、十分に当たえられた休養日はもちろんだが、前回大会(2015年)以降のマッチメイクは、日本にとってもっとも大きなアドバンテージだったかもしれない。
 2016年からの「ティア1」との連続対戦である。
2016年 スコットランド、アルゼンチン、ウェールズ
2017年 アイルランド、オーストラリア、フランス
2018年 イタリア、ニュージーランド、イングランド
2019年 南アフリカ
 ティア1との試合を、わずか3年の間で10試合もこなした。
「ワールドラグビー側のお膳立てもあった。ワールドラグビーとしても2019年ワールドカップで、ホスト国の日本代表には活躍してもらわなければいけない。そのために世界の強豪と戦える場を用意した。またティア1の国や地域としても、日本との対戦、特に開催地・日本で行われる試合は願ったり叶ったりだった。交通や宿泊面を含め、ワールドカップまでに日本に慣れていきたい意向があった」(大友氏)
 果たして、カメレオンを実現するための素地は作られていった。
 中村の言った「なるべくしてなった」結果は、時間をかけて得られたものなのである。
 ただ、この自国開催招致から今日までの日々には、簡単ではない「世界との壁」が存在した。フィールド以上に高くそびえた壁。
 それを変えたから今がある。次回はラグビー協会が取り組んだその改革に迫る。
(執筆:武林透、デザイン:九喜洋介、バナー写真:Matt Roberts - World Rugby/Gettyimages)