「働き方改革」関連法が施行されて半年近くが経った今、時短勤務やリモートワークの推進など、各企業で積極的な姿勢が見られる。一方でそれ自体が目的化し、本来の目的である生産性の向上や、新たな価値創造の実現にはまだ届いていないようだ。
本連載では、書籍『働き方2.0 vs 4.0 不条理な会社人生から自由になれる』(橘玲 著)から、その一部を4回にわたって紹介する。
「手段としての働き方改革」が一巡した後、私たちはどのような働き方、ビジネスの生み出し方を考えるべきだろうか。

働き方1.0にくすぶり続ける日本

最初に、この記事における「働き方」を定義しておきましょう。論者によってさまざまな主張があるでしょうが、ここでは次のように使います。
働き方1.0
年功序列・終身雇用の日本的雇用慣行

働き方2.0
成果主義に基づいたグローバルスタンダード

働き方3.0
プロジェクト単位でスペシャリストが離合集散するシリコンバレー型

働き方4.0
フリーエージェント(ギグエコノミー)
 
働き方5.0
機械がすべての仕事を行なうユートピア/ディストピア
現政権が進める「働き方改革」とは、働き方1.0を強引に2.0にバージョンアップしようとするものです。しかし問題は、働き方2.0を実現したとしても、それではぜんぜん世界の潮流に追いつけないことです。
最先端の働き方は、3.0から4.0に向けて大きく変わりつつあるからです。
その背景にあるのは、中国やインドなど新興国を中心とする急速な経済発展(グローバル化)と、テクノロジーの驚異的な性能向上です。私たち日本人が抱える困難は、働き方が「未来世界」へと向かうなかで、いまだに「前近代世界」のタコツボに押し込められていることにあるのです。

「自由で好きな風に働く」労働者の誕生

日本では会社は「(非正規を排除した)正社員の運命共同体」ですが、グローバル企業 はプロスポーツチームのようなスペシャリスト集団(ドリームチーム)に変わりつつあり ます。しかし、働き方の変化はこれだけではありません。シリコンバレーを中心に、アメリカでは急速に「組織に所属しない働き方」が広がっています。
クリントン政権でアル・ゴア副大統領の首席スピーチライターを務めたのち文筆業に転じたダニエル・ピンクは『ハイ・コンセプト』『モチベーション3.0』などのベストセラーで知られますが、早くも2000年にこの働き方の変化を取り上げました。
ピンクの試算では、2000年時点で、アメリカには1650万人のフリーランス、350万人の臨時社員、1300万人のミニ企業家(マイクロ法人)がおり、この3300万人に加えて、フリーエージェント予備軍として在宅勤務で働く社員が1000万人以上いました。
それから 20年を経て、いまではこうした働き方は「ギグ(Gig)」と呼ばれています。これはもともとジャズミュージシャンなどがライブハウスで気の合った仲間と演奏することで、そこから「短期の仕事」の意味が派生したようです。
「フリーエージェント」や「インディペンデント・ワーカー」をわざわざギグと呼ぶのは、「自由に好きなことをする」という価値観を加えたいからでしょう。「いまなんの仕事してるの?」と訊かれて、「1年の契約でA社で働いている」というよりも、「A社と1年のギグをしている」と答えた方がクールなのです。
「デジタル時代の働き方」を専門とするマリオン・マクガバンによると、アメリカにはインディペンデント・ワーカーについての公式な統計はないものの、さまざまな機関の推計では労働人口の16%から29%がギグエコノミーにかかわっています。アメリカの労働人口は3億3000万人ですから、(最大で)1億人ちかいひとびとが会社に所属せずに働いているのです。

ギグエコノミーは人材のジャスト・イン・タイム

フリーエージェント化=ギグ化が進むのは、会社側と労働者側にそれぞれ理由があります。
雇用主(会社)の事情としては、第一にコスト(人件費)削減です。アメリカは公的年金や国民医療保険の制度がない代わりに、会社が従業員に年金・保険を提供しなければなりません。
有給休暇、医療保険、退職年金などを加えると雇用主側の負担は人件費の32〜37%を占めるとされ、フリーランスに仕事を発注すればこうした福利厚生が不要なので、社員の20%増しの報酬をギグワーカーに支払ったとしても会社としてはじゅうぶん元がとれるのです。
もうひとつは、ビジネス環境が急速に変化するなかで、素早く人材を補充しなくてはならなくなったことです。新しい部署に合わせて社員を再教育するより、その仕事に適した人材を労働市場から調達した方がかんたんだし、その仕事もいつまでつづくかわからないので、そのたびにいちいち退職手続きをとるよりも最初から契約期間を決めておいた方が都合がいいのです。
ジャスト・イン・タイム(カンバン方式)は日本から生まれたグローバルスタンダードで、生産工程においてすべての部品を適時適量に調達して生産性を最大化することを目指しますが、ギグエコノミーではビジネスに必要な人材をジャスト・イン・タイムで採用するのです。

「喪失」を経験した世代の価値観

それに対して、労働者はなぜギグ化するのでしょうか?
インディペンデント・ワーカーへの調査によると、47%が「元の雇用主に自分の価値をわかってもらえなかったこと」が独立に踏み切る要因になったと答えています。アメリカでも日本と同様、会社(人事)への不満は大きく、「自分の運命を自分でコントロールできる」という独立の動機は日本のサラリーマンにもよく理解できるでしょう。
ギグエコノミーはあらゆる年齢層に広がっていますが、中心にいるのは1980年代と90年代に生まれたミレニアム世代で、約40%を占めています。
現在30代から40代のミレニアム世代の特徴は仕事よりも生活を楽しもうとする傾向が強いことで、金融危機(リーマンショック)のさなかに成人したこともあって会社(長期雇用)を信用せず、90%が「ひとつの職場に3年以上とどまるつもりはない」と考えています。
X世代(1960年代から75年までの、ベトナム戦争とヒッピー・ムーヴメントの時代に生まれた世代で、個人主義と内向性を特徴する「ミー・ジェネレーション」ともいわれる)や、第二次世界大戦後に生まれたベビーブーマーのなかでもギグ・エコノミーは広まっています。
シニア世代や高齢者世代は二極化していて、金銭的に恵まれていて自分の専門性を活かして社会貢献したいひともいれば、働かないと暮らしていけないケースもあるようです。
しかしそれでも、90%以上が自由度や柔軟性を重んじてインディペンデント・ワーカー をキャリアとして選択し、80%が「独立して働く生活で幸福感が高まった」、75%が「フリーランスで働く生活は健康にもよい」と答えています。

労働やスキルをシェアする社会

シェアリングエコノミーは、民泊のエアビーアンドビー(Airbnb)のように、インター ネット上のプラットフォームを通して使っていない資産(場所、乗り物、空きスペースなど)を個人間でシェアすることです。
ギグエコノミーはその一種で、労働やスキルをシェアします。ライドシェアサービス、ウーバー(Uber)のドライバーがその典型で、タクシー会社に所属せずに、空いた時間に自分の車と(ドライバーの)スキルをシェアして収入を得ることを可能にしました。このようにギグエコノミーの背景には、サービスを提供したい側と、サービスを受けたい側をマッチングさせるテクノロジーの登場があります。 
マクガバンによれば、ギグは短期のアルバイト仕事だけでなく、スペシャリストのあいだでも急速に広がっています。専門職を短期で雇いたい会社と、独立して短期の仕事をしたいスペシャリストをマッチングさせるプラットフォームがさまざまなベンチャー企業によって提供されるようになったからで、複数の人材プラットフォームに登録しておくと、いろいろなところから仕事のオファーがきます。
アメリカでも独立への最大の不安は仕事がなくなる(食えなくなる)ことです。どんな仕事であれ、とりあえずやっていけると感じることができれば、ストレスの多い会社勤めをつづける理由はないのでしょう。
※本連載は全4回続きます
(バナーデザイン:大橋智子、写真:piranka/iStock)
本記事は『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』(橘玲〔著〕、PHP研究所)の転載である。