【平井孝幸】「ゴルフ」には健康経営のすべてが詰まっている

2019/10/7
高度経済成長期、そしてバブル経済を迎えるまで、ゴルフはビジネスパーソンにとって必須のビジネスツールだった。しかし時代が進むにつれ、ゴルフ人口の低迷、ゴルフ=「接待ゴルフ」や「時代遅れ」といったイメージによって、現代のビジネスパーソンにネガティブな印象を与えているのが実情だ。

ビジネスにおいて、もはやゴルフは「非常識」な存在となってしまったのか。プロゴルファーを目指すほどの腕前を持ち、健康経営を推進するDeNA CHO(Chief Health Officer)室 室長代理平井孝幸氏と、ビジネスゴルフの常識を打ち破るべく、事業を推進してきたダンロップスポーツの浅妻肇氏が、現代のビジネスパーソンにとってのゴルフの存在意義を考える。

ゴルフは“正解”が変化し続ける特異なスポーツ

平井 僕は高校でゴルフを始めて、一気にのめり込みました。3カ月ほどたつとスコア75でラウンドするくらいまで上達し、一時期はプロを目指しましたが、タイガー・ウッズを生で見たときに「これはレベルが違うな」と(笑)。実際、彼のスイングが一気にスタンダードになりましたよね。
浅妻 ウッズ出現以前は、70%くらいの力でクラブを振る感じでしたが、以降はみんなが全力で振るようになりましたからね。
平井 今のゴルフシーンは、当時とはまた変わっています。
浅妻 おっしゃるように、最近の選手のスイングは、10年前の選手たちとはまったく違います。極端に言うと、10年前には「そんな振り方じゃだめだ」と言われていたようなスイングで勝ってしまう選手が登場してきた。
 女子プロも、昔は欧米選手が圧倒的に強かったけど、最近では韓国や日本選手も勝つようになってきたし、身長170cmくらいが普通の世界だったのに、今では160cmなくても平気で優勝できる。あまり知られていませんが、ゴルフは短い期間でダイナミックな変化のあるスポーツです。
平井 ゴルフは道具が重要なスポーツなので、道具の進化に合わせてスタイルも進化させていく必要がある。だから常に正解というか、これまでの常識が変化し続ける。スポーツのなかでも特異なジャンルですよね。
 僕はその面白さを広めたいのですが、IT業界はゴルフ人口がめちゃくちゃ少ないんです(笑)。コンペをやっても人が集まらないので豪華景品を出したこともありますが、なかなか継続できない。
浅妻 IT業界に限らず、親睦のためにゴルフコンペがある会社は減っています。私の入社時とは環境がまるで変わりました。何かのきっかけでゴルフ好き同士だったことがわかって同僚と一緒に行くという人はいても、「サラリーマンだったら当然ゴルフ」という社会ではなくなりました。
平井 商社にはまだまだ多いですけどね。やっぱり「ゴルフは接待」というイメージが定着してしまって敬遠されているんでしょうね。
浅妻 でも、実はゴルフ業界では、いわゆる接待ゴルフはあまりないんです。「本当はすごくうまいんだけど、取引先に配慮して遠慮してプレーする」とかではなく、真剣勝負で。
平井 そのほうが絶対に楽しいですよ。「受け身的な接待ゴルフ」ではつまらないのは当然だし、よくよく見つめ直してみると、ゴルフにはいろいろな良い面があります。
 例えば、位置情報を使ったスマホゲームではリアルとデジタルの世界がリンクする面白さだけではなく、あちこち歩き回るから健康に良いということでも注目されました。でも、ゴルフだって、1回ゴルフ場に行けば普通に2万歩くらい歩きますからね。
浅妻 しかも、ゴルフは朝が早い。
平井 そう。朝起きられなかったり、体が痛かったり、腰痛だったりするとゴルフはできない。だからゴルフが好きな人は、健康に気を使うようになります。
 「不健康であることによって生産性が低下する」ことを健康経営業界では「プレゼンティーズム」といいますが、僕はゴルフ好きを増やすことによって、プレゼンティーズムを減らしていきたいんです。
浅妻 私はゴルフを通じて、我慢したり、ストレスをコントロールする能力が昔よりは身についたと感じています。ちょっとした動揺が結果にダイレクトに反映されるので、プレー中はささいなことで一喜一憂していられませんから。
平井 ゴルフの一番面白いところって、なかなか思い通りにならない部分だと思うんです。大抵のことは努力に比例して結果が出るもの。例えば、英会話などはそうですよね。でも、ゴルフは練習量と上達が全然比例しません。
 しかも、人に教わらないとうまくならないんだけど、変な教わり方じゃダメ。動画を見ながら、きれいなフォームに近づけても、形だけじゃダメなんです。
浅妻 プロでも独特なスイングの人は多いですからね。
平井 自分の感性や感覚を信じながら、どういう動きが一番いいのかを探す。ゴルフに限らず、仕事だって、「常識」と呼ばれているものを鵜呑みにせず、自分なりのやり方を考えて答えを見つけられる人が、ちゃんと成果を出すんですよ。

受け身の「つまらない」から、攻めに転換させる

浅妻 業界としてはプレー人口を増やすために、大学生向けの普及活動もしています。しかし「車がなきゃだめなんでしょ」とか「お金も時間もかかるんでしょ」とまだまだ敬遠されているのが実情です。
平井 でもそれって、スタンダードなプレーに限った話ですよね。
浅妻 ええ。18ホール回るのではなく、半分の9ホールにするとか、スコアは数えないとか、より楽しむための工夫はできるはず。業界自体がリブランディングに取り組む必要を感じています。
平井 食わず嫌いの人は多いけど、一度始めてしまえば、ゴルフは可能性を広げてくれます。例えば会社員であれば、社長と会食なんてめったにありませんが、ゴルフをする機会はあるかもしれない。「ゴルフができる」というだけで、そういうチャンスが生まれる。
浅妻 ゴルフのコミュニケーションツールとしての側面ですね。
平井 普段知り合えない方々とラウンドすることもありますが、それもゴルフという共通の「ツール」があるからですよね。ラウンド後に、プレイのことだけでなく仕事の話などもできる、コミュニケーションが楽しめるのもゴルフの魅力の一つだと思っています。
 だから、接待で使うにしても、何を成し遂げたいのかをゴール設定することが必要。「攻めの接待ゴルフ」として活用したら、つまらないなんて思わなくなりますよ。
浅妻 「ゴルフを通じて社外のネットワークを広げたい」というような。
平井 ええ。どれだけ「ゴルフはいいぞ」と言われても、ゴールを設定せずに始めても続かないものだし、「なんでこれに投資しなくちゃいけないの」って考えて、嫌になっちゃいますからね。
 個人的には、ゴルフには音楽的、芸術的な要素もあると感じています。特に楽器や音楽が好きな人は、ごちゃごちゃした先入観をいったん捨てて、ぜひ一度ドライバーを打ってみてください。
浅妻 プロはものすごくいい音でボールを飛ばしますからね。
平井 そうなんですよ。最初のうちからいい音を出すのは無理ですけど、上達するにつれて、どんどん変わっていきますから。それに、手の力を抜けば抜くほど、ボールを捉えたときの感触が肩甲骨に伝わる。この振動がめちゃくちゃ気持ちいい。
 プロゴルファーが練習熱心なのは、うまくなりたいという気持ちがベースにあるだろうけど、打つこと自体が気持ちいいから、とにかく打ち続けたいんじゃないのかな、と(笑)。
浅妻 いい音で飛ばしてくれる人が一人でも増えてくれれば、メーカーとしては報われますね。
平井 やみくもに練習するんじゃなくて、そのクラブが与えてくれる打感や音をもとに正解を探っていく。これって、アートの感覚と似ていると思います。
浅妻 コースに出れば、自然の中でプレーしますから、風も吹けば、雨も降る。環境が変化するので、あらゆるプレーは一期一会ともいえます。
ラウンド中の平井氏(写真提供:平井孝幸 氏)
平井 あるいは、個人として試合に参加すれば、確実に非日常を経験できます。周りはみんなピリピリしているし、たったの一打にものすごい神経を使う。会社員生活がマンネリ化してきた人なんかは、人生の新たな局面が開けるくらいの刺激になるかもしれません。

ゴルフ、企業、働き方……。あらゆる常識は変わり続ける

平井 業界を牽引するダンロップと、ゴルフの効用についていろいろとお話することができて嬉しいです。
浅妻 景気のいい時代には、「スポーツをしていたから、ダンロップを選びました」と入社する人が多かったのですが、「仕事は仕事だよな」「趣味の延長じゃないよね」という潮流から、そういう人はいったん減りました。
 ところが最近は逆に、新入社員にゴルフ経験者が増えているという状況です。
平井 それは頼もしいですね。
浅妻 灯台下暗しではありませんが、ゴルフ好きが集まるからこそ見落としてしまうことがないように気をつけたいです。
平井 ダンロップには、ものすごく革新的なことをやっていても、あまり大きな声で宣伝しないというイメージがあります。
浅妻 そういうところはあるかもしれません。それは謙虚に受けとめ、宣伝担当として今後努力していくべき課題です(笑)。
 もともと英国のブランドですから「紳士」の文化がいまだに残っているのかもしれません。それが、よくもあり、悪くもあり、変えたら変えたで魅力を失ってしまうかもしれないというのがブランドの怖いところです。
平井 とはいえ、世の中は移り変わっていくし、ブランドも会社も、常識も不変ということはありえないですからね。
 健康経営の視点でお話しすると、かつて「社員の健康増進」は福利厚生的な意味合いであって、不健康な社員がいても自己責任でした。それが、最近では健康増進に投資として取り組む企業が増えました。
 ここ5〜6年間で、社員の健康そのものが会社の資産であり、業績向上の大事な要素であると気づく企業が増えたということです。
 同時に、働き方改革による副業解禁などの影響もあって、プロフェッショナリズムの強い、ビジネスアスリートのような人たちも増えてきている。そういう人たちは、セルフコンディショニングを勉強するし、投資も惜しまない。
浅妻 ぜひともセルフコンディショニングの一環としてゴルフを取り入れていただきたいですね。
平井 本当に。シリコンバレーなどでは仕事や人生を飛躍させるためにマインドフルネスのメソッドを実践しているIT企業もありますが、ゴルフも自分との対話だし、ゴルフには健康経営のすべてが詰まっている。いや、すべてが詰まっているうえに、さらにコミュニケーションツールなどプラスアルファもある(笑)。
 社員の健康増進に企業がここまで力を入れるようになるとか、個の力がここまで強くなるとか、ちょっと前までは想像できなかったことが起こる世の中です。ゴルフには、そういった時代を生き残るすべが詰まっていると思います。
 常識にとらわれないで生き残る術を、もっと多くの人がゴルフから見つけてもらえたら嬉しいですね。
(執筆:唐仁原俊博 撮影:依田純子 デザイン:岩城ユリエ 編集:海達亮弥)