企業がイノベーションを起こし続ける方法とは?

2019/9/25
 企業はいかにしてイノベーションを生み出しつづけ、顧客に課題解決の手法を提供することができるのか。

 10月に東京で開催される「Hitachi Social Innovation Forum 2019 TOKYO」での特別講演を前に、ニューヨーク大学でイノベーション戦略を専門とするメリッサ・シリング教授が、日立の社会イノベーション協創統括本部長で、データ分析、AI分野の研究者であるウメッシュワー・ダヤル氏との対談を実施。

 イノベーション創出のための「協創」の意義や、企業が革新を起こし続ける方法を探る(全2回・後編)。
イノベーションを推進するプロセスとは?

イノベーションへの「理想のAI」は何か

ダヤル:前編では、テクノロジーと人間の付き合い方のテーマに触れましたが、テクノロジー企業として、特にAIのあり方には非常に興味を持っています。シリングさんは、「AIはどうあるべきか」というテーマについて、どのように考えていますか。
シリング:私は「AIが人間に取って代わる」とは考えていません。
 ただ、AIの開発過程については、実は少し心配しているのです。というのも、現在開発されている多くのAIは、「人間だったらこのように考えるだろう」という前提でプログラミングされています。
 ですが、そもそも人間の思考回路自体が、未解明です。そのため今の開発手法では、前提通りに動かなかった際の対処法については、考えられていないのです。
 もし人間のように考え、行動するようAIをデザインし続けた場合、AIが自分勝手に振る舞い始め、手に負えなくなる可能性があります。歴史を振り返れば、人間がいかに自己中心的な行動を取りうるかが、証明されていますから。
ダヤル:AIに対する信頼をどう向上させるのか、という課題もありますね。AIは、開発者ですら判断のロジックやプロセスが分からないことも多く、「ブラックボックス」とたとえられます。AIがどのように判断したのか分からなければ、その判断を手放しで信頼するのは難しいでしょう。
 日立では今、特にディープ・ラーニングの分野で、このブラックボックス問題を解決しようとしています。そもそも私たちが見ているデータとは何か、またAIはなぜその結論を導き出したのか、根拠を説明できるAIの開発をめざしているのです。
心疾患患者の再入院リスクについてその根拠を示すとともに高精度に予測するAI技術(米国Partners HealthCare社との協創活動)提供:日立製作所
 さらに、シリングさんがおっしゃるように、「どのような方法でAIを開発するべきなのか」という、より根本的な問題もあります。
 確かに一般的なAI開発のアプローチは、人間の思考回路をなぞり、人間の能力に近づけるというものです。一方で、解決したい問題の答えを導くために、必要なデータのみを学ばせる、というアプローチもあります。
 私たちはつい、「AIで何が可能になるのか」「どうしたらより高精度のAIが作れるのか」といった、AIの活用方法や能力ばかりに注目してしまいます。ですが「本来AIはどうあるべきか」という倫理的な観点からも、議論をしていくべきだと思います。開発アプローチの違いによって、未来のAIは全く違う姿になっているはずだからです。
 またAIは、他の技術と同様に、人々の生活の質の向上に貢献できる反面、悪用される可能性もあります。サイバーテロや選挙での世論操作などの例が記憶に新しいですが、このような事例があるからと言って、技術そのものを否定する理由にはなりませんよね。技術が正しく使われるよう、社会として圧力をかけていくことが必要だと思います。
シリング:その通りだと思います。テクノロジーが正しく使われることはもちろんですが、人間と機械の役割分担という考えも、大事になってきますよね。人間は感性を使って深く考えることは得意である一方で、多くの情報を高速で処理できるのは機械の強みです。だからこそ、人を助け、その能力をより高めていくために、テクノロジーを活用していくべきだと思うのです。
 個人的な話になりますが、私の父はとても忙しい医師で、医学文献を読む時間がないと嘆いていた一方、その当時コンピュータがそれほど普及していなかった時代ですから、コンピュータが出す診断結果を全く信用しない人でした。でも、今の医学生は違いますよね。彼らはコンピュータを活用して、そこから大量の情報を学んでいるのです。
 私が大学院生の時代は、図書館で紙の論文をコピーするというアナログな方法でしたが、今の学生はウェブサイトで5分もあれば、必要な文献を探し出してきます。さらに検索機能自体も、セルフ・ラーニングによりさらに賢くなっていくのです。
 たとえば中国は人口が多い分、他の国と比べて膨大な数のデータが存在しており、AI開発においては、非常に大きなアドバンテージに見えます。データの量とAIの性能について、ダヤルさんのご意見も伺えますか?
ダヤル:「データはあればあるほど良い」と考えがちですが、実は大量のデータがなくてもよりよいAIを開発していく方法は存在します。
 たとえば日立では超高速エレベーターを製造しているのですが、その保守サービスも提供しているんです。エレベーターにいつ不具合が生じるかという予兆診断の技術ですね。ですが不具合を予測するためには、起きてしまう前に不具合に関するデータを蓄積しないといけない、という矛盾した状態になってしまいます。
 そこで日立は、機器から得られるデータを収集するのはもちろん、さまざまなイレギュラーなデータを与えてシミュレーションを実施。不具合が生じるタイミングを予測する、「ハイブリッドシステム」を開発しました。
 そうすることで、最先端の製品を作るだけでなく、その保守まで担えるようになったのです。つまり、大量のデータより多様なデータ、まれにしか起きないデータが、新たなサービス機会をもたらすのです。
まれにしか起きない事象の発生、たとえば取引における不正や融資における貸し倒れなどは、実績データが少ないため予測学習が困難。さらに、予測モデルを高精度化しようとすれば、予測式が複雑になり,根拠の説明が難しいという課題があった。日立は、発生頻度の少ない事象の発生を高精度に予測し,その根拠を提示するAIを開発したところ、従来のディープ・ラーニングに比べ43%高い精度で予測できることを検証した。提供:日立製作所

イノベーションへのモチベーション

ダヤル:現代は不確実性の時代と言われますが、その中で企業が今後どのようにイノベーションを起こしていくべきかについてお話ししたいと思います。私としては、イノベーションを起こす方法は、数世紀にわたり変化してきたと感じています。
 たとえばレオナルド・ダヴィンチが生きていたのは、極めて優秀な人物がたった一人で研究をしていた時代だったと思うんです。それがトーマス・エジソンの時代になると、研究室でチームを組んで、発明をするようになりました。
 そして現在、日立ではお客様との“協創”と呼んでいますが、お客様とアイディアやビジョンを共有しながら、課題解決のために新しいソリューションを生み出そうとしています。イノベーションが生まれるエコシステムを作ろうとしているのが、今のトレンドと考えています。
 このようにイノベーションの形は変化してきたと考えているのですが、シリングさんはどうお考えですか。
シリング:私はイノベーション自体が「閉じた」ものだと考えたことはありません。全く閉ざされた状態でイノベーションが生まれたことは、ほとんどなかったのです。これを説明するために、私の著書である『Quirky(邦題:『世界を動かすイノベーターの条件』)』について、少し紹介させてください。
 この本では、イーロン・マスク氏や、故スティーブ・ジョブズ氏、マリー・キュリー氏のような優れたイノベーターの著書や言動、周囲の証言などを、定性的に分析しています。そして、そこから彼らに共通する資質を抽出し、イノベーションを起こすために私たちに何ができるのか、まとめているのです。
 さまざまなイノベーション事例を研究していると、イノベーションはアイディアの組み合わせだと、気づかされます。もちろんマリー・キュリー氏のように研究室に閉じこもって研究するスタイルの人はいますし、たった一人で課題と向き合う時間も大切です。ですが、どのイノベーターでも、周りから研究のための材料やアイディアを得て、それが発明に繋がっています。
 企業に関して言えば、企業内でイノベーションを起こすには、企業文化だけでなく、どのように社員のモチベーションを維持していくかが重要です。
 たとえば、社員に一つの業務に特化するよう役割を与えて、それに対して報酬を与えるとします。その人はその業務のプロフェッショナルにはなりますが、その業務を代替する技術やアイディアには、抵抗するようになるかもしれません。
 そうすると、新しいアイディアは生まれづらい。企業が大きくなるほど、このような明確な役割を与えられることが多く、難しい問題だと思います。
ダヤル:その通りです。その点は企業とイノベーターが抱える矛盾の一つだと思います。
シリング:私が思うに画期的なイノベーターといわれる人は、一つのアイディアに固執するより、問題を解決するために自分と対極にいるような人とも積極的に意見を交わし、ヒントを得られるような人だと思うのです。リソースを上手く活用し、周りからのサポートを得られる人が変革を起こせる、と言っても良いのかもしれません。
 しかし、大企業の中でこのように振る舞うのは、そう簡単なことではありません。どうしても、従来の方法にこだわる人との軋轢は付き物です。
 だからこそ、社員がイノベーションを起こしやすいカルチャーを作るためには、ある特定の業務に長けている人だけを評価するのではなく、自分の領域を超えて柔軟に発想できる人が評価される組織体制や報酬制度づくりが大切だと考えます。

企業内でイノベーターを活かす

ダヤル:日立ではその時代で変わる社会課題を理解し、イノベーションによる解決策を模索したいと考えています。イノベーションをビジネスの成功に結びつけるために、企業としては、どのような姿勢を大事にするべきかご意見いただけますか。
シリング:優れた人とは、周りから好かれる人とか、カリスマ性がある人とかと考えがちです。しかし周囲の意見ばかりを気にしていては、画期的なアイディアを生み出すのは難しい。画期的なイノベーションというのは往往にして、それまでの考えや価値観とは全く違うものだからです。
 だからこそ、イノベーターというのは周りから「変わり者」「困った人」という目で見られることも多いのです。
 米国は他国と比べれば、こうした「変わり者」に寛容な社会だと感じています。要因の一つには、子どもの頃から自分の意見をはっきりと主張する教育が施されてきたことがあると思います。イノベーションを起こすためには、良い環境と言えるでしょうね。一方で、チームワークを重視する文化では、なかなか自分の意見を言うのは難しいかもしれません。
ダヤル:確かに企業は時にそうした「変わり者」を受け入れる寛容性が必要だと思います。しかしそうした「変わり者」と呼ばれるイノベーターたちも、最終的には企業を立ち上げ大成功しています。彼らは組織と向き合うために、そうした「変わった」部分を抑えているのでしょうか?
シリング:面白い質問ですね。では例としてイーロン・マスク氏を見てみましょう。結論から言えば、彼は自分で会社を立ち上げてからも、その「変人度」にはいささかの変化もない、と言えます。それでも多くの人が、電気自動車や火星探査ロケットという彼の夢に共感し、心を躍らせている。結果として、彼の型破りな性格も、許容されている側面があると思います。
 ただし理想家であることが、組織にとってプラスになるかどうかは別の問題です。たとえば故スティーブ・ジョブズ氏は、多くの証言を聞くに、社内コミュニケーションや人材マネジメントの観点からは、優れた経営者だったとは言い難いでしょう。
 しかし彼が、製品に対する自分の理想像を追求するより、同僚と上手くやることを優先するような人だったとしたら、これほどまで多くの人を魅了する製品やデザインは存在したでしょうか。もしかしたらiPhoneは、何より技術が好きというような一部の人にしか響かない製品になっていたかもしれません。
 理想を追求するタイプの人は、ビジョンを持って自由度高く働ける部署など、適切な配置があるはずです。そうした柔軟な人員配置ができれば、イノベーターが活躍できる組織ができてくると思います。
 あわせて、組織が寛容であることも大切です。社員が提案したアイディアが非現実的だったり、突飛なものだったりしても、それがイノベーションの種になるかもしれないのです。このようなアイディアが出てくる環境にするために、個人に多くの裁量を持たせることも有用だと思います。
ダヤル:もし周りにその創造性を理解して、変わった考え方を上手く翻訳できる人がいれば、個人がたった一人でイノベーションを生み出す必要もなくなりますね。
 面白いアイディアをゼロから作るのは得意な人も、マスマーケットで製品化するのは苦手かもしれない。その弱みを補い合えることこそが企業の強みであり、イノベーション実現のためのエコシステムを提供できる立場なのだと思います。
 そこでパートナーとの協業を大切にしたいという思いから、私たちは「協創の森」というオープンイノベーションのための施設を開設しました。
オープンイノベーション創出を加速するため、東京・国分寺地区に“協創の森”を開設。協創を加速する空間となっている。提供:日立製作所
オープンイノベーション創出のアプローチ。提供:日立製作所
 そこに世界中のパートナーの新しいアイディアを持つ研究者やデザイナーを集め、新しいイノベーションの可能性を模索しています。ぜひ日本にいらっしゃる時には、この協創の森を訪れていただければ嬉しく思います。
 本日はありがとうございました。Hitachi Social Innovation Forum 2019 TOKYOでお会いするのを、楽しみにしています。
シリング:こちらこそ、ありがとうございました。東京でお会いしましょう。
(編集:金井明日香、取材・構成:土方細秩子、写真:北山宏一・丸野翼、デザイン:九喜洋介)