メンタル、インスタ起業、ディープテック。ユニークなベンチャーに学ぶファイナンス戦略のリアル

2019/9/30
 スタートアップにとって、ファイナンスは事業成長のための武器となるが、場合によっては、自社の意思決定の障害にもなりえる。
 起業家であり、同時に投資家としての顔をもつCAMPFIREの家入一真氏は、「ファイナンスは起業家にとって、非常にストレスの大きいもの」と語り、資金調達額よりも「お金の色が大事」と語った。
 同じ資金でも、投資家たちの「経済圏」によって「お金の色」は違う。つまり、エンジェル、VC、CVCなど、それぞれによって求める基準も時間軸も様々であり、経営の意思決定のステークホルダーとなる投資家たちの「色のついたお金」を自覚的に選ぶべきであるということだ。
 今回話を聞いたベンチャー企業3社は、それぞれ独自のファイナンス戦略を描いており、中には「あえて外部の投資家を入れない」という判断をした企業もある。「ファイナンスは後戻りできないもの」と言われるが、各社はどのようなビジョンを見据えてファイナンスと向き合っているのだろうか。
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「外部から調達をしなかった影響は、プラスマイナスいずれもある」

「やさしさでつながる社会をつくる」というビジョンのもと、メンタルヘルスを支えるオンラインカウンセリングやコミュニティなどを提供しているcotree。2014年に創業した同社は、現在に至るまで外部株主を増やさない戦略をとっている。それはなぜなのか、代表取締役の櫻本真理氏に聞いた。
──資金調達と事業成長の推移を教えてください。
櫻本 当社では、外部からの資金を入れておりません。社内の関係者と、共同創業者として初期プロダクト開発や経営に関わってくださったカルー株式会社で全ての株式を持っています。この株主構成で2014年に初期投資として1,500万円、2016年に追加で3,000万円を資金調達しました。借入等はありません。
 事業については、一時停滞期があったものの、大きくは継続的に成長トレンドです。キャッシュ残高にリスクが生じない範囲で赤字を出しながら、新規プロダクトやマーケティングに投資を継続してきましたが、直近は単月黒字化しています。
株式会社cotree 代表取締役 櫻本真理:1982年広島県生まれ。2005年に京都大学教育学部卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社。2006年ゴールドマン・サックス証券の株式調査部にてテクノロジー業界のアナリストとして勤務。2010年に同社退社後、複数のスタートアップやプロジェクトに携わる。2014年5月に、IT x メンタルヘルス領域でサービス開発を行う株式会社cotreeを設立、代表取締役に就任。NPO法人soar理事。起業家向けのコーチ・コンサルタントとしても活動。
──外部からの資金調達をしなくて良かったと思う場面はありますか。
 外部からの資金調達をしなかった影響は、プラスマイナスいずれもあったと思います。プラス面としては、スピード感や経済性偏重のプレッシャーを受けることなく、自社が大切にすべき理念を大切にすることができたことです。
 その結果、独特な社内の文化が育ち、会社のブランディングにつながりました。採用希望者も多くなり、コストをまったくかけることなく良い人材に出会うことができています。
 さらに言えば、ステークホルダーが少ないからこそ、一般的には理解され難い価値であっても追求し続けることができ、競争優位に繋がっているようにも思います。より長期を見据えた実験的な投資や開発についても、迅速かつ積極的に行うことができる身軽さも、外部株主を入れないことによる強みです。
 ただ、外部株主を入れないということは、裏返せば経営自体を比較的閉じた状態で継続したということでもあり、この点においてはマイナスの部分もあったように感じます。
 アクセラレーションプログラムなどに参加することで、多くの方から“アドバイス”をいただくことはできたのですが、数値や実態をしっかり共有した上で、適切な専門的助言や知見をくださるようなつながりは、もう少し多く持っておいてもよかったかもしれません。利害を共にし、視野を広く持つための仲間としての投資家の存在は、やはり貴重です。
──貴社のファイナンス戦略はどの時点からありましたか。
 創業の2014年時点で、米国では類似サービスが高いバリュエーションで投資を受ける事例が複数見られ、私自身がファイナンス出身のため、当初は外部調達も含めて検討していました。
 実際、事業会社やVCからのオファーもいただいたのですが、日本では、メンタルヘルス関連市場の存在および成長性・成長速度が不透明であり、かつ、当社の事業は個人的な想いに紐づき、事業性よりも社会性を重視していたため、結局外部資金は取らないという判断に至りました。営利金融機関による年限付きの外部資金は、事業の継続においてリスクと判断したということです。
──その判断に対し、現実はどのようなものでしたか。
 当初は、追加調達なしに黒字化を目指しておりましたが、想定よりも事業の成長スピードが遅かったことから、追加調達の判断をすることになりました。ただ、その頃には収益化のイメージもついていたため、それほど苦労なく追加調達の判断をすることができました。
──調達した資金の使徒と、その理由を教えてください。
 基本的には開発と、メディア運営や広告費等のマーケティングに投入しています。当社ではIT×メンタルヘルスの領域でチャレンジを続けており、当初の個人向け通話カウンセリングから、メッセージでのカウンセリング、法人・大学向け、C to Cサービスなどにサービスを広げるための開発資金として投下しています。
 また、事業成長に合わせて人材へも投資を続け、オフィス移転のタイミングでは少し広めの場所を選ぶことにしました。ここには外部との交流ができるスペースがあり、チームの雰囲気や外部とのコミュニケーション、会社のイメージがまったく変わりましたから、良い選択だったと思っています。
──これから成長を目指す起業したてのスタートアップ起業家に、資金調達の戦略においてアドバイスをするなら、なにを伝えますか。
 弊社では起業家向けの性格特性アセスメント+メンタルサポートサービス「escort」の提供もしているのですが、起業家は、「資金が尽きそう」「資金調達がうまくいかない」「投資家との関係性がよくない」といったことを理由としたメンタルの問題を抱えるケースが多く見られます。
 また、「0→1は得意だけど1→10では実力を発揮できない」と思い悩み、投資家が求めるエグジットまでにモチベーションを持続できない起業家もいます。
 このような実情を見ていると、目先の良い話に飛びつくのではなく、自分たちは何を、何のために、いつまでに、なぜ達成したいのかという理解を深めた上で、妥協せずにそれにマッチしたお金を入れていくことが大切だと思います。
 それぞれの事業と起業家自身に適した、資金の「色」があるわけですから、自身の事業に合った色の資金を選択しないと、自分たちの目指す未来自体が濁っていくことにもなりかねません。そうした問題を避けるには、自分自身がそれを達成するに足りうるマインドとリソースを持っているのかという点について、自己理解を深めておくことも大切だと思います。

「頼れる兄貴のような投資家を求めていた」

2018年に創業したyutoriは、ファッションコミュニティ「古着女子」を運営している。初期投資0円でインスタ起業をしたという同社代表取締役の片石貴展氏は、ファイナンス戦略を描く前提として、事業の実績を数値で示すことの重要性を語った。
──ファイナンス戦略については、どのような考えがありましたか。
片石 創業時には自己資金だけでやろうと思っていたのですが、それではレバレッジを効かせづらいとも感じていました。そこで結果的に、ファイナンスをすることになったのですが、同時に“自分たちらしさ”の追求も捨てないことを意識していました。
yutori CEO 片石 貴展:1993年生まれ。明治大学商学部卒業後、株式会社アカツキに新卒入社。新規事業部の立ち上げに従事。個人的にインスタグラムアカウント「古着女子」を立ち上げ、開設から5カ月でフォロワー10万人を突破。2018年4月に初期投資0円”インスタ起業”として株式会社yutoriを創業。
 というのも、この意識を持ちながらファイナンスをすれば、yutoriと同じような空気感をもつ会社とのつながりの可能性を広げ、社会的にも新しい価値が見出せるのではないかと考えたからです。実際に、ファイナンスをしたことで、世界初のバーチャルモデル事務所など、前例のない領域の新規事業をスピーディーに立ち上げることができました。
──最初のファイナンスはスムーズに進んだのでしょうか。
 最初はツテも信用もまったくなかったので、投資してもらいたい方に直接SNSのDMで事業計画書を送りアポを取りました。その結果、全員がお会いしてくれて、投資の話もポジティブに進みました。
 なぜ、それができたかを考えると、その時点で既に、手がけていた「古着女子」のフォロワーが10万人ほどいたという事実が大きかったと思います。アカウントを立ち上げた当初から信用のない状態での説得は難しいと考えていて、ファクト作りを意識していたのですが、これが功を奏したのかなと思っています。
──ファイナンス戦略、資金調達において、特に注意した点を教えてください。
 シード期は、心の底から自分たちの可能性を信じてくれる人、言い換えれば会うことで自分の自己肯定感が“爆上がり”する人に入っていただきたいと思いました。出資後のスタンスにミスマッチが生じると、不必要なプレッシャーや緊張感を受けて潰れてしまいますからね。
 事業のフィードバックやリレーションシップ、社外からの信用向上など、期待していたことは複数ありますが、何か聞いたら何かしらの答えを返してくれる、頼れる兄貴のような感じの投資家を求めていました。
──資金調達後の出資者との関係において気をつけている点はありますか。
 特に変化が激しいシード期においては、株主と定期的にメッセンジャーで連絡していました。このとき、かしこまるのではなく、仲良しの先輩と連絡を取るくらいのカジュアルさを意識していました。
 ただ、投資家との関係性の問題は、コミュニケーションだけで解消すべきものではないとも思います。そもそも事前に自社のスタンスを明確にして、“好き嫌い”を対外的にはっきりさせることが大切なのではないでしょうか。
──これから成長を目指す起業したてのスタートアップの起業家に、資金調達の戦略においてアドバイスをするなら、なにを伝えますか。
 初めての起業であれば、ほぼ信用のない状態でしょうから、まずは自分のプロダクトの成果を数値で出すことにのみフォーカスしたほうが良いと思います。私たちの場合、シードラウンドの頃は継続的にフォロワー数が1日あたり1000人弱伸びていて、5ヵ月で10万人を超えた時期でしたから、この数値を見せることでスムーズに資金調達をすることができました。やはり、圧倒的な数字が出てから交渉に行くほうが、すべてにおいてスムーズです。
 また、ファイナンスに精通する人材がいない中では、ファイナンスに時間が取られてしまい、プロダクト開発などに時間を割けなくなりがちなので、ファイナンスを理解しているメンバーとの共同創業をおすすめします。

「ディープティックベンチャーには、一般のベンチャーとは違った意識が必要」

ブロックチェーン技術とクリプトエコノミクス(行動暗号経済学)の普及を目指し、エンジニア育成やコミュニティ醸成に取り組む研究チームがある。それがCryptoeconomics Labだ。同社代表取締役の片岡拓氏は、最先端技術を扱うディープテックベンチャーとして、研究開発と事業成長を両輪として成長するためのファイナンスについて語った。
──貴社のファイナンス戦略はどの時点からありましたか。
片岡 私たちは、自社にファイナンスに精通する人材がいなかったのですが、エンジェルラウンドで投資をしてくださった先輩方にアドバイスをいただき、戦略構築を行いました。具体的には、VCの方々を紹介いただくとともに、弊社の技術戦略に合わせたバリュエーションの上げ方などをご教示いただきました。
株式会社Cryptoeconomics Lab 代表取締役社長 片岡 拓(かたおか たく):1992年生まれ、2015年慶應義塾大学商学部卒。2013年無店舗ネット型賃貸仲介の会社を起業、株式会社リブセンスが事業を吸収。2016年、インドネシア・ジャカルタに移住し、WAKI Japanese BBQ dining を起ち上げる。2018年、株式会社Cryptoeconomics Lab創業。
 私自身が創業時より意識していたのは、研究開発と事業遂行を並行して行わなければならない領域のため、「安定した研究開発のための資金調達」と「事業化のための資金調達」を分けてファイナンス戦略を構築するということです。
──難しかった点、迷った点などがあれば教えて下さい。
 ブロックチェーン領域は、米国や欧米に比べると、日本では大型の調達事例があまりなく、資金を獲得できたとしても、すぐに事業化できるものでもありません。そのため、極めて複雑な技術を説明し、事業化について説明することが難しいと感じました。
 また、海外ではICOなどのトークンにより資金調達をしているプロジェクトが多い中、エクイティで調達するのか、トークンで調達するかという点も迷いました。結果的に、日本においてはまだトークンに関連する法整備が追いついておらず、長期的に責任のある形で購入者にリターンを返す道筋が不明瞭であったため株式での調達を決断しました。
 最終的には、設立直後にエンジェルの方々を中心に投資をいただき、技術基盤を作ることができたので、持続可能性を持った研究開発と事業推進を実現する上で理想的な形になったと思います。
──調達した資金をどの分野に投入したのか、そして特に効果的だったものが何だったのかを教えてください。
 ほぼすべての資金を、研究開発と事業化のエンジニアリング人件費に投下しました。当社の強みは技術的な研究開発の先行と事業化ですから、テコである研究開発に投資したかったのです。この結果、グローバルな採用や広報にも大変貢献しました。
 具体的な効果としては、研究開発に資金を投下したことで、ありがたいことに、イーサリアム※の最も大きなカンファレンスである、EDCON2019とDEVCON5 2019(10月大阪にて開催)に登壇させていただけるようになりました。
 また、Ethereum FoundationとTezos Foundationからの公式の開発助成金である、Grantを獲得することもできました。いずれも、日本の法人としては初めてとなります。※イーサリアム:分散型アプリケーション (DApps) やスマート・コントラクトを構築するためのプラットフォームの名称、及び関連するオープンソース・ソフトウェア・プロジェクトの総称のこと
──投資家との関係において、特に注意した点は何だったのでしょうか。
 弊社が扱うのは日進月歩の技術ですから、研究開発の方向転換が多々あります。そのような方向転換も含め、私どもの意思決定を信じてくださる投資家の方々を選ぶようにしました。国内でのユースケース作りにおけるアライアンス作り、グローバルネットワークへのアクセス、経営面でのメンタリングも判断軸として置いていました。
──これから成長を目指す起業したてのスタートアップの起業家に、資金調達の戦略においてアドバイスをするなら、なにを伝えますか。
 ディープティックベンチャーには、一般のベンチャーとは違った意識が必要です。まず求められるのは、困難な技術を簡易、明確に説明すること。さらには、それがどのようにして利益やビジネスにつながるのかも明示しなくてはなりません。
 このとき、国際学会における論文発表など、わかりやすい研究開発の成果や導入実績などのユースケースを示すことができれば、極めて好意的に受け取られ、研究開発の上に成り立つ事業としての評価をいただけるかと思います。
 いずれにしても、日進月歩な環境の中、技術に関する意思決定を経営陣に任せてくださる投資家の方を見つけることが、ディープテックベンチャーとして大事なことだと感じています。
(編集:中島洋一 構成:小林義崇 デザイン:九喜洋介)