ミッション・ドリブンで変革を。東京海上のデジタル戦略

2019/11/22
激甚化する自然災害、人生100年時代の到来、増大するサイバーリスク等の社会が抱える課題を、新たなデジタル技術を駆使し解決につなげたい──。
社会と人びとの“いざ”を支えるため、多様なサービス・プロダクトを提供し続ける東京海上グループ。全5回連載でお送りする140周企画の第3弾は、グローバル規模で展開する東京海上HDの「デジタル戦略」について、事業戦略部のお二人に話を聞く。
【図解】創業140年。東京海上グループを支える「3つのDNA」

デジタル戦略「3つの柱」

 現在、デジタル戦略においては、3つの柱を立てています。
 まずは「ミッション・ドリブン」であること。つまり、テクノロジーの利活用が目的なのではなく、本質的な課題を解決するための手段として、デジタルを活用することです。
住隆幸(すみ・たかゆき) 東京海上ホールディングス株式会社 事業戦略部部長 兼Global Head of Tokio Marine Innovation Lab
佐藤 また、保険会社が向き合うべき大きな社会課題のひとつに、自然災害への対応があります。
 私たちは災害による保険金の支払いを迅速化するために、ドローンを使って被災エリアの全体像を把握する取り組みを始めました。
 実践の過程で、ドローンは航空法の関係で市街地エリアでの使用が難しかったり、バッテリー寿命の問題なども出てきたりしました。
 ドローンも併用しながら、もっと効率的に、幅広く対応できないか。模索するなかでたどり着いたのが、人工衛星でした。
 人工衛星画像のビッグデータ分析技術にたけている米国企業オービタルインサイト社と提携し、衛星写真で浸水地域を特定して、なおかつ水深も推定するシステムを導入しました。
 私たちで浸水地域を特定し、そこにお客様の物件所在地情報などを重ね、こちらから能動的に保険金請求が可能であることをお伝えできます。
佐藤竜介(さとう・りゅうすけ) 東京海上ホールディングス株式会社 事業戦略部 デジタル戦略室マネージャー(データサイエンティスト)
 これまではお客様から連絡がきたあとで調査の人間を現地に派遣し、被害状況を判断していましたが、このシステムを利用すれば早期に被害状況の把握が可能となり、結果、これまでよりも早くお客様に保険金をお届けできるようになります。
佐藤 その他の社会課題のひとつ「人生100年時代」に向けて、ヘルスケア領域における提携も始めました。
 健康長寿社会に向けては、信頼できる医療情報や、健康であり続けるための支援が必要です。
 私たちは、医師や専門家との連携により信頼性の高い医療情報プラットフォームを運営するメディカルノート社や、アプリを通じて毎日の食事や運動をアドバイスするリンクアンドコミュニケーション社などとの提携により、付加価値の高いサービスを提供し、お客様が健康で安心して暮らしていける社会づくりに貢献したいと思っています。

デジタル推進とグローバル展開の相乗効果

佐藤 2つ目が「グローバル・デジタル・シナジー」です。グローバル展開をするうえでデジタルの力はなくてはならないもので、逆もしかり。両者は深く相関しています。
 弊社は創業の明治14年から海外展開をしており、現在では世界45の国と地域で事業を展開しています。
 だからこそグローバル全体でのシナジーが大切です。それぞれの国と地域で、必要とされる手法やデジタルの発展レベルは違います。特徴を生かしつつ「どんな手段で何をやるか」をローカライズして実践し、その結果を互いに伝播(でんぱ)させシナジーを生み出しています。
 例えば、マーケットリーダーである日本では生産性向上の指揮を執り、欧米ではデータアナリティクスなどの専門領域に力を入れています。
 マーケットの成長の著しいアジアでは実験的なビジネスモデル構築やR&Dに挑戦するなど、地域の事業とマーケットにおけるポジションに合わせた戦略を進めています。

イスラエル企業と提携

 グローバル展開でいうと、海外の有力なインシュアテック企業との提携や出資にも力を入れています。直近でいうと、イスラエルの損保最大手となる保険会社、ハレル社とも業務提携を組みました。
 最近は2020年問題を目前にしてサイバーセキュリティーへの需要が増えており、商品の改良においてもハレル社のノウハウと実績は有意義なものとなっています。
 もうひとつの狙いは、イスラエルという国での「トキオ・マリン」ブランドの確立です。
 イスラエルはGDPに占めるR&D予算費が世界一で、有望なスタートアップがたくさん出てきています。
 まずは、イスラエルのスタートアップから一番に選ばれる存在にならないといけない。東京海上ブランドのイスラエルにおける知名度を高め、優れた技術を得るためにはどうすればいいかと考え、トップの保険会社との提携を決めました。
 提携のニュースはイスラエル現地メディアでも大きく取り上げられ、ベンチャーキャピタルによれば「トキオ・マリンの名はスタートアップかいわいでも話題になった」そうです。
 こうした最先端のデジタル技術を発掘し、導入するための基盤づくりを世界規模で行っています。
 デジタル戦略3つ目の柱は、保険会社のデジタル事業においてもっとも重要と言っていい「ヒトと技術の融合」です。
 2018年からアメリカのインシュアテック企業メトロマイル社と業務提携し、テクノロジーを活用した支払い判断や、事故対応の自動化などを進めています。
 今年度中には、「車をこすってしまった」などの車両単独の軽微な事故は、スマホでスムーズに受け付けや保険金請求手続きができるようになる予定です。
 そして私たち人間は、どれほどテクノロジーが進化しても人にしかできないことに注力する。
 例えば人身事故などの場合は、お客様の思いや気持ちに寄り添い、お話を聞き、きちんとご納得をいただかないと、交渉や示談は成立しません。
 最初の段階でのコミュニケーションが非常に重要なんです。そこが一番難しい。
 社員がテクノロジーを使いこなし、人とデジタルのベストミックスで、より高度で快適な感動レベルのお客様対応を実現していくこと。それが、この3つ目の柱のコンセプトです。

250時間のデータサイエンティスト育成プログラム

佐藤 これらのデジタル戦略を進めていくうえで、データサイエンスという専門性が高い分野での人材が社内でも必要だという話になりました。保険会社にはもともと「アクチュアリー」という統計や確率に関する理数系の専門人材がいるのですが、それとは別に、外部からの即戦力のデータサイエンティスト採用に踏み切りました。
 同時に、社内にいるアクチュアリー部門の社員がデータサイエンスを身につけるためのプログラム「ヒルクライム・プロジェクト」を発足。
 約7カ月間で250時間、平均して週に1日〜1日半、初年度の今年は社内から約20人が業務としてこの研修に参加しています。
 このプログラムは、基礎的な数学とプログラミング、機械学習の技術から始まり、実践的な演習やディープラーニングについて詳細に学ぶ機会もあります。
 保険業界特有の生存分析や、事故動画の分析、契約データの自然言語処理などを応用プログラムとしても用意しています。
 修了時のゴールとして、参加者の10%が「データを自在に取り扱い、未知の手法も調べて自律的に統計解析・機械学習モデリングができる」レベルに到達することが目標です。保険事業を理解している社員が深くデータサイエンスについて学べば、相乗効果が生まれます。
 デジタル戦略の軸と同じく、当社のメイン事業はあくまでも保険事業であることを忘れてはならない。
 お客様や社会の“いざ”を支えるための保険があって、その保険の価値を高めるためのデータサイエンスであるべきだと思っています。
 例えば、直近の分析でも大量の保険に関するビッグデータを扱っています。分析をする立場としても、それだけのデータ量を扱えるのは魅力的ですよね。
 このプログラムを通じて、データサイエンティストとして活躍してもらいたいのはもちろんですが、いまは全社的にも「データ分析やデータリテラシーを高めることが大切だ」と掲げているので、彼らを通じてそういったカルチャーが各部門にも広がっていったらという思いもあります。
 だからこそ、データを扱う技術だけでなく、データから価値を生み出すということを大切にしたいですね。
(取材・執筆:川口あい、撮影:森カズシゲ)