企業価値を左右する、UXデザインの正体

2019/8/26
大企業がイノベーティブな新規事業を創出するために、「UX=ユーザー体験」の重要性が見直されている。

しかし、これまでデザインを最終的な“見栄え”の調整と捉えていた大企業にとって、ビジョンからユーザーの手に届いた後の体験までを設計する「デザインファースト」な事業開発をするのは簡単ではない。

そもそもなぜUXデザインが重要なのか。それはいかにして企業価値を高めるのか。

国内でいち早くUXデザインに注目し、デザインでビジネス課題を解決するグッドパッチCEOの土屋尚史氏と、新規事業「Lancers Enterprise」の立ち上げ時にグッドパッチをデザインパートナーに選んだランサーズの取締役・曽根秀晶氏に語っていただいた。

「表層のデザイン」から「深層のデザイン」へ

──事業を成功させるために「UXデザイン」の重要性が見直されています。そもそも、なぜデザインが重要なのか改めてお話しください。
土屋 昔から「デザインが重要」と言われていて、「UX デザイン」という言葉がない時代でも同じ本質を捉えていた人はいたと思います。
ただ、テレビや洗濯機、自動車などモノを作れば売れた時代は、見た目を重視した「表層のデザイン」に寄っていたと思うんですね。
でも僕らはある程度満たされた時代に生まれているから、テレビもあるし自動車は所有する必要もなくなった。
そうして、1990年代後半からは機能過多なモノが選ばれなくなり、情緒的な価値でモノが選ばれるようになりました。
曽根 市場の変化に合わせて、プロダクトのライフサイクルもかなり短くなりました。
差別化するために、見た目を重視した「表層のデザイン」から、ユーザーにプロダクトを選んでもらうためのストーリーなど「深層のデザイン」の重要性が増した
コンサルタント時代、市場とニーズから事業プランを提案していましたが、市場の変化が大きいからプロダクトがすぐに陳腐化していました。
土屋 そして2010年ごろになると「UXデザイン」が重視されるように。そのきっかけはiPhoneが誕生したことで、デジタルを含めた体験設計(UXデザイン)が必要になったこと。
スティーブ・ジョブズが作ったのは、「イノベーティブなユーザーインタフェース」でした。
それまでは直感的に使える・画面が指についてくるようなユーザー体験のソフトウェアは存在しませんでした。
でもiPhoneはビジョンとコンセプト、機能、ユーザー体験が一気通貫で“デザイン”されていた。デジタルが人の生活に入り込んだことによって世界は激変しました。
なぜデザインが重要なのかは、どん底だったアップルが時価総額世界1位になった事実からも、多くの人が理解していると思います。だけど、本当の意味で理解している人は少ない。
特に日本は古くからハードウェア信仰が強かったため、ソフトウェアの技術者が増えず、ソフトウェア時代の波に乗り遅れた。
世界を見渡すと成功しているのはソフトウェアの会社ばかりですが、日本はそこで勝負できていないのです。
イノベーティブでユーザーに選ばれるプロダクトを作りたいなら、ソフトウェアの設計からユーザーに届いた先の体験までを一貫してデザインする必要がある。
でもそれを理解した経営陣や、デザインという数字で測れない価値に投資できる会社はとても少ないのが現状なのです。

ビジネスとデザインの“断絶”

──これまで日本の大企業は経営とデザインの距離が離れていたと思います。ですが、ユーザー体験をデザインするためには、事業の意思決定と近い位置にデザイナーを置く必要があると思います。
土屋 その通りなのですが、デザインとビジネスを両輪で考えられるデザイナーは少ないのが現実です。
かつては、美大出身者しかデザイナーになれなかった時代があり、美大ではビジネスを教えないから、ビジネスとデザインは長い間断絶されていたんですね。
一方で、海外のデザインスクールは古くから「T字型人材」、つまり1つの専門性を身につけつつ、他の領域でも議論できる教育がされていた
そこから輩出されるデザイナーは「ビジネスorデザイン」ではなく、両方大切だという思考で、その間にある隔たりをいかにしてなくすかを考えてデザインしています。
曽根 僕はデザインには、アートとサイエンスをブリッジする役割があると思うんですね。デザインはアートだと思われがちですが全然違います。
アートが一人称のふわっとした映像の世界だとしたら、サイエンスは三人称のカチッとした数字の世界。それをブリッジするのがデザインだと思っています。
土屋 曽根さんは以前、マッキンゼーでコンサルタントとして働いていましたよね。デザインを重視したプロジェクト経験はありますか?
曽根 いえ、そこまで至らなかったです。ビジネスプランや、それを実現するためのジョイントベンチャーの設計はできても、デザインまで踏み込めませんでした。
結果、ユーザーにとって価値あるプロダクトの提案にまでなかなか至らないので、コンサル会社がデザイン会社を買収する動きが盛んになっているのだと思います。
土屋 いつからデザインが重要だと思うようになりました?
曽根 学生時代に建築学を専攻していたから、もともとデザインが好きなんです。
建築家は構造物を作っているようで空間を作り、空間によって生まれる人の行動を設計し、さらに行動から生まれる感情を考えています。
まさにUXデザインそのものです。

共通点は「本質的価値」の追求

──デザインと経営が近づくという観点から、「一流の経営者」と「一流のデザイナー」の共通点があるとしたら何でしょうか。
土屋 「本質的価値を追求すること」ですね。
一流の経営者はやっていることに一貫性がないように見えても、コアな本質的価値はブレないからすべてがつながっています。
たとえば曽根さんがかつて働いていた楽天の三木谷さんがそうですね。そして、その本質的価値をきちんと理解してアウトプットを出せるのが一流のデザイナー。
本当に一貫性がない経営者は「儲かるからタピオカ屋をやる」と発想しがちです(笑)。
紅茶の葉に情熱と本質的価値があり、今のマーケットに合致するからタピオカミルクティーを作るなら、ブームが去っても茶葉が残るのでいいのですが。
曽根 LCCのpeachはただ安い移動体験を提供しているのではなく、「世界から戦争をなくす」というビジョンがあり、異文化を知ることで衝突を減らせるよう、格安で行き来できる世界を作ろうとしています。
それをデザイナーがUI・UXに落とし込んでいる。
土屋 優れたデザイナーは言語化が得意なんです。経営者が頭の中にあることをうまく表現できないとき、「それって要はこういうことですよね」と本質を言語化できるデザイナーは強い。
しかも、そのまま言葉にするのではなく切り口を変えた表現ができると、より共感度は増します。それが一個の共通認識になり、事業に落とし込まれていく。
経営者とデザイナーが近い距離にいる会社は、イノベーティブな事業を生み出しやすいと思います。

ビジョンに共感し、全力でコミットする

──グッドパッチは日本でいち早くUXデザインに着目し、事業を展開されています。デザインファーストな事業開発のプロセスについてお聞かせください。
土屋 実はランサーズと新規事業を立ち上げたのですが、グッドパッチと組んでみていかがでしたか?
曽根 良い意味で想像と違いました。一番衝撃を受けたのは、ビジョンへの共感度の高さです。
「Lancers Enterprise」というサービスを作る上で、このサービスを通してどんな世界を実現したいのかを言語化するワークショップを一緒にやったのですが、そこでつくったプロダクトビジョンが「企業と個人が共創できる社会を作る」。
このビジョンに、僕ら以上に共感してくれていたと思います。
単にサービスを作るのではなく、ビジョンを実現させるためのサービスを一緒に作り上げられたことは期待値以上でした。
土屋 僕らが他のデザイン会社と大きく違うのは、最初に事業オーナーの理解から始めることです。
ユーザーインタビューより先に「エグゼクティブインタビュー」をして、その会社のビジョンと、それを達成するためにどんな思いで事業を作りたいのか、どんな世界を描いているのかを必ず言語化します。
そして、プロダクトビジョンを作るためのワークショップを行う。
ユーザーインタビューもしますが、ビジョンと事業の間を埋めるための議論を重ねながら、プロトタイプを作って試していく
最初に共感するビジョンを一緒に作るから、メンバーは実現するために全力でコミットするんです。
曽根 それは本当に実感しました。全力でコミットする姿勢を見て、僕らの組織のあり方も考えさせられましたよ。
土屋 よく特別なフレームワークがあるのかと聞かれますが、一番の強みはコミット力なんです。
そういう関わり方をする会社は少ないと思いますが、これからの時代、発注者と受託者の主従関係は終わると思っていて。
たとえば、コンサル会社がデザイン会社を買収してうまくいかないケースは、今までのビジネスシーンにあった主従関係をそのまま持ち込んでいるからだと思うんですね。
主がビジネスで、従がデザインではうまくいきません。
その点、曽根さんはプロジェクトを始める前に「ランサーズはクライアント側だけど、自分たちもグッドパッチから選ばれないといけない」と話したじゃないですか。
主従関係ではなく、僕たちもパートナーとして選んでもらうために、真剣勝負で臨んだという言葉にメンバーが共感して「ぜひやりたい」と思ったそうです。
曽根 採用も同じですが、お互いが選ぶ時代に上から目線でいたら選んでもらえませんからね。
土屋 そうなんですよね。パートナー選びもそうですが、個人が企業を選ぶ際も価値観の共感度で選ぶべきです。
根底の価値観が違うと、いくら優秀な人でも事業をドライブさせられないと思っています。

鍵は、事業オーナーの強い意志と情熱

──事業会社がインハウスでデザイナーを抱えようとしても、うまくいかないケースがあります。大企業が新規事業を生み出すためには、デザイナーとどう付き合っていくべきでしょうか。
土屋 前提として、1社だけに所属する「会社員」としての働き方は、これからの時代にそぐわないかもしれなくて、共感する組織に居続けながら自分の可能性を広げる働き方になっていくと思うんです。
たとえば、ランサーズとのプロジェクトも、メンバーは「グッドパッチの社員だからランサーズのプロジェクトに参加した」のではなく「個人が共感したからプロジェクトに参加した」という構図なんですね。
曽根 我々も、チームとしてこの人たちと一緒にやりたいと思ったから、外注先だと思うことは一瞬もありませんでした。新しい時代のチームの組み方だと思いましたね。
土屋 それができたのは、事業に情熱を注ぐ曽根さんがいたから。その存在がいなかったら、優秀なパートナーをインソースするのは難しいです。
大企業が新規事業を作るときも、コンセプトと担当者の情熱が魅力的なら、会社の枠を超えて「関わりたい」と思う外部人材が出てきて、イノベーティブな事業を作ることにつながると思います。
曽根 今回の取り組みから、自社で同じレベルの想いを持ったデザイナーをすぐに雇えるかと言えば、かなり難しいと思いました。
土屋 そうかもしれないです。
デザインが重要だからと安易にデザイナーを雇ったり、経営陣にデザイナーを入れたりする前に、経営者とデザイナーが本当に共感できるビジョンを作り、プロジェクトチームに一任する風土を作ることが大切だと思いますよ。
(構成:田村朋美、編集:野垣映二、写真:小池大介、デザイン:田中貴美恵)