【対談】レクサス×ミニマル。日本的価値を突き詰めた先に残るもの

2019/9/3
 製造業のオートメーション化が進むこれからの「ものづくり」において、ヒトが担う役割とは何だろうか?
 連載最終回となる今回は、ICCサミット FUKUOKA 2019でレクサスがスポンサードした「CRAFTED CATAPULT」の 優勝者・Minimal – Bean to Bar Chocolate –の山下貴嗣氏と、LEXUS Internationalの沖野和雄氏が語り合う。

日本のミニマリズムを世界へ

── 沖野さんは、山下さんのどんなところに共通点を感じたんですか。
沖野 レクサスがスポンサードした「ICC(Industry Co-Creation)サミット FUKUOKA 2019」というカンファレンスで、「CRAFTED CATAPULT」というコンテストを開催しました。そこで「CRAFTED」をテーマにしたプレゼンテーションを行い、優勝したのが山下さんです。
1989 年トヨタ自動車入社。商品企画部にてスポーツカー「TOYOTA86」の商品企画を担当し、2012年よりレクサス・プロジェクト・ゼネラル・マネージャーに就任。現在ブランドマネジメント部Jマーケティング室長として、国内のマーケティングに携わっている。
 山下さんは「Minimal(ミニマル) – Bean to Bar Chocolate –」というクラフトチョコレートを作っていますが、購入されるお客様の顔を想像し、そこから逆引きで事業を構築されている。カカオ豆の生産者からパッケージのデザインまで、ストーリーを生み出そうとする姿勢にレクサスと通じるものを感じました。
── 山下さんは、そもそもなぜチョコレートを作ろうと考えたんでしょうか。
山下 僕が最初にやりたかったのは、チョコレートづくりというよりも世界を相手にするブランドビジネスです。
 日本の労働人口が減り、GDPもどんどん下がっていくなかで、自分たちがやりたいことをやって、その経済活動からこの国に価値を還元したい。生意気にもそんなことを考えて起業しました。
 日本的な価値を源泉にしてグローバルに広がり、外貨を獲得する。そんなビジネスを起こして、海外の方に「日本の文化や発想って面白いよね」と感じてもらいたいと考えたんです。
経営コンサルタント企業勤務を経て独立。2014年にクラフトチョコレートブランド「Minimal – Bean to Bar Chocolate –」を立ち上げる。2017年、インターナショナルチョコレートアワード世界大会で日本初の部門別金賞を受賞。ICCサミット FUKUOKA 2019の「CRAFTED CATAPULT」 で優勝。
── それで、チョコレートを?
山下 はい。もともとチョコレートって何百年も前から食べられてきて、ヨーロッパで工業化されてからも200年以上の歴史がある。それが、ヨーロッパの高級チョコレートメーカーのブランド力になっています。
 でも、その歴史の外にいた僕らだからこそできるチャレンジもある。欧米のチョコレートはミルクやバター、香料などを混ぜ、なめらかな食感や口溶けを作り出しています。彼らの根本的な思想は、「足し算」です。
 一方、僕は2013年に「Bean to Bar」というカカオの素材を生かしたチョコレートに出会い、そこに日本的な「引き算」の思想を感じました。今作っている「Minimal」の原材料は、カカオ豆と砂糖のみ。でも、何も足さないことによって、驚くほどバラエティに富んだ、カカオ豆の芳醇な香りや味わいが広がるんです。
沖野 そうなんですね。実は私たちレクサスも、引き算や侘び寂び、四季の移ろいのような日本人ならではの考え方を大切にしています。
 グローバル市場でレクサスは、他との「違い」を出さなくてはならない。良し悪しではなく、「違い」です。それが何に根ざすかというと、日本的価値なんですよね。
 海外の自動車メーカーの歴史は100年。それに対して、レクサスが生まれてまだ30年。この歴史を追い越すことはできません。それなら、2000年以上も積み重なった日本文化を武器にする方が重みがある。
 日本人は単に精巧なものを作るだけでなく、そこに体験価値を織り込もうとしている。それを象徴的な言葉でお届けしようと考えたのが「CRAFTED」です。

「体験」は品質を変える

── 山下さんは1年の1/3は、世界のカカオ農家を訪ねて回っているとか。それは素材が大事だからですか?
山下 そうですね。カカオ豆の品質もそうですが、生産者に「Minimal」を知ってもらうことが大事です。
 僕がやっているのはすごく単純なことで、まずは農家の方にチョコレートを食べてもらうんです。中南米では昔からチョコレートを食べる文化がありますが、例えば東南アジアやアフリカのカカオ産地では、実は食べたことがない農家も多い。彼らは単に、生業として大量生産のカカオ豆を作ってきたんです。
 あなたたちの豆から作ったものが、こんなにおいしいチョコレートになるんだよと、まず体験してもらう。石臼やフライパンを使って一緒に作って、一緒に食べる。「これがチョコレートなんだ」ってことを共通体験として分かち合うことは、絶対に必要なプロセスです。
写真提供:Minimal – Bean to Bar Chocolate –
沖野 初めて食べたら、みんなどんな反応をするんですか?
山下 それはもう、「Wow!」ですよね(笑)。人生で初めてチョコレートを食べた瞬間って、一生忘れないくらい衝撃的な笑顔になる。僕、それを見るのが本当に好きなんです。
沖野 甘いものは、人を幸せにしますよね。その体験があれば、カカオの育て方も変わるかもしれない。
山下 そうなんです。良いカカオ豆と良くない豆を食べ比べると、「なぜこっちはうまいんだ?」と聞いてくる。そうなればしめたもので、作り方のレクチャーを始められます。
沖野 例えば、どんなことで差が生まれるんですか。
山下 カカオって、実から種を取り出した後の発酵と乾燥が大事なんです。一般的には、現地の土着の酵母を使って発酵させ、乾燥させたものを加工する国に持っていく。
 でも、これまでの大量生産プロセスにおいて、西洋のメーカーでは発酵・乾燥過程はネガティブチェックに重きが置かれていた。すえた匂いや渋みなどをできるだけ取り除こうという考え方でした。
沖野 発酵って、日本では味噌やお酒づくりに欠かせない工程じゃないですか。それがチョコレートでも肝になるんですね。
山下 そうなんです。僕はもう4年くらい発酵と醸造を専門にする大学教授に学んでいて、今は国のODA案件で、ニカラグアのカカオ農家に醸造技術を伝えようとしています。
 日本で何千年と積み重ねられてきた技術が、貧困国の農家を支援できたらこんなにいいことはない。実際、こうしたノウハウを伝えることで、Minimalと取り引きしている農家のクオリティも風味のバラエティも劇的に高まりました。
 これまでコモディティ化された薄利多売モデルで生産していたインドネシアのカカオ農家も、チョコレートの味を知って工夫を重ねることで、ヨーロッパの品評会で入賞するほどになったんです。
沖野 素晴らしい。カカオの味や香りも、ワインのブドウのように、畑やテロワール(土地の特徴)によって変わるでしょうね。そういう違いを愛でて、それを作り出せるのは日本人の感性にも合っている気がします。
 以前、そういう日本的な感性を外国人に説明するビデオを作ったことがあります。そこで紹介したのは、日本には雨を表す言葉が400種類もあるということ。細かい差異を愛でるために、一つひとつに名前まで付けてしまう。そういう感性や美意識こそ、日本らしい価値観だと思います。

第三極としてのCRAFTED

── 面白いですね。でも、そういう細やかな価値観が日本的であるほど、海外に伝えるのは難しくないですか。
沖野 言葉で伝えるのは簡単ではありませんが、海外の方々にもその日本的な価値観を感覚的に「素敵だな」と感じていただくことはできます。
 でもそれは、日本らしさを押し付けるようなプロダクトを作ればいいということとは違うんです。日本らしさをそのまま感じないところまでその価値を普遍化し、海外の方も感覚的に感じられるようにプロダクトに込めていく。
 例を挙げるなら、何もない空間をあえて作る『間』という考え方。その空白に私たち日本人は「質量」や「重力」を感じていますが、海外の方々にも「なんか良いね」と感覚的に感じてもらえると考えています。
山下 そうですね。僕もやはりグローバルを向いてものづくりをしたいので、あまり凝り固まった「これぞ日本!」みたいなイメージで、マーケティング的に売りたくはない。
 僕たちが大事にしている価値観や考え方みたいなものを説明するのではなく、どれだけ自然にプロダクトの中に込められるか、だと思っています。
 僕は、ゆくゆくは新しい文化を生み出したい。今は安いチョコレートか、高級ブランドのチョコレートかの二極ですが、そこにCRAFTEDというか、産地や生産者にこだわるワインのような世界観を作りたいんです。
 今年はホンジュラスのサントスさんのカカオ畑のあの一角がいいらしい。そういった違いにこだわるようになれば、「今年はチョコレートにして100枚しかできなかったので、1枚10万円です」みたいな、第三極としてのチョコレートの楽しみ方が生まれます。
沖野 ぜいたくな楽しみですね。確かにそれは、100円の日常的な板チョコとも、人に贈るような高級チョコレートとも違う趣(おもむき)があります。
山下 そうですね。100円のチョコレートも食べれば、CRAFTEDを楽しむ人もいる。体験として、思想として異なるんだと言いたいです。
 決してお金持ちだけのものではないですが、素材から細部までこだわるには、単価は高い方がいい。僕らはコンビニの板チョコの10倍、15倍の価格で板チョコレートを売っていますが、それによって関わる人たちも余計な雑念に邪魔されることなく、手をかけて品質を追求できます。
 それに、買って食べていただくみなさんにも、そういったものづくりを含めた文化やストーリーに価値を感じていただいている。
 プロダクトに思想を込め、それを感じられる体験みたいなものをどれだけ面を広く展開できるかということが、ブランド側が努力するべきことだと思っています。
沖野 そうですよね。我々もお客様がレクサスと関わるうえで「五感を通じて発見がある体験」をどれだけ提供できるかが大事だと考えています。そのためにはデザインや走りといったクルマづくりはもちろん、販売店での接客やブランドが提供する体験まで、すべての顧客体験を考え抜かなければいけません。
 路面の表情を感じられる走りの味、時の移ろいや光の加減によって表情を変える塗装、そして相手に感動してもらいたい「瞬間」に向けて先回りして準備する店舗での「おもてなし」。
 山下さんがおっしゃる通り、顧客体験をどのように設計するかが、ブランドとして考えないといけないことですよね。
山下 でも、僕らがそれをできているのは、まだMinimalに関わる全員の顔がわかるくらいの規模だからです。
 やはり生産者やものづくりをしている人、その素材の良さを広めたいので、投資の順番も製造設備や職人の環境、人件費が先。そのあとにサービスや店舗が来るので、お恥ずかしい話、まだ事務所すらなくて工場の片隅で働いています(笑)。
 レクサスさんの規模でコモディティ化せず、CRAFTEDを追求し続けるというのは、僕からすると想像を絶する世界です。

「誰」のためにつくるのか

沖野 トヨタ自動車というインフラ的な企業の中にレクサスがあるわけですから、そのことの利点もあれば困難もあります。常にトヨタという巨大な引力に引っ張られながら呑み込まれないように、レクサスには違う引力を持たせないといけない。
 トヨタ自動車もレクサスも、良いものをできる限り多くの人に届けたい。本音を言うと、お客様が100人いたら、100人みんなを満足させたいという気持ちでものづくりに励んでいます。ただ、悲しいことに、そうやってみんなに向けるとコモディティになりやすい。
 レクサスの場合は、誰を喜ばせたいかを決めて「この人に喜ばれるんだったら、他の人には嫌われても仕方がない」と「嫌われること」を覚悟したんです。ラグジュアリーブランドとしては、これを貫き通さないと、結果的に誰も喜ばないようなものになってしまうんです。
山下 めちゃくちゃ心に刺さります。本当にそうですよね。
 僕らも「誰に」届けるのかということはとことん考えました。その議論はフェーズによっても変わってくるので、永遠に終わらないと思います。ソリッドにすればするほどマーケットが小さくなって、スタートアップしても立ち上がらない可能性もある。
 かといって、大勢に届くようなパッケージを作って下心を出すと、コアなお客様からは「デパートに置いてありそうだよね」と批判を受けてしまう。
沖野 変化しないこともまた、コモディティ化につながりますからね。技術が普及すると、基本的にはほとんど同じものが提供されていく。
 そうなったとき、最後の最後に人が何を基準に選ぶかというと、究極的に言えばもう感覚的な好き嫌いの話になってくる。例えば乗り心地、乗り味といったような……移動するという機能はどんな自動車も変わらないわけですから。
山下 乗り心地や乗り味って、すごく感覚的ですよね。自動車のような工業製品でも、突き詰めると「心地とか味のような感覚」に至る。確かに、クルマを選ぶときって、なんとなくこの感じがいいっていう感情で判断しています。
沖野 そうなんです。自動車も「味」を追求しているんです。その、味をという感性価値を作り出すのはやはり「人」であり、その「人」がブランドにとって一番大事だと思います。
 テクノロジーも駆使しながら徹底的に走りの数値化を行いますが、最後にはそのクルマで狙いたい「味付け」が必要。その味を感じるのはお客様の「感性」なので、最後の感性に訴える部分は「人」が作り込まないといけない。
 そういう人間の感覚的な好き嫌いで選ばれるから、自動車にもチョコレートにも個性があるし、その個性を作り出すには「人」が大切になってくる。だからものづくりは面白いんですよね。
(編集:宇野浩志 構成:熊山准 撮影:後藤渉 デザイン:黒田早希)