なぜレクサスは世界で愛されるのか。「CRAFTED」の現場に潜入する。

2019/6/28
 AIやIoTによって製造業のオートメーション化が進むなか、ものづくりにおいて「ヒト」が担う役割とは何だろうか。
 例えば近代的な設備が揃ったレクサスの工場では、数千時間から数万時間の経験を積み、特別な技術を持つ者にのみ与えられる「匠」の称号がある。
 知識やノウハウのみならず、顧客が気付かないような細部まで、徹底して“考え抜き、つくりこむこと”。人間ならではのその特性が、テクノロジーの集大成であるクルマづくりにも活かされているのだ。
 本連載では、レクサスが掲げる「CRAFTED」という哲学を通じ、未来のものづくり現場での「人間の役割」を考える。
 愛知県豊田市にあるトヨタ自動車本社。6月某日、普段カメラが入ることが許されないその内部のデザインドームに、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど世界中のメディア記者が集まった。
 レクサスによるデザインワークショップや試乗、工場見学、ディーラー見学といったブランドそのものの取材のみならず、宿泊や食事、アート鑑賞などの体験を通じ、同社が掲げる「CRAFTED」を全身で体感してもらうという趣旨のツアー「LEXUS CULTURAL EXPERIENCE」の一環だ。
 デザインドームで行われたワークショップでは、レクサスのデザインフィロソフィーを解説するプレゼンテーションに始まり、実際のクレイモデルやドアパネルを用いての開発工程の解説、さらには日本の伝統工芸にルーツを持つ数々のオプションパーツの製作実演や展示が用意された。その後もこのツアーは愛知から山口、九州・福岡へと続くわけだが、その過程で何度も繰り返されたのが「CRAFTED」という言葉だ。

「CRAFTED」とは何か?

 辞書をひもといてみると、「CRAFTED」には「〈物が〉巧みに[精巧に]作られる」(出典:『ウィズダム英和辞典 第二版』三省堂)という意味がある。フラッグシップセダンLSのチーフデザイナーをつとめた須賀厚一氏はこう語る。
「これまでレクサスは4つのDifferentiator(差別化要因)として『TAKUMI CRAFTSMANSHIP』『BRAVE DESIGN』などの考え方をデザインにも組み込んできたんですが、その根底にあるものづくりの哲学が『CRAFTED』だととらえています。
 例えばレクサスの特徴として『おもてなし』ってよく言われますけど、ものづくりでおもてなしをストレートに表現するのは難しい。でも、親が子どものお弁当を作るときに『思いを込めて作る』という表現がありますよね。日本では水や空気みたいに当たり前の精神性ですけど、そのような日本ならではの美意識がレクサスの強みではないかととらえなおしたのです」
1988年トヨタ自動車に入社し、外形デザインを担当。2001年よりフランス「Toyota Europe Design Development」で欧州におけるデザイン開発戦略を担当。帰国後、トヨタクリエイティブスタジオのGMを経て、2010年にレクサスデザイン部へ。LSのチーフデザイナーを務めたほか、多数のプロジェクトに参画。2018年より現職。
 レクサスは1989年にトヨタの高級車ブランドとしてアメリカで生まれ、2012年にはLexus Internationalとして社内カンパニー化された。日本人はもちろん、文化的背景を異にする外国人メンバーとも、その日本的な美意識から描き出される哲学である「CRAFTED」を共有し、ものづくりやサービスに活かしている。
「日本で暮らしていると当たり前すぎて見過ごしてしまうような、モノやサービスに込められた日本人ならではの『思い』があります。私はアメリカやヨーロッパに留学・赴任したことがあるんですが、その良さに海外に行って初めて気づいたんですよね。
 それは決して高い技術力を持った職人だけが至る境地ではなく、駆け出しの新人からベテランまで、それぞれの段階で『思いを込めて作る』=『CRAFTED』があると思うんです」

精巧を究め、次へと託す

 開発や製造過程のみならず、セールスやアフターサービスなどレクサスの隅々にまで浸透しているCRAFTEDの理念。もちろん、須賀氏が携わってきたデザインの現場にも、それは表れている。
「例えば、運転席まわりのデザインやレイアウトでも『これは、ドライバーの感覚からすると使いやすいのか?』と何度も問いなおしています。
 おそらく、人間工学的なアプローチは、どのブランドでもやっているでしょう。レクサスではそれだけでなく、自然な所作に馴染むかどうかをとことんまで追求する。手を動かして運転してクルマが出ていくまでの一連の動きを考慮して、数値だけではなく人の感性・感覚でどう感じるかを確かめる。これを何度も何度も繰り返し、泥臭い検証を重ねています」
 そのものづくり哲学はベース車両の造りの良さだけにとどまらず、各種オプション品にも反映されている。例えばそれはデザインワークショップでガラス細工職人の実演とともに展示されていたLSのドアトリムオーナメント。日本伝統の切子細工をモチーフとしたそのパーツは、製造・加工の工程で実に10社もの企業を経て完成される。
「ひとつひとつの工程にちゃんと思いを込めて作る。それは浮世絵と同じで、北斎が描いた絵を彫師が彫り、摺師が摺り、それぞれの匠がおのれの持つスキルを尽くして作り上げる。刀も同じですよね。玉鋼を作る人と、打つ人と、研ぐ人がいて……。
 そうやって日本人が昔から行ってきた、人の思いをつないでいくものづくりがCRAFTEDの真髄です。クルマは工業製品であり、ビジネスでもあるんですけど、海外の顧客からすると『ここまでやるか?』というところまでお客様のことを考え抜き、徹底的に突き詰めて作り上げる。それが日本人の強みであり、レクサスブランドの核だと思うんです」

「人間中心」というアイデンティティ

 誕生から30年来、レクサスはラグジュアリーブランドとして世界の強豪と戦ってきた。しかし単なる工業製品としての品質だけでは、急進するコモディティブランドとの差異は縮まるばかりだ。そのときヒトは高級車に何を求めるのだろうか。
「工業製品が研ぎ澄まされると、機能やフォルムが似通って、味がなくなっていく。そのときヒトが何を欲しがるのかというと、荒削りなものであったり感性だったり独自性だったりするんですよね。
 ではレクサスの独自性とは何かと問うたときに出てきたキーワードが『人間中心』です。『一人のお客様』へ思いを馳せ、考え抜き、思いを込めてつくり込むというCRAFTEDを基軸として、いったんクルマづくりのタブーを捨て去り、デザイン、モデリング、製造ラインすべてにおいて新しい挑戦をする。デザインひとつにしても全員に好かれることは不可能ですから、遊びゴコロを忘れずこだわりを持って取り組んでいます」
 その象徴的な存在が、最新のレクサスファミリーに通貫するスピンドルグリルだろう。すべてのレクサス車のフロントグリル(空気を効率的に取り込む機能を持つ車体前面の部分)に共通するデザインの要だが、パターンの細部はモデルによってすべて異なる。まるで、障子のようでもある。
「高級車には『こうあるべきだ』というフォーマットがある。フェンダーが長くてキャビンが端正でランプがこうで……長い年月をかけて自動車メーカー各社が作り上げた、いわばドレスコードがあります。
 でもそのラグジュアリーブランドのパーティーに入ってみると『あなたは誰ですか?』と問われる。その中で、レクサスの独自性を考えないといけない。それを突き詰めていくと、我々の背景にある日本の文化や美意識が浮かび上がってきたんです」

ヒトはなぜクルマを愛するのか

 とりわけラグジュアリーブランドのユーザーは自己を持っており、他者とは異なるものを所有したいという傾向にある。レクサスが万人に好かれるデザインを捨てた理由もここにある。ラグジュアリーカー市場の競争が激化するなか、レクサスの立ち位置を明確にする必要があるとも。そのヒントが日本古来の伝統工芸なのだろうか?
「ただ、一歩間違えるとステレオタイプなフジヤマゲイシャの世界観になってしまいます。レクサスとしては例えば建築家の隈研吾さんや安藤忠雄さんのように日本的なエッセンスを取り入れながら、普遍的で最先端のものづくりをしていくことが大事だと考えています」
 トヨタ自動車にはさまざまなブランドがあるが、最先端の機構や技術はまずレクサスに搭載される。ラグジュアリーブランドであるレクサスは、もっとも「Advanced(先進的)」でもあるのだ。
 AIやIoTなどのデジタルテクノロジーが加速度的に進歩し、クルマづくりも変わっていくこれからの時代、人間中心主義は継承されていくのだろうか。須賀氏の答えは「YES」である。
「ヒトが美しいと思うクルマを分析し、あるルールにのっとって機械的に合理的でモダンなものを作ることはできると思います。でも、そこに感情移入し、愛着を持つことのできるエッセンスを込めることは難しいかもしれません。
 事実、クルマのフロントグリルは、台所やお風呂場にある通気口と機能的には変わらない。でも、合理性だけでは、愛してもらえるクルマ、つまり『愛車』にはならないんです。
 レクサスはラグジュアリーブランドとして、人に愛されるクルマを目指します。どこか違和感を残しながらも、なぜか人が美しいと感じるバランスを追求し続ける『人間中心』の考え方。それはAIがどれだけ進化しても、ヒトにしかできない『CRAFTED』の境地なのかなと思います」
(取材・執筆:熊山准 編集:宇野浩志 撮影:後藤渉 デザイン:黒田早希)