「MaaS」時代到来で考える、ヒトが運転する本当の意味とは

2019/6/25
自動運転車の開発が進むと、私たちにとって未来のクルマは、単なる移動手段だけの存在となるのだろうか。そもそも、クルマを運転する喜びはどこにあるのか。

ヒトとコンピューターを融合した「体験のシェア」を研究する工学研究者であり、起業家でもある玉城絵美さんに、自動車の未来の姿はどうなるのかを考察してもらった。
固有感覚を伝達できれば「体験」はよりリアルになる
工学者・玉城絵美さんが注目されたのは、2010年に東京大学大学院の在籍時に発表した「PossessedHand」がきっかけだ。
この装置は受け手に電気信号の刺激を与えることで、自分の意思とは関係なく手が機械の指示通りに動く。
例えば、ピアノが全く弾けない人でも、指示通りに鍵盤を弾けるようになる。デバイスを身につけることで、遠く離れた場所でも共体験を可能にするのだ。
「PossessedHand」の開発以降は、H2Lを起業し、「UnlimitedHand」「FirstVR」などさまざまなプロダクトを発表しながら研究を続けている。
「今、取り組んでいる研究対象は大きく2種類あります。一つは身体における『固有感覚』の伝達について研究しています」
固有感覚には、人が重い物に触れたときに感じる「重量覚」や「抵抗覚」が存在する。他にも、手が曲がったときに感じる「位置覚」、運動の状態を感じる「運動覚」などがある。
つまり、人は物に触れるとき、表面的な「触感」だけではなく、身体深部への重量感や、抵抗感覚などの固有感覚を体感しているのだ。
「例えば、砂利道を歩くとき、道自体が“でこぼこ”しているかどうかは、これまで検知できていました。
しかしながら、“でこぼこ”した道の状態を、人はどのように感じているのか。この固有感覚は今まで研究されてきませんでした」
玉城氏の研究開発した「PossessedHand」は、まさにこのような固有感覚を再現するため、電気信号によって筋肉を動かしている。物体そのものを持たなくても、実際に感じる重さや、抵抗感覚の伝達を可能にしているのだ。
この研究によって、主に視覚や聴覚で構築されていたバーチャルリアリティ(VR)や拡張現実(AR)に、新たな感覚を加えることができ、体験はさらにリアルになる。
「もう一つは、さらに発展させた『体験のシェア』についての研究です。私が進めるボディシェアリング(身体共有)の研究では、実際に体験した人の感覚を信号化し、シェアすることを目指しています。
つまり、私が『沖縄の海に入りたい』と思ったとき、現地にいる友達から、波打ち際を歩く感覚を共有できるんです」
移動の障壁をなくすことができれば、遠くにいながらもその場にいるような、テレイグジスタンス(遠隔臨場感)を感じることができる。
では、テクノロジーが進化すると、未来においてどのような移動が想定されるのか。
「こうした未来の移動技術が実現したとき、人は今よりも、もっと移動をするようになると考察しています。
そして移動しやすい世の中になったときに、密集地や過疎地はどこになるのかという研究もしています。
その一つとして、都道府県別の『移動に関する欲求(インサイト)』についてシミュレーションを行うと、もっとも強い値が出たのは埼玉県に住む人だというデータが出ました。
埼玉は住むには満足できるけど、仕事やレジャーでは県外に移動したいという人が多いようです。逆に、大阪は密集地で、住居・職場・観光全てで人気が高いという結果が出ています」
ただ、こうした未来の移動が実現した世界では、様々なリスクも伴う。玉城さんは「まだ先の話ではあるのですが」と前置きをしながら話す。
「移動が容易にできるようになることで、VRやARの世界においても過密地域が発生し、新たな問題も発生します。
例えば、すごく密集地で歩きスマホするような状態になったり、逆に過疎地では治安が悪くなるなど、危険度が増す可能性も……。
ボディシェアリングが可能になったとき、どんなルールが最適となるのか、事前にシミュレーションしていく必要があるのです」
「身体主体感」と「身体所有感」で生まれるクルマ体験
ボディシェアリングで物理的移動の必要ない未来が到来したとき、現代において移動に欠かせないクルマの存在理由も、変化する可能性が生まれてくる。
その上で、クルマを運転するための理由を抽出すると、「3つの要素」があると玉城さんは示唆する。
「それは『移動』『スポーツ』『体験』です。
まず、大前提として、運転者にとってクルマは『移動手段』です。一方で、単なる手段を超えて、自分の身体を動かすように、『スポーツ』のような感覚を得る事もあります。そして、最後が運転行為に感じる『体験』そのものです」
「100年に一度の変革」と呼ばれる、MaaS(Mobility as a Service)時代の到来によって、車も含んだモビリティの概念は大きく変わろうとしている。
MaaSが普及した社会では、自動運転車によって人間は運転から解放され、移動手段としてのクルマは意味を消失していく可能性がある。
すると、クルマを運転する意味は「スポーツ」や「体験」に収斂される。では、そんな要素を満たすクルマとは、どのようなものか。
「運転操作に対して、違和感なく反応するクルマだと考えます。
フィードバックの早さがクルマに備わっていると、『身体主体感』『身体所有感』が発生しやすいという実験結果があります。
身体主体感、身体所有感が発生すると“体験”そのものに集中できる。マシンの操作と身体の動きが連動するようなとき、反応が“0.1秒”遅れると人は違和感を覚え、“0.3秒”以上遅れると、身体所有感が発生しづらくなります」
クルマが指示した通りに動かず、フィードバックが遅くなると、自分で操作をしている感覚がなくなってしまう。逆に、早くなることで身体所有感や身体主体感を得られるのだ。
「クルマはハンドルを切っても、人がイメージした通りにタイヤは動きません。
最後にハンドルを回し切る箇所で、ようやくタイヤがよく動くように感じる”非線形”に設計されています。
ただ、身体所有感のズレをなくすために必要なのは、人間が動かしている体の動作、つまり、人間が出している操作指令に対して、機械的な動作が“線形”であることが重要です。
正確には線形に感じるように、クルマ自体が人間の動きに沿って設計されていることが重要、ということですね」
線形で、よりクルマと一体化するような感覚を得られれば、運転に身体所有感や身体主体感を持ち、よりよい体験につなげることができるのだ。
「ガソリンエンジンの自動車に乗って、坂道でアクセルを思い切り踏んでも、フラットな道と比べてあまり進まないものです。これも非線形による“感覚のズレ”です。
ただ、EVの場合はその“ズレ”が発生せず、進みすぎることも、遅れることもない。線形に設計されている部分があると思います」
固有感覚まで配慮された未来のクルマとは
「研究者は視覚や聴覚など、感覚を分けて研究しています。
もちろん複数の感覚を結びつけたマルチモーダルなフィードバックの最適性について研究されている方もいますが、基本的には分解して研究をしています。
今回試乗したジャガーの『I-PACE』に乗車してみて感じたことは、マルチモーダルに細かな感覚まで配慮されていることです」
古代の哲学者アリストテレスは、人間の感覚を視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の5つに分類した。
ただ、現在は五感だけでなく、前述した固有感覚や、自分の体の傾きやスピードを感じる『前庭感覚』など、人間はさまざまな感覚をもつことがわかっている。
「『I-PACE』は、ブレーキやアクセルを踏んだとき、どのように加速や減速を感じるのか、つまりスピードを感じる前庭感覚がどうあってほしいかということにまで配慮しています。
それが、今までにない心地良さを与えてくれました。つまり、これまで以上に運転という体験を楽しむためには、五感に配慮するだけでは足りないということが考えられます」
五感で得られる以上の体験を感じるために、さらに重要な要素の一つとして位置付けるのが「情報の最適化」だ。
「『I-PACE』では、運転しながら景色がよく見ることができました。なぜ、景色がよく見えたのか考えると、最適な情報が、最適な場所に配置されていたから。
いつも運転しているときは、道路の制限速度は何kmだろうと標識を探したり、カーナビを見たりします。
しかし、このクルマは目の前のディスプレイに、必要な情報が直感的に理解できるように配置されているため、運転という体験に集中できました」
必要な情報を探す手間を省くことで、心の余裕が生まれる。晴れた日には窓から美しい風景を、雨の日でも雨粒が横に流れる様子を眺めたり、運転体験そのものに集中できるのだ。
そして「I-PACE」で得た乗車体験を、今後の研究においてもクロスオーバーさせていきたいと、玉城さんは意気込む。
「自分の身体を拡張するように、クルマを運転する体験ができて、とても心地良かったですね。こんなに抵抗覚も、重量覚も発生せずにカーブが曲がれるんだ、と。
今日の体験を経て、電気自動車はインプットとアウトプットの感覚を、身体の一部のように得られることを理解しました。
だからこそ、『I-PACE』は『移動』と『スポーツ・体験』が二極化した、未来の自動車像のロールモデルになると感じます。
私の研究でも、将来的にこの運転体験をシェアすることができたら、きっと運転したいという気持ちになる人が増えるはずです」
(執筆:野口理恵 編集:海達亮弥、安西ちまり 撮影:依田純子 デザイン:國弘朋佳)