【帝人ファーマ】共創者求む。医療の障壁を越え、「Med-Tech」市場を切り拓くのは誰か?

2019/6/28
 2025年には団塊の世代が後期高齢者となり、超高齢化社会が訪れる。特に大きな懸案事項とされているのが、医療・介護問題。医師不足や医療費の増加など、山積する課題を解決するには、在宅医療や医療データを有効活用した、より広い医療支援が必要不可欠だ。
 こうした背景から、医薬品・医療機器事業を展開する帝人ファーマは、大手企業とスタートアップ共創のノウハウを有するアドライトとともに国内のシード以降のスタートアップを対象にした公募型アクセラレータープログラムを始動する。
※QOL:Quality Of Lifeの略称
 その狙いや意義、また、乗り越えるべき障壁について、帝人ファーマの中川誠氏と、地域をフィールドにしたプロトタイピングの企画・運営を行うNew Stories代表の太田直樹氏に語ってもらった。
超高齢化社会を支える「医療×Tech」の可能性
── この7月から、「在宅医療QOLコラボレーション:帝人ファーマ×アドライト アクセラレータープログラム」がスタートします。現在、帝人ファーマではどんな事業を手掛けているのでしょうか?
中川誠 帝人ファーマには在宅医療事業と医薬品事業の二つがあり、今回のアクセラレータープログラムは在宅医療の領域で、広く協業できるスタートアップを募りたいと考えています。
 私たちの在宅医療は、慢性呼吸器疾患や睡眠時無呼吸症候群などの患者さんが自宅で治療を続けながらQOLを維持し、健やかに暮らしていくための製品やサービスを提供しています。
帝人ファーマの在宅医療事業本部で、在宅医療機器の研究開発企画、開発プロジェクトマネジメント、バイオデザイン手法による医療イノベーション創出、ベンチャー企業との共同研究開発、医療機器の承認申請・認証申請、海外医療機器製造所の立ち上げなど幅広い事業に従事。7月1日より始まる「在宅医療QOLコラボレーション:帝人ファーマ×アドライト アクセラレータープログラム」のプロジェクトオーナーを務める。
── それは、いわゆる「医療行為」にあたるのでしょうか?
中川 はい。「第三の医療」と呼ばれるもので、基本的には公的医療保険制度の枠内で行われる医療行為です。
 我々は病院と酸素濃縮器などの医療機器のレンタル契約を結び、医師が患者さんにこの機器を使う指示を出した場合に、患者さんのご自宅へ設置します。また、機器の定期的なメンテナンスやモニタリングによる機器トラブルの予兆への対応、緊急対応などを通じて患者さんの安全・安心を24時間見守るサポートもしています。これが代表的な在宅酸素療法の流れになります。
── 帝人ファーマは在宅酸素療法で高いシェアを獲得しているそうですが、既存の事業が堅調ななか、なぜスタートアップと組もうと考えたのですか?
中川 ご存じの通り、今後は高齢化がさらに進んでいきます。2025年問題(※団塊の世代が後期高齢者になることで起こる様々な社会課題)のような直近の課題もあるなかで社会を支えていくためには、在宅医療も含めた受け皿を増やす必要があります。
 また、慢性呼吸器疾患や睡眠時無呼吸症候群などの患者さんには働き盛りの方も多い。彼らには、現在提供しているような機器以外にもQOLを高める方法があるのではないかと考えています。
 自社での研究開発も進めていますし、世界中にアンテナを張って新しい医療情報もリサーチしていますが、在宅医療の新しい価値を生み出すにはスタートアップが持つスピードと技術、視点が必要だと思っています。
 今回のアクセラレータープログラムにおいては、医療やヘルスケア分野に明るいことは問いません。ジャンルを限定せず、優れた技術やサービスを持った熱量高い国内スタートアップとの出会いを期待しています。
スタートアップの参入を阻む「医療」の障壁
── 太田さんは様々な地域でICTやデジタルテクノロジーを使ったイノベーションに取り組まれていますが、今回のアクセラレータープログラムについて、率直にどうお感じになりますか?
太田直樹 医療の分野でこうした取り組みが行われるのは、とても意義深いことです。というのも、特に日本では医療にイノベーションを起こす障壁が高く、私の周囲でも、医療やヘルスケアで新しい事業をやりたいスタートアップは、みんな海外に出てしまう。ですから、日本で始めようということ自体に大きな意味があると思います。
挑戦する地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスを越境し、未来をプロトタイピングする取り組みを企画・運営する。1997年、ボストンコンサルティング入社。同社には17年間勤務し、経営メンバーとしてアジアのテクノロジーグループを統括した。2015年1月から2017年8月まで、総務大臣補佐官として地方の活性化とIoTやAIの社会実装の政策立案と実行に従事。退任後、現職。
── なぜ、日本では難しいのでしょうか。具体的に、どのような障壁がありますか?
太田 薬機法や品質保証体制など、医療の場合は様々な規制、審査の壁があります。スタートアップにはそうした専門家がおらず、医療関係者へのコネクションもない。
 技術やアイデアがあってもクリアすべきハードルが高く、その知見もシェアされていない。最短でビジョンを形にしたいスタートアップからすると、ジレンマがあるのではないでしょうか。
中川 私も、テックスカウティングなどで海外の様々な事例を見てきましたが、Med-Techの分野ではイスラエルやシリコンバレー、ボストンなどから革新的な技術を持ったスタートアップがたくさん生まれてきています。
 3年ほど前から、国内にもそのような土壌を作れないか、我々にできることはないかと考えてきました。
── 海外にも医療分野における規制はあると思いますが、なぜ革新的なスタートアップが続々と誕生しているのでしょうか?
中川 一つは、海外ではエコシステムという形で、産業が発達する下地や受け皿がしっかりできていること。また、何か新しい事業をやろうと思ったとき、日本より専門家を集めやすいことも大きいと思います。
 たとえば医療であれば、どんな薬事対応が必要なのか。また、もう少しステージが進み、品質保証やサポートの体制を作るとなったときの専門家はどうするか。スタートアップに勢いのある都市では、段階ごとに必要なタレントを集めやすい社会ができあがっています。
 ベンチャーキャピタルやインキュベーターの数も日本とは比べものになりませんし、自分で探さなくてもインキュベーターが適切な専門家をアサインしてくれ、事業が回っていく。そういう点が、日本との大きな違いだと思います。
太田 私も、まったくの同意見です。そもそも、専門家や専門技能は市場での流動性が高いものであるはずなのに、日本ではそれが流動していない。とても大きな問題だと思います。
 では、日本の専門家はどこにいるかというと、大手企業にいるんです。薬事関係も品質保証などのサポート関係も、すべて大手に集中しています。だからこそ、帝人ファーマのような大手企業がスタートアップと組むことに意義がある。これまで固定化していた人材や知見を交流させることで、医療やヘルスケアの業界全体が活性化するのではないでしょうか。
大手企業の「知見」×ベンチャーの「熱意」
── 海外でスタートアップが育つエコシステムにあたる部分を、大手企業が担うことはできると思いますか?
太田 そうですね。それができれば、今回のアクセラレータープログラムも素晴らしいものになるでしょう。ただし、大手企業とスタートアップがうまく協業するには、注意しなければならないこともあります。
── どんなことでしょうか?
太田 生まれたばかりのスタートアップと成熟した企業では、それぞれのカルチャーに違いがある。それを見落としてしまい、互いの持ち味を生かせないケースも少なくありません。
 大手企業は時に、自社の基準やルールに則ることをパートナーにも求めてしまう。特に、専門性の高い医療となればなおさらでしょう。ところが、既存の枠組みにとらわれないことこそが、スタートアップの価値でもあるのです。
 こうした協業の際にスタートアップが求めているのは、自分たちのアイデアや技術を大手企業のバリューチェーンで存分に使ってもらい、社会に貢献すること。彼らは、新しい価値を生み出すことに熱意を持っているのです。
 もちろん、大手企業からすれば基準を満たしていないものを世に出すわけにはいかないでしょうが、このジレンマに向き合って、いかに互いの強みを生かせるように事業をデザインできるかが肝になる。重要なのは、相手と「信頼し合うこと」だと思います。
中川 確かに、そこは私たちも肝に銘じなくてはなりません。これまでスタートアップの方々とご一緒した際、たとえば品質保証体制一つにしても我々がこれまで取り組んできたものと異なることがありました。
 かといって、すべてを我々のスタンダードに合わせてしまうと、自社でやっているのと変わらなくなってしまいますよね。スタートアップの方の強みを生かすためにも、両者をうまく橋渡ししなければなりません。
医療を革新するためのアプローチとは?
── その一方で、大手企業と組むメリットも大きい。帝人ファーマは、スタートアップに何を提供できますか。
中川 在宅医療事業を展開するなかで築いてきた、エコシステムの活用です。医療領域で新しいサービスや製品をリリースするためのノウハウやコネクション、リソースを提供できます。
 たとえば、こういう製品やサービスがいいよねと作っても、必ずしも医療の困りごとの解決につながらないことがあります。だからこそ、新しい医療サービスを始めようとする場合、まずはKOL(キーオピニオンリーダー)と呼ばれる医学専門家の方々の意見を聞き、その上で、日本ではどういうものがフィットするのかを精査します。
 私たちは日頃からのお付き合いで、キーとなる医師とのコネクションがある。そこが大きな強みです。
 また、製品化に向けたプロセスでも、私たちのノウハウが活用できます。医療機器としての品質保証の考え方、記録の残し方、あるいは薬事申請をして承認を得る際に、どんな試験をして、どう有効性を証明していけばいいか。スタートアップのリソースだけでは難しい部分を、我々がサポートします。
── では、スタートアップに求めることは? 具体的には、どんな企業と協業したいですか?
中川 限定するわけではありませんが、当社と補完し合えるという意味では、デジタルテクノロジーは重要です。
 私たちはこれまで酸素濃縮器をはじめとするハードウェアの医療機器を強みとしてきました。これに対し、近年は治療アプリなどの「ソフトウェアの医療機器」が注目されています。
 先日も、ヘルステックのスタートアップであるキュア・アップが、ニコチン依存症治療アプリを医療機器として承認申請しました。他にも面白い事例が数多く出てきていますので、そうしたものとうまく協業することで、新しい価値が生み出せるのではないかと考えています。
太田 私もソフトウェア医療機器には可能性を感じています。大手はなまじ技術があるため、ハードの高機能化に注力しますが、スタートアップはソフトウェアで何とかしようとする。
 たとえば、最近こんな事例がありました。口腔内の健康を保つ事業開発を進めている大手企業がスタートアップとの協業を検討しているのですが、口の中でカメラを回しながら綺麗に撮影するのって、非常に難しいそうなんです。その企業は様々な技術オプションを駆使しながら試行錯誤していたものの、なかなかうまくいかない。
 しかし、スタートアップが、単眼カメラと口腔内の位置を解析するソフトウェアだけで3D画像にするアイデアを出して、やってみませんかと提案したんです。すぐにうまくいくかはもちろんわかりませんが、大手側はアイデアやスピード感に驚いていました。
中川 そう、メーカーはどうしても自前の技術や、これまでの自分たちの常識の中でやってしまう。片やスタートアップの方々は、根本的に違う発想でアプローチしているんですよね。
太田 ソフトウェアを使えば開発コストも下がりますし、その後のバージョンアップのスピードも驚くほど速い。
 先ほどのメーカーの製品はまだβ版の段階ですが、ソフトウェアを使うことで、ハードの10分の1の期間で幾度ものバージョンアップを重ねて進化させられる。これは大きいですよね。
「2025年」までに変えなければならないこと
中川 帝人ファーマではデバイスである医療機器の提供とともに、機器の動作データを医療者が確認できるようなシステムを提供しており、医療機関と連携できるチャネルを持っています。
 最新の酸素濃縮器や睡眠時無呼吸症の治療器はIoT化が進んでいて、患者さんの使用履歴や血中酸素濃度などを毎日データセンターに送り、医療者がインターネット経由で閲覧し、診断のサポート材料として使っています。
 こういったデータをうまく分析できたり、異常に対してアラートをあげたりできれば、重症化を防ぎ、入院患者を減らすことにもつながります。
太田 私はそうしたデータを医療者だけでなく、患者側も保持することが望ましいと思います。そして、場合によってはそのデータをもとに、患者自身が治療方法を選択したり、判断したりできるような仕組みがあってもいいのではないかと。
 もちろん、病院へ行き、医師が判断や処置をすることを否定するわけではありませんが、これからの高齢化社会と現在の医療の構造を考えると、今のままでは確実に破綻してしまう。病院だけでなく、在宅医療を含めた受け皿を作っておかないと、社会保障が成り立たなくなると思うんです。
中川 そうですね。医療の枠を広げるという意味では、アプリやソフトウェアを使うことで、酸素濃縮器などの医療機器を使うまでは症状が進んでいない方にも、未然に介入し、進行を抑制することもできるかもしれない。
 医療より手前の段階でアプローチできれば、社会に新たな価値を提供できると思います。
太田 そういった保険医療の外側のビジネスに挑戦するには、突破口として特定の地域にフォーカスし、トライアルしていくことも一つの手だと思います。そのためには自治体や医療機関との連携や信頼関係が必要ですが、それこそ大手企業の信用が生きるのではないでしょうか。
「帝人がやるなら協力しましょう」という自治体が出てくれば、協業するスタートアップから見ても、やりがいのあるプログラムになると思います。
 これから数年の間に、どこまで医療を変えられるかが、いま問われています。このアクセラレータープログラムを通じて、深刻な社会課題を乗り越えるイノベーションが起こることに期待しています。
(編集:宇野浩志 取材・執筆:榎並紀行[やじろべえ] 撮影:林和也 デザイン:Seisakujo)