現実世界で役立つAIをバーチャルな世界のシミュレーションで育てる

2019/6/18
現実を模した環境で変数を加える
AIの世界では、「シミュレーション」が非常に面白いものになっている。
ご存じのようにシミュレーションとは予行演習のようなもので、現実を模した環境やモノで練習を積んで、実際の現場に備えるためのテクノロジーだ。
一般的には、フライトシミュレーションがよく知られている。パイロット予備軍の人材がコックピットのテクノロジーや環境に慣れるため、あるいは新しい航空機の操縦具合を確かめるために、フライトシミュレーションが多用されている。
現在、AIでもアルゴリズムが学習を重ねるためにシミュレーションが使われる。現実と同じような環境を作り出すが、少しずつ変数を変えたりして訓練していくのだ。
自走ロボットがうまく機能するように、バーチャルな工場の環境を作り、製造場所から出荷場所へ正しく走行するか確かめたり、棚や人にぶつからないように上手に避けながら目的地を目指したりなどが、こうしたシミュレーションによって訓練されていく。
これはロボットでも同じだ。ロボットアームとハンドが対象物をうまくつかめるようになるのはロボット業界の夢。そのため、数年前に考案されたのが、バーチャルな空間にバーチャルなロボットアームを何百台も並べて、あれこれのモノをつかませることだ。
監視員不要、ロボットを24時間訓練
コンピューター画面の中で、たくさんのロボットアームが上下して仕事をしている。そんなアニメのような風景が、本当に現実の世界に役立つのだろうかと眉唾な気分になるのだが、これはたいへん効果のあるものとされている。
ただのアニメに見えても、バーチャルなロボットアームやモノにはちゃんと物理的原理が適用されており、重さや回転、ハンドの形状などがほぼ現実と同じように作られている。バーチャル世界であっても、バーチャルロボットは多種のモノのつかみ方を訓練されていく。
しかも、1台や2台だけではなく、何百台を同時に動員し、しかも監視員がそこにいなくても疲れ知らずに日夜訓練を続ける。現実のロボットを、人間の監視員が見守りながら訓練させるようなこととはかけ離れたスピードで学習させることが可能になっているのだ。
バーチャルな世界が現実世界に役立つ、という不思議なことが当たり前になっているのである。
このシミュレーションをもっと奇妙なものに推し進めた例がある。それは、カリフォルニア大学バークレー校のロボット学者ケン・ゴ―ルドバーグ教授の研究室で進められている研究だ。
ここでもロボットにモノをつかませる学習をさせるためにバーチャル環境とバーチャルなロボットやモノが使われているのだが、そのモノが何ともおかしい。この世に存在しないような形状をしているのだ。
ビンのようでビンでない、容器のようで取っ手が変、不必要なところに突起物があるなど、現実世界では何の役にも立ちそうにない形なのである。
しかし、ロボットはこれらの変なモノを見て、「さて、これをどうすればガッチリとつかめるのか」と思案する。形状を把握し、重心を推測して、2本指や吸引カップを用いてつかもうとする。
未知の物体、知恵を総動員するロボット
なぜ変な形をしているのか。
それは、ロボットに未知なものを見せて頭を使わせるためだ。知っているものばかりではなく知らないものを見ることで、ロボットは知恵を総動員して学習する。学習に負荷をかける感じだ。
ちょうど人間も毎日同じことを繰り返していると、慣れはするだろうが、新しい発見や学習に欠ける。これまでなかったような体験をすることで、学習し、世界観が広がる。そのようなことだ。
同研究室では当初、こうした変な形状のものを3Dプリンティングしてロボットにつかませていたのだが、そのうちロボットもモノもバーチャルになった。変なモノを作る過程、それがバーチャルに移行した成り行きなど、今起こっていることは本当に奇妙で不思議なことだと思わせる。
バーチャルとかシミュレーションといったものが、今は予想しなかったレベルで利用されている。バーチャルと現実の関係を自在に考えられる人材が必要になっているということでもあるだろう。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、写真:Chesky_W/iStock)