【産学連携】現役東大生が見いだした科学×ビジネスの最適解

2019/6/21
新たに就任した「U-30 」のプロピッカーが、“数字”をキーワードに捉える「令和の日本」。それぞれの専門分野について、若きエキスパートが考える現状や課題とは?
専門性が高く、閉ざされたイメージのある大学などの研究機関。そこに眠る宝の山のような情報をオープンにし、データベース化することで企業からのアクセスを増やし、研究への投資を呼び込むのがPOLの加茂倫明さんの狙いです。産学のマッチングを促進し、日本が再び科学技術大国の地位に返り咲くためのヒントがここにあるかもしれません。

産学連携を国が後押し

日本の研究環境の課題の一つに研究資金不足があります。財政事情が厳しくなる中で、科学研究費(科研費)は減少傾向にあり、それを反映するかのように日本の技術力の低下が国内外で騒がれています。国からの援助を頼りにできなくなる中、産学連携による企業からの資金調達は研究機関にとって不可欠です。
企業による大学向けの投資の多くは共同研究費や受託研究費、治験や知財に関連する費用です。安倍首相は「我が国の大学は生まれ変わる。産学連携の体制を強化し、企業から大学・研究開発法人への投資を今後10年間で3倍に増やすことを目指す」と発言しています(「イノベーション投資、10年間で3倍に 安倍首相が官民対話で方針」Reuters)。基準となる2014(平成26)年度時点での企業から大学への投資総額は約700億円。単純にこの数字を3倍すると2100億円となります。

ライセンス収入は米国の1/60

産学連携による資金調達法の一つに、企業からの「ライセンス収入」があります。
ライセンス収入とは、特許権者が第三者に特許を実施する権利を与えることにより得られる収入です。企業側は大学が持つ特許を使用することで、新商品の開発や既存商品の高付加価値化、そして他企業に対する参入障壁構築にもつながり、事業の優位性を確保できます。一方で、大学は企業に特許の使用許諾や譲渡をすることで研究費を調達できるのです。
日本が受領するライセンス収入は、先行する米国と比べてごくわずかです。UNITT 一般社団法人大学技術移転協議会によると、2016年の米国大学の正味のライセンス収入は25.6億ドル(約2820億円)で、大きな財源になっています。それに対して、日本の大学・TLO(技術移転機関/Technology Licensing Organization)・公的研究機関が受領した正味のライセンス収入は4530万ドル(約49億円)と、米国の約60分の1にとどまっています。このデータからも日本では大学が企業からうまく資金調達できていない現状がうかがえます。

産学連携の課題

安倍首相の発言からも見えるように、国としても産学連携に大きな期待を寄せていることは間違いありません。また、研究者や大学側も資金繰りの厳しさから、産学連携に対して前向きに取り組む姿勢を見せています。
しかし現実を見てみると、ペプチドリームやサイバーダインといった成功事例はあるものの、頓挫したケース、権利関係を巡り法廷論争にまで発展したケース、連携先を求めながらマッチングがかなわなかったケースなど、失敗事例は枚挙にいとまがありません。
こういった事例から、産学連携を実現するためには「企業がコアな研究情報にリーチできず、提携先を選定しにくい」「大学側に共同研究を推進するための十分な体制が整っていない」「企業・大学ともに連携の経験・知見が不足している」などの複雑な課題が存在することがわかります。

人と情報のマッチングのために

もう一つ、真の意味での産学連携を実現するために不可欠でありながら、議論から取り残されている存在があります。それは“人”、さらに言えば理系研究者です。
私は東大工学部の現役学生で、科学や社会の発展に貢献できるポテンシャルを持つ先輩や友人が周囲にたくさんいます。そのなかの一人がある時、「研究が忙しすぎて就活する暇がない。推薦で就職できるあの企業に行けばいいかな」と言ったことをよく覚えています。残念なことに、これは理系の学生にはよくあること。大学で高度な知識を身につけ、研究を重ねてきたのにもかかわらず、就職に際しては社会や企業についてほとんど知らないまま、限られた情報をもとに、深く考えずに就職先を選んでしまうのです。
これは、学生にとっても社会にとってもあまりにもったいなく、機会損失が大きい状況です。
Photo:iStock/gorodenkoff
そこで、理系学生や研究者へのヒアリングをくり返し、就活以外の面でも、研究機関で働きながら社会とつながるためには、研究費不足や雑務の多さなど数多くの課題があることに気づきました。
こうした理系人材のキャリア問題をはじめ、研究環境の改善など、理系人材に関するあらゆる課題を解決するサービスを提供したいと思い、2016年9月に元ガリバー(現IDOM)専務取締役の吉田行宏と共同創業したのが株式会社POLです。

理系学生、起業する

実は、起業したいと思ったのは最近ではなく、高校2年生で祖父を亡くしたときでした。
「人は何のために生きるんだろう。自分の人生の目標ってなんだろう」と考えるうちに痛烈に湧き上がってきたのが、自分の死後にも自分が生きてきた余波を残し続けたい、という想いでした。
これを達成する手段として起業を選んだ理由は3つあります。
1つは父の影響で、子どもの頃から経済学やビジネスに関する本を読み、ビジネスに興味を持っていたこと。2つ目は、もともと人に指図されるのが嫌いで、「自分がやりたいからやる」方が圧倒的に楽しいしパフォーマンスを発揮できると自覚していたこと。3つ目は、人に喜ばれたいという欲がすごく強いこと。この3つを並べてみて思い浮かんだのが、起業という道でした。
Photo:iStock/SARINYAPINNGAM
起業に向けたステップとして実行したのがインターンシップです。
例えば、インターンをした1社目では、マーケットリサーチをした上で新規事業を考えるというミッションがありました。新規事業の企画はそれまでも本で読んだことはありました。
しかし実際に必要とされたのはユーザーとの対話や、周囲の人からのヒアリング、実践と検証のくり返しといった地道な作業。こうした経験を通して、本だけでは得られない知識やスキルが身につきましたし、知ってはいても実際にできないことが多々あると気づくことができました。
半年間休学して行ったシンガポールの企業では、サービスの立ち上げやそのサービスの黒字化までを担当させてもらいました。現実のビジネスの場で、しかも日本語が通じない環境で小さな成功体験を得られた。「シンガポールでここまでできたのだから、日本でもいけるだろう」と、よい意味で強気になれたことが起業への心理的ハードルを下げてくれたのだと思います。

理系学生の活躍の場を広げる

POLの最初の事業として始めたのが、理系学生向け就活サービス「LabBase(ラボベース)」です。
これは学生がデータベース上に自分の研究内容やスキルを書きこむだけで企業からのスカウトを受けられるというダイレクトリクルーティング型のサービスです。学生は研究を続けながら、自分の専門知識を生かせる企業を知ることができます。一方、企業側は一般的な就活サービスではリーチできない、専門性を持った学生に直接アプローチできます。現在、登録学生数は1万人を超え、利用企業も約140社と日々増えています。
2つ目の事業として2019年3月にリリースしたのが産学連携プラットフォーム「LabBase X(ラボベースクロス)」です。これは、国内29万件の研究者情報やシーズを保有するデータベースを介して企業と研究者をマッチングするサービス。これによって今までは自分の研究のPRの機会に恵まれなかった研究者や、研究者の探索に苦労していた企業のニーズを満たすことができると考えています。
「LabBase X」を起点に産学連携が成功すれば、企業から大学への投資が進みます。それによって研究者が資金調達に奔走せず、研究に集中できる環境を作ることが、私たちPOLの目標です。
日本の科学技術力を取り戻す

日本の科学技術力を取り戻す

研究関連市場には他にも課題が山積しています。2017年に英科学誌「ネイチャー」が「日本の科学研究はこの10年間で失速している」と指摘したことは、多くのメディアに取り上げられました。
こうした現実を認識しながら、私たちPOLはLab(研究室)をTech(テクノロジー)で変えていくLabTech Companyとして研究関連市場の課題に切り込みます。「研究者の可能性を最大化するプラットフォームの創造」というビジョンを掲げ、日本の科学技術の発展に貢献し、未来を加速させていきたいと考えています。