NTT東日本がスタートアップとの協業を拡張し続ける理由

2019/6/6
 ここ数年でよく耳にするようになった「オープンイノベーション」。大企業がスタートアップを支援し、革新的な事業を共に生み出す──。しかし、そのような理念とは裏腹に、実際にはコンテストの開催や実証実験のみに終わる場合が多く、事業化に至るケースはほとんどない。
 そんななか、順調に歩みを進めているアクセラレータープログラムが、NTT東日本の「LIGHTnIC(ライトニック)」だ。同社の若手有志によって2017年にクローズドで始まり、2018年には人員を増やして組織化された。第3期となる今年度は、初の公募に踏み切り、広く協業できるベンチャーを募っている(※募集は6月24日まで)。
 NTT東日本といえば、人々の生活に必須の通信インフラを押さえる一大企業だ。その同社が、オープンイノベーションを拡張させる狙いは何なのか? 発起人であるNTT東日本の山本将裕氏、第1期のプログラムに参加したVACAN代表取締役の河野剛進氏に、NewsPicks執行役員の麻生要一が聞いた。

なぜ、NTT東日本がベンチャーと組むのか?

麻生 山本さんはNTT東日本で「アクセラレータープログラム」を立ち上げた発起人ですよね。これはどういうプログラムなんですか?
山本 2017年から第1期・第2期とクローズド型で、ベンチャー企業へこちらからお声がけさせていただいてやってきました。今期よりオープンにしてより多くのベンチャー企業の方とコラボレーションしていきたいと考えています。
 NTT東日本の強みは、地域の通信インフラを持っていて、それを運用・保守できる人材がいること。全県域に拠点があって、営業マンがいる。自治体や商工会をはじめ、様々な業種業態の企業とつながりを持っています。
 そのアセットを、先進的なサービスを生み出すベンチャー企業に活用していただくことで、社会や地域の課題を解決する事業を迅速にスケールさせる。その流れをつくれれば、NTT東日本としても地域やお客様に貢献できることになります。
 当社が提供できるアセットや必要なスキームも整理してきたので、より多くの企業の方と協業すべくブランディングし直し、今年度よりNTT東日本アクセラレータープログラムLIGHTnIC(ライトニック)という名称に変更しました。
1987年生まれ。2010年NTT東日本入社。石巻、仙台で法人営業を経験後、ビジネス開発本部へ。2015年にNTTグループを横串として人をつなぐ有志団体「O-Den」を立ち上げ、2017年よりアクセラレータープログラムを始動。大企業50社1700人の有志メンバーで結成された「ONE JAPAN」共同発起人・共同代表でもある。
麻生 そもそもなぜ、ベンチャーとの協業が必要だったんですか?
山本 4年ほど前から、ONE JAPANをはじめとして、大企業やベンチャー企業などプライベートで様々な企業の方と交流していくなかで危機感を覚えたんです。当時は大企業とスタートアップが連携するアクセラレータープログラムが流行り始めた頃。スタートアップはどんどん新しいサービスを出してくるし、パブリッククラウドが流行ってきている。「誰でも簡単にサービスをつくれる時代になり、このままじゃうちは生き残れない」って思ったんです。
 これまでの当社は、「サービス開発」といっても光サービスを中心とした開発がメインでした。顧客満足度を高めたり、新たな付加価値を生んだりするようなサービスは、あまり得意ではなかったんですよね。
麻生 でも、NTT東日本はインフラ会社でしょう? 「サービスで勝たなくていい」という考え方もあるじゃないですか。
山本 NTT東日本は今年、最高益を出しましたが、実は10年ほど連続で営業収益は減少しているんです。
 というのも、当社の収益のほとんどは光サービス等のIP関連収入や電話回線からです。でも、固定電話は使われなくなってきているし、「インターネットやWi-Fiいりませんか?」だけで売れる時代でもありません。新たな収益源を生み出さないと、未来はない。一方で、通信インフラの会社だからこそ様々な業種業態のお客様とのつながりがあります。NTT東日本が持っているアセットを使い切れていない、そんな危機感を持った有志で動き始めたのが、NTT東日本アクセラレータープログラムの発端です。
リクルート(現リクルートホールディングス)に入社後、 ファウンダー兼社長としてIT事業子会社を創業。 その後、社内事業開発プログラム「Recruit Ventures」、 スタートアップ企業支援プログラム「TECH LAB PAAK」を立ち上げる。 2018年、企業内インキュベーションプラットフォームを手がけるアルファドライブ、医療レベルのゲノム・DNA解析を提供するゲノムクリニックを創業。同年9月より、NewsPicks執行役員に就任。
麻生 アクセラレータープログラムって大きい会社の偉い人が「スタートアップっていう人たちと組むとよさそうだぞ」という感じで、トップダウンで始まるのがよくあるパターンじゃないですか。有志がボトムアップで始めて、会社の公式活動に引き上げられたケースは珍しいですね。
山本 そうかもしれませんね。これまでとは違う新しい領域にチャレンジすることを期待されて、正式なプロジェクトに引き上げてもらったのだと思います。

スタートアップに足りないもの

麻生 プログラムの第1期に参加したVACANは、レストランやトイレの空き状況をスマホやサイネージで確認できるサービスを提供していますよね。これはまさに付加価値を付けて、新たな顧客満足度の向上につなげるサービスだと。
 VACANとしては、どんな課題感があってこのプログラムに参加したんですか?
「VACAN」は、センサーや画像解析のためのカメラでレストランやカフェなどの空席情報を検知し、スマホやサイネージに表示するサービス。現在、相鉄ジョイナスや髙島屋横浜店などの大型商業施設に導入されている。(写真提供:VACAN)
河野 「サービスをよりよい品質で提供するため」ですね。NTT東日本のアクセラレータープログラムに参加した頃、プロダクトの骨格はできていて、「これは本当に喜んでもらえるサービスなのか」を検証しながら精度や安定性を高めていました。
 画像認識やセンサーを使うIoTやAIのサービスでカギになるのは、それをつくることだけじゃない。「サービスを止めずに、お客様に喜んでもらい続ける」っていう安定性の部分がすごく大事なんです。だから、スタートアップは事業を継続するのが難しいんです。
東京工業大学大学院修了。三菱総合研究所で市場リスク管理やアルゴリズミックトレーディングなどの金融領域における研究員として勤めた後、グリーで事業戦略・経営管理・新規事業立ち上げ、および米国での財務・会計に従事。エルピクセルで経営企画室長を務め、シンガポールでの合弁会社の立ち上げなどに従事した後、2016年に株式会社バカン(VACAN)を設立。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。
 僕たちは当時5人でやっていて、プロダクトはあったけれど、営業や保守運営の体制もノウハウもありませんでした。でも、NTT東日本さんにはサービスを止めないための安定したネットワークやオペレーション、売り方、サポート体制まで全部揃っているし、僕たちのサービスにお墨付きを与えてくれる。
 そこで協業できれば、我々はもっと新しい機能を追加したり、サービスの品質を向上させたりすることに注力できると期待していましたね。
麻生 でも、他にも通信キャリアがあるなかで、どうしてNTT東日本と組むことになったのかなって。まだ当時は、NTT東日本がベンチャーと組むというイメージはなかったと思うんです。
河野 半分は、VACANとのシナジーが見込める通信会社だということ。残りの半分は、「人」ですね。信頼できる方から「ものすごい勢いのある若手がいる」と聞いて山本さん、担当してくれている小笠原さんにお会いして、その場でめちゃくちゃ意気投合したんです。
 新しいサービスを世に出すときには、何度も何度も壁にぶつかります。大企業の社内の根回しだって簡単ではない。パートナーとして、一緒にそれを突破してくれるかどうか。その苦労を共に乗り越えられる相手かというのは、僕らもそれなりに考えたつもりです。
 最終的にやってくれると判断したのは、「この人なら大丈夫」という直感的な部分でした。
山本 私はトイレ空室情報サービス(※VACANがリリースした「Throne」)のニュースを見て、もともと気になっていたんです。技術としても面白いし、何より誰もが経験するペインでわかりやすい。また、NTT東日本のWi-Fiやサイネージ系のシステムとも親和性がある。トントン拍子に話が進みました。
 ただ、当時はまだアセットも今みたいに整理できていなかったので、どう協業するかはまったくの手探り状態で始まりました。
河野 「協業しましょう」ということ以外は、何も決まっていなかったですね(笑)。
山本 何もなかったです(笑)。VACANさんのサービスでどれくらい人流が変わるのか、どこかで実証実験をさせてもらおうといろんなパスを探しまくり、成田国際空港さんで実証提案することとなりました。
 幸い、「面白いね」となって、成田国際空港さんとNTT東日本で予算を出し合い、フードコートなどで実証実験をやったのが最初です。

当事者の“熱”が、組織を動かす

河野 NTT東日本さんはしっかりされた会社なので、最初は「かなり時間がかかるだろう」と思っていたけれど、アタックリストもあっという間に出してくれたし、ものすごく動きが速かった。「信じてよかったな」と改めて思いました。
山本 社内を巻き込んでいくためにも、組織横断で多くの部署に協力のお願いをして回りました。ベンチャーさんにそのための資料がないのもわかっているので全部私たちでつくっていきました。
 商業施設や飲食店向けにリリースすれば市場がこれだけあります、うまくいけばNTT東日本としてもソリューションを横展開でき、現業の課題解決にもつながりますとプレゼンして、メンバーの熱量だけで強引に上を巻き込んでいきました。
麻生 実証実験はどんなスピードで進んだのですか?
山本 VACANさんとの最初の出会いが2017年7月。成田国際空港での実証実験は10月には話が決まり、構築が始まったのが12月。翌年1月末にスタートして、3月末までやりました。
麻生 は、早っ!
山本 当時、僕らはビジネス開発本部のなかでも副本部長配下の有志プロジェクトだったので、スピード感も速く前に進めることができました。また、私と小笠原という二人で実施できたのも大きいです。
麻生 NTT東日本のような企業でミドルマネージャーが関わっていないってすごいことですよ。伝統的な業態の会社だと、ハンコが15個並ぶらしいですからね。
山本 ひとつ追い風になったのは、実証実験のプレスリリースを打ったら、それがきっかけで日経新聞に載ったこと。社内的にも一気に注目されました。これも狙った通りではありました。
 すると、「これをソリューションとして展開したい」と言い始める営業が出てきて、自発的に提案しに行ってくれたんです。それがきっかけで三井不動産さんにVACANさんの開発した「Throne」を導入していただいて、ネットワークまわりを当社が受注しました。
河野 NTT東日本さんは、大丸札幌店にVACANを本格導入することになった時もこちらからお願いして協力していただきました。当時は社内に人が足りなかったし、よりよいサービスを日本全国にお届けしたいという想いはあったものの、体制構築ができていなかった。そんななかでの北海道のプロジェクトだったので助かりました。最近では、営業や保守をどんどん進めてもらっています。
山本 NTT東日本には今、VACANさんの全国の施工と保守を行える体制を整えております。大丸札幌店のプロジェクトを皮切りに、その仕組みをスタートさせたんです。
麻生 なぜ、NTT東日本はそれだけVACANに注力するんですか? 売り上げはVACANに立って、そこからNTT東日本さんに入る感じですか?
山本 はい、レベニューシェアで入ってきています。でも、すぐに営業のリソースが動くような評価体系にはなっていませんでした。そういった課題感から、今年の4月からはVACANさんをはじめ、採択したスタートアップのサービスを対象に、条件はありますが営業の成果額を自社商材並みに引き上げました。
 こうして営業のモチベーションが上がるような仕組みもつくったので、軌道に乗せて、イノベーションが広がる仕組みをつくりたいです。開発だけでなく、販売、運用とバリューチェーンが機能するような仕組みづくりに注力しています。
河野 企業間の協業で難しいのは、連携したとしても営業さんが動いてくれない場合もあること。インセンティブが低いままだと、より社内で評価される自社製品を売りたくなるのは当然ですから。
 そういう構造的な問題も、かなりスピーディに仕組みから変えていってもらっているので、これからどんどん動きやすくなっていくと思います。

オープンイノベーション「成功の条件」

麻生 ちょっと意地悪な質問をしますが、VACANとの共同事業は、NTT東日本として採算が取れる構造になっているんですか?
山本 正直に答えると、まだ取れていません。私たちもスタートアップのJカーブのようにどうしても一定の時間はかかると思います。現段階では投資ですが、もちろんいずれは採算が取れるレベルにはなると思っています。
 というのも、VACANさんのサービスを売ることによって、NTT東日本としてもWi-Fiのネットワーク構築のような主力商材を一緒に売れるチャンスがあるからです。イメージとしては、我々の本業のうえにVACANという新しいサービスが載っている。お互いにメリットがあるから、協業がうまくいくのです。もちろん、今後サービス連携も強化していきます。
麻生 なるほど。VACANのサービスを売るだけだと、現場の営業マンとしては「なんでスタートアップのサービスを売らないといけないのか」という話になっちゃう。でも、「VACANのサービスを売ることによって、NTT東日本の本業である通信インフラも売れる」という2段構えのモデルになっているのは美しいですね。
 通常のアクセラプログラムでは、その2段目がないケースがけっこう多い。そうなると、対等な「オープンイノベーション」ではなくなってしまうんですよね。
河野 僕たちVACANの取り組みがうまくいったのは、そもそもNTT東日本さんが持っているアセットとの相性がよかったから。それに、対等なビジネスパートナーという目線でやっていただけたのは大きいと思います。
 スタートアップにはスタートアップなりの、実現したいビジョンがあります。そこを理解し、尊重してもらえたから、下請けではなくパートナーになれたんです。
麻生 なぜNTT東日本のなかで、スタートアップの目線が持てたんでしょう?
山本 前提としてあるのは、先にもお話しした「危機感」と、「ワクワク感」です。「LIGHTnIC(ライトニック)」の運営メンバーには、NTT東日本のなかでも、大企業が安泰だとは考えていないメンバーが多く集まりました。
 自分が動かなければ未来はないし、新たな未来を創っていくというワクワク感を持って働くことで、当事者意識が生まれて、それが熱意や推進力となり、社内でも多くの人を巻き込んでここまで来ることができました。そこにスタートアップのスピード感や熱量が加わることが大きな力になると感じてます。
 そうやって社内の空気が変わることにも意味がありますし、様々な領域のベンチャーさんが「NTT東日本と絡むといいことがありそうだ」と感じていただければ、我々のビジネスも広がります。
 この「LIGHTnIC」を通して、もっといろいろな変化とつながりが生まれ、イノベーションが世の中に社会実装されていくことにチャレンジしていきます。
(編集:宇野浩志、金井明日香 執筆:松本香織 撮影:後藤 渉 デザイン:黒田早希)