大気から二酸化炭素を除去し、気候変動を食い止めることをめざすスタートアップ。もしかしたら、その過程で莫大な利益を生み出せるようになる日が来るかもしれない。

炭素を抽出、使用可能な物質に変換

ロブ・マッギニスは最近、カリフォルニア州サンタクルーズに引っ越した。現在は、屋根にサーフボード用のラックがついた「フォルクスワーゲン・ゴルフ」で、街じゅうを走りまわっている。
多くの自動車の例に漏れず、その車も移動の一形態であると同時に、その所有者が自分のアイデンティティの重要な部分を伝える手段でもある。
「以前は、テスラ・ロードスターに乗っていた」とマッギニスは言う。「だが、いまのわたしは、ガソリンをまたクールなものにしようとしている」
あえて説明しておくと、気候変動の大きな要因であるガソリンは、昨今ではあまりクールとは見なされなくなっている。とくにリベラル派の勢力が根強く、温暖化の影響で太平洋に飲み込まれるプロセスが進行しているサンタクルーズのような場所ではそうだ。
ガソリンの社会的地位を復興させるというマッギニスの計画の成否は、彼が開発している機械にかかっている。つまり、地下の油脈ではなく「空気から使用可能なガソリンを作り出す」機械だ。
マッギニスに代表されるように「二酸化炭素直接回収(direct carbon capture)」技術を追求する起業家が増えている。この技術は、空気や水から炭素を抽出し、ガソリンや建設材、産業用化学物質などの使用可能な物質に変換するというものだ。
標準的な化石燃料と同じく、マッギニスの開発している燃料も、燃焼時には大気中に炭素を放出する。だがその放出量は、回収機械によって大気から取り除かれた量を上回ることはない。
この循環プロセスなら理論上、温室効果ガスの濃度に影響を与えずに、マッギニスが乗る自動車の動力を永久に供給することができるわけだ。

国連も炭素除去は「必要不可欠」

専門家のあいだでは、気候変動に真剣に対処するなら、大気から炭素を積極的に除去しなければならないとする見解が広がっている。2018年秋には、国連の「気候変動に関する政府間パネル」が初めて、炭素除去を「必要不可欠」と表現した。
炭素除去に関していくつかの戦略が存在するものの、二酸化炭素直接回収は、世間の想像力を最もかきたててきたプロセスだ。
このアプローチの基礎となる科学は、数十年前から理解されていた。だが、効果の出せる規模で空気中の炭素を回収できるようになるのはいつか──もしくは、そもそも可能なのか──という疑問については、まだ答えが出ていない。
前述の国連報告書が出たほぼ直後、スタートアップを育成する投資会社として有名な「Yコンビネータ(YC)」が、炭素除去に取り組む新会社を大々的に募集した。
エアビーアンドビー、ドロップボックス、ストライプなどのソフトウェア会社の育成に一役買ったことで知られるYCによれば、同社が興味を持つのは、「リスクが大きく、実証されておらず、うまくいく可能性の低い」、奇抜なアイデアを提案するプロジェクトだという。
たとえば、遺伝子操作した植物プランクトンを放した巨大貯水池を砂漠につくる、といったアイデアだ。「いまこそ、思い切りスイングするべきときだ」とYCは呼びかけている。
マッギニスの会社「プロミティアス(Prometheus)」が提案したのは、まさにYCが求めている種類の典型的なムーンショットだった。つまり、理論上は筋が通っていて、万が一にも理論以上のものに発展すれば、すべてを変える可能性がある無謀なアイデアだった。
集まった数十の提案を精査した結果、マッギニスのアイデアは、YCが投資を決断したわずか2つのアイデアのうちの1つとなった。

プレゼンに投資家たちから大反響

2019年3月、YCが半年ごとに開いているイベント「デモデイ」で、マッギニスは自身の開発した機械を持参した。南京錠で閉鎖された複数のドアがついた、高さ6フィート(約1.8メートル)のボックスだ。
スタートアップが2日間にわたってアイデアを売り込むこのイベントには、世界屈指の有名投資家たちも参加する。マッギニスは聴衆に向けて、早ければ2020年にも、販売利益を出せる燃料をつくるつもりだと説明した。
それはまさに、投資家たちが聞きたいと思っている種類のことだ。そう語るのは、YCパートナーで、炭素プロジェクトに関わっているグスタフ・アルストローマーだ。
「『ガソリンをつくる』と言えば、実際にうまくいく確率が500分の1、あるいは1000分の1だったとしても、投資家たちの大きな反響を得られる」とアルストローマーは言う。
数週間のうちに、マッギニスは複数の人を雇えるだけの資金を獲得し、「1台の試作機」から先へ進む計画を練りはじめた。
マッギニスは、代替燃料の伝道者としては異例の道を歩んできた。イェール大学の学部生として演劇を専攻し、本人いわく「テクノ・オプティミズム的な、奇妙なミニ叙事詩のような」戯曲を書いた。
手のあいた時間には、脱塩機を自作した。そして結局、この副業をきっかけに、マッギニスは演劇界を離れ、化学の博士号取得をめざすことになった。
マッギニスの脱塩の趣味は、最終的に脱塩会社に姿を変えた。マッギニスはこの会社により、例のテスラ・ロードスターと、「Oasys」という社名が入ったバニティ・プレート(所有者が自分の好みで選んだ文字または数字を入れたナンバープレート)を買えるだけの成功を収めた。

炭素燃料変換プロセスは実現可能か

その後、マッギニスは第2のスタートアップを起業した。化学物質の成分を分離するのに役立つカーボンナノチューブを製造する会社だ。
このカーボンナノチューブの膜を使えば、炭素が液体の形態を保っているあいだに分離プロセスの複数ステップを実施し、プロセスのコストを大幅に安くすることができる。そのアイデアが、プロミティアスに競争上の強みを与えることになった。
マッギニスの画期的手法に感銘を受けたのが、ストーニーブルック大学工学部のマット・アイザマン助教授だ。アイザマンの研究は、海水から燃料を製造するグーグルXのプロジェクトの基礎になった。
この「フォグホーン(Foghorn)」プロジェクトは、燃料の作成に成功していたが、2016年に終了した。競争力のある価格で製品を製造するための明確な道筋を描けなかったため、グーグルはこのプロジェクトを打ち切ったのだ。
フォグホーン・プロジェクトでは、気体状態の炭素と水素を高温で処理していたが、マッギニスの手法なら、一歩前進できる可能性があるとアイザマンは考えた。
「『どうすればコスト効率良く、カーボンニュートラルな燃料をつくれるのか』という試みは、これまでにたくさん目にしてきた」とアイザマンは言う。「可能性がありそうなら、すぐにピンと来る」
アイザマンはアドバイザーとしてプロミティアスに加わったが、同社の勝算については慎重な見方を維持している。大規模で利益を出せる炭素燃料変換プロセスを、いつか誰かが考案できると思うかと尋ねると、アイザマンは長いこと押し黙ったすえに、「わからない」と答えた。
当然のことながら、マッギニスはそれよりもかなり強気だ。マッギニスの予想によれば、2020年までに、1ガロンあたり3ドル程度で少量のガソリンを販売できるようになるという。
気候変動に影響を与えるほどの大規模生産を実現するには、まだ気が遠くなるほどの費用がかかるという点については、マッギニスも認めている。
マッギニスの推定によれば、米国のガソリン市場をカーボンニュートラルな燃料に置き換えるためには8000億ドルのコストがかかるという。

展望の甘さ、アイデアに懐疑の声も

だが、待つ必要はない。プロミティアスがガソリンを製造するようになれば、すでに存在する市場に売ることができるし、従来の燃料を使うようにつくられた自動車の動力として利用することもできる。
そうした展望を、甘すぎると考える人たちもいる。最小限の行動やインフラの変更だけで気候変動を解決できるという主張は、いわば、魔法の特効薬ですべてが解決すると考えるようなものだ。そのため、一部の環境保護論者は、依然として炭素除去を懐疑的に見ている。
2018年12月には、元アメリカ副大統領のアル・ゴアが、炭素回収というアイデア全体を「ナンセンス」と評し、それに頼るのは「歯の妖精」を信じるようなものだと述べた。
だが、20年近くにわたり炭素管理を研究しているコロンビア大学グローバルエネルギー政策センターのジュリオ・フリードマンは、一見すると突飛な実験を嘲るのは生産的でないと話している。どの技術が科学プロジェクトから商品に飛躍するかはわからないので、あらゆることを試してみる価値があるというのだ。
「多くの企業が、(炭素除去を)あきらめてしまった」とフリードマンは言う。「あまりにも多くの企業が、『ガソリンと競合する別のものをつくることにしよう』と考え、結局は行きづまってしまった」
フリードマンは、プロミティアスの技術に対する具体的なコメントを避けたが、従来の燃料を置き換える競争に関しては、何よりも時間が問題になると語った。「現在の燃料に置き換えるのに70年かかるのなら、われわれの負けだ。それでは話にならない」
マッギニスは2019年3月、サンタクルーズにあるコワーキングスペースにおいて、自身の開発する機械を筆者に見せてくれた。
写真を撮らないよう注意したあと、マッギニスは機械のボックスを開けた。冷却システムについて興奮気味に語り、化学分離を行うナノチューブを自慢げに見せ、ガソリンが出てくるはずの底の栓を指し示した。
このシステムの部品はすべて、機能することがすでに実証されている。だが、システム全体がマッギニスの望むとおりに機能するのか──あるいは、彼の予想する期限までに完成するのか──については、まだ疑問が残されている。
プロミティアスは、マッギニスの自動車を1マイル(約1.6キロ)でも走らせるだけのガソリンを製造したことがあるのだろうか。その問いに、「いや、いや」とマッギニスは答えた。「この機械は、数日前に完成したばかりだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Joshua Brustein記者、翻訳:梅田智世/ガリレオ、写真:©2019 Bloomberg L.P/iStock)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.