ブルックリンの狭いリビングで開発

ニューヨークのブルックリンにある狭いリビングルームで、コンピューターマニアの若者5人が、自然災害時の人命救助にテクノロジーを役立てる方法を開発した。
彼らが設計した極小の電子ノードは、野球ボールの大きさのゴム製のケースに入っている。この電子ノードが、100平方マイル(約260平方キロメートル)以上に広がる特別なWi-Fiネットワークを構築し、被害に遭った人々と第1応答者(救急隊など)をつないでくれる。
シンプルで比較的安価なコンセプトだ。しかし、携帯電話の基地局が倒壊し、テクノロジーが使えなくなり、地域全体が闇に閉ざされてしまう自然災害のときには、通信手段の有無が生死を分けることもある。
この5人の若い男性は、ハッカソンで出会い競った仲間だ。彼らは2018年に、IBMが後援するコンテスト「Call for Code」に参加した。
Call for Codeは開発者を集め、クラウドやAIをはじめとするテクノロジーを使って、自然災害への備えを拡充するための技術開発を求めた。5人は「Project OWL」という名前で登録した。名前の由来は「Organization(体制)」「Whereabouts(居場所)」「Logistics(ロジスティックス)」だ。
Project OWLは、洪水になれば水に浮くこともできる、ゴム製のアヒルのおもちゃに似たハブからなる「clusterduck」というネットワークを使う。
配備されれば、一般市民は自分の携帯電話で第一応答者に連絡することが可能だ。緊急作業員たちも天候についての情報を得たり、クラウドを通してデータ分析を入手したりすることができる。

プエルトリコで試験プログラム実施

Project OWLは、世界各国から参加した2500組以上のチームを抑えて優勝し、賞金20万ドル(約2200万円)を手にした。3月には、IBMの担当者たちと一緒に、2017年にハリケーン・マリアによる打撃を受けたプエルトリコの5地域で「DuckLinks」というデバイスを配備した。
Project OWLのCEOで共同設立者でもある28歳のブライアン・ナウスは「大きな災害が発生すると、混乱が起き、間違った情報が飛び交う」と説明する。「情報が改善され、正しく分析されるようになれば、必要なリソースを一番必要とされる場所へ送ることができる」
Project OWLのメンバーは他に、32歳のチャーリー・エヴァンズ、25歳のニック・フュアー、27歳のタラクール・ラーマン、23歳のメイガス・ペレイラだ。
Project OWLは、2週間の試験プログラムの中で、DuckLinksをジャングルの木に面ファスナーで貼りつけたり、海岸砂丘のてっぺんに設置したり、自動車のドアや絶壁に取りつけたり、さらにはヘリウムガスの入った風船でビルの上に浮かばせたりした。
彼らは23個のDuckLinksを使い、1平方マイル(約2.6平方キロメートル)の範囲にインターネット・ネットワークを構築し、携帯電波が届かない地域で、このシステムを使って通信手段を確保することができた。
いったんデバイスが接続されると、緊急用のWi-Fiネットワークがスマートフォンに表示され、ユーザーは、第一応答者や民間防衛組織にメッセージを送信できるポータルに誘導される。
ネットワークをつなぐのは、すべてのDuckLinksに接続されているクラウド・ソフトウェア・サービス「Papa Duck」だ。Papa Duckでは、緊急用ポータルにアクセスしている一般市民の数や、彼らが至急必要としているものを大局的に把握することができる。
Project OWLは、7月に始まる米東海岸のハリケーン・シーズンに備えた小容量のネットワークを準備するために、十分なテストを実施しておきたいと考えている。1秒も無駄にはできないようだ。

「ネットワークを素早く低コストで」

2000年以降、25億人以上の人々が自然災害による直接の被害を受けている。経済的影響は何兆ドルにものぼる。イギリスの保険会社エーオンによると、2017年と2018年は、気象関連災害による被害金額が最も大きかった。合わせて6530億ドル(約71兆8600億円)にのぼるという。
ナウスは「私の望みは、インターネットネットワークを素早く低コストで立ち上げられること、そしてそのネットワークが役に立つことだ」と述べる。「とんでもなく高性能な、軍の技術である必要はない。ソリューションを確実なものにするためには、シンプルかつ独創的であることも必要だ」
ノースカロライナ州危機管理局の通信部門マネージャー、グレッグ・ホーサーは2018年9月、ハリケーン・フローレンスが南北カロライナ両州を襲って53人の死者を出し、200万人近くが停電の被害に遭ったとき、主要なネットワークのバックアップを確保して運用する任務を負った。
携帯電話会社は、接続を回復させるために、サービスがつながらなくなった地域にポータブル基地局を移動させた。しかし、そうするまでに20時間もかかるケースもあった。緊急応答者は、暗闇で電話がつながらないまま、極めて重要な救出作業にあたった。
「Project OWLが一種のネットワーク接続性をつくることができ、しかも、空から降ってきたような装置を使ってそれをつくることができるなら、われわれにとって大きな変化となるだろう」とホーサーは言う。
IBM傘下のザ・ウェザーカンパニーは、2019年には7個のハリケーンが発生し、3個が大規模なものになる可能性があると予測している。Project OWLの試験プログラムにより、このシステムが機能することは証明されたが、チームのメンバーは、これからが本番だと考えている。
Project OWLは、まだまさに立ち上げ期にあるとナウスは語る。同社の本拠地は現在、ブルックリンにあるナウスのアパートのリビングルームだ。カウチの横には、DuckLinksをハンダづけするためのベンチが据えてある。
「この部屋をリビングと呼ぶのは事実に反するだろう」とナウスは言う。「実際ここは工場なのだから」
いつかは、最大100平方マイル、あるいはそれ以上のエリアを接続したいと考えているが、今の目標は10平方マイル(約26平方キロメートル)だ。テキサス州ヒューストンの国立公園の木に、DuckLinksを面テープで取りつける次回の設置は、5月中に実施する予定だ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Olivia Carville記者、翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、写真:©2019 Bloomberg L.P)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.