【ヤマト牧浦×及川】ヤマトが変わると日本が変わる

2019/5/30
ヤマトは物流に、「宅急便」というイノベーションを起こし、社会インフラとして日本に定着させた。そのヤマトがデジタルという新たな軸でイノベーションを起こそうとしている。これを牽引するヤマトホールディングス常務執行役員・牧浦真司氏に、大小さまざまな企業で技術アドバイザーを務める及川卓也氏が「物流を変えるデジタルイノベーション」について問う。
アマゾン、アリババの動きをベンチマーク
及川 ヤマトは日本の物流を支える企業です。世界に目を向けると、アマゾンやアリババのようなECから物流、さらには金融まで手がける企業が出てきています。そういう世界の動きをどのように見ていますか。
牧浦 私はITバブル絶頂の2000年ごろ、米系の投資銀行にいました。モノの流れ、金の流れ、情報の流れが融合するという議論を盛んにしてきたので、今の状況は当然だと思っています。アマゾン、アリババなどの動きはしっかりベンチマークしていくつもりです。
慶應義塾大学卒業後、日本興業銀行入社。米国ダートマス大学経営大学院に留学しMBA取得。1999年メリルリンチ日本証券に入社し、常務執行役員を経て、2015年にヤマトホールディングス入社。執行役員を経て、2017年から現職。
及川 今、私はICTで移動をトータルなサービスとして提供するMaaS(Mobility as a Service)にも深く関わっているのですが、これはまさにリアルな世界とサイバーな世界をつなぐことです。ヤマトでは、具体的にどんな動きをされていますか。
早稲田大学理工学部卒業後、DEC (Digital Equipment Corporation) 入社。1997年にマイクロソフト日本法人に転職し、日本語版と韓国語版のWindowsの開発の統括を務める。2006年にグーグルに入社し、プロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャーとして勤務。2015年、プログラマーのための情報共有コミュニティサービス「Qiita」を運営するIncrementsへ入社後、2016年に独立しフリーの技術アドバイザーとして活動。2019年1月、Tably株式会社を設立。
自動運転技術で社会を変える
牧浦 私がヤマトに入社したのは2015年です。その後すぐに動き出したのが、DeNAと一緒に取り組んだ「ロボネコヤマト」です。これは、世界初の自動運転による宅配サービスの実証実験です。
 この実証実験では、テクノロジーの効果を測るというより、ユーザー体験を確かめることが主な目的でした。決まった場所まで自動運転で荷物を運び、スマホで通知。お客さま自身がそこまで荷物を取りに来るという、今とは全く違う体験が受け入れられるのか。それが最大の関心事でした。
及川 社会的受容性を確認したかったということですね。
牧浦 はい。実験の結果、社会はこのシステムを十分に受け入れてくれるとわかりました。逆に、もっとスピードを上げて改革を進めるべきだとプレッシャーを感じています。
 このロボネコヤマトや「空飛ぶトラック」の開発など自動運転技術の活用を研究しているのが社長直下におかれた「社長室  YDX」です。2年前につくった組織、YDIC(Yamato Digital Innovation Center)をもとにしていて、新しいことに取り組むことで未来の物流をリードしていくつもりです。
宅急便のビッグデータによる新規事業
牧浦 運び方だけでなく、データにもフォーカスしています。ヤマトは約100万社弱の顧客を持ち、年間約18億個の宅急便を運んでいます。これまで荷物を運ぶためだけに使われていた膨大なビッグデータを精査。社内で活用できる状態にしました。今後はビッグデータを活用した新たな事業開発をどんどん進めていくつもりです。
及川 それだけのデータを扱ってきたということは、内製化比率も高そうですね。
牧浦 確かにこれまではそうでしたが、3年前からオープン化に大きく舵を切っています。今後はシステムを正確に動かすという守りだけでなく、新規事業や新たな組織で活躍する攻めのIT人材が圧倒的に必要だと感じています。
経営理念・成長できる課題・インフラ
及川 2015年に牧浦さんが入社されてから、かなりのスピードで改革が進んでいるようです。そもそも金融から物流とは大きな転身でしたね。
牧浦 金融出身ですが、物流、ITには長らく関わってきました。日本興業銀行で携帯電話、インターネットの勃興に関わり、その後、外資系投資銀行ではITや物流を担当していました。
 最後の7年間はJALの再生を担当。金融に関してはやりつくしたと思い、転職を考えるようになりました。
及川 ヤマトを選んだ理由はどこにあったんですか。
牧浦 自分の中で、転職先を選ぶときに3つの条件を決めました。第一に経営理念・企業哲学が明確であること、第二に何らかの経営課題を抱えていて、その解決を通じて自分が成長できそうな企業、第三にインフラ関連企業であることです。
 ヤマトは、そのすべての条件を満たしていました。
及川 なるほど。牧浦さんが自分の成長につながると感じたヤマトの経営課題は何だったのでしょう。
牧浦 ずばり、人材の多様性の向上です。ヤマトには、「ヤマトは我なり」に代表される社訓や、「社会的インフラとして豊かな社会に貢献する」という経営理念が明確にあります。それはそれですばらしい。私が入社して3日目、あるミーティングで、経営理念に沿ったある意見に対して、全員が瞬時に一致する場面がありました。これは、社訓や経営理念がDNAとして浸透している証しです。
 一方、その場面を見て、私は危機感を感じました。変化の激しい時代に、これはよいことなのか、多様な人材がさまざまな角度からもっと議論をすることが、今のヤマトには必要なのではないかと感じたのです。
及川 違う意見が出ることもなく、みんなが同じ考えをよしとする。多様性を尊重するダイバーシティとは、正反対の世界ですね。
牧浦 今は、デジタルトランスフォーメーションが叫ばれる時代です。想定したこともない企業が、破壊者として既存業界に殴り込んできています。これに対処するには、ダイバーシティを高めて、多様な意見を尊重するカルチャーが不可欠です。
 これは、多くの大企業に共通する課題です。日本のテクノロジー産業の凋落(ちょうらく)は、ダイバーシティの欠如で変化への適応が遅れたのが原因のひとつだと思っています。
及川 その危機意識がヤマトの大胆な構造改革の原動力となったわけですね。
牧浦 はい。そのときの危機感をバネに、入社1カ月後には全社の構造改革を提案。デジタルトランスフォーメーションを柱のひとつとするグループ全体の経営構造改革がスタートしました。
新たなイノベーションへの挑戦
及川 「ヤマト=宅急便」というイメージが強い人も多いと思います。今後ヤマトは、どのように変わっていくのでしょうか。
牧浦 ヤマトはこれまでふたつのイノベーションを起こしてきました。第1のイノベーションは、日本初の路線運送事業を開始したこと。第2のイノベーションが宅急便です。特に約40年前に登場した宅急便は商品、経営システム、戦略などあらゆる意味で完璧だったといえるでしょう。
 だからこそ、これまで続いてきた。しかし、時代が変わり、経営の大前提も以前とは大きく違います。
 そこで、今は新たなイノベーションを起こす時だと思っています。その鍵となるのがテクノロジーであり、その先には「荷物を運ばない」という選択肢もあるかもしれません。
 我々の価値は、もはや「ものを運ぶ」ことだけではありません。物流を通じて、企業価値を向上させるという価値を提供していきたい。
ヤマトを「超える」のはヤマトしかない
牧浦  私は、ヤマトを「超える」のはヤマトしかない、とよく言っています。今のヤマトをイノベートするには、ヤマトをディスラプト(破壊)するような事業さえ、自ら考えなければいけない時代です。
 ヤマトには創業以来、イノベーションを起こして自ら生まれ変わる企業理念が根付いています。我々なら必ずできると信じています。
及川 ヤマトが「ものを運ばない」というのは、非常に面白いし、ディスラプションには必要な考え方ですね。物流をサービスと捉え、事業を展開していく可能性が高いということですか。
牧浦 当然、その方向で考えています。企業の物流を再定義し、テクノロジーやプラットフォームを含めてトータルでサービスを提供していきたい。MaaSというよりLaaS(Logistics as a Service)という世界が登場するかもしれません。
及川 物流の意義は企業価値を高めることにあるとは、まさにその通りですね。形態もB2B、B2C、C2Cなどに多様化していくのでしょう。
ヤマトの技術者の挑戦が日本を変える
及川 デジタルトランスフォーメーションを加速させるためには、優秀なIT人材が必要でしょう。今、ヤマトでは、具体的にどのようなIT人材を求めているのでしょうか。
牧浦 テクノロジーは構造改革の柱なので、デジタル人材採用による組織改革は急務です。社内教育も含めたあらゆる場面で、IT人材に活躍してもらいたい。データアナリスト、コードをかける人、データからビジネスモデルをつくるような企画を考える人。そういう人材を外部から採用していきたいと思っています。
 そもそも、私のような新参の“よそもの”に大きな改革を任せてくれている。そこにヤマトの懐の深さが表れていると思います。
 ところで、もし及川さんがヤマトの技術顧問だったら、どんなアドバイスをいただけますか。
及川 私はマイクロソフト、グーグルなど、長年、外資系IT企業で開発などを担当してきました。今は独立した立場で、どうやってIT化を進めたらいいかわからない大企業、テクノロジーはあっても収益化する方法がわからないスタートアップに、組織面、プロダクト戦略、技術面でアドバイスをしています。
 今のお話を聞いて、まずアドバイスするとすれば採用戦略です。
 テクノロジー人材の転職には3つのポイントがあります。ひとつが雇用条件、ふたつめがビジョンに対する共感。そして最後に、技術者として成長できるかということ。この3つがうまくバランスが取れている会社は魅力的だと思います。
 正直に言うと、ヤマトはお堅い物流システムの会社というイメージがあります。だからこそ、構造改革の明確なビジョンを打ち出すべきですね。新しいサービスや事業をテクノロジーでどう生み出すのか、具体的に伝えていくことが、IT人材採用の武器になると思います。
 物流は社会的な意義が高く、「テクノロジー×移動」という難しい課題が集約されている業界です。特にMaaSにはいろいろなIT企業が参入し、競合もどんどん増えている。エンジニアとしては、チャレンジ意欲を刺激する面白い仕事ができるでしょう。
牧浦 ヤマトは22万人もの従業員を抱える会社であり、日本の社会インフラの一翼を担っています。
 そのヤマトが変わるということは、日本が変わるに等しい。つまり、ヤマトのエンジニアのチャレンジは、日本を大きく変革することへのチャレンジです。今のヤマトには、それほど大きな挑戦が待っています。
(編集:久川桃子 撮影:北山宏一 デザイン:九喜洋介)