食べるもの、着るもの、使うもの

水曜日の朝、お気に入りのTシャツを出そうクローゼットの扉を開けると、壁のように水が押し寄せてきた。混乱してスマートフォンを取ったつもりが、なぜか深い水たまりに手を突っ込んでいた。
「どうなっているんだ? こんなに大量の水が、いったいどこから?」
私たちが食べるもの、着るもの、使うもの、あらゆるものに水が使われているが、その大部分は目に見えない。穀物を育て、鉱物を採掘し、生地を染色して、スマホの製造ラインを動かす。そのすべてに水が使われているのだ。
水がなければ、私たちの知っている近代的な生活は完全に停止する。
クローゼットを開けたら水があふれ出たのは、特に害もなさそうに見える綿のTシャツを1枚作るのに、3900リットル(バスタブ39杯分)の水が必要だから。
天然素材を選べば環境に優しいはず、と思うだろう。しかし、綿花を育て、生地を漂白して、洗浄し、染めるために、必要な肥料と農薬と化学物質を使いつつ水質基準を満たすために、大量の水が使われている。
同じように、スマホ1台の「ウォーターフットプリント」──モノやサービスを消費する過程で直接的・間接的に使用された水の総量──は約1万3000リットル(バスタブ130杯分)。それだけの水が、マイクロチップやガラス、プラスチック、金属など、あらゆる部品の製造に費やされる。

企業がカネで水を奪い合う現実

もちろん、これらの水は、あなたの自宅の蛇口から流れ出たのではない。インドや中国、トルコ、エジプト、バングラデシュ、メキシコ、ブラジルといった国々で使われた水だ。
世界でも深刻な水不足と貧困にあえぐ地域の川や帯水層の水──環境保護が社会の最優先課題ではなく、清潔な飲み水にアクセスできない人々がいて、貴重な水を企業がカネで奪い合う地域の水だ。
水の争奪戦によって河川から水がなくなり、年間を通じて長期間、干上がって、地域の生態系全体が乾ききってしまう。補充が間に合わないペースで地下水を吸い上げ、さらに深く井戸を掘らなければならず、かつては豊かだった貯水量が減少し、やがて空になる。
今日では世界で40億人が水不足を経験しており、生活が混乱して生態系が劣化している。農業や工業、家庭用水から、多くは処理されずに汚染物質が淡水に流入し、水質がひどく悪化している。
淡水の生物多様性は急激に衰退している。たとえば、魚類の約20%が絶滅したか、その危機に瀕している。世界経済フォーラムのグローバル・リスク報告書は毎年のように、水の危機を最も影響の大きい世界的リスクの1つに挙げている。

繊維業界の削減に向けた取り組み

持続可能な水の使い方を意識しない経済活動は、今や成り立たなくなった。
大企業も積極的に取り組んでいる。H&Mやイケアなど、北欧の主要な繊維製品ブランドは「スウェーデン・テキスタイル・ウォーター・イニシアチブ」を立ち上げ、供給業者のウォーターフットプリントの削減に努めている。
世界の衣料品会社上位10社のウォーターフットプリントの総計は、少なくとも年間2兆8000億リットル、オリンピック用競泳プール100万杯以上にのぼる。
したがって、衣料の生産方法を変えれば、水資源の保護に大きな効果が期待できる。
国連グローバル・コンパクトの「CEOウォーター・マンデート」(水のサステナビリティを実践する国際的な枠組み)には、多くの大手企業が署名。水資源の管理を進歩させるために協力し、持続可能な開発目標(SDGs)の実現に貢献することを約束している。

敬意をもって水を扱う必要性

私たちの多くが蛇口をひねれば清潔な水が出てくる贅沢を享受しているが、自分たちが捨てたゴミの行方や、店の棚にいつも商品が並んでいるといった贅沢は、他人の犠牲の上に成り立っている。
自分の暮らしのウォーターフットプリントを無視できない理由は、世界のどこかで水資源が消費されている証だからだ。私たちはグローバルシチズンとして、使われる場所に関係なく水を大切にし、ふさわしい敬意をもって水を扱わなければならない。
クローゼットの周りの水を拭き、びしょぬれのTシャツを着て、水浸しのスマホを拾い上げながら、自分に何ができるだろうと思うかもしれない。
その答えは簡単だ──もっと水の消費を減らし、もっと水を大切にすること、だ。
平均的なアメリカ人のウォーターフットプリントは1日7800リットル。ドイツ人は3900リットル、中国人は2900リットルだ。
次に新しい服を買う前に、スマホの最新モデルを予約する前に、食べきれないほど食品を買う前に、考えてみよう。その買い物によって、あなたのウォーターフットプリントはどのくらい増えるだろうか。

持続可能な消費を意識して選ぶ

より持続可能な消費を意識して選択する──今、始めなければ、針路変更は手遅れになるだろう。地球はすでに限界を超えている。
より多くの水を適切な場所で保護するために注意を払い、淡水と沿岸部の生態系の豊かな多様性を守らなければ、活力のある川や湖、三角州、入り江がもたらす経済的機会は失われる。
さらには、清潔な飲み水を十分に確保することも、食物を育てることも、私たちが日々享受している品物をつくることも、できなくなるだろう。
さまざまなイノベーションは、広く普及する前に、慎重に検討する必要がある。
最近の研究によると、仮想通貨業界が年間に消費するエネルギー量は、アイルランドの年間消費量とほぼ同じと見られる。
仮想通貨のマイニングに必要な電力のウォーターフットプリントは、推定で1日に淡水113億ガロン、年間4110億ガロン。毎年バスタブ15億杯分に相当する。

水資源は再生可能だが、無限ではない

私たちにできることは何か。
たとえば、水資源の問題と真剣に向き合っているブランドで買い物をする。あるいは、企業の持続可能性に関する報告書を確認し、水について公開されている資料を読み、水の管理に関する取り組みを調べて、バリューチェーン全体で持続可能な水の使い方をしている企業を探す。
それでも不十分なら、企業に努力を求めるのだ。
成功は「どれだけ多く持っているか」によって決まりがちだ。収入が多い人は、服も車も電化製品をより多く持っていて、より大きな家に住み、自宅の棚にものがあふれている。企業の成功は、売り上げの増加や事業の拡張計画、顧客の増加によって判断される。
これらはすべて、犠牲を伴う。水は再生可能な資源だが、無限の資源ではない。
私たちは分水地点に立たされている。消費者として、意思決定者として、社会問題に積極的に関与するグローバルシチズンとして、水がかけがえのない命の源として正当に評価され、大切にされるような選択をしよう。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Ruth Mathews & Kanika Thakar、翻訳:矢羽野薫、写真:vicnt/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.