【藤本あゆみ】オープンイノベーション、日本と世界の違いはどこか

2019/4/4
カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスのヘンリー・チェスブロウ客員教授によって「オープンイノベーション」の概念が発表されてから15年が経過。オープンイノベーションに対する取り組みは、とりわけここ数年で加速している。その背景には大企業が抱く、未来に対する強い危機感がある。

スタートアップの成長支援を目的として、世界各地でオープンイノベーションプラットフォームを運営するPlug and Playの日本法人の藤本あゆみ氏が、オープンイノベーションに関する世界の動向を解説する。第2回は、世界各地でオープンイノベーションが進むなか、日本は何をすべきかを提示する。

【藤本あゆみ】スタートアップの潮流は、シリコンバレーから世界へ

投資金額、企業数で見る立ち位置

前回は、オープンイノベーション先進国としてフランスの例を紹介した。インキュベーション施設「Station F」や、「Viva Technology」「La French Tech」といったカンファレンスでは、大手企業とスタートアップが協働して、新たなイノベーションを目指す取り組みが数多く実施されている。
もちろん、これらに参加している企業は「進んでいる」企業だ。私が勤めるPlug and Playや他のアクセラレーターに聞いても、国によってというより企業によって進み具合は千差万別だという。
世界中で大企業のCVC、アクセラレーションプログラム、そしてコワーキングスペースの運営など、イニシアチブは増えており、日本も決して後れを取っているわけではない。
ただし、Plug and Play JapanのManaging Partner、ヴィンセント・フィリップによると日本と世界の違いは大きく2つあるという。
まずは投資金額だ。ジャパンベンチャーリサーチの調査によると、2017年度の国内スタートアップ向けの投資は2717億円と、前年比で21.7%増加、企業数では1101社という結果が出ている。
しかし一方でアメリカを見ると、2018年の投資総額は約10兆円(99.5B USD、CB Insights 調べ)と相当な開きがある。
1社あたりの金額もさることながら、この金額の開きの理由の1つが社数だ。アメリカでは5536社に投資されており、対する日本では1101社。日本のスタートアップも増えているが、アメリカだけではなく諸外国と比べても少ない。転じて、じつは日本はもっとも資金調達のチャンスがあると言われている。
ちなみにフランスを見てみると、2017年のスタートアップの資金調達は約3300億円(前年比49%増)、企業数は743社だったという。企業の数では日本のほうが多いが、ここ最近のLa French Techの動きを見ていると、2018年は増加していると見て間違いないだろう。

仏独に続き、中国とインドネシアも

なぜここまでフランスが活発になっているのかというと、まずは「本気になった」ことが挙げられる。
La French Techとは、フランス政府がスタートアップエコシステムの存在を知らしめるために名づけたブランド名で、2015年から支援を活発化している。2017年に第25代フランス大統領に就任したエマニュエル・マクロンも、大統領就任前のデジタル担当大臣時代から、この取り組みに積極的に携わっていた。
積極的なのは政府だけでも、フランスだけでもない。
ドイツでは、メルセデス・ベンツの親会社であるダイムラーがシュツットガルト大学、ARENA2036、そしてPlug and Play と「スタートアップアウトバーン(STARTUP AUTOBAHN powered by Plug and Play)」というプログラムを実施している。
現在は、ダイムラーだけではなくポルシェや、日本からも村田製作所やAGCが参加している。先日終了したDemo Dayでは、BPやHyundaiなどの参画も発表された。
以前、あるスタートアップが「ダイムラーに会いたかったら、シリコンバレーに行け」とアドバイスを受けた話を聞いた。ドイツのスタートアップですら、シリコンバレーに行って初めてダイムラーと話せたというのは、同地がスタートアップの世界の中心であった象徴的な出来事ではないだろうか。
衝撃を受けたのは、スタートアップだけではない。ダイムラーの首脳陣がシリコンバレーに行き、スタートアップと面談をし、衝撃を受けたという。
シリコンバレーの研究所だけがアクセスするのではなく、本社の研究開発、生産、マーケティング、コーポレート機能もスタートアップと積極的にプロジェクトをやるべきだと確信したそうだ。
しかし、それも変わりつつある。大手企業が自国でスタートアップとのオープンイノベーションを実施する取り組みを増やしており、今や舞台はシリコンバレーだけではなく世界各地に広がっている。
Plug and Playを見てもそうだ。2006年に創業したPlug and Playはこの3年間ほどで世界11カ国26拠点にイノベーションプラットフォームを拡大している。世界でプログラムを実施しているのは、おそらくPlug and Playのみだろう。
前出のフィリップによると、世界中の動きを見ているとここ最近もっとも活発なのは、先に挙げたドイツとフランス、そして中国とインドネシアだという。
中国とインドネシアは政府も積極的に動いており、中国にいたっては8拠点を展開し、それぞれ現地の地方政府と取り組みを実施している。
シリコンバレーもかつてのような「世界唯一のスタートアップの中心」ではなくなったが、ハブの1つとして活発に動いており、そして外を向いている基本姿勢は変わらない。世界から多種多様なスタートアップが集まり、さまざまな国や拠点と連携して、各種の取り組みを実施している。

「アクションの大きさ」と「コミットメント」

では、日本はどうすればいいのだろうか。シリコンバレーから学び、まねをして、新しい流れを作ることは大事だ。しかし、ただまねするだけでは何も起こらない。
言語の壁はもちろん、いまだに国内のニーズも多くあり、諸外国と比べると外を向く必要性がそこまで感じられないということはあるだろう。
しかし思い出してほしい。かつて、ソニーやホンダもスタートアップだった時代には、ハングリーに外に向かっていっていた。「すべての企業はスタートアップだった」ということを少しだけ忘れてしまっているのではないだろうか。
シリコンバレーにあるPlug and Playの施設には、日本の大企業が多く入居している。現在は約60社と、諸外国と比べてもその数はかなり多い。すでにアクションは取っているといえる。
では、そこからさらなる変化を起こすためには何が必要なのか。シリコンバレーに勤務し、Plug and Play Japanを立ち上げ、欧州各国を巡ってきたフィリップによると、必要なのは「アクションの大きさ」と「コミットメント」だという。
たとえば、すでに日本企業の多くがシリコンバレーに駐在員を置き、現地のスタートアップとの取り組みを進めているが、ほとんどは1人、多くても数人だという。一方、たとえばダイムラーの場合は300人規模を送り込んでおり、そもそも最初の一歩が大きい。
同時に、トップの強力なコミットメントがある。昨年発表されたメルセデス・ベンツのA-ClassのMBUX(対話型インフォテインメント・システム)には、スタートアップの技術が詰まっており、オープンイノベーションの成果といえるだろう。トップのコミットメントがなければ、この規模での実現はない。
今までは何もなかった。だから「まずはスモールスタートで」でもよかったのかもしれない。ただしスモールスタートとは、まず最初に大きな構想があるからこそ必要となる手段であることを忘れてはいけない。
本気でイノベーションを起こしたい、新しい何かを市場や顧客に提供していきたいと考えているのなら、その一歩を変えるフェーズにきているのではないだろうか。
「とりあえずシリコンバレーへ」
「とりあえず意見交換を」
「とりあえずテストを」
「『とりあえず』と言うことで思考停止していないだろうか」というのが、フィリップがもっとも強調していた点だ。まずは今日「とりあえずビールを」と言うのをやめてみることから勧めたい。
(バナーデザイン:大橋智子、写真:undefined undefined/iStock)