【遠山正道✕横川正紀】強い「ブランド」の作り方

2019/3/28
日本、とりわけ地方には、まだまだ世界に知られていない魅力がある。「BrandLand JAPAN」は、そういった「日本の潜在力」とも呼べる商材やサービスで海外需要獲得を目指すプロジェクトだ。
スマイルズの遠山正道氏とWELCOMEの横川正紀氏は、「BrandLand JAPAN」のシニアプロデューサーとして、世界の市場へ挑戦する事業者たちに様々なアドバイスを行ってきた。複数の「ブランド」を育ててきたふたりが、ブランドづくりの「哲学」について語る。
※記事内の写真は、2018年度の「BrandLand JAPAN」参加14プロジェクト

「日本ブランドを海外に」の落とし穴

──おふたりは、「BrandLand JAPAN」のような「日本ブランドを海外に」という流れをどのように見ていますか。
横川 その考え方には非常に共感していますし、「BrandLand JAPAN」には、僕たちも知らなかった、地方発の魅力的なプロジェクトがたくさんあります。
遠山 日本の「いいもの=ブランド」を世界に届けるのは素敵なことですし、私もできる限りの応援をしたい。
 ただ一方で、「BrandLand JAPAN」に限らず、これからブランドを立ち上げていこうとする人たちを見ていると、「自信があるなら、まず日本で足場を固めたほうがいいのでは」と感じることがあるのも事実です。
横川 国内市場は縮小していくから、海外を見る必要があるのは間違いじゃない。でも、一足飛びで「海外で成功しよう」としているんじゃないか、と。
遠山 「憧れの人にアタックしたい」というような気持ちで海外にチャレンジするのもいいですが、日本でビジネスをするのと同じように、「絶対にこういうシーンを実現したい」という具体的な絵が想像できていないと、根拠のないギャンブルと同じになってしまう。
 ビジネスとして日本で成功してから海外展開しても遅くはないし、たとえば食品であれば、海外よりもまず、身近な人に食べてもらって、「最高!」って言われることを目指すべき。最終的に目指す市場が海外だとしても、その成功体験はきっと役に立ちますよ。
【味噌醸造元のインバウンドファクトリーツアー】高茂合名会社 / ヤマモ味噌醤油醸造元
江戸末期から続く蔵元であるヤマモ味噌醤油醸造元の工場と庭園、蔵を巡る、発酵体験ツアーを2016年よりインバウンド向けに展開。さらに、ガーデンカフェ、I.L.A.ギャラリーを設け、ツアーコンテンツを拡充して集客をはかる。
横川 もちろん、メーカーの人たちと僕たちとでは、そもそもの考え方やスタンスも違うんでしょうけどね。
遠山 たしかに。私は以前、『やりたいことをやるというビジネスモデル』という本を出しました。
 そこにも書いたんですが、私も横川さんも、「これをやらなければいけない」という使命感があるというよりは、いろいろな「いいもの」のなかから、自分が「やりたいこと」を見つけ出してきたタイプですよね。
 他方、特に創業者ではない中小企業の後継者は、自分達の商品や仕事にプライドを持っていて、意義も感じている。つまり、最初から事業として「やるべきこと」が決まっているんです。
【商店街を活性化する「日本の暮らし」体験プログラム】株式会社ツーリズムデザイナーズ
訪日外国人向け着地型観光ツアーの企画・販売ノウハウを活用し、名古屋下町の人柄と昭和の懐かしい雰囲気が残る円頓寺・円頓寺本町商店街で、地元民と触れ合いながら商店街の暮らしと遊びを体験するプログラムを開発。商店街の活性化を目指す。
横川 事業に意義や必然性を見いだせなくて、フワフワしたままの人だっているわけですから、それってすごく幸せなことですよね。
遠山 ただ、意義を感じているからこそ、力みすぎている人もいます。本人たちが気づかないうちに、一か八かの大勝負を仕掛けてしまっていることもある。
【日本の原風景を旅するサイクルツーリズム事業】株式会社ライダス
地方に残る「日本の原風景」を、スポーツサイクルによって提供するサイクリングツアー。専任ガイドやサポートカーが帯同するため、日本に不慣れな訪日外国人も安心・安全にサイクリングが楽しめるのが特徴。
横川 わかります。日本でブランド展開しようとしたときにはしないようなことを、海外進出では、なぜかやってしまう。
 たとえば、日本で新しい街に進出するなら、まずはその街に知り合いがいないか探すだろうし、知り合いを通じて、興味を持ってくれそうな人に会って、その街の事情を聞いてみたりしますよね。
ところが、海外進出だと「誰も知らない街」で「エイヤッ」と、はじめてしまう。
遠山 私は、事業はいつもすごく小さく始めます。瀬戸内の豊島でやっている「檸檬ホテル」も、1日に泊まれるのは1組だけ。どんな事業でも、海外でやるなら、国内以上に小さく始めますね。
【日本刀の聖地を巡る訪日客向けSAMURAI刀剣ツアー】株式会社Eighty days
かつて300名もの刀職人が集結し、現在も分業で行われる刀づくりの全工程に携わる職人が残る唯一の町・岐阜県関市。そこで、欧米を中心とした訪日外国人に、日本刀と侍文化が体験できる非日常的で文化的な「ニューラグジュアリートラベル」を提供する。

個人もブランドも「顔が見えること」が重要な時代

──では、魅力的な「ブランド」に育てるためには、何が重要なのでしょうか。
遠山 まず、これからはますます「個」の時代になるでしょう。従来の組織は解体されて、プロジェクトに応じて個人単位で集結しては解散する、という働き方が当たり前になります。
横川 映画を作るのと同じですね。監督も俳優もスタッフも、作ろうとする作品によって、その都度変わる。
【一歩進んだプラスチック食器ブランド“Plakira”】石川樹脂工業株式会社
車が踏んでも割れない新素材・トライタンを採用した“Plakira”は、新しいデザイナー食器ブランド。お子様にも安全な素材に加え、ガラスのような透明感があり、どんなシーンにも調和するデザインも特徴のひとつ。北米を中心に事業を展開する。
遠山 そうなったとき、人は3種類に分かれます。ひとつは仕掛ける人、2つ目は声がかかる人。3つ目はどちらでもない人。
 真似できない技術といった、何か特化したものを持っている人は声がかかりやすい。私は絵も描けないし、伝統工芸には縁がないし、経理もできない。声がかかるような技能がないから、仕掛ける側に回っています。なんなら、経営も副社長に任せていますし(笑)。
 いろいろな人に声をかけてチームを組み、ブランドを作っていくのですが、そのときのチームも、小さいほうが「顔立ち」がはっきりしていいと思っています。
【萬古焼の「best pot」をアメリカの食卓に】株式会社MOLATURA
高度な切削技術により、食材に熱を入れることに優れた土鍋「萬古焼」の蓋と本体の密閉度を極限まで高め、無水調理を可能にした。インフルエンサーマーケティングを活用し、best potをアメリカの食卓に広げていく。
横川 際立った個性を持つ個人が集まったはずなのに、ある程度大きな組織になったときに、それが見えづらくなってしまうことはよくありますからね。
遠山 組織が小さいと責任の所在も明確になるので、自分自身、いい意味でヒリヒリしながら仕事ができます。そして、小さければ小さいほど、リスクも少なくなるので、そのぶん思い切ったことができる。
 しかも、今はインターネットの時代です。個人のセンスが際立っていて、顔立ちがはっきりしたブランドなら、豊富な資本を持つ大きな組織以上に、海外に届けやすいのではないかと思いますね。
【ダイエット需要の高い北米のこんにゃく市場に進出】アイエー・フーズ
古くから受け継がれてきた伝統食品であり、地元群馬県の特産品であるこんにゃくは、低カロリー、無脂質、低糖質で食物繊維を多く含む、ヘルシー食材の代表。ダイエット需要の高い北米市場で、ヘルシーで美味しいこんにゃくの市場拡大を目指す。
横川 海外は日本以上に、個人に焦点を当てるし、個を認める。食品においても工芸においても、小さなユニットないし会社であっても、「ものすごく歴史がある」とか「こだわりがある」とか、人と違うことに挑戦しているということが伝われば、受け入れられるはずです。
 逆に、トヨタ自動車のような誰もが知るレベルであれば別ですが、「日本の企業がやっていますよ」というだけではフックにはならないでしょう。
遠山 私はよく、会社やブランドを擬人化して「スマイルズさん」とか「スープストックトーキョーさん」と呼んでいます。自分が「友達になりたい」と思えるようなブランドを作りたいからなのですが、これも顔立ちがはっきりしているからこそできることです。
 ラグジュアリーが流行っているときはラグジュアリーに飛びついて、ヒッピーが流行ればヒッピーに行くようなブランドでは、記憶にも残らない。やっぱり「それをやることが、その人にとって必然性がある」ほうが強いですよね。
【着火具を使わないお香“hibi 10MINUTES AROMA”】神戸マッチ株式会社
兵庫県の地場産業のひとつであるマッチ製造。「マッチで火を灯す行為」を文化として語り継ぐため、着火具を使わないお香 “hibi 10MINUTES AROMA”を開発。“hibi”が国内外でお香の代名詞となることを願い、全世界に“お香を擦って使う文化”を浸透させていく。

マーケティングですべての正解はわからない

──「顔立ちがはっきりしている=軸がある」ということが、世界にも広く受け入れられる「良いブランド」作りには重要なのですね。
横川 勘違いしてほしくないのは、「顔立ちがはっきりしている=変わらない」という意味ではなく、柔軟性もまた重要なのです。
 たとえば、「BrandLand JAPAN」には、土の代わりに不織布を使用した「砂苔シート」のプロジェクトがあります。
 そもそも苔を海外に持っていこうという発想自体が面白いのですが、インテリア的な需要を見込んでBtoCで広めようとしたところ、病院が買ってくれて、BtoBの展開も見えてきた。
 つまり、オリジナリティがあるからこそ、お客さんの反応を見ながら、ちょっとずつ発信の仕方をアレンジしていけるんです。
【アートにも緑化資源にもなる苔シートの世界展開】農業生産法人株式会社グリーンズグリーン
「砂苔シート」は、特殊な不織布を培土代わりにシート状に栽培した砂苔。シート状のため、ハサミで切り貼りが可能で、そのまま敷き詰めれば苔庭に、額縁などに入れ壁面に貼ることで室内緑化に、と用途は様々。砂苔シートおよび砂苔シートを使用した盆栽ブランド「非盆」を海外展開する。
遠山 苔シートの場合、自分たちの読みと、市場の反応にズレがあった。でも、自分で作りあげてきたものだから、「違った」と感じたときにも、方向修正しやすい。
 画家は「自分らしさ」を世の中に提示するのが仕事だから、絵を買ってくれる人にアンケートを取りません。とはいえ、描きながら「ちょっと違うな」と感じたら、表現したいものはそのままに、テイストを変えたりはする。
 もし人に描かされているのであれば、「そうじゃない」と言われたとき、どうしたらいいのかわからなくなるでしょう。マーケティングやコンサルに過度に依存しているブランドは、それと同じです。
【デザイン性の高い紙製バッグ&収納ボックスのブランド展開】株式会社岩嵜紙器
創業以来60年に渡り、ひとつひとつ手作業で貼り箱づくりを続けてきたメーカーが、防水性を備え、縫製にも耐えうる丈夫な紙をオリジナルで開発。それを使ったデザイン性の高い紙製バッグや収納ボックスを、欧米を中心に展開していく。
横川 僕自身の経験からも、マーケティングですべての正解はわかりません。既存のブランドで新店舗を出すときでさえ、違う街というだけで商品のウケが違うし、オペレーションも変わってくる。
 お客様の反応を生かそうという場合も、アンケートしか見ていない、現場と距離のある人が口を出しても、絶対うまくいかないですよ。顔色やリアクションも含めて、現場で、言葉だけではないface to faceのやり取りをしているからこそ、わかるものがありますからね。
 だからこそ、世に出す「第一弾=完成形」だと思わずに、余白を残して、小さくはじめることが大事なんだと思います。海外へ展開するというなら、なおさらです。
遠山 私も、これまで携わってきたブランドで、最初から完成形だったものはひとつもないですね。
【“突っ張り棒”から始まる新空間デザイン】平安伸銅工業株式会社
これまで裏方として使われていた「突っ張り棒」を、暮らしを豊かにする「一本の線」と捉え、新しいライフスタイルを実現する家具として再定義。突っ張り棒の機構でしか実現できない、軽やかで欧州の居住空間とマッチした魅力的な空間づくりを提案する。

ベースに据えるのは「個と個」のつながり

──最後に、「ブランドを作ってきた先輩」として、これから世界に挑戦する日本の起業家にアドバイスをお願いします。
遠山 「海外に行けばなんとかなる」という幻想と同じように、事業をどんどん大きくすることばかり考える人がいます。ですが、考えてみてください。
 100人出てくる舞台を大劇場で見るより、一人芝居を膝詰めで見たほうが贅沢かもしれない。アートなら、一点物は大いに喜ばれるけど、200枚印刷すれば、価値は200分の1以下になってしまう。小さいからこそ価値が生まれるという事例はいくらでも見つかります。
横川 大きくすること自体が悪ではないけれど、やろうとしていることに対する「程よいサイズ感」は確実にありますね。それを超えると、そのものが持つ個性や価値が失われることがある。
【独自の乳酸菌配合美白石鹸を世界へ】株式会社GEウェルネス
本来ヒトが持つチカラを引き出す、古来より存在するバイオのチカラと、最新テクノロジーの融合で生まれた、自社独自原料の乳酸菌入りコスメ。『日本(江戸)= EDO』と『バイオ= BIO』を組み合わせた『EDOBIO』としてリブランディングし、世界を目指す。※写真はリブランディング前のパッケージ
遠山 だから私は、最初に起業したときから、ひとつの事業をあまり大きくしようとは考えていませんでした。
 事業を大きくしようとすれば、ひとりではできないから、チームを組んで、コストも大きくなって、そのために販売計画も大きくなる。結果、失敗したら、大掛かりなぶん、大変な痛手をこうむる。
 拡大そのものに価値があると勘違いしないためには、ブランドの最初の段階から、「大切な1個を届ける」と考える癖をつけることなのだと思っています。
【アジアのミセスに広げる究極の「快適」婦人靴】株式会社モーラプロダクト
神戸・長田で産まれた靴づくりの技術を結集し、究極の「快適」をミセス・シニアに提供。国内の通販・百貨店向け製造を通じて得た、ミセス・シニア向けの靴製造の実績と経験を生かし、上質な日本製婦人靴をアジア、特にマレーシア、タイに届けていく。
横川 僕はよく「電子レンジよりオーブン」と話します。電子レンジはオーブンに比べて、短時間で一気に温められるけど、そのぶん、急激に冷めてしまう。
 でも世の中では「それだと、絶対に10年続かないよね」というやり方をよく見ます。それは「良いブランド」「強いブランド」ではない。
遠山 ゆっくりでもいいから、着実に成長できるラインをいくつか用意できれば、それで会社としては成り立つはずです。だからこそ、電子レンジよりオーブン。
【創業150年の和菓子屋「三寿園」の台湾展開】有限会社三寿園
地元産のお米と素材(プチヴェール)を使った「三寿園だんご」。台湾での実演販売イベントを皮切りに、現地ニーズを意識した商品開発を行い、台湾でのブランド確立を狙う。
横川 「トレンド商品を1個、世に送り出すぞ」というよりも、誰に使ってほしいかとか、誰に喜んでほしいかを考えて、着実にやっていくことが一番強いんですよ。
 だって、メーカーと消費者というつながりと、個と個のつながりでは、後者のほうが圧倒的に強いですから。
遠山 日本にはまだまだ埋もれている素晴らしい素材がたくさんあります。どんな価値を提供したいのか、なぜ自分がそれをやりたいのかという根本的な部分を外さなければ、きっと世界中にその価値を認めてくれる人が現れる。
 世間に流されることなく、ブランドづくりと向き合う人や会社が増えてくれればいいですね。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:小島マサヒロ デザイン:九喜洋介)