大手企業に翻弄されてきた農家

2月のある土曜日の朝、テネシー州メンフィス郊外のエクスポセンターで、数十人の農家がスクランブルエッグとポテトフライを食べながら、チャールズ・バロン(35)の話に耳を傾けていた。
「皆さん方が家族経営でやっている農業は、どっちを向いてもこれらの巨大アグリビジネスに囲まれている」と、バロンはスクリーンを指して言った。パワーポイントのスライドには、いくつもの大手農薬・種子メーカーのロゴが映し出されている。
「この業界でパワーを持つのは、農家である皆さん方であるべきだ。骨の折れる農作業をすべて担い、あらゆるリスクを引き受けているのに、皆さん方の収入が最底レベルなのはおかしい」。野球帽をかぶった多くの頭がうなずく。
バロンが農業ビジネス「ファーマーズ・ビジネス・ネットワーク(FBN)」を仲間と立ち上げたのは5年前のことだ。
雑草や害虫に強い遺伝子組み換え(GM)種子は特許保護されているため、トウモロコシや大豆の農家に大きな費用負担を強いてきた。しかもアグリ企業は寡占に近い地位を築いており、農家との力関係では圧倒的に強い立場にある。
米国の農家が昨年、種子の購入に費やした金額は220億ドル。2010年よりも35%も増えた。農地が広くなったからではない。種子は地元の代理店か小売店を通じて販売されるため、価格は通常公表されない。
それでも農家は競争力を維持するために、1990年代半ば以降、こうした種子をモンサントやダウデュポンから購入するしかなかった。FBNによると、現在この2社で米国内のトウモロコシと大豆の種子販売の72%を占める。
独立系のメーカーさえ、競合製品を製造販売するためには、特許GM種子の実施許諾を受けなくてはいけない。「GM種子の形質の権利者がルールを決められる」と、バロンは言う。

種苗業者と直接組み、種子を開発

そこでバロンは、品種改良や最新の農耕技術を活用して、ブランド種子と競争できる(とFBNが考える)非GM種子を提供することにした。
価格を抑えるため、FBNは仲介業者を排して、種苗業者と直接組んで種子を開発している。現在、FBNの非GMトウモロコシ種子は、F2Fジェネティクス・ネットワーク(F2F Genetics Network)という名前で販売されている。価格は1袋115ドル。GM種子の平均価格は1袋270ドルだ。
ただしFBNはGM製品に反対しているわけではない。今後、バイエルとダウデュポンの特許は相次ぎ満了になる予定のため、こうした特許切れになったGM形質をFBN製品に取り入れるつもりだ。
これについてバイエルは「新規参入者が農業技術に投資し、農家により多くの手段をもたらすことは喜ばしいと思う」と、コメントした。
FBNはこれまでに、シンガポール政府系投資会社のテマセクやクライナー・パーキンス、さらにはGV(元グーグルベンチャーズ)などから計2億ドル近くの資金を集めてきた。
創業当初のFBNのビジネスモデルは、会員が自分の農場データを提供することで、ネットワーク全体にアクセスして他の農家の情報や統計データを得られるというものだった。現在、会員数は全米約8000農家となっており、その農地の合計はペンシルベニア州ほどの大きさになる。
FBNの豊富なデータは、種子業界に一定の透明性をもたらしてきた。
農家は今、同じ種子製品を使っていても、そのために支払っている価格は、農場の規模、場所、そして農家の値切り技術など多くの要因によって、最大で2倍も異なることを知った。また、ある種苗の生育状況がいいかどうかといった情報を、本物の農家から集めることもできる。

技術進歩の利点を農業経営に活用

バロンは、グーグルのプログラムマネジャーだったとき、有名ベンチャーキャピタル「クライナー・パーキンス」のパートナーだったアモル・デスファンデと出会った。
そして、あるデータシェアリングプロジェクトで複数の農家と話した後に、FBNのアイデアを思いついたという。
農家は、技術進歩のあらゆる利点を活用する必要がある。米国の農家の生産性は向上しているのに、世界的なコモディティーの供給過剰のために、収入はこの5年で46%も減った。
FBNの会員たちは、FBNの価格データのおかげで新しい交渉力を得たと言う。一方、バンク・オブ・アメリカの昨年の調査によると、米国の種子小売業者の半分が、FBNは自分たちのビジネスを傷つけると考えていた。
もちろん、バイエルとダウデュポンの種子の価格が高いのは、それらの種子のパフォーマンス(雑草や虫がつきにくいなど)がいいからだ。
メンフィスでバロンの話を熱心に聞いていた多くの農家も、今年「F2Fジェネティクス・ネットワーク」を使ってみて、いい結果が得られたら、この無名の種子に切り替えることを真剣に考えると言った。
なかには、すぐにもF2Fに切り替えるという農家もいる。アーカンソー州に12平方キロの家族農場を持つトレント・ダブズは、この春のトウモロコシの種まきではF2Fを使っている。種子の仕入額を半分以下に減らせる一方で、収穫は「非GM作物」としてプレミアム価格で売れるからだ。
「種子の価格が事前にわかるから、どのくらい節約できるかわかる」と、ダブスは言う。「私にとってそれは重要なことだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Elizabeth G. Dunn記者、翻訳:藤原朝子、写真:©2019 Bloomberg L.P)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.