【山田遊】ストーリーテリングこそが伝統産業が生き残るカギになる

2019/3/15
高齢化、事業承継問題、そして大量生産品の台頭……。日本の伝統産業の衰退が叫ばれて久しいが、その問題に対する根本的な解決策は今のところ見つかっていない。
そもそも、「伝統」にはどのような意味があるのか。伝統産業を継続させるためには何が必要か。

バイヤーという域を超え、商品開発やマーケティング面からも伝統に向き合う山田遊氏と、タケオキクチでデザイナーとしてウールなどの天然素材を使い、日本の“美”をスーツ作りに昇華させる藤原照佳氏が、その課題について語り合う。

合理性ばかり突き詰めるとつまらない社会になる

──山田さんは、国立新美術館内のミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキョー」や、新潟で行われた「燕三条 工場の祭典」の全体監修など、日本の伝統技術や工芸品を扱う仕事をされています。「伝統」を意識されたきっかけについて教えてください。
山田 転機となったのは、2007年にオープンした「スーベニアフロムトーキョー」の仕事です。それまでは海外製品が注目され、「日本初上陸」や「日本1号店」が話題になることが多かったんです。
 僕はあまのじゃくなバイヤーなので、スーベニアフロムトーキョーの監修をする際、「海外からきたものばかり注目されるけど、日本にもいいものあるじゃん。例えば、タケ先生(注:菊池武夫氏)だってすごいし、その下の世代も、面白いものを作っている人はたくさんいるよ」という思いでいました。日本の伝統産業と関わるようになったのは、そこからですね。
 実際、同年に開業した東京ミッドタウンも「ジャパンバリュー」を押し出していますし、このころから、小売業界全体も「日本のものを再発見・再評価する」という流れに変わっていったと感じています。
藤原 日本製品の代表例としてタケオキクチの名前を挙げていただけるのは光栄ですね。菊池武夫がブランドを立ち上げて、今年で35年。私たちも、常に日本を代表するファッションブランドでありたいと思っています。
 タケオキクチがここまで成長できたのは、新しいものをつくっていこう、自分たちが楽しもう、という菊池武夫のコンセプトがあってこそ。菊池武夫のパーソナルな部分が、ブランドや時代の空気感をつくってきたように感じています。
──そんなお二人は、今の伝統産業をどのように見ていますか。
山田 ちょっと言いにくいのですが、本当に危機的。衰退、廃業のスピードがとても速いです。
藤原 私も毛織物の産地を回っていると、その危機的な状況をひしひしと感じます。稼働している織機の数が減ったり、職人の高齢化が進んでいたり、現場は目に見えて衰退しているんです。こうした傾向は繊維産業だけですか。
山田 伝統産業全体にも当てはまります。時代が違うから比べてもあまり意味はありませんが、売り上げでいうと、最盛期の3分の1とか4分の1程度に縮小している。
 いくら日本の職人が丁寧につくっているといっても、コスト面での壁は厚い。特に今は価格への意識が高い時代です。海外の工場で大量生産されたものには価格ではかないません。
 ですが、時代に合っていないからといってメーカーや工場が潰れて産地が消えると、多様性がなくなってしまう。服にしても家具や雑貨にしても、多様性のない社会ほどつまらないものはないですよ。

もののストーリーを知れば見方が変わる

──危機的状況にあるという日本の伝統産業ですが、お二人はどのような部分を評価していますか。
山田 海外で評価されているのは、緻密さ、細やかさですね。
藤原 私自身の経験から見ても、細やかで丁寧であることが伝統産業の魅力です。そして、やはり日本の工場は管理が行き届いています。
 だから私たちも自信を持って販売できるし、お客さんにも安心して着てもらえる。そういう信頼感があるんです。
山田 その信頼感を失わないためにも、産地(工場)とブランドが互いに共存し、共生していこうという意識が重要ですよね。
 たとえば、ファッション産業であれば、機屋(はたや)さんがいなければ服がつくれないわけで、「自分たちのブランド力で機屋を何軒守れるか」という意識が必要です。
 逆に機屋側は発注がなければ未来がないのだから、ブランドに値するクオリティを保つ努力は常に求められます。
山田さんが着用しているのは「“KOMOKU” GLENCHECK SUIT」。伝統的なグレンチェックをモチーフに、メランジ感のある単子の杢(もく)糸を使い、絣(かすり)を表現。江戸末期から明治にかけて、晴れ着として絣を着ていた日本の伝統文化に着想を得ている。モヘアを混合したウール平織り素材は通気性に優れるほか、独特のシャリ感がある。
藤原 いま山田さんに着けてもらっているブートニエールは博多水引によるものです。
 今回着用していただいた、日本製の企画「Product Notes Japan」も、水引と同様に「結ぶ」ことがコンセプトになっています。
 私たちブランドとメーカー、ショップとお客様、過去と未来……というように、いろんなものの「つながり」をイメージしているんです。言ってみれば「共生」のシンボルです。
山田 そういうストーリーを根気よく伝えていくことが重要かもしれませんね。
 先ほど緻密さ、細やかさという話がありましたが、それに加えて伝統産業品はつくり手の思い入れが強いものが多い。そして、そのストーリー自体に価値を感じる消費者もまた多いんですよ。
藤原 ストーリーは、たしかに大きな価値ですね。
山田 これまでに多くの店や売り場を手がけて感じたのは、「これはいいものですよ」と言っているだけでは伝わらないということ。値段を見て「高いな」と思われれば、そこでおしまいです(笑)。
 でも、たとえば「燕三条 工場の祭典」で、やって良かったと思ったことがあるんです。それが、実際にお客様に工場へ足を運んでもらい、どのようにつくっているか、どれだけの手数がかかるかを工場の職人から伝えてもらったこと。
 製品ができるまでのプロセスを理解したお客様は、決して「高い」なんて言わない。むしろ「安いね」と言ってくれる。
 そういう思い入れの積み重ねというか、ものができるまでのストーリーを伝えていくことが、伝統の価値を知ってもらうことにつながるんじゃないでしょうか。

「かっこいい」と言われたいわけじゃない

──ストーリーという面では、日本のスーツはいかがですか。
藤原 スーツは英国生まれのものですから、昔はイギリスやイタリアのものがいいという風潮がありました。ですが、現在タケオキクチで展開している、PNJに携わってから、その考えが変わりました。
 日本人に生まれて、タケオキクチという日本のブランドで、日本製の衣服をつくることの意味を考えると、ほかでは買えないもの、私たちにしかつくれないものという意識が強くなりました。
 スーツ=感覚的な部分に訴えかけるものという部分で、山田さんの言う「ストーリー」の重要性を感じましたね。
山田 自分も商品開発の際に日本の伝統柄を取り入れることがあります。伝統柄には現在まで受け継がれるだけのストーリーがあって、それを知るだけでも意識が変わるんです。
 それに、「どこのスーツ?」と聞かれたときに、海外のものだったら「良いスーツだね」で終わってしまう会話が、ストーリーのあるものだと語りたくなるし、付加価値という点でもありがたみを感じますよね。
藤原 PNJのコンセプトの「紡(つむぎ)」には、糸と糸を紡いだノット糸と呼ばれるものがあるんですが、それを先ほどの「結ぶ」と掛けて、ストライプの一部に使うなど、細かい部分で現代的なアレンジを施しています。
 私自身も語りたくなっていますね(笑)。
山田 みんなただ単に「かっこいいね」と言われたくて服を着ているわけじゃなく、何かしら理由があるはず。
 そういうストーリーが知られないまま「なんとなくいいな」と埋もれていってしまうことが残念です。ブランドも、つくり手も、もっと積極的に発信していくべきですね。

スーツは「着せられている」ものから「着る」ものへ

──今回はそのPNJのスーツを着用していただきました。
山田 普段はあまりスーツを着ませんが、あらためて着てみると背筋が伸びるというか、しっかりした気分になりますね。
藤原 そう言っていただけるとうれしいです。サイジングは大前提ですが、着心地、肌触りの部分も大事です。
 私たちつくる側も信頼の置ける素材で、お客様にも快適に長く着ていただきたい。そのためには、トータルで考えると、原料はやっぱり天然素材のウールがメインになるんですよ。
 しなやかで着心地がよく、ドレープ感も美しいですし、なおかつ吸放湿をはじめ防臭・防汚など機能性にも優れています。
山田 納得です。動物が着ているんだから、機能的じゃないわけがないと思ったんですよ(笑)。天然繊維で、機能性にも優れているウールの特長は、もっと語られていいと思います。
画像提供:ザ・ウールマーク・カンパニー
藤原 今は「仕事着=スーツ」という従来の考え方から、どんどんカジュアル化が進んでいます。そんな時代にスーツを選択していただくためには、やはりストーリーというか「再定義」が必要でしょうね。
山田 そもそもスーツには、好きで着るというよりも「着せられる」印象が強い。自分自身、昔は毎日通勤で着なくてはいけない職業が嫌でした。ただ、先ほどの背筋が伸びる感覚は、決して悪くないと思う。
 ロンドンに住んでいたこともあって、個人的にはトラッドのスタイルも好きなので、今後どこかでガラッと服装を変えたい気持ちもあります。あまのじゃくなので、世の中がカジュアル化するならその反対に行ってみよう、と。
藤原 あまのじゃくですね(笑)。私は「纏(まと)う」という言葉がしっくりくるんですけど、スーツを着ると、オーラを纏うような、ちょっと違うスイッチの入り方をするのが気に入っています。
画像提供:ザ・ウールマーク・カンパニー
山田 わかります。私も重要なプレゼンの日にはスーツを着るんですけど、これはいわば戦闘態勢に気持ちが切り替わるということじゃないですか。
 それを実感していないカジュアル化が進んだ世代、業界のビジネスパーソンにも、「スーツはメンタルに効く」ことが広がるといいですよね。
 たとえば、やる気が出ない月曜はスーツでパリッとして、これで一週間乗り切る、といったような。スーツの認識、概念が、日常の「仕事着」から違うステージへ移行すると、価値も変わるはずです。
 毎週着て、自分のパフォーマンスを上げてくれるものなら、化繊の安いスーツじゃなく、ウールの上質なものという選び方になるでしょう。
藤原 カジュアルダウンした服装が認知されるのは悪いことではないし、否定することもありません。要は、お客様のニーズにどう寄り添っていくのか。
 「パフォーマンスを上げるためにスーツを着てみよう」という気持ちを持っていただけるように、まずはスーツの魅力を伝えることですね。
山田遊さん着用:スーツ/8万9000円、シャツ/1万8000円、ネクタイ/1万円(すべて、タケオキクチ)※価格は税別
山田 スーツを着る楽しさ、着る意味がもっと知られるといいですね。世の中全体がカジュアルダウンすれば、スーツでピシッと決めるかっこよさが必ず注目されます。
 そのときに、あまり知られていないけどすごく機能的で、天然繊維でもある伝統的なウールのスーツは、いい切り口になると思いますよ。
藤原 そうですね。実は、伝統的なスーツ作りの“レシピ”みたいなものは、ウール素材を使うことが前提になっています。
 デザイナーに長きにわたって使われ続けてきた信頼感があるので、お客様にも長く愛されるだろうという自負も生まれる。ウールは王道であり基本なので、デザイナーは何を掛け合わせていくかを考えるだけなんです。
 そういった意味で、PNJは日本の伝統とうまく融合した上で、スーツに新しい意味を加えることができたと言えますね。
(執筆:水谷浩明<d・e・w> 編集:海達亮弥 撮影:堀越照雄<TRON> ヘアメイク:扇本尚幸 デザイン:田中貴美恵)
小泉孝太郎さんが着用するTAKEO KIKUCHIの 「Product Notes Japan」。ただ今、オフィャルWEBサイトにて公開中!