「脳」との親和性が高いのは、文章や写真ではなく「動画」だ

2019/2/27
急速な成長を続ける動画広告市場。2020年に5Gが実装されると、マーケティングやブランディングなどへの動画活用は確実に避けられなくなる。しかし、「動画制作は高価である」という固定観念を払拭できない企業にとって、動画活用に心理的ハードルがあることは確かだ。

そこで、脳科学をビジネス活用する研究を専門に行い、効果的な動画を選択する「仮想脳」を構築しているNTTデータ経営研究所の茨木拓也氏と、無料で企業のニュースリリース動画を制作し、即日配信するサービス「ビデオリリース」を提供しているNewsTVの代表・杉浦健太氏に、企業が動画を活用すべき理由について伺った。

人生はテキストや写真ではなく「動画」

──5Gの実装によって、動画は一気に広がると思います。テキストや静止画と動画では、脳科学的にどういった違いがあるのでしょうか。
茨木 そもそも我々の人生は動画、つまり連続的な感覚体験で構築されています。日常生活をテキストや静止画のみで認知している人はいませんよね。
 エンターテインメントや広告の世界で動画が一大市場を築いているのは、動画が人間の脳にとって最も「リアル」な情報伝達のメディアであるからだと考えています。
杉浦 まったく同意です。商品をテキストで表現しようとしても、なかなか伝わらないですから。
 人材採用領域にしても、テキストで書かれた社員インタビューを読むよりも、動画で見た方が雰囲気も分かるし圧倒的に理解が早い。そのうち、新卒向けの会社説明会もすべて動画に置き換わるのではないかと思います。
 そうすれば、スター社員が時間を割いて説明会に参加する手間も必要なくなり、大幅なコストカットになる。10分程度の動画を一度撮影すれば良いですからね。
 採用以外も、食や旅など、現在テキストと画像でコミュニケーションされているコンテンツの一定数は動画に替わっていくと思います。

脳の情報処理をビジネスに活用

──茨木さんは脳科学を動画広告やマーケティングなどビジネスに活用するための研究をされていると伺いました。具体的に教えてください。
茨木 人間は脳にある約150億個のニューロン(神経細胞)を使って、光や音を感じたり、歩いたり立ち止まるなどの知覚・行動を実現しています。
 もちろん「あの人が好き」や「昔の記憶」も脳の処理です。私は脳の複雑な情報処理を少しでも理解することが、ビジネスの支援につながるのではないかと思っています。
杉浦 脳活動の理解がビジネスに生きる。
茨木 そうです。広告を見て「今まで知らなかったものを知る」、何かをきっかけにして「好きじゃなかった人を好きになる」というのも、物理的に脳の情報処理が変わった結果です。
 犬にエサをあげるとき、ベルを鳴らして与える行動を繰り返していると、犬はベルを鳴らすだけでよだれを垂らすようになる、「パブロフの犬」という現象がありますよね。
 音とよだれの神経同士はもともと全く関係がないのですが、同時に活動し続けているとニューロン同士のつながりが強くなり、その結果、ベルの音に反応するニューロンが活動するだけでよだれを出すニューロンも活動するようになる。これが「学習」の基本的な姿です。
 広告やテレビCMでも、ある商品に対して脳が好きだと感じる色や音、有名人などが組み合わさることで、何とも思っていなかった商品に対する価値を脳が学習し、好きになっていく。
 それが、私たちの社会が「マーケティング」や「ブランディング」と呼んでいるものを、脳の情報処理から見た姿です。

マーケティングにはエビデンスがない

──脳科学をビジネス活用することで、どんな価値が生まれるのでしょうか。
茨木 広告やマーケティングはサイエンスと遠い分野にありました。100年前から広告効果の定量化は問題視されていましたが、今でも「広告・クリエイティブ戦略を変えたいけどどうしていいか分からない」というのはよく耳にする話です。
 アメリカの研究者がマーケティングの教科書に書かれている566もの理論(たとえば、「ブランドの差別化が大事だ」「売り上げの80%は20%のロイヤルティカスタマーが支える」)を詳細に調べると、きちんと証拠があって、かつ有用で当たり前でないものは一つもないという研究を発表しています。
杉浦 どの施策や、クリエイティブに効果があって、何が無駄なのか分からないまま理論だけが発達してきたということですね。
茨木 そうです。ただ、さらに時代は混迷を深めていて、昔は動画といえばテレビCMだけだったのが、今は誰でも動画コンテンツを作れる時代。個人が動画でモノを売るのも珍しくありません。
 たとえば、世代間で広告の種類による広告効果の違いがあるかを計測した、ある実験結果がいい例です。
 この実験は、18~24歳と35~44歳の2つの世代に3種類のメイク動画を見せて効果を測るというもの。
 1つが有名なメイクアップアーティストやモデルを起用した従来型の30秒のテレビCM、2つ目は美容系ブロガーがメイク法を紹介する3分の動画、3つ目は一般の人がメイク法を伝える1分の動画です。
 結果、35〜44歳のグループは1つ目の動画で広告想起率が高かったのですが、18〜24歳のグループは3つ目の動画で広告想起率もクリック率も高いという結果が出たんですね。
杉浦 広告費用をかけて作る動画よりも、素人が作る動画で効果が出たということは、企業は素人がSNS等で発信する動画と勝負しないといけない。
茨木 そうですね。時代によって人のアクションを誘発する刺激は変わるとはいえ、「五感を通して製品やサービスの価値を伝える」というビジネスプロセス自体は今後もしばらく変わらないでしょう。
 ならば、実験で仮説を検証し、絶対に効果的な動画を見いだしていけばいい。そこで私たちは何万パターンもの仮説を短時間で大量に実験できる「仮想脳」を開発しました。

無限のABテストができる「仮想脳」

──仮想脳。どういった仕組みなのでしょうか。
茨木 よく、テレビCM などを作る際に「AISAS(アイサス)」の法則が参考にされます。消費者の購買プロセスは、Atention(注意)、Interest(関心)、Search(検索)、Action(行動)、Share(情報共有)であると。
 このプロセスは間違いではありませんが、正しいという根拠もありません。人の脳はもっとシンプルで、動画が目の網膜と耳の鼓膜から入力され、脳で処理された結果、最終的に何かしらの行動につながっています。
 その情報処理の一連を観察・モデル化した仮想脳を作れば、視聴者の情報処理の流れをシミュレーションできるのではないかと考えました。
 仮想脳は、ある商品ターゲットとなる人たちは、「どんな動画」が「どのように脳に表現されるのか」、それが「どんな行動」につながるのかというデータを結びつけることで、視聴から行動までを仮想化しています。
 これは仮想の「視聴者」であり、何時間でも何日でも動画を見てどのような行動をするかを教えてくれる。つまり、仮想脳を使えば、無限のABテストができ、膨大な候補から最適な動画を選択できるというわけです。
 実際、健康食品大手のキューサイさんとの取り組みで、過去7年間に放送した通販番組の映像と視聴者からの電話件数の関係性を機械学習させた仮想脳を作りました。
 それに対して、さまざまな番組素材を組み合わせた数千パターンの仮番組を見せて、仮想脳が最も電話を鳴らした素材を放送したところ、同時期に放送した従来の番組と比べて約30%も電話件数が増加して売り上げが上がったのです。

1秒ごとの離脱データをクリエイティブに生かす

──仮想脳を使って、行動変容を起こす動画を効率的に選ぶ。その点では、NewsTVも視聴データと配信結果の膨大なログを分析して、行動変容を起こす動画を配信されていると聞きました。
杉浦 はい、NewsTVではビデオリリースという動画を配信しています。これは、記者発表会や新商品リリースなどの動画を「無料」で撮影・制作して、アドネットワークや各種SNSに即日配信するサービス。
 従来、こうした企業の新しいサービスや商品は、メディアに取り上げてもらって初めて世に広まっていたのですが、ビデオリリースなら企業自らが直接ターゲットに情報を届けられます。
 実際、コナカさんがオーダーメイドスーツの新サービスを動画配信したところ効果は絶大で、男性ファッション誌などに広告を出稿せずに、数カ月先まで予約で埋まるという状況を作り出しました。
茨木 今話を聞いて気づいたのですが、私も自社の研究成果を発表する記者発表資料は、何も考えずに紙で作っていました。それを記者さんに渡しても、小難しいからなかなか理解してもらえないのに。なぜ紙でつくっていたんだろう(笑)。
杉浦 情報を流通させる方法はテキストと静止画である、という固定観念だと思います。
茨木 慣習とは恐ろしいですね。人は「動画」の世界で生きているのだから、どう考えても記者発表やニュースリリースは動画の親和性が高いのに。行動変容を起こすための実験などはされているんですか?
杉浦 視聴者の離脱ポイントを1秒ごとに計測しています。どのタイミング、どのカットで視聴をやめたのか。これまで累計1500本の動画を配信しているのですが、これらをすべて検証し、フォーマット化することでクリエイティブに生かしています。
 それから、行動変容を知るために動画にタグを入れていて、途中で離脱した人と全部見た人にアンケートも取っています。
茨木 こうした視聴者の行動ログをきちんと取っているのは素晴らしいです。仮想化がはかどりますね。
杉浦 仮想脳を作りたいです(笑)。ビデオリリース視聴後の行動変容としては、そのまま直接商品を購入するよりも、検索数が増加したり、ビデオリリース視聴者/非視聴者の比較だとCVRが向上したりすることがわかっています。
 動画はラストクリックではなく、最初のきっかけになっているんですね。
 YouTubeなどで流れるいわゆる広告っぽい動画広告は興味と好感を上げますが、ビデオリリースは飲む・買うなどの行動につながりやすいという調査を得られた事例もあります。
 いずれにしても、視聴時間が長ければ長いほど行動変容する相関がデータから分かっているので、最後まで視聴してもらうためのABテストを繰り返しています。

動画を作るかどうかの議論はしなくなる

──あらためて、5Gの到来によってどのような社会になると思いますか?
茨木 昔はインターネットの速度が遅かったから、「情報はテキストで伝える」という文化が人間には根付きました。技術の制限が人の情報表現に制約を与え、技術の進化で一気に革新するのは、人類の文化史そのものだと思います。
 5Gの実装によって動画コミュニケーションが根付く社会になりそうですね。
杉浦 そう思います。インターネット黎明(れいめい)期の20年前は「Webサイトを作るかどうか」の議論をしていて、10年前は「スマホサイトを作るかどうか」の議論をしていたのと同じように、今後は「動画を作るかどうか」の議論もなくなると思います。
茨木 動画コミュニケーションの効果を科学的に検証し、最適化する能力を持つことは、今後とてつもない企業競争力になると思います。
 人の脳は日々さまざまな情報を処理して学習し、好みもどんどん変わっていくので、「こうすれば効果が出る」といったゴールデンルールは存在しないでしょう。一昔前にはやった動画を今同じように出しても、はやらないですよね。
 だから、NewsTVさんのように自分たちで作った動画がどのように人の行動に結びつくのかをひたむきに記録し続け、科学的なアプローチでその改善を試みていくことが当たり前になればいいなと、一視聴者としても思っています。
杉浦 ぜひ「ビデオリリース」×「脳科学」で、科学的アプローチをご一緒したいです。
(取材・文:田村朋美、写真:岡村大輔、デザイン:九喜洋介)