マネーフォワードが目指す「お金について考えなくていい」世界

2019/2/25
テクノロジーの力でお金への不安を減らし、有意義な時間を増やすサポートをしてきたマネーフォワードは、現在、個人向けサービス領域『Money Forward Home』の再定義を行うプロジェクトを進行中だ。株式会社THE GUILD 深津貴之氏をアドバイザーに迎え、世界観、コンセプトをともに設計。ゆくゆくは新しいアプリやサービス開発も視野に入れている。「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というミッションのもと、マネーフォワードがサービスをどのように進化させていくのか。辻庸介社長と深津貴之氏が意見を交わした。

既存のサービスはまだ見ぬ未来を作るための“パーツ”

──今回、個人向けサービスの再定義プロジェクトを始めた理由を教えてください。
 私たちのサービス第1号『マネーフォワード ME』(2012年12月リリース)は、個人向けに家計を「見える化」するサービスで、簡単に現状把握することを可能にしました。
 これは、「お金の課題をテクノロジーで解決する」というビジョンを掲げる私たちにとってのスタート地点です。
 それ以降、くらしの経済メディア『MONEY PLUS』、金融商品や金融サービスの比較・申し込みができるプラットフォーム『Money Forward Mall』、気軽に楽しくお金が貯められる貯金アプリ『しらたま』、おトクが飛び出すクーポンアプリ『tock pop』など、多くのサービスをリリースしてきました。
深津 これらのサービスは、マネーフォワードの究極的な目標、「お金のことをあまり考えなくてもいい世界」を実現させるための、いわば「パーツ」ですよね。
 そうなんです。パーツが揃っても、全体像がわかる「設計図」がなければ完成には漕ぎ着けられない。そこで、既存のサービスを成長させるだけではダメだと判断し、もっと根本から考え直すことにしました。
 ところが、ちょっと考えてみても、まったくゴールがわからなかった(苦笑)。「これは手に負えないぞ」と感じて、深津さんに助けを求めたんです。
深津 最初に話し合ったのは、「2025年や2030年に、人とお金の関係はどうなっているべきか」や「それを実現させるために、マネーフォワードが何をすればいいのか」ということでしたね。
 『マネーフォワード ME』をはじめ、課題を解決するためのツールはいろいろと用意できている。でも、実際の人の行動とお金の動きを観察していると、行動が伴わず、「わかっているけど貯金・投資ができない」と脱落する人も多い。
 その解決のためには、デザインが必要です。デザインといっても、アプリのボタンの色や配置といったレイヤーではなく、人間の行動やライフスタイルそのものをどうデザインするか、ということです。

目指すのは人の感情を揺さぶり、行動させるプロダクト

 「お金のことに困ったらポケットからスマホを取り出して、『新マネーフォワード』を起動すれば大体解決する」
 これは、深津さんと話すなかで出てきた、マネーフォワードが目指す新しいかたちです。
 お金の何が問題かって、とにかく難しいんですよ(笑)。支出を削減するには? 収入を上げるには? 投資を始めるには? わからないことだらけですよね。だから、そのアプリを開けば「今日あなたがすることはこれだけ」と提示してくれたらいいよね、と。
深津 向かうべき未来とあわせて、逆側の方向である「こんなマネーフォワードはいやだ」という話もしました。たとえば「投資に悩んだときに2万6800もの投資商品を紹介してくるマネーフォワード」とか(笑)。
 新しいサービスを作るとき、目先の数字だけを追うと、知らず知らずのうちにユーザーの利益を考えない「邪悪なサービス」になってしまうことがあります。
 ダークサイドに堕ちないためにも、目指すべきもの、目指してはいけないものをコンセプトとして定めて、「この方向でいいんだっけ」といつでも確認できるようにすることが大事だと思っています。
 少し意外だったのが、「そうは言っても、ビジネスにならないとダメですよね」と、デザイナーである深津さんが言ったことです。
深津 僕はこれまでさまざまなサービスをデザイン面でお手伝いしてきました。
 いろいろな事例を見ていると、優良なサービスを目指すあまり、ボランティアのようになって、「いいものを作りすぎて死ぬ」ことがあるんですよ。利益が出ず、資金がショートして、結果、撤退することになれば、誰も喜びません。
 利益を上げることはゴールではないけど、永続的にサービスを続けるためにはお金が必要です。お金は事業にとってガソリンのようなもの。死なないために最低限、お金を儲けられる構造を設計に盛り込まないと、ということは常に考えています。
──「頭ではわかっていても、行動が伴わずに失敗する人が多い」ということですが、それを克服するようなサービスを作るのは、なかなかの大仕事かと思います。
 見える化の次の段階、「できる化」を手助けするために、どのような仕組みを作るか、ですね。
深津 「お金を貯められない」に対する答えは、過去の試みからすでに出ています。それは、給料をもらった瞬間に天引きすること。だから、そういうサービスを作るのも手です。
 たとえば『マネーフォワード ME』の画面に「お金を貯められる人の◯◯%は、給料を受け取った瞬間に貯金ぶんを別の口座に移します」というグラフが出るだけでも、行動に変化が出る。
 アプリのプッシュ通知ひとつでも違ってくるでしょう。たとえば「給与が23万円振り込まれました」と通知を出すか、「額面で30万円振り込まれました」と出たあとに「保険で3万円引かれました」「××で2万円引かれました」と立て続けに通知が鳴って、最後に「節税しませんか?」とポップアップを出すとか。
 それはかなり感覚が変わりますよね。あと、お金にまつわるサービスって、もっとワクワクするものがあっていいと思うんです。これまでは「堅いサービスに見せないといけない」という自分たちの思い込みにとらわれてきたように感じています。
 でも、世界を席巻した「ポケモンGO」のように、インタラクションというか、コミュニケーションのある、もっと人の感情を揺さぶるようなプロダクトが生み出せれば、きっと何かが変わるはずです。

お金が「民主化」された、幸せな世界を作りたい

深津 もうひとつ問題だと思うのは、日本では「お金=邪悪」とか「近づいちゃダメ」といった思い込みが強いこと。
 加えて、投資のために口座を開くにしろ、お金に対して適切な行動をとろうと思うと、非常に面倒くさく設計されている問題もあります。それがお金に関するリテラシーの差を生み、貧富の格差にもつながっている。
 お金持ちは、面倒くさいことをプロにアウトソースして、適切な行動を自動化できる。一方で、お金を持ってない人はアウトソースもできないし、「やらなきゃ」と思っていても、いつまでも行動に移せず、いずれ考えることもやめてしまう。
 ですからシステムやツール、サービスの力で、自然に、誰でも、お金に対する最適行動をとれるようにする。つまり、お金にまつわる最適行動そのものを民主化する必要があるのでしょう。
 「お金の民主化」というのはひとつ、大きなキーワードですね。インターネットによって既存の組織から個人へのパワーシフトが進みましたし、お金も以前と比べれば、民主化されつつある。でも、まだまだですね。
 実は、僕がソニーからマネックスに移ったのは、松本大社長の「資本市場を民主化する」というメッセージに感銘を受けたから。
 マネーフォワードを作ったのも、「自分がいくら持っているか把握できない」「将来が不安だ」「でも、そのためにやるべきこともわからない」と、みんなが頭を抱えている非民主的な状況を打破したかったからなんです。
 車の構造を理解していなくても運転はできますよね。しかも、車の運転は、今まさに自動化されようとしている。お金も同じように、「昔はみんな、お金のことを理解しようとして苦労してたんだよ」と話せるような世界にしたい。
 お金のことを考えなくてよくなれば、そのぶん、人は幸せになれるはずですから。
深津 「『マネーフォワード ME』をインストールして、おまかせチェックボックスをオンにしたら、人生のお金の問題はだいたい解決します」というのが理想。
 大学入学や新入社員研修のタイミングでマネーフォワードの講習会があって、それ以降はアプリにさわる必要すらない、となったらいいですよね。
 世の中にないサービスを作るって本当にきついんです。でも、それを真正面からやらないと、このプロジェクトは上手くいきません。
 仮説を立てて、モックを作って、ユーザーインタビューをして、間違っていたら壊して、直して、の繰り返し。そのサイクルを一緒に、高速で回してくれる人を探しているのが現状です。
深津 こういったプロジェクトは、自分の職能だけに集中しすぎない人のほうがきっと楽しめるでしょうね。
 プロとして専門のスキルを持ちつつ、同時に、「これを作ることで貧困の問題は解決するんだっけ」「貯金の問題を解決するのにふさわしいサービスになっているかな」と一緒に話し合える人と働きたいです。
 マネーフォワードは、もともと金融とITの各会社のエース級、いうなればオタクが集まって、6人でスタートした会社です。「金融とITでは負けないぞ」というプライドを持ちながら、ワイワイ楽しみながらサービスを作ってきました。
 創業メンバーはまだほとんど残っていますし、人が増えた今でも、その雰囲気は変わりません。
 だから、腕に覚えがあるだけではなく、「まったく新しい、世の中で一番使われて、ビジネスとしてもワークする。そんなお金のアプリを作ります」と聞いたときに、ワクワクする人たちが集まってくれると嬉しいですね。もしくはそういう人たちと一緒に働くことで、学んで、伸びたいという成長意欲がめちゃくちゃある人。
 お互いが刺激し合って、新しいサービスを生み出すことが、人とお金の幸せな未来を築く一歩になるはずです。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:片桐圭 デザイン:砂田優花)