【大室正志】オセロの角を取れ。人生のポジショニング術

2019/2/21
1月某日の六本木アカデミーヒルズ。49階の一室に、NewsPicksアカデミア 佐々木紀彦ゼミのゼミ生が集まった。この日のテーマは「プロピッカーにインタビューせよ」。
ゼミ生が囲んでいるのは、NewsPicksプロピッカーであり「異色の産業医」として知られる大室正志氏だ。大室氏はゼミ生らの直球な質問に戸惑いつつも、自身のキャリアビジョンから身の上話まで、隠すことなく語ってくれた。
特に盛り上がったのは大室氏の「人生のポジショニング術」。ゼミ生らを和ませつつ赤裸々に語る大室氏の頭の中に迫る。
※このインタビューは、「NewsPicksアカデミアゼミ」の佐々木紀彦ゼミ「実践・稼げるコンテンツの創り方」にてゼミ生が課題として実施したものです。

オセロの角を取れ!

──大室さんは現在、約30社の産業医として活躍されています。一方でプロピッカーをはじめ数々のメディアに出ていらっしゃいます。ご自身のキャリアはどのように描いてきましたか?
大室正志/大室産業医事務所 産業医
産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、インフルエンザ対策、放射線管理など企業における健康リスク低減に従事。現在日系大手企業、約30社の産業医業務に従事 。
大室 よく「多動男子」なんて言われたりします(笑)。ジョンソン&ジョンソン(以下J&J)を退社してからメディアに良く取り上げていただいてますが、自ら名前を出しに行くことは全然やっていないんですよ。
──そうなんですか!?
意識していることは「真っ向から勝ちに行く」のではなく「有利であること」。例えばオセロって角を取るとだいぶ有利になりますよね。そういった核になるものを持つことをしてきました。
──産業医の世界でもそうなんでしょうか?
はい、どの業界にも「偉いとされているポジション」ってありますよね。産業医では、例えば製鉄会社のような「歴史のある」「生命のリスクが高い」業界を担当して意見できる人間が偉いという文化があります。
一方で、そういったものが相対的に少ない・低い、サービス業のような業界はビジネスとしてはメジャーであっても産業医学の世界ではマイノリティーだった訳です。しかしこれからはメンタルヘルスが重要になってきますし、そういった業界がクローズアップされていきます。そこからポジショニングしていこうと思いました。
──なるほど。
藤原和博さんの「レア人材」みたいなものですね(笑)。医療・ビジネス・カルチャーといった掛け合わせはほとんどいないな、と。
むしろ、何者か良く分からなくならないように、まずは世間に説明できる一個杭を打ってから、もう一つ打つ。すると他にはない凧が上がるなと。

人生の景色を楽しむ

──様々な顔を持つ大室さんにも目標はあるのでしょうか。
具体的な目標は持たないタイプですね。仕事に関して言えば、2通りの人間がいると思います。1つは夢に日付をつけて、逆算していくタイプです。例えるなら登りたい山があって、その最短ルートを探していくような。
僕はどちらかというと、登りたい山があるよりは、登る景色を楽しむタイプです。仕事をしながら色々な経験が出来ればいいなと。
──なるほど。山登りしてると雲行きが怪しくなったり、帰り道が分からなくなったりすると思うんですが、そういった時はどうしているんですか?
仕事では、プランA・B・Cのように選択肢を持つようにしてますね。自分の能力と市場を照らし合わせて、「とりあえず今はこの装備があればいいな」という感じで。
僕も産業医の医局に緩やかに属してはいますが、それ以外にもバラエティを持たせて自分の強みを周りとずらしていくことは意識しています。
──バラエティに富んでいらっしゃる大室さんのご友人関係が想像できません(笑)。
そうですよね(笑)。それぞれの領域でお友達がいます。医療系・ビジネス系・カルチャー系みたいな。
──それはすごい。どうやって広げていくんですか?
これらのポートフォリオの中で、紹介されたり、僕から紹介したりして広がっていく感じですね。
──好きなタイプ・苦手なタイプの人っているんですか?
歳を取ってくると、好き嫌いがなくなりますね。逆に最初は苦手かもしれないと思っても「この人はなんでこういうことを言うんだろう」「どんな人生を歩んできたんだろう」みたいな興味を持ちますね(笑)。だから嫌いという方向にいかないんです。

産業医は編集者である

──センスがすごいです。取捨選択の感覚はどういったものをお持ちですか?
少なくとも、沢山知っているか否かはさほど重要ではないです。例えば、漫画・音楽からビジネスまで見ていると、「あ、これとここって抽象化すると繋がるな」って感じる時があります。 なので、編集能力が必要だと思いますね。
──たしか大室さんは編集者に興味がおありだったとか。
どちらかというとギターよりDJ、本より雑誌が好きなんですよ。
──なるほど。すごく納得しました。
産業医が臨床医と大きく違う点はそこなんですよね。臨床医だと、例えば2つの医療法があった時、「5年生存率」で比べるんですよ。だから、どちらが望ましい治療かを判断するのは案外難しくない。
一方で産業医は、単位異なるものを比較することが結構あります。時には「経営者」の視点も加えて判断しなければいけないんです。例えば5年生存率が50%と51%の治療があって、治療費が10倍違ったとすると医療経済の視点を加えると意味合いが異なってきますよね。
──実際にはどのような難しい判断に迫られたんでしょうか。
J&Jにいる時の東日本大震災ですね。J&Jって、原発の55キロ内にある須賀川市に、世界中の商品が集まってくる物流拠点があるんですよ。当然、被災して工場兼物流センター内が地割れしました。
「さすが外資系だな」と思ったのが、メンバーシップ型じゃなくてジョブ型なところでした。つまり、社内にいるのは専属産業医は僕しかいないので、その立場で意見と判断を求められるわけで。その時は役員や法務部もひっくるめて同格なんですよ。しかも自分は30代前半…(笑)。
──しかし、閉鎖しなかったんですよね。ものすごい勇気が要ると思います。
J&Jって、もはやインフラなんですよね。外科医が使う糸の数十%がJ&Jでしたから。J&Jの工場が止まるということは、多くの手術が出来なくなるということなんです。
継続する社員への放射線などのリスクは、もちろん徹底的に議論しました。またそれ以外に閉鎖することによる社会的リスクまで考慮して、役員一同稼働を続けることを決断しました。

文脈を意識すること

──ところで、大室さんはサブカルチャーがお好きだと聞きました。産業医とどう繋がっているのでしょうか。
サブカル系青年はですね、何かを選ぶ時に理由を考えすぎちゃうきらいがあるんですよ(笑)。サブカルチャーという言葉は元々、欧米では「下位カルチャー」という意味ですよね。クラシックに対してのロックというか。
でも日本では欧米に比較し文化を上下で見ずに、むしろメジャーマイナーでみる。この時メジャーではなくマイナーなものも愛でるのがサブカル系です。
メジャーなものを選択する時にはあまり理由はいりませんが、サブカル系は選択の理由を考えたり語りがちな人が多い。
ただそれが仇となって、いざ自分が何かを選ぶときに「これをしたら、こう思われる」と考えすぎてしまう。文脈を意識するんですよね。ま、こじらせとも言いますが(笑)。
──文脈を意識することが、産業医の仕事にも関係があるんでしょうか?
例えば、残業する社員が多いので、全社20時に退社しましょうとなった会社があったとしますよね。でもそれを進めていくと「20時に帰れるらしいぞ」という人が集まるようになる。
20時退社が、ドーベルマンのような血気盛んな初期メンバーを諫めるルールだったのに、いつの間にか羊のような人が集まってしまったという感じです。
これは当初の想定とは違う結果ですよね。
だから組織によって良い施策でも、違う組織では全然うまくいかなかったりもする。それは文脈の違いを理解して別のメッセージにしなければならない時がある。
だから、そういう文脈を考えながら、相手に合わせて物事を考えるようにしていますね。
──なるほど…大室さんの人となりが、とても分かりました。本日は本当にありがとうございました。
(執筆:中原 佑一朗)