【花まる学習会 高濱正伸】父親、母親、学校、そして国に私が言いたいこと

2019/3/6
「メシが食える大人」「モテる人」になれ──。人間力が高まる人材育成を掲げ、学習塾の運営やNPOの活動など勢力的に動く「花まる学習会」代表の高濱正伸先生。そんな高濱先生が教育を司る日本行政のトップ、文部科学大臣だったら。具体的に今の教育のどこにメスを入れ、日本の教育ならびに子どもたちをどのように育てるのか。先生の教育の出発点でもある「花まる学習会」の教室で存分に語ってもらった。
「幼児教育」を改革
まず言いたいのは、4~9歳の子どもたちに、いわゆるお勉強、計算学習や漢字の書き取りといった暗記学習ばかりを優先する必要は
ない、ということです。もちろんこれらも学習には違いないですが、あくまで「誰でもやれる基盤の力」にすぎません。
それよりも、親が目を凝らすべきなのは、「後々我が子の『実力差』として大きく影響する力」です。今では所謂「非認知能力」として注目され始めましたが、これらの力こそを育むほうが重要だからです。
では、それはどういう力かというと、例えば「思考力」「発想力」「感性」などです。私が理念に掲げている「メシが食える大人」「モテる人」に必要不可欠な素養とも言えます。
1959年熊本県人吉市生まれ。県立熊本高校卒業後、東京大学へ入学。東京大学農学部卒、同大学院農学系研究科修士課程修了。「メシが食える大人」の育成を目指し、1993年に学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には進学塾のスクールFCを設立。算数オリンピック委員会および日本棋院理事を務める。障害児の学習指導や引きこもりの相談を受けるNPO法人「子育て応援隊むぎぐみ」を運営。教育や子育てに関する書籍を多数出版するほか、講演活動にも勢力的に取り組む。
こうした力は、やはり新しいことに貪欲で吸収しやすい子どもの時のほうが身につきやすい。ところが、です。巷の幼児教育は、「5歳だけど割り算ができる」というような、目先の作業力ばかりを追っているところも少なくない。だから、僕は「花まる学習会」を立ち上げたのです。
ただ、これらの力を身に付けるのは、そんなに難しいことではありません。簡単に言えば、教室から出て外で大勢の仲間と遊ぶ。今風の言い方をすれば、「アナログ的な遊び」をすることです。
「花まる学習会」では、これらの外遊びをサマースクールなどと称し、川、海、山などに出かけています。何もそんな大掛かりな遊びでなくていいんです。
大切なのは、スマホやパソコンといったネット上のコミュニケーションではなく、アナログな環境でリアルなコミュニケーションをすること。そしてこのアナログなコミュニケーションから、大切な力は育まれていきます。
自分が子どもだった頃を思い出してください。友だちと遊んでいるなかで、ときには揉めたり、ケンカしたり。どんな遊びをするのか、みんなで意見を出し合う。そういった場面があったと思います。
そうした環境に置かれると、子どもたちはまわりの子どもの仕草、雰囲気、顔色などを読み取り、相手に何を求められているのか、自分は何をすればよいのかといった思考を自然と身につけます。さらに、このような環境はリーダー、サブリーダーといった、チーム内における自分の役割まで自然と構築されていきます。
知識の学習においても、自然環境は重要です。たとえば木の葉。インターネットで調べれば、何百種類という木の葉が検索されるでしょう。でもネット検索では、葉っぱの厚さ・質感・におい・トゲ・一枚一枚全て違う色彩である実感などは体感できません。
実際、日本人ノーベル賞受賞者の全員が田舎育ちです。おそらく幼い頃は、机上の勉強をさっさとすませ、大自然のなかで多くの仲間と遊びに夢中になっていたことでしょう。その環境で、「ものの本質に心の目を向ける」というような超一流になり得る力を身につけたのです。
逆にそれらの力が弱いと、どんなマイナス面があるのか。おそらく皆さんのまわりにもいると思います。勉強はできる、学歴もある。でも仕事はできない。端的に言えば、社会では使えない大人です。
先日、落合陽一さんの「Weekly Ochiai」という番組に出たときに、意味じくも天才である落合さんがこう言いました。
「東大も含め、入試というのは所詮人が作ったもので、評価基準も明確なので、『試験対策』を鍛えれば、合格できる。しかし、博士課程となると『誰も見つけていなかった課題』を見つけて、研究しきらねばならない。ここで大きな差になる」と。
ここまで述べたのは、まさに、我が子に博士課程で「自分の課題」を設定できる、真の能力なのです。
「母親」を改革
僕らが行っている人間力を育むサマースクールなどは、外遊びを体系化したもの、言わば手本のようなもの。ですからイベントに参加したら終わりではなく、そこで身につけたメソッドを各ご家庭でやってもらいたいと思っています。
メソッドとは一体どんな内容なのか。とても簡単です。保護者は子どもに対してあれこれ口出ししない。極論を言えば、放っておきます。ただこの“放っておく”というのが、特に今の母親はできない。
子どもが遊んでいるのを見て、やれ「危ない」とか。「あれをやるな、こっちの遊び方のいい」などと言ってしまう。
これは、悪気などない「子を守りたい気高い母心」がやらせているのですが、だからこそ「子育ての落とし穴」なのです。
子どもたちのコミュニケーションに入り込み、あれこれ口出しする場面も多々見られます。成長の貴重な機会なのに。だから、僕らのサマースクールでは、基本、保護者は参加不可としています。
もうひとつ口出しで付け加えたいのが、子どもが何かに熱中しているときも、親は放っておくこと。
子どもというのは、自分な好きなことや興味があることを見つけると、まわりが見えなくなるほど没頭します。そしてこの熱中している間に、先の感性や発想力が磨かれているのです。この大切な成長の瞬間を止めてはいけません。
では、なぜ、口出ししたくなるのか。それは一つは大人の論理が働いているからです。タスク管理、と言った方がいいかもしれませんね。どうしても大人は何時までにこれをやって、何時までにこれを終わらせる。段取りが見えている母だからこその落とし穴ですね。
理想は、子どもの自由に、存分にほっとかれて好きな事に没頭することです。しかし、時間が有限な日々の生活では限りがありますね。母としては、時間管理の大枠では厳しくありながらも、「本当はやりたい放題没頭するときに、我が子は伸びている」ということだけは、肝に銘じていただきたいです。
さて、それでは父親にはどんな役割があるのでしょうか。
「父親」を改革
たとえば外遊びは、父親が率先して連れていくようにします。大成功を収めた例が多いのは、父親の友だち同士でキャンプなどの野外イベントを開催することです。
町の公園は「大声を出さないでください」という標識が立っているような有様ですから、お父さんグループが力を合わせて大自然に引率するのは、大きな価値ある行動です。
父親の役割はまだあります。お母さんがいつも笑顔でニコニコしていられるよう、家庭環境を整えることです。共働き夫婦の増加など、以前のように母親が子育ての全部を担うという時代ではありませんが、そうはいっても子育ての中心的存在は母親だからです。
誰がなんと言おうと、子どもにとっては母の方が重要だということは、30年の現場人生を賭けて言わせていただきます。頭でっかちな男女平等論ではなく、「まず生き物としての正体を直視せよ」と言いたいですね。
9歳くらいまでの幼児期は特にそうですが、外でどんなに嫌なことがあっても、家で母が安定し、安心し笑顔でいれば、砂浜に書いた文字が一波で消えるように、子どもの心は健やかになるものです。
では母親にいつも笑顔でいてもらうには、父親はどうすればいいか。それは個々の家庭によって違います。
要は「私は、何をしたときにスッキリ笑顔でいられるか」を母自身は言語化しておくべきだし、夫は「うちの妻は、何をしたときに笑顔になるか」を知っておくことなのです。
現場で見てきて多いのは、「気の合うママ友同士のくっちゃべり」「自分の母に話を聞いてもらうこと」「仕事などで外に出ること」「アイドルのコンサートに行くこと」「買い物」などでしょうか。
もっと簡単なのは「妻がいつも笑顔で楽しそうでありますように」と、心から願うこと。この気持ちがありさえすれば、全ての行動に現れるからです。
「他の子どもと比べない」。これも、保護者にはぜひ考えてもらいたいことです。冒頭の話に関連しますが、幼児期の学力なんて、ぶっちゃけ、どうでもいいんです。
「○○ちゃんよりテストの点数が悪かった」「この偏差値じゃ○○中学校には入学できない」など。目の前の短期的な数字や他者との比較で、子どもたちを見ない。もっと「長―い目で、大局観を持って」子育てをしてもらいたいのです。
正直なところ、子育ては賭けです。先に述べた思考力や人間力を育むことはもちろん大事ですが、全員が全員それが強みというわけにもいかないし、全員が社長になっても社会は成り立たないからです。
つまり、先の話とは矛盾しますが「きちんとやるべきことを漏れなくやる」いわゆるお勉強の学力が優れた子も、社会では必要なのです。もちろんそれ以外のタイプの子どももです。
たとえばロボットを作る力・プログラミングスキルなど、ある特定(特に理系の)能力に秀でた子どもです。その分野においては突出しているが、他の人間力などはそうでもない。でも、そのような子どもでも人間力のある人と組めば、社会で立派にやっていけます。
自分の子どもがどのタイプなのか、それは親が決めることではありません。だから賭け、と説明したのです。
「公立学校の教育」を改革
私が教育に携わるようになった当初から一貫して掲げているのが、「公教育を改革」したいということです。なぜか――。今の教育は不平等だからです。端的に言えばお金です。裕福な家庭で育つ子どもほど、上質な教育が受けやすい状況にありますよね。
塾、私立校はいい例です。このようなお金による不平等は、何も勉強に限ったことではありません。スポーツでも同じです。オリンピックに出場するような超一流のアスリートを育てるには、幼いころから民間のスポーツクラブなどで英才教育を受ける必要があるからです。
何を言いたいのかというと、国家間の学力を比べたりする記事などを見かけますが、実は、教育の底上げをしているのは民間企業だということです。非認知能力も、体育も、音楽も、中学入試も大学入試も司法試験や医師国家試験までも、本当に力があるのは、民間教育なのです。
でも、このままではダメなんです。
全ての子どもたちが平等に学べる環境をつくることが私の目的であり、これからの日本の教育に必要だからです。だから僕は、積極的にアクションを起こしています。長野県の青木村にある公立学校では、2006年から花まる学習会の教育方法を取り入れた授業を始めました。
そこにいらした教頭先生が校長として赴任した北相木村の小学校では、我々も驚くくらい先生方主導の発展をとげ、大きな成果を上げています。そしその実体験からわかったことは、今の教育の現場は、改革する必要があるし、できるということです。
フィンランドの教育は、ヒントになるでしょう。現場の先生に裁量を与え、行政がやることは「○○年生までにこれだけの学力に達していること」との目標設定と、ある程度の規範・ルールの整備ならびに監視だけです。ただ結果は求めます。結果の出ない先生には、他の仕事に移っていだだく。逆に優秀な先生はポストも給与もアップさせる。
先生は結果を出さないと仕事がなくなりますから、最良の学習方法を自ら率先して学ぶようになるでしょう。当然、先生一人ひとりの教え方は異なりますが、それでいいんです。
実際、フィンランドがそうですから。またこのような環境に変われば、モチベーションの高い人材だけが教職を目指すようにもなるでしょう。相乗効果で先生の質はあがり、子どもたちの学力はアップしていくはずです。
そして、実は、これこそ、善良な先生方が、活き活きと教室経営を満喫できる道でもあると信じています。
実際に現場で先生方と接する僕だからわかることでもありますが、先生方は皆さん真剣に教育に取り組んでいます。ただ今の公教育の現場は、やることが多過ぎる。結果、生徒一人ひとりに寄り添う時間が捻出できない状況なのです。
実はフィンランド方式は、もともと日本の戦前の教育メソッドから学んだものなのだそうです。先生の育成を行っていた師範学校がその源流だと。
戦前のことは私も詳しくはわかりませんが、自分が子どものころを思い起こすと、今よりも生徒から尊敬されている人が多かったし、仕事(教育)に対しても情熱を持つ人が多かったように思います。ぜひそのような状況に再びなればと思います。
「ストラクチャー」を改革
現場の指導は先生に任せますが、行政が率先してやるべきこともあります。大きいのはハード面、ファシリティ(設備)やデジタルコンテンツの導入などです。後者においては、実際に使うかどうかは現場の先生の判断に委ねるとしても、ネット環境など、使える、という体制にしておく必要があります。
前者においては、教室の環境が重要です。いかにリラックスした落ち着いた雰囲気で学べるか。エアコン(空調設備)はその良い例です。
僕らのような私塾ではエアコンのない教室は皆無ですが公立の小中学校で空調設備が入っていない場合が多いと聞きます。私たちが子ども時代にはありえなかった40度超えの気温も日常になった今、喫緊の課題でしょう。
聞けば、教室にはエアコンが入っていない学校でも、教職員が集まる職員室や校長室では設置されている学校もあるようです。「子どもは汗をかくべきだ」という原則には、全くもって賛成しますが、全てのものごとには「加減」があります。この歴然たる地球温暖化の子育てには、エアコンは必要でしょう。
今日述べてきた内容の改革案を、僕はこれまで何度も教育業界に提言してきました。もし僕が文部科学大臣になれば、このストラクチャーに真っ先にメスを入れます。
一方で、努力は着実に実を結んでいます。先に紹介した長野県の公立学校のような事案が、他の自治体でも出てきているからです。佐賀県武雄市で行っている「武雄花まる学園」はその代表例です。
日本初の官民一体型公立小学校として、佐賀県武雄市と花まる学園が協力。我々がこれまで培ってきた子どもへの教育メソッドを、公立学校に導入しています。実施する学校は徐々に増え、2015年の当初は3校だったのが、本年度には9校にまで拡大。2020年度には市内の11の学校で実施されることが計画されています。
「公教育を変える」――。これからもこの目標が実現するよう精進し続けます。
(取材・編集:木村剛士 構成:杉山忠義 撮影:長谷川博一)