東52丁目にあるレストラン「ディグ・イン」

ニューヨークでは平日のお昼時になると、無数のオフィスワーカーがコスパのいいランチを求めて、いっせいに街に繰り出す。
12月のある火曜日、東52丁目にあるレストラン「ディグ・イン」にも数人の客がやってきた。お目当てはヘルシーだがボリュームのあるサラダボウルだ。玄米や芽キャベツを手早く盛り付けるスタッフがいる一方で、天然サーモンやグリルチキンを補充するスタッフもいる。
オープンキッチンの一角では、6人のスタッフが猛烈なスピードで配達用の容器に特注サラダを詰めている。ウーバー・イーツ(Uber Eats)やグラブハブ(Grubhub)といった出前代行プラットフォームが登場したおかげで、ランチもデリバリーを注文する客は増える一方だ。
ノートパソコンに、3つの配達プラットフォームからの注文が次々と表示される。注文品の入ったピンクの紙袋が次々とアルミ棚に積まれていくなか、ディグ・インのオフサイト(配達とケータリング)責任者スコット・ランダース(27)が、しかめ面をしながらその様子を見守っている。
MIT(マサチューセッツ工科大学)で土木工学を学んだランダースは2017年、デリバリー注文のさばき方を見直すためにディグ・インに雇われた。デリバリーは飲食業界でも急成長を遂げている分野だ。
ミッドタウンからダウンタウンのオフィス街にランチを配達する場合、注文から配達までに1時間〜1時間半かかることも珍しくない。「(レストラン口コミサイトの)イェルプを見ると、来店者とデリバリーでは別の店かと思うほど評価が異なる」と、ランダースはいう。店の評価は4.0なのに、デリバリーになると星の数は1.5だ。

売上の30%がデリバリー注文

ディグ・インは2011年、プライベートエクイティーの金融マンだったアダム・エスキンが設立したカフェテリア型のサラダボウル店だ。他社の加工食品は使わず、地元の農家から調達した材料を一から調理して、一食12ドル前後のサラダを提供する。
ヘルシーな野菜中心のメニューは熱心なファンを獲得し、いまやニューヨークとボストンで26店舗を構えるまでになった。開店から7年目を迎えた東52丁目店は、売上の30%をデリバリー注文が占める。
しかしその内容は最高とはいえないと、エスキンは認める。「注文した具材が入っていなかったり、配達時間がひどく遅れたり、冷えていたりすることがよくある」
問題の一つはキャパシティーだ。多くの店では、注文のペースに調理のペースが追いつかない。もう一つの問題は、ディグ・インが提供するようなサラダボウルは、あまりデリバリーに向いていないことだ。
客は3つのベース(葉野菜かキヌアや玄米などのグレイン)から1つを選び、さらに10種類のサイドディッシュと6種類のタンパク質から好みの具材を選ぶ。「組み合わせは全部で810種類ある」と、ランダースは言う。だからミスが増える。
温度の問題もある。ランダースはずらりとならぶ配達用の紙袋から「ファッロ(スペルト麦)、ブロッコリー、豆腐、ケールのシーザーサラダ」を調べた。注文が入ったのは1時間以上前だ。
「温かい具材は62度前後で、ケールのシーザーサラダは4度前後で用意されたはずだ」。ランダースはポケットから温度計を取り出した。「今は27度。出発前にこれだ」

米国のランチタイムは様変わり

ディグ・インは自社のウェブサイトからも注文を受けているが、ほとんどの注文はサードパーティーのプラットフォーム経由で入ってくる。そのどちらにも長所と短所がある。ディグ・インのデリバリーの約70%はグラブハブ経由だが、手数料が代金の20%にもなる場合がある。
だが、ディグ・インの常連客の間ではデリバリーを選ぶ人が増える一方で、エスキンはそれに対応する方法探しにリソースを費やしてきた。「単に容器にフタをして紙袋に詰める以上の工夫が必要であることがわかってきた」
20年前にオンライン出前代行プラットフォーム「シームレスウェブ(SeamlessWeb)」が登場したとき、デリバリーの主役はピザだった。
モルガン・スタンレーの予測によると、フードデリバリーは2022年までに、米国の飲食店の売上の10%以上を占めるまでになりそうだ。とりわけこの5年は、ウーバー・イーツやドアダッシュ(DoorDash)、キャビア(Caviar)といった出前代行サービスの登場で、デリバリー注文が急増してきた。
アメリカのランチタイムは様変わりしつつある。ニューヨークとサンフランシスコでは、時間に追われるオフィスワーカーの間でデリバリー利用が急拡大する一方で、全米各都市でもランチの内容が激変している。
昔ながらのデリのサンドイッチにかわって「自分だけの特注サラダ」やグレインボウルにブリトー、「倫理的なハンバーガー」や「本格的ピザ」が勢いを得ている。
飲食店はこうした変化を、期待と諦めの混ざった心境で受け入れてきた。「レストランを始めようと思ったときは、予想しなかったことだ」と、ニューヨークとシカゴにブリトーのチェーン店ドス・トロス・タケリアを展開するレオ・クレマーは言う。
「オーナーは、来店客のエクスペリエンスを想像しながらサービスの内容から店のデザインや音楽までを決めるものだ。でも、デリバリーを希望する客は増えるばかり。そのギャップを受け入れるよう努力している」

厨房の設計もデリバリー向けに

ネットやアプリ経由のデリバリー注文を受けるようにすれば売上は伸びるが、手間も著しく増える。デリバリー業者と連携し、客の苦情に対応し、最悪の場合30%にもなるサードパーティー手数料を吸収しなければならない。そんなのはビジネス的に続かないと思う経営者は少なくない。
だが、カジュアルレストランは、デリバリーを補完的なサービスではなく、戦略的重点サービスとみなすことを強いられてきた。ウーバー・イーツやグラブハブといったプラットフォームは、毎日40万件以上のデリバリー注文を請け負っており、利用者は増える一方だ。
だが、こうしたサードパーティーのサービスに依存すると「店と客の関係が失われてしまう」と、LEHコンサルティングの創業者ローレン・ホッブズは語る。
このため店側は、独自のチャンネルでデリバリー注文を受けたがっている。
高級サラダとグレインボウルのチェーン店スイートグリーン(Sweetgreen)は、2016年に独自のデリバリー注文用アプリをリリース。現在売上の50%をこのアプリ経由の注文が占める。さらに独自のソフトウエアを開発して、スタッフがサラダの具を間違えないようにするシステムも構築した。
さらにスイートグリーンは、持ち帰り客がサラダにドレッシングをかけるとき、こぼしてしまうことが多いことがわかると、工業デザイナーに依頼して、オフィスでドレッシングをかけやすい六角形の容器を開発してもらった。
また、厨房にはオンライン注文だけを処理する専用ラインを設置し、今いまやファストカジュアルレストランの厨房のスタンダードなデザインになった。

直接注文を受けるシステムを強化

だが、多くのレストランには、独自のオンライン注文システムを構築するほどの技術や資金がない。それでも高額な手数料を取るデリバリープラットフォームを避けるため、月極めの定額料金で支援ソフトを使う店が増えている。
ウィングストップ・レストラン(Wingstop Restaurants)や、ファイブ・ガイ・エンタープライズ(Five Guys Enterprises)といったファストフードチェーンは、オロ(Olo)という会社と協力して、店のホームページとアプリから直接デリバリー注文を受けるシステムを強化している。
オロが提携するレストランチェーンは、この2年半で3倍に増えて、現在250社5万店に達する。ライバルのチョウ・ナウ(Chow Now)も、独立系レストランを対象に同じようなサービスを提供しており、アメリカとカナダで1万1000店舗で利用されている。
オロの創業者でCEOを務めるノア・グラスによると、独自アプリ経由の注文には最安値を保証し、サードパーティーのデリバリープラットフォーム経由の注文は割高にすることで、利用客の囲い込みを図る店は少なくないという。
たとえば、米国、日本、台湾に計39店舗を展開するルークス・ロブスター(Luke’s Lobster)は2018年に独自アプリを導入して、会員制と紹介特典を提供することで、オンライン注文の約4分の1を自社チャネル経由にすることに成功した。
持続可能なハンバーガーを提供するベアバーガー・グループ(Bareburger Group)も、独自アプリとモバイルサイトだけで利用できるキャンペーンを展開。2020年までに出前代行プラットフォームとの提携はやめるつもりだ。
ディグ・インも、1月末にリリースした自社ホームページまたはアプリ経由の注文サービス「ルームサービス」で、グラブハブの利用者を奪いたいと考えている。

デリバリー専用キッチンで研究

この1年半、ディグ・インのオフサイト責任者ランダースがデリバリーシステムの改良研究を続ける一方で、最高料理責任者のマット・ワインガーテンはデリバリー専用メニューの開発に取り組んできた。
これまでのデリバリーは単純に時間との戦いで、デリバリーに時間がかかれば料理のクオリティーが下がるのが当たり前だった。
「そこで私たちは、時間がたつと料理が美味しくなる方法を研究している。温度と質感をどのように設定すれば、今すぐ食べても美味しいが、20〜30分後はもっと美味しくなる料理になるか、だ」とワインガーテンは語る。
ワインガーテン2017年半ば、ガブリエル・ディローニという若手シェフを雇い、この問題に専門的に取り組ませている。ディローニは、ディグ・インが新たに確保したデリバリー専用キッチン3カ所で研究を重ねている。
ディグ・インは最終的に、この3つのキッチンでマンハッタン全域のデリバリーをカバーする計画だ。
デリバリーの料理の質の問題に目をつけたのは、ディグ・インが初めてではない。すでに閉店しているが、シェフ兼実業家デービッド・チャンのデリバリー専門店アンドーやメープは、どちらもデリバリー時間と料理の質の関係を考慮していた(が、ビジネス的にうまくいかなかった)。
カリフォルニア州マウンテンビューのズーム・ピッツァ(Zume Pizza)は、配達中のトラックでピザを焼けるようになっている。だが、大多数のレストランのデリバリーサービスは、店内で提供するものを紙袋に入れて配達するだけだ。
ワインガーテンとディローニはキッチンサイエンスによって、それを変えようとしている。

「配達中に美味しくなる」料理

ディグ・インの「ルームサービス」のメニューは、温かい具材と冷たい具材を別々にパックして提供する予定だ。ワインガーンテンはデリバリー専用キッチンで、ニース風サラダを見せてくれた。
基本はツナとさや豆とゆで卵で、オプションでローストマッシュルームやカブ、クルミ、フリゼ、カモのコンフィを加えることができる。温かいメインディッシュは、熱い状態(しかし煮過ぎ/焼き過ぎにならないように)で届くよう考案されており、多くは配達中に調理が完了するようになっている。
ディローニはキングサーモンの切り身をCVapというスチームオーブンでローストし、40度になる直前で、それを激アツのフェンネルとジャガイモのピューレの上にのせた。それが配達に出されるまでの5〜10分と配達中の5〜10分で、ピューレの熱がサーモンに伝わり、最適な51度で調理される。
ケールのポレンタとヒマワリのリゾットも、まだ水分のある「ゆるい」状態で配達に出される。だが、注文客の手元に届く頃には、料理の温度が温度にさがり、デンプン質が固まってもっちりしたリゾットになっている。
ステーキはデリバリーの途中で焼き過ぎになってしまうため、ディローニとワインガーテンはメニューから外すことにした。かわりに現在研究しているのは、牛肩ロース肉のブレゼ(蒸し煮)だ。肩ロースなら熱を保ちやすく、柔らかいからフォークで食べやすい。
「コンフィとブレゼに絞れば、よりと安定した調理が可能で、風味がおかしくなる心配をしなくていい」と、ワインガーテンは言う。
810種類の組み合わせが可能な特注サラダボウルも、デリバリーメニューから外された。そのかわり、6〜8種類のメインディッシュからいくつかを日替わりで提供し(配達料金込みで15〜20ドル)、そこにサイドディッシュとスナック、飲み物を追加できるセットを用意することにした。
これでサラダの間違いを減らすとともに、デリバリー完了時間を大幅に短縮できると、ワインガーテンは考えている。過去のデータに基づき開発した予測アルゴリズムによって、実際の注文が確定する前に調理を開始することができる。

注文から配達までの時間短縮狙う

実際のデリバリーは、独自の配送スタッフを雇うのではなく、リレー・デリバリー(Relay Delivery)と組むつもりだ。
実験では、配送スタッフが料理のピックアップにくる時間は平均3分。デリバリー対象区域は限られているから、キッチンから目的地までの移動時間は15分以内。したがって新システムが稼働すれば、注文から配達完了までの時間を30分以内に短縮できると、ディグ・インは考えている。
「ルームサービス」は、ディグ・インのアプリかホームページからのみ注文できる。これによりサードパーティー配達プラットフォームへの依存度を縮小し、最終的にはその利用を廃止したい考えだ。
とはいえ、ディグ・インは慎重に事を進めるつもりだ。
たとえば、ルームサービスは、ダウンタウンのキッチン1カ所からスタートする。また、当初はディナーだけにするつもりだ。最終的には、3カ所のデリバリー専用キッチンすべてを稼働させ、ランチのサービスも開始する。そして従来型のデリバリーサービスは段階的に全廃する計画だ。
その日、タイムズスクエアに近いデリバリー用キッチンでは、調理実験が行われていた。デリバリー注文のピーク時間帯に、厨房内のオペレーションがどうなっているか見るためだ。
ダッシュボードに注文内容が表示されると、スタッフが手際よくニース風サラダとラムのクスクス添えを用意し、ランダースがそれを袋に詰めた。ピーク時には1分で4件の注文をこなせるはずだと、エスキンは言う。
それでも拡大する需要に十分応えられる確信はない。「すでに3カ所のハブでは手狭すぎることがわかってきた」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Elizabeth G. Dunn記者、翻訳:藤原朝子、写真:©2019 Bloomberg L.P/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.