「勝てる組織」に必要なのは自己実現と企業成長の掛け算

2019/2/22
インターネットの普及と技術の進化により、ビジネスや生活の仕組みそのものを変えてしまうようなインパクトのある事業を、個人が気軽に始めることが可能な時代になった。事業の成功要因は規模ではなく「個人の価値」がより重要な時代へのシフトとも言える。

そのような状況下で企業が「勝てる組織」へ脱皮する条件のひとつが、強固な軸と柔軟さを兼ね備えた組織。そして、そこに集まる個の力の最大化、だ。

Googleで人材育成やリーダーシップ開発に携わり、現在は独立しそのメソッドを広めているピョートル・フェリクス・グジバチ氏、「自然エネルギー100%の世界」実現に挑む自然電力の川戸健司氏が、成長し続ける組織のあり方、働き方について語った。
個人の能力を最大限に引き出す組織とは
川戸 社会がものすごいスピードで変化していく中、組織のあり方、働き方、ビジネスモデルも加速度的に変わってきているのを実感しています。世界中の企業の動向や人事戦略に詳しいピョートルさんは、今の組織や働き方のトレンドをどう感じていますか?
ピョートル 階級の上下関係が一切ない「ホラクラシー」など、組織のフラット化が進んでいます。また、働き方では米国では就労人口の半分ほどが、正社員から個人事業主に雇用体系がシフト。
 医者、弁護士、コンサルタントなどトッププロフェッショナルほど、クラウドソーシングで働く人が増えています。
 リモートワーカーなど、働き方もますます進化。フラットな組織で、個人が主体となって働く。それが今のトレンドだと思います。
川戸 自然電力は「エネルギーから世界を変える」をビジョンに掲げて、8年前に3人で創業しました。自然エネルギー発電所の開発・建設・運用保守から販売まで、自然エネルギーに関するほぼ全てを手掛けます。
 今後は電力小売り事業の拡大やデジタル事業への参入、海外事業の拡大など、さらなる成長を計画しています。そのためにも、今後はより強い組織づくりが重要になってきます。
ピョートル 具体的にどのようなことを目指しているのですか?
川戸 自然エネルギーを通して地球環境や地域が抱える社会問題を解決していくことで、社会の持続可能性に貢献することがミッションです。
 なるべく大きな規模、最終的には地球規模でこのミッションを実現するためには、自分の会社の成長だけでなく、理念への共感を拡大したいという強い思いがあります。
 スピードをもってこれを実現するためには、まずは個人が主体となって動ける組織を目指し、個人の能力を最大限に引き出すことが組織には求められていると思います。
ピョートル 経営者の仕事は「最大の価値を最低限のコストで生み出すこと」です。それを支えるのがバックオフィス。生産性向上、効率化などの「組織の活性化」、そして業務の自動化を担います。
 人事部も単なるコストセンターではなく、新しい価値を生産し、会社はもちろん社会にも大きく貢献できる部署として、非常に重要ですね。
川戸 そうですね。また、地球規模のミッション実現は私たちが一社で成し遂げられるものではありませんので、個々人の能力の最大化とあわせて、共通の未来のあり方を目指す企業や組織が集まり、シナジーが生まれるような仕組みを作っていきたいと考えています。
 それぞれの事業は多様であっても、ファイナンスや法務、人事などの機能は共通する部分が多いですよね。
 たとえば自然電力がそれらの機能を強化し提供することができれば、それをハブとして複数の企業がネットワーク化する。そんなプラットフォーム構築を考えています。
ピョートル それは壮大な計画ですね。
社員のポテンシャルを引き出す人事部
川戸 当社の人事部は、今年から「22世紀の組織をつくる」を目標にしました。組織もスピード感と柔軟性を持たないと、ビジョン達成に近づくことができないからです。
 また、多様性からシナジーを生むためには、共通の基盤が欠かせません。人事部は目指すゴールやビジョン、それを支える新しいルールやカルチャーを醸成する主導役です。
ピョートル 確かにそうですね。企業が成長していくには、社会に何らかの価値を提供する必要があります。そのためにはまず、共感してもらえるビジョンやミッションを明確にして、一人でも多くのファンを育てなければなりません。
 それには企業のビジネスモデルに沿った社風を作り、社員一人ひとりに浸透させること。生み出す成果を最大化するために組織の多様性は拡大しながら、一方でカルチャーや追い求める理想を集約していかなくてはなりません。
川戸 同感です。当社は今、国内だけでなく世界にも拠点を拡大しており、社員数も200人を超えてきています。
 組織が大きくなり、物理的な距離が離れるほど、ビジョンを共有し、行動のベースとなるカルチャーを醸成・浸透させる重要性が増してくると感じます。人事として最重要ミッションの一つとなっています。
ピョートル それは人事部が担うとても重要な役割ですね。企業が目指す姿に向かってスタッフの情熱を引き出して集合知を発展させることで、ポテンシャルを最大限に発揮する原動力になるからです。
 その具体策として、私はGoogle時代、人事担当者として「自分のマネジャーとしての仕事はチームのためだ」という意識づけと、解決志向(Don’t bring problems, bring me solutions)の徹底を重視してきました。
 スタッフに対し、コーチングを通じて「仕事を通じて何を得たいのか?」「世界に何をもたらしたいのか?」という“Give and Take”の問いかけをしました。
  当時そのやりとりを見ていたスタッフには、自分が仕事や人生を通じて提供したい「Solution」が明確化され、仕事のパフォーマンスも上がり、最終的にはマウンテンビューに配属されたという、昇進にもつながった人もいます。
多様性を生かす透明な情報共有
川戸 事業や組織の広がり以外にも、自然電力としての特徴であり挑戦でもあるのが、クルー(従業員)の多様性です。スタッフの2〜3割が外国人で、その出身国は20カ国にわたります。
 特にグローバルな組織を目指したというわけではなく、ビジョン実現に貢献してもらえるかという基準で募集選考したら、結果的にそうなりました。
 そして昨年から、グローバルタレントプログラムというインターンシッププログラムを開始。第1弾としてブラジルの学生向けに実施したところ、なんと1000人もの学生から応募がありました。
 このときのインターン生がそのまま自然電力に入社し、それぞれが自律的に行動した結果として、ついに今年ブラジルでの太陽光発電事業が始まりました。これは非常にうれしいできごとです。
 今年はこの経験を踏まえ、世界10カ国以上に同様のプログラムを実施する予定です。
 また、国籍だけでなく、あらゆることにボーダーをひかずにやっています。私たちがリスペクトと親しみを込めて「マスターズ」と呼ぶ60代や70代のシニア層もたくさん活躍しています。
ピョートル それはすごい可能性を秘めていますよ。特にスタートアップは若い世代で固まりがちですが、スタッフの多様性は価値観と思考の多様性につながります。
 日本企業では世代間の対立も多いように見えますが、それでは何も生まれません。チャレンジに貪欲(どんよく)なミレニアル世代と、さまざまな成功と失敗を経験してきたシニア世代が平等なコミュニケーションをすることで、組織は大きな強みを発揮できます。
川戸 親子ほどに年の離れたペアを組むことで、意外なほどうまく回ることはよく見られる光景です。今後は、ますます若い世代が活躍できる組織にしていきたいですね。
  役職や年齢に関係なく、それぞれのクルー(社員)が「自分で考え」「意思決定をし」「アクション」できる組織を目指しています。それは、スピード感をもって環境問題や社会問題を解決するには欠かせないことだと考えています。
ピョートル いいですね。とてもよいカルチャーが育っていると思いますよ。
 組織にとって多様性は非常に重要なファクターです。多様性のある組織では、「ルール」より「原則」や「マインドセット」が大切。多様な価値観の人々が一緒に仕事をする上では、自己開示できる、心理的安全性の高い組織であることが必要です。
 Googleでは、お互いに承認して感謝を示す関係性づくりを重視し、マネジャー教育ではempathy(同情)、sympathy(共感)、compassion(思いやり)を強調しています。
川戸 多様性を最大限に生かすには、フラットな組織づくりが必須です。ピラミッド型でものごとを決めるのではなく、多様な価値観を持つ人たちがそれぞれ意思決定できる。
 そのための社内ルール整備や社員へのトレーニングの必要性も感じています。特に「自分ごと」として意思決定するために必要な情報をどう共有していくか。情報均一をどう進めていくかは、難しい課題ですね。
ピョートル Googleの場合は社内報が情報共有ツールとして、とても有効に機能しています。定期的なミーティングやメールによる情報共有も頻繁です。日本のスタートアップでも、メルカリなどは情報共有をかなり進めて透明性を重視しています。
 私が今、代表を務めているプロノイア・グループの場合は、売り上げ、会計情報、給与も社員と共有しています。正社員全員は私のメールアカウントのパスワードを知っていて、私のメールに自由にアクセスできます。
 一方で、透明性を担保するために、コンフィデンシャルな情報漏出などに対しては、解雇なども含む厳しい罰則も設けています。
自己実現が仕事へのチャレンジマインドを刺激
川戸 私たちが目指すのは、若い人たちが楽しみながらチャレンジできるカルチャーづくりです。その一環として、成功失敗にかかわらず、何かチャレンジをした人が評価される「SEG(Shizen Energy Group)チャレンジアワード」という表彰制度もスタートしました。
 ピョートルさんは、チャレンジマインドを維持し続けるために大切なことは何だとお考えですか。
ピョートル 繰り返しになりますが、フラットで透明性を維持している組織であることが、社員のチャレンジマインドを刺激します。ボトムアップで、社員が自分の希望を会社の目標につなげられるような目標設定も、チャレンジ意欲を生み出します。
川戸 自己実現も、そういったチャレンジ意欲には重要な要素ですよね。若い世代を中心に、働くことへの価値観が大きく変わってきています。自分が将来やりたいことにつながる仕事かどうかを重視する人が増えていると感じます。
 個人の自己実現と会社の目指す方向が、win−winの掛け算となり、社会により大きな価値を提供していきたいですね。
ピョートル 自己認識を高め続けられる、自己開示が自由にできる──そういう個人に「やさしい」環境は企業にとっても大切になってきます。
 しかし、一方で、そのやさしさに甘えるだけでなく、社員お互いを高め合えるような、「厳しい」パフォーマンス基準も必要です。
川戸 そうですね。自分で考えて意思決定し、アクションすることが、自己実現につながる。そこで高いパフォーマンスを発揮することが、会社にとっても大きなメリットとなります。
 実際、弊社のブラジルやインドネシアなどの海外事業は、そういう自己実現を目指した社員のチャレンジ意欲の結果です。そういう意欲を持った人たちにぜひ来てもらいたいと思っています。
ピョートル 人が何に最も幸福を感じるかというと、まさに自己実現。具体的には、自分が社会に価値をもたらし、社会からも価値を与えられていると実感できることです。
 それには仕事が一番の近道で、会社はそのための仕組みです。その人自身がやりたいことをやって、理想とする価値を生み出し、欲しいものを得る。会社を通じてそれがやれることが一番です。
 結果的には、それが雇用主である企業にとっても生み出す価値の最大化につながります。
(執筆:森田悦子 編集:奈良岡崇子 撮影:北山宏一 デザイン:田中貴美恵)