グローバルジャイアントに挑む、「LINEのAI」の勝算とは

2019/2/22
LINEが今春から始めるAI技術の外部提供。AI人材が世界的に不足しているなか、LINEは市場にどう寄与するのだろうか。

音声アシスタント「LINE Clova」の音声認識・自然言語理解・音声合成技術や、「LINEショッピングレンズ」の画像認識技術、画像に書かれた文字を認識するOCR技術など、ディープラーニングを中心とした機械学習ベースの独自のAI技術を積極的に開放していくという。

Googleなどグローバル大手企業もAI技術の有償提供を進めるなかで、LINEの勝算とは。IBM Watsonでの経験を経て、法人向けAI提供サービスの立ち上げに奔走しているLINE BRAIN室の佐々木励氏に話を聞いた。

AI領域でキャリアを積み、出会ったのがLINE

──佐々木さんはIBMでWatson事業に携わり、現在はLINEで働いています。IBMからLINEに移るまでの経緯を教えてください。
IBM Watsonが出た頃、僕は社内の仲間と業務時間外にWatsonを使ったアプリケーションを作って社外コンテストに出場したんです。そしたら賞をいただいて。
当時はWatsonとは違う業務だったのですが、そのアプリケーションをWatson事業の本部長にプレゼンした結果、Watson案件の技術リードを任されるようになりました。
たとえば、ハウステンボスさんの「変なレストラン」のコンシェルジュROBOTなど、比較的とがった案件を担当していましたね。
もともと研究者を目指しており、その後エンジニアリングも経験したので技術は身についていましたが、案件を担当する中で自分には事業構想力が足りないと気づいた頃、BCGと出会いました。
ここでは、AIの専門家として大企業がAI事業を立ち上げるためのコンサルティングを手がけていました。ただ、IBMもBCGも、大企業が大企業に提供するサービスです。意思決定までの時間が長くなることが多く、挑戦に限界を感じるように。
技術は日々ものすごいスピードで進化しているのに、意思決定のスピードとの乖離(かいり)が大きいことに違和感を覚えるようになったんです。
──そのタイミングで出会ったのがLINEだった。
そうです。偶然NewsPicksの記事で、LINEがAIアシスタント「Clova」で、AmazonやGoogleなどグローバルジャイアントと勝負していることを知って。純粋に、この意思決定がすごいな、AI領域に惜しみなく投資できる面白い会社だなと思いましたね。
そして、2017年LINEに入社しました。

社内だけで使っていたAI技術を外部へ

──現在は、LINE BRAINという新しいAI事業を立ち上げていると伺いました。具体的にどのような事業なのかを教えてください。
今までLINEでは、自社サービスだけにAI技術を使っていました。
たとえば、音声認識・自然言語認識・音声合成技術などを搭載し、話しかけるだけで音楽再生や家電操作ができる「Clova」や、画像認識技術を搭載した「LINEショッピングレンズ」などです。
実は、デスクトップ版LINEには、画像の文字を認識する「OCR」という技術が搭載されているのですが、この技術力はAIの国際コンテスト(ICDAR)で世界1位を取っています。
あまり知られていませんが、Googleや中国のTensent、Baidu、SenseTimeなど名だたるAI企業にまさっている。
こうした技術を支えているのが、東京・京都・福岡・韓国・中国・台湾・タイ・ベトナムなどにある開発拠点。なかでも、昨年開設した京都の開発拠点には世界中から技術者の応募が殺到し、現在AI技術も含めた最新技術の研究開発が進んでいます。
私が立ち上げようとしている事業は、こうした社内だけで閉じて使っていた優れたAI技術を法人向けに有償提供するビジネス。
技術シーズはそろっているので、市場に必要な技術は何で、それをどんなプロダクトにして、どのようなビジネスモデルで事業化するか、その仕組みを作っているところです。

学習を続けてきたAIと、数百億円の投資

──IBM Watsonを経験した佐々木さんから見て、LINEのAI技術や法人向けビジネスを始めることの勝算・強みはどこにあると感じていますか?
AIの高品質なアルゴリズムは大量の高品質なデータがあって初めて生まれます。でも、肝心な学習データは簡単には集められません。多くの企業でAI開発が進まない理由の一つが、この学習データの整備不足。
さまざまな企業システムの開発現場で実態を見てきましたが、そもそもデジタル化すらできておらず、デジタル化していても適切な形でデータを管理していない。
そのような状態で各企業が独自のAIを開発するのは、大きな投資が必要となり、社会全体の経済効率を考えると、どこかのプラットフォーマーに任せた方が良いでしょう。
その点、LINEはC向けサービスに独自のAI技術を搭載して成長してきました。アルゴリズムは日々蓄積される大量のデータで学習しているので、AI技術の精度も日々高くなっている。
それを外部に提供できるのはLINEならではの強みですし、日本企業で同等のことができるプラットフォーマーは、ほとんどいないのではないかと思います。
加えて、昨年調達した転換社債のうち、数百億円をAI事業に投資する方針です。
この資金を持って、アジアファーストでアジアの企業ニーズに特化したサービスをいち早く提供しようとしているので、その点でもグローバルジャイアントとの戦いの勝算は十分にあると考えています。
──アジアファーストで展開するメリットは何でしょうか。
アメリカを中心としたグローバルサービスは、シンプルに言語問題がありますし、アジアの優先順位が相対的に低くなります。
たとえば、言語とは関係ない商品の画像認識技術においても、グローバルサービスは欧米圏の商品から対応が始まりますが、LINEはアジア市場の各社EC商品の優先順位が高く、既に対応しています。
また、商習慣の違いに対応できないという課題もあります。でも我々は、契約体系を含めてお客様のニーズに対応できるような仕組みを整えようとしています。結果、アジアに対応した使いやすいサービスになるはず。
単に技術を切り売りして「あとは好きに使ってください」ではなく、企業ニーズを取り込んで商品化することで、アジアに支持されるAIプラットフォーマーになりたいと考えています。
AI人材不足や、導入コストに折り合いがつかずに導入できなかった大企業から中小企業まで、簡単に使ってもらえるよう仕掛けることで、社会に貢献したいですね。
──C向けサービスを提供してきたLINEがB向けサービスを提供することにも強みがありそうです。
そうですね。LINEには全従業員にC向けサービスで培ってきたユーザーファーストの考えが染み込んでいます。だから、B向けサービスであっても「最終ユーザーが本当に価値を感じてくれるのか」というディスカッションが自然発生的に始まる。
売り上げを上げることはもちろん重要ですが、その先にいるユーザーが喜んで初めて価値があることを、無意識に考えて形にできるのも大きな強みではないでしょうか。
CもBも関係なく、最終的に社会にインパクトを与えるサービスを届けることが、LINEのミッションです。

AI市場が起こしている、IT業界のパラダイムシフト

──AI市場は今どのようなフェーズにあるとお考えでしょうか。
AIと言っても幅広いのですが、いずれにしてもIT業界にパラダイムシフトを起こしている真っ最中だと思います。
なかでも今年は動画分析の領域で技術が進むでしょう。最近は、中国のSenseTimeのモーション分析技術が有名ですが、LINEも開発しています。
この技術を使えば、複数人のアイドルグループが歌って踊っている映像から、好きなメンバーだけを小画面に抜き出して鑑賞することも可能。日本では、顔認識で個人を特定する「総監視社会」とは別の形で、動画解析は進むと思います。
モーション分析
ただ、AI市場は2年後、3年後を予測してもあまり意味がありません。技術は日々進化するので、今できることの延長線上で今年は何ができるかを考え続けることに価値があるかなと思っています。大きなトレンドはもちろんありますけどね。
LINE BRAINも今年中にはLINEが持つさまざまなAI技術を簡単に使えるAIプラットフォーマーになることで、AI市場に変革を起こしたいと思っています。

資金力×技術力×スピード感で、圧倒的ナンバーワンへ

──まさに今立ち上げている最中の法人ビジネスですが、どのような方に仲間になってほしいですか?
意思決定が早く、裁量も大きく、自分たちが中心となって道を切り開くワクワクする環境で能力を発揮したい人、新しいことに挑戦したい人ですね。誰かの指示で動くのではなく、自分で考えて挑戦したい人には最高に面白い環境だと思いますよ。
しかも、スタートアップのようなスピード感で事業を作っていけるんです。取締役の舛田とも週に1回ミーティングをしているのですが、時間が取れないときはLINEで会話をして、そのまま意思決定ができるスピード感が楽しいですね。
それから、LINEにはオープンマインドの人が多く、事業部をまたいだ兼務も当たり前のようにあるので、部門の垣根をほとんど感じません。大規模な組織にはセクショナリズムが生まれやすいのですが、LINEにはまだそれがない。
LINE BRAIN事業は我々だけで完結するものではなく、多部署との連携が必要なので、気軽に担当者とコミュニケーションが取れるのは気持ちいいなと思っています。
現在、事業開発やPM、ソリューションアーキテクト、機械学習エンジニアなど全方位的に募集しており、創業メンバーとして大規模ビジネスを作りたい人にはぜひ来てもらいたいです。
──このタイミングでジョインすることのメリットは何でしょうか。
まずは、C向けプラットフォームとして成功体験のある企業で、B向けのAI事業を立ち上げるという経験を得られること。
今後、同じようなプラットフォーム思考を持った企業が挑戦する機会はなかなか現れないと思うので、個人的にも貴重な経験になるのではないかと思っています。
何よりLINEにとっても新しい挑戦なので、非常に面白いポジションであることは間違いありません。LINEが持つ画像認識技術やモーション分析技術などを外部に提供することで、C向けのオンライン事業ではリーチできないオフライン事業にも挑戦できるようになります。
お客様に提供した新しい仕組みは、社内のC向けサービスにも提案できるので、C向けとB向けが相互循環するAI事業という、新たなモデルを作ることもできるでしょう。
優れたAI技術を持つLINEだからできること、他のグローバルジャイアントとは違って、アジアファーストで攻めに行くから実現できる世界は必ずあります。まだ誰も取り組んでいない市場を、ぜひ一緒に切り開きませんか。
(取材・文:田村朋美、写真:北山宏一、デザイン:國弘朋佳)