「イノベーションと多様性」の本質。鍵は東南アジアにあり

2019/2/14
シリコンバレーやイスラエルにもない、日本にもまだ存在しない、新たなイノベーションの種子を、「アジア」の多様性のなかに見つけ出す。3月13日に開催される『NTT Com Startup Challenge Summit』は、東南アジア各国で開催されたピッチコンテストに勝ち抜いたスタートアップ9社が一同に会する特別なイベントだ。その開催に目前にして、あらためて「イノベーションと多様性」の関係を問う。

東南アジアに見るイノベーションの種

 革新的なイノベーションを起こす鍵は、「多様性(ダイバーシティ)」にあると言われる。その理由は何なのだろうか。
 NTTコミュニケーションズが東南アジア3カ国(インドネシア/マレーシア/ベトナム)で実施してきたピッチコンテスト「NTT Com Startup Challenge 2018」は、ひとつのヒントになるかもしれない。
 登壇したスタートアップは、いずれも各国のローカルなニーズを起点に、世界を一変させるイノベーションを生み出そうとしている。
 その1年間の集大成として、3カ国の上位入賞スタートアップが日本に集うイベント「NTT Com Startup Challenge Summit」が来る3月13日に開催される(記事末リンクより応募可能)
 同イベントの発起人である杵渕保敬氏と、経営学者の楠木建氏が「イノベーションと多様性」について語り合った。

起点は“その人”にとっての必然性

─まず楠木先生に伺いたいのは、「なぜイノベーションは起きるのか」ということです。必然性があって生まれてくるものなのか、偶然の産物なのか……。
楠木 僕は、イノベーションの起点には、常に「“その人”にとっての必然性」があると考えています。周りからすると「何の意味があるの?」と聞かれるようなことでも、その人にとっての必然性があれば、そこにはイノベーションの可能性がある。
 一方で、誰もが共有する必然性もありますよね。たとえばスマートフォンでいえば、「画面を美しくしたい」「バッテリーの持ちを良くしたい」といったことは誰でも思うものですから、ここにはごく一般的な必然性がある。
一橋大学大学院経営管理研究科教授。 企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て現職。
 しかし、これは「プログレス(進歩)」であって、言葉の本来の意味での「イノベーション」ではありません。プログレスという概念は人間社会の成り立ちとともにあったものですが、イノベーションという言葉はここ100年くらいで生み出されたものです。
 つまり、「プログレス」ではどうしてもつかみ切れなかった現象を「イノベーション」という概念で呼ぶようになった。言葉が生まれたそのときから、両者には明確な違いがあるのです。
──なるほど。
楠木 僕が問題に感じているのは、「イノベーションを起こしたい」と言っているにもかかわらず、普遍的な必然性にばかり目が向いてしまっている人が多いことです。
 もちろん、プログレスは社会にとって間違いなく必要ですが、iPhoneの売れ行きが悪くなってきたことからも分かるように、プログレスだけでビジネスを成長させるのは限界があります。
 いま一度、イノベーション本来の概念定義に立ち返ってみる必要があるでしょう。
杵渕 私は「NTT Com Startup Challenge」の取り組みを通じてアジアのスタートアップと多く接しているのですが、地域によって生まれてくるイノベーションが違うと感じます。
慶應義塾大学経済学部卒業、2006年NTTコミュニケーションズ入社。法人営業部、グループ会社を経て2015年に米ノースカロライナ大学経営大学院修了。2015年から同社グローバル事業推進部企画部門。2017年よりアジアにおけるStartup連携施策”NTT Com Startup Challenge”発起人。
「NTT Com Startup Challenge」はインドネシア、マレーシア、ベトナムで開催しています。この3カ国は、先進国と後進国の間に位置する、いわば「中進国」なのですが、そうした環境だからこそ、日本にはない新しいテクノロジーやビジネスが生まれているんです。
 たとえば、東南アジアの各国では、電力の供給や渋滞問題、物流の効率化といった、極めてインフラに近いところの課題がまだまだ大きく、政府の力も追いついていません。
 そこにスタートアップが先んじて、新しい解決策を提示しているケースが多くあります。これは先進国にはありえない、中進国ならではの象徴的な事象だと思います。
インドネシア、マレーシア、ベトナムの3カ国で実施された「NTT Com Startup Challenge 2018」。1000社以上のスタートアップが参加し、アジア全土から集った投資家・起業家が審査を担った。https://dm.ntt.com/startupchallenge2018
楠木 地域性もイノベーションの重要な源泉ですね。他の国や地域にない視点が出てくる。企業が「イノベーションを起こさなければ」と語るのは“供給側”の視点ですが、僕はイノベーションの起点はむしろ“需要側”にあると思っています。
 最初に、「こんなものがあったらいいな」という独自な、一般的になっていないニーズがあり、そこに対して供給することで、結果としてイノベーションが起きるという流れです。
 ニーズは地域の文化や歴史などの文脈に影響されますから、生まれてくるイノベーションは地域によって変わってきます。
 ただし、それが地域を超えてグローバルに展開できるかは、またさらに別の問題です。
杵渕 私がこの取り組みを始めようとした当初の目的は、将来的にお客様候補になり得る有望なスタートアップへの早期リーチでした。
 ただ、多くのスタートアップの方々とお話させて頂く中で、これは「供給側の論理」であったと深く反省しました。そこから、われわれが提供させて頂ける価値は何か、需要側の真のベネフィットになることは何かを考え続けたんです。
 そのなかで心掛けたことは、スタートアップの皆様に「2番目に困っていること」を聞き続けることです。
 というのも、1番目の悩みは資金調達であることが多く、資金提供者が市場に潤沢にいるなかで、それを必ずしも我々が提供する必要は無く、彼らも望んでいないケースも多いからです。
 結果、「2番目に困っていること」の最大公約数は、トップライン(売上)向上に向けた支援でした。それに向けてわれわれが提供できるリソースは、ITインフラに加えて営業チャネルやカスタマーベースではないかと考えるに至ったんです。
 今回のピッチコンテストも、そうした取り組みの一環です。日本の事業会社とアジアのスタートアップをつなぐことによって、両者の事業成長の機会を作り、ひいてはNTTのインフラも活用してもらえれば、と。
楠木 NTTグループならではのリソースを活用して、東南アジアのベンチャーと繋がって新しい価値を作る。そういったオープンイノベーションは意義がありますね。

競争戦略とは「違いを作る」こと

イノベーションを生む源泉として「多様性」が重要である、という考え方がありますが、これについてはどうお考えですか。
楠木 昨今の日本ではとかく「ダイバーシティ」が叫ばれ、人材の多様性を増やすことが競争力につながるような話になっています。それはその通りなのですが、多様性の意味合いをもう少し考えるべきです。
 多様性は、もともと社会に存在しているものなんです。もちろん、日本は地政学的には同質性が強く、言語も同じですけど、それでも社会には色々な価値観を持つ人がいるわけです。
 もともと存在する多様性を受け入れていくこと、つまり「包摂(インクルージョン)」こそが重要であるにもかかわらず、多様性は「作り出すもの」「ぶち込むもの」になってしまっている。
杵渕 日本の今までの経緯からして、あまりにも多様性に目が向いていなかった反動かもしれません。でも、企業がみんな同じやり方で多様性を増やそうと思ったら、独自のものは生まれませんね。
楠木 そうなんです。女性の活躍が望ましいことや、LGBTの人たちが許容されるべきというのは当然ですが、その一方で男だけの会社があってもいい。あらゆる会社が男女半々になったとしたら、それは全体から見れば多様性の喪失に他なりません。
 「オープンイノベーションなんてまっぴらごめん」という超クローズな会社があってもよくて、それが社会全体の多様性をもたらす。
 ビジネスの正しい競争は、スポーツとは違います。スポーツでは誰かが勝てば誰かが負けるのに対して、ビジネスの場合は複数の勝者が成り立つ。
 僕は競争戦略の分野で仕事をしているわけですが、競争というのは一言で言うと「違いを作る」ということですから、「良し悪し」で判断すべきものではないのです。
 逆にいえば、「こうでなきゃならない」というのは、本当は「好き嫌い」であるのに、「良し悪し」に変換されて語られがちです。
杵渕 どのスタートアップとつながりたいか、ということほど「好き嫌い」が出るものはないですね。そこに、われわれの取り組みを通じて、アジアのスタートアップと「つながる」という意味があるのではないかと。
 「違いを作る」という観点では、われわれの取り組みはアジア中進国へのフォーカスのほかに、「出資をしない」「完全自前主義」という方針を取っています。ソーシングはするものの、出資はしません。
 当面は「つなぐ」に徹することで中立性を担保します。投資家や事業会社の方々とも利益の相反なく、フラットにお付き合いができると考えています。
 また、このプロジェクト自体、弊社内の熱意ある社員たちが、それぞれメイン業務を持ちながらアディショナルで参加することで実現したボトムアップの取り組みです。
 そのため、イベントの設計から審査員への交渉、会場手配や当日のオペレーションに至るまで、一貫して自社リソースで賄っています。これにより、直接的に自社にノウハウを貯めることができています。
インドネシア、マレーシア、ベトナムの3カ国で実施された「NTT Com Startup Challenge 2018」。800社以上のスタートアップが参加し、来場者は1000名超。アジア全土から集った投資家・起業家が審査を担った。
 日本企業には日本にしかないものがあり、東南アジアのスタートアップにはやはり東南アジアにしかないものがある。だからこそ、両者が上手くつながることに意味があり、国を超えた「多様性」によるオープンイノベーションの可能性があると思っています。
 今の活動を始めるまでは、「東南アジアのスタートアップよりも日本の事業会社やスタートアップの方が進んでいる」というような固定観念があったのですが、ここ2年で実際にアジア各国を巡ってきて、そのイメージは一掃されました。
 日本の課題を解決できるポテンシャルを持ったスタートアップが、アジアにはいくつもあるんです。
 実例のひとつとして、先日ある日本企業のトップから、「NTT Com Startup Challenge 2018」で入賞したインドネシアのアグリテック系スタートアップを紹介して欲しいとの依頼を頂きました。
 その企業では、日本の地方における農業問題を解決する新サービスを検討していて、スタートアップとの連携を考えていたようです。ただ日本では良い相手を見つけることができず、農業が盛んなインドネシアならではのスタートアップがマッチしそうだとのことでした。
楠木 インドネシアで自然発生したようなアグリテックも、日本ローカルな需要に応えるビジネスと組み合わせることで、また新しい価値を生むということがあるんでしょう。
 ITのテクノロジーは世界中に普遍的なものとして浸透しますが、その先には、ユーザーの国の文化や文脈にきちんと当てはまるようにするという、別の仕事があるわけですね。
東南アジア3カ国で受賞した上位9チーム。3/13に東京・大手町で開催されるイベント「NTT Com Startup Challenge summit」のピッチに全チームが登壇する。
杵渕 おっしゃるとおりです。日本の企業が世界中のローカルニーズにマッチする事業を作ることは不可能ですし、その逆も同様です。であれば、双方が「越境」することで、新たな価値創出の可能性があると思っています。
楠木 今回のピッチイベントは、その最初のステップなんですね。非常にいいと思います。それぞれの国のスタートアップから、思いもよらぬオープンイノベーションの可能性が見えてくるかもしれません。
(取材・編集:呉琢磨 構成:小林義崇 撮影:atsuko tanaka デザイン:九喜洋介)
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