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日本人の人間平等主義からくる「能力差の認知回避現象」に関する指摘に共感。
機会平等さえ担保できれば自由競争の市場原理で神の見えざる手が動いて調整されるというネオリベラリズムを日本が受け入れた背景には、人間平等主義の幻想があり、私はそれは偽善だと思う。

酷な事実かもしれないけれど、人間には先天的にも後天的にも能力差が存在する。もちろん人間の能力評価は一元的ではないから、それぞれに何かしらのタレント(才能や得意不得意)があり、人としての総合力で画一的な優劣が付くものでは決してない。
しかし、ことホワイトカラーの仕事で成果を出して稼ぐという一面のみを見るとそこには努力だけでは超えられない差があるわけで、市場原理だけに任せていたら格差は不可避。

だから同一価値労働同一報酬にはフェアネス観点で賛成だけど、一方で社会保障は必要だし、出来る人が出来る限り出来ることをやるというノブレスオブリージュの精神が大事なのだと思う。
「能力や経験が同じ」でも「成果や貢献」は異なります。
それを一緒にされたなら、やる気がなくなります。
「同一労働同一賃金」をしっかりと定義し、運用していく必要があります。
本筋とずれますが…
能力に関する、絶対価値なんてものはなくて、あくまで相対価値でしかないわけで。同じ仕事をしていても、勤めている会社や働く地域でも変わる。
そもそも完璧なAIでもない限り、人間が人間の能力を評価する時点で能力主義なんてものは絵に描いた餅。数字で客観的に評価できるといったって、そもそも売上をあげられる場所や相手先というものがある以上、数字でさえ恣意的に操作できる。ゆえに、絶対的な能力なんてものも存在しない。
同一労働同一賃金という概念はヨーロッパを起点としていますが、正規非正規の格差是正を大きな目的のひとつとして始められた日本とは異なり、男女格差などのダイバーシティーおける是正を目的に導入されたものです。

そのため、そもそも同一労働同一賃金という制度そのものにどれほど所得効果の格差是正があるのかは至って懐疑的な見解もあります(実際ヨーロッパでは就業形態間の賃金格差については合理的な理由があれば広く認められていますし、むしろ就業形態間の格差は拡大しているという面もあります)。

当然、ヨーロッパと雇用システムが異なる日本においては日本なりのやり方をしていかないとうまく機能しません。

組織全体のパイが変わらない状況では、単なる椅子取りゲームになってしまいますし、あくまでダイバーシティーを認めた上での成長戦略という枠組みの中での同一労働同一賃金と捉えない限り、本質的な働き方改革は進まないのではないでしょうか。